目的
「まさか負けるとは思わなかったよ。不意打ちでもすれば良かったかな?」
「止めてくれよ。」
投影機の前で、上着の袖を結ばれた青年が、健吾の後ろを見やり俯く。健吾が視線を追えば、後ろでは拳の跡が光る精霊が、地面に伏せている。それは【積もる微力】の腕を包む、闘気と同じ光。
「なぁ、レイズ。あれって...」
『あぁ、俺の力だが?暫くすりゃ、消えちまう。急げよ、レオ。』
「だよなぁ。そっちは後で聞くからな。今は...」
健吾が振り返り、座っている青年に訪ねる。
「さーて、訳分かんねぇ推論を並べてくれやがって。全部話して貰うぜ。」
「むしろ何が分からないのか、説明してくれないと分からない。」
「全部。」
「...さては頭悪い?」
よほど殴ってやろうかと思ったが、そこは人前だ。投影機を調べている仁美に、見せない程度の分別はあった。
「んじゃ、年と名前。自己紹介と行こうぜ。」
「何でさ...分からない人だなぁ。」
「煩ぇ!俺は獅子堂健吾、二十歳だ。」
「...僕は瓶原真樋。高三。」
「...見えねぇ。」
「悪かったね、老けてて。」
どちらかと言えば、落ち着いた雰囲気の少年...真樋はふて腐れた様に横を向く。
そんな二人に、後ろから仁美が声をかける。
「もしかして、精霊ってあの星座と関係が、あるのかも。」
「何でそうなる?十二ってのは同じだが...。」
「それだけでも無いさ。君達にもこれがあるだろう?」
そう言ってズボンの裾を捲れば、真樋の脛に♒の紋様が浮いている。
「これはね、水瓶座の、もしくは宝瓶宮の模様だ。」
「俺はそんなの...まさか。」
健吾が上着とシャツを取っ払い、程よく鍛えた肉体を露にする。その背中を、真樋に向けた。
「これか?」
「あるね。成る程、獅子座だね。」
そこには♌の紋様が、左肩の付近にある。頷きながら服を着る健吾の横で、赤らめた顔を背けながら仁美が尋ねた。
「投影機の、土台。そこにあるマークが、参加者なの?」
「と、僕は睨んでる。精霊の再契約もあるから、詳しくは分からないけど...恐らく最初に契約した精霊と、対応した星座のマーク。それがリタイアとも、関わってるんじゃないかな?」
どうやら試してはいない様だ。触れた瞬間にリタイアともなれば、洒落にならないからだろう。
「でも、精霊の事を推察は出来るかも知れない。例えば双子座なら、二体の精霊、とかね。他にも不動や柔軟、活動の組み合わせとか...。」
「随分と詳しいな。」
「そうかい?祖父の影響かもね。...あぁ、そうだ。投影機の裏を見ると良い。土台の上だよ。」
「裏ぁ?」
健吾が覗き込めば、そこには投影機の足の間、何やら一つの紙が貼ってある。ここからだと良く見えず、スマホで写真を撮ることにした。
身をのりだし、撮影しようとした健吾の後ろで、仁美が叫んだ。
「獅子堂さん!」
すぐに起き上がり、振り向いた健吾の目に、上着の無くなった真樋が走り去る姿が見える。その手には瓶が握られている。没収した筈だが、まだ持っていたのか。
「悪いね、これは口さえ当たってれば、個体を収納出来るんだ。一つはあげるよ、サヨナラ。」
そのまま【宝物の瓶】も、別の瓶に収納して走り去る。今【積もる微力】に深追いさせるか?いや、ここもいつ戦場になるか分からないのだ。止めた方が良いだろう。
『おい、どうすんだ、レオ。』
「くそっ、騙された。もう少し話も聞いて、あわよくばリタイアして貰いたかったけど...仕方ないか。」
『ちっ、精霊くらい潰しとけば良かったぜ。』
拳を打ち鳴らす精霊に、健吾は同意した。向こうに殺害意志があるなら、此方が躊躇する道理はない。余裕が無いと、此方が死ぬだけだ。
「てか、何個瓶あんだよ。」
「今は、四つ...でも、もっとあると思う。」
『だろうな。契約者に三つ持たせといて、自分は一つたぁ、バカだぜ。』
精霊からすれば、手札を減らして負けてしまえば、元も子も無い。次は油断しない様に、気を付けなければならない。
気を取り直して、紙の写真を撮る。そこにはリタイアの詳細と、一つの手書きのメモがあった。
『ゲームの離脱について。
苦痛を味わいたく無い
殺したくない場合の救済措置である。
投影機のスイッチを捻って押し込む。
それで離脱扱いとなる。』
「スイッチ?...これ、押しボタンじゃ無かったのか。」
そこから更に、捻れば奥に行く様だ。やる筈も無いが。
そして、貼り付ける前に書かれただろう、文を読む。
『私は勝ちを望まない。代わりの望みは協力を。
闘わずにすむことを祈る。キーワードは《悟りは何処》。』
「...襲わない限り見逃す、って事か?」
写真を眺める健吾に、仁美が袖を引っ張る。読み終えたので、携帯を仁美に渡し、健吾は紙を剥がしにかかった。破れても写真はあるから問題ない。
比較的簡単に外れたそれは、どうやらテープで簡易的に貼られた物。恐らく情報を秘匿したかった誰かが、この場に居たのだろう。
「裏は特に無いか...。本当に自分で察しろって事だったのかよ。」
真樋が隠したのでなければ、少なくとも三人は来ているだろう。
メモの人物、隠した人物、そして真樋だ。
投影機のマークを調べるのを止めて、仁美が紙を覗き込む。ついでに携帯も返して貰った。
「獅子堂さん、このメモ...。」
「ん?なんかあったか?」
「文字を書き慣れてる人、だと思う。万年筆、かな?」
「そんなん持ち歩いてるなら...学生ではねぇよな、多分。休日に持ってきて無いだろうし。」
健吾には全く分からなかったが、その人物と争わなくて良いならば、それに越した事は無い。負ける可能性が、少しでも減るからだ。
「キーワードったって...検索でもしてみるか?」
「それなら、移動...する?」
「だな。ここにはもう、なんも無いだろうし。一人も離脱は無し、精霊も参加者も十二だ。」
この場所を知れただけでも十分だろう。【積もる微力】の力を知れたのも大き...
「おい、レイズ。説明されてねぇぞ。」
『あっ?何を...あぁ、これか?』
入り口辺りでダラダラとしていた精霊が、拳に闘気を纏わせる。
頷く健吾に、彼は得意気に語る。
『俺のコイツはな、力の蓄積が出来んだよ。殴った力の一部が、残り続けて押されてたんだな。』
「...つまり?」
『殴れば、そこに拳を押し付け続けてるみてぇに出来る。』
こんな風にな、と軽く健吾の胸を小突く【積もる微力】。彼の拳が離れた後も、そこを押し続ける何かが、あるように感じる。
「おぉ?なんか変な気分。」
「そう、なの?」
『やってやろうか?』
「...いい。」
拒否られて少し拗ねた【積もる微力】を他所に、健吾は入り口に歩を進める。
「あっ、待って。」
「どうした?」
「その...少し時間をくれると、嬉しい。」
「...?分かった、外で待っとくよ。」
唐突な明るさに目を細めながら、健吾はプラネタリウムを出る。町に出れば、ネットカフェでも見つかる筈だ。
そこで色々と調べものである。昼にドンパチして、警察(いるか分からないが)が出てきても厄介だ。
「あっ、レイズ。昼は姿は」
『消しとくぜ。なんかあれば、勝手に出るけどな?』
「おぅ、任せたぜ?」
『へっ、任せとけ。』
軽く拳を打ち合わせ、【積もる微力】は姿を隠す。幽霊の様だ、と思ってしまう。それにしては、存在感が強すぎるが。
「ありがとう、もう大丈夫、です。」
「おぅ、何してたんだ?」
「...蠍座と射手座の間を、少し調べてたの。もう一つ、線上にある星座があった、から。」
「...?あー、そっか。じゃあ、行くか?」
そうそうに理解を諦め、健吾は歩き始める。二人が下る丘は、あまりに静かだ。どうやら他の参加者は、今は来ていないらしい。
そのまま町に出て、二人でお店を探す。調べものなので、図書館でも問題ない。探し回っていれば、当然空腹も覚える。そういえば、今朝は何も食べていない。
「なぁ、少し予定を変更して、飯屋でも探さないか?」
「...食事?」
「あぁ、腹減ったからさ。」
どうやら空腹感に気づいていなかったのか、仁美は言われてからはっとしたように頷く。
そうと決まれば話は早い。飲食店ならば、探すまでも無く見つかる。...ネットカフェも飲食店ではあるが、それは別だ。
最初に目に着いたのは、小ぢんまりとしたパン屋だ。値段も手頃、メニューもそこそこの数がある。
「今日はここで良いか。」
「パン屋、さん?」
「おー、何か好きなの取ってこい。あっ!一個な、一個!」
自分は一番安かったサンドイッチを手に取り、健吾は仁美を待つ。流石に空腹の人の隣で、一人で物を食べる趣味は無い。
少し躊躇った後に、仁美は同じサンドイッチを手に取る。さっと健吾が受け取り、カウンターに持っていった。
「すいません、これ二つお願いします。」
「はいよ、二つで605円ね。」
「くそっ、消費税は5%じゃねぇのか...。」
小声で毒づいた健吾が、そうそうに支払いを終えて戻って来る。仁美にサンドイッチを一つ押し付け、お釣りを財布に戻した。
財布を少し苦い顔で見つめているが、店の外に出た辺りで持ち直す精神力はある。
「どっか適当に...彼処の高架下で良いか?食ってから動こうぜ。」
「ん、わかった。...その、ありがとう、ございます。」
「おー。」
適当な返事を返しながら、コンクリートの柱に背を預け、健吾はパンに食らいつく。
しっとりとしたパンに、ソースとレタス、トマト、ハムの挟まれた簡単な物。ペロリと平らげて、健吾はゴミをポケットにネジ込みながら腰を下ろす。
「どうした?食べないと力でないぜ?」
「あ、いただきます...っ!」
一口かじり、目を見開いた仁美が、そのまま凄い勢いで食べ始める。溢さない様に小口なので、少し時間はかかったが。
リスか何かの様に、サンドイッチを平らげた仁美。健吾は、彼女に微笑みながら声をかける。
「口にはあったみてぇだな。」
「あっ...!う、はい...。」
少し顔を赤らめながら、仁美は俯く。
もう、随分と久しい、人との食事。仕事場のおっちゃんとは、また違った雰囲気だった。
またいつか、妹と。健吾は少しずつ覚悟を固めながら、仁美の髪を撫でる。
「よし、行くぞ。」
その掛け声を己にも向けながら、健吾は再び歩きだした。




