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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第三章 舞踏にして武闘
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~happy birthday to ♒~

 波の音が嫌いだった。

 名前を呼ぶ父の声が嫌いだった。

 付きまとう言葉にならない声が嫌いだった。

 そして...それを嫌い続ける、自分が嫌いで仕方がなかった。


 彼、瓶原(みかのはら)真樋(まとい)は、幼い頃は素直で大人しい子供であった。賢い部類であり、少しばかりの生意気が愛嬌でさえある、そんな子供であった。

 彼の人生が変わったのは、その年が4才の頃。幼稚園に通う年である。彼自身は変化は無く、変わったのは周囲であった。


「まーくん、なにみてるの?」

「そこのきのうえ、おねーさんがたってるの。」

「だれもいないよー?へんなのー。」


 子供というのは正直で、その話はあっという間に広まった。変な噂が立つのを怖れた両親は、真樋を家で学習させるという形をとった。

 田舎の大地主、元は教師であった祖父もいた事で、噂も下火となっていった。良くできた兄が居たのも、大きかったのかもしれない。


「来たか、真樋。」


 離れ屋に顔を出す度に、祖父はそう出迎えてくれた。穏やかな顔で皺をよせて、笑顔を作っていたものだ。

 祖父は様々な事を教えてくれた。文字や絵、簡単な計算は勿論の事。社会の事、人の事、そして身の守りかた。抽象的な事も多かったが、真樋の胸には今も残っている。


「良いか、真樋。恐れは必要だ、だが怖れてはならない。」


 その中でも、特に祖父が繰り返した言葉だ。何か後悔のような物も、あったのやもしれない。小さい頃は、同じではないか、と憤慨したが。今はぼんやりとその意味も分かる...様な気がする。




 小学に上がる頃には、多少の分別がついたと判断され、外出が許された。その頃には、真樋も霊に対して挨拶等もしなくなっていた。


「真樋、帰ったならすぐに始めろと言わなかったか?」

「申し訳ありません、父上。」

「よろしい。立派に果たせ。」


 おそらく、一切の愛が無かった訳ではないだろう。だが、真樋の価値は見ていても、息子の真樋は見ていない。そんな態度の父親と交わす、儀礼的な態度は反吐が出た。

 そう、真樋の日常には霊がいた。それは、無念の塊であったり、呪いの形であったり、四十九日の経たぬ者であったりした。世間では、鼻で嗤われる存在だとも、知ったのは祖父に教えられてからだ。


「真樋、来なさい。」

「お祖父様、バレれば」

「なに、心配ない。勉学は必要であろう?」


 霊...その存在が、本当に居るのかは真樋にも知れない。家系の中でも、見えて干渉できる者は少ない。もしかしたら、自分がおかしいだけなのでは?と客観視する程度には、真樋はひねくれていた。

 しかし、それを信じるものがいて、それ相手には真樋が必要である事も、子供ながらに熟知していた。祖父がそうだったからだ。修行と言われ、一人で延々と霊を探し、呼ぶ事もした。数日は部屋から出られなかった。


「ほれ、かつて平安の時代におった陰陽師...星から占い、妖や亡霊を相手したそうじゃ。」

「これは?」

「渾天儀じゃ。星は好きかの?」


 そんな日々でも、祖父は数少ない自身の趣味を、必死にかき集めて真樋の相手をしてくれた。

 天文学に興味を持ったのは、祖父の影響が強いだろう。そこから宇宙、神話と幼子の興味は尽きなかった。真樋にとって、楽しいや興味深いや安心は、祖父の元にしかなく、祖父とともにあった。




 中学に上がる頃には、真樋はそれなりに有名になっていた。とはいえ、地元の中でに過ぎないが。簡単だが良く当たる占いと、同い年とは思えない考えは、尊敬と疎外感とを同級生に抱かせた。

 霊との意志疎通は、可能ではある。此方が神経をすり減らし、怨念を叩きつけてくるそれから引き出せれば、の話だが。故に真樋は、原因がどうであれ狂った人間の相手ばかりだった。普通の人間は、たまに事務的な会話で話す程度である。


「はぁ...なんだよ、あいつ。霊を祓えったって、見えないっての。現状が嫌ならなんかの所為にしてないで、自分で変えなよ、自分で。」


 半ば自己暗示のような愚痴をこぼしながら、重い気持ちで戸を開ける。


「...」

「...お帰り、挨拶も出来ないのか?」

「ただいま。」


 気味の悪い物を見る目付きの兄から、早々に離れる。去年まではランドセルを置くために態々自室に行かねばならなかったが、中学では荷物も無い。置き勉万歳。

 すぐに離れ屋に駆け込み、蔵の鍵を取る。祖父は二年前に死んだ。心臓麻痺だった。最後に、星を見に海へと歩き、その帰りだった。その日から、遺品の管理は真樋の仕事だ。


「...は?」


 今日は何から読もうか、蔵を開ける手が早まっていた。しかし、その目に飛び込んで来たのは、埃臭いカビた壁だけである。


「なんで...」


 彼の息抜きや娯楽といった概念は、全てこの蔵と祖父にあった。祖父が去った今、残されていたのは蔵だけである。

 せめて、一品でも残ってないか。壊れ掛けた道具ばかりだったが、彼には思い出の品だ。


「そうだ、お祖父様の...」


 祖父が纏めていた、様々な事柄。当人は日記とは言っていたが、真樋には人生の教科書だった。

 あれなら祖父の部屋にあるかもしれない。あれがあれば、これからも生きていく上で、答えを探せる。焦る気持ちを抑えつつ、行儀の悪くならない速さで歩く。


「あら?真樋さん、どうしました?」

「母上...お祖父様の部屋に」

「あぁ、それなら必要ありません。貴方の負担になってもならないし、此方で売却させていただきましたから。貴方の手取りなら卒業後に」


 途中からは、真樋は聞いて等いなかった。制止する声を遠くに、真樋は走り出す。

 売る先ならすぐに探せば良い。道行く悪霊を捕まえ、強引に情報を引き出す。ふらつく頭と強くなる動悸が、霊障を訴えてくるが関係なかった。




「どうした坊主。うお!?凄ぇ顔色だな...どっか痛むのか?」

「別に...大丈夫です...」


 まるで亡霊の様に彷徨く真樋は、山の中で発見された。車に追い付くために、近道をしようとした結果だ。13才の子供の、精一杯の策であった。

 こっぴどく叱られる間、呆然としていた真樋が、自室で眠る準備を終えた頃には日付が変わっていた。腫れた頬を今更に自覚しながら、何一つの期待も抱かずに眠りについた。


(このまま...夢で終わってしまえばいい。)


 勿論、そんな願いが叶う余地などない。翌日も学校に行き、眠い頭に教師の声を叩き込み、一人で飯を食い、早々に帰る。いつもと変わらないルーチンが続く。

 しかし家に帰りついても、いつも通りなのは狂人と兄だけだ。蔵にも祖父の部屋にも、彼の求める物は無い。父は遅くに帰り、母は着飾り、使用人(というには現代チックなバイト)が掃除を行う。


「真樋、成績は落ちてないな?」

「はい、父上。」

「それ以上落ちれば、目も当てられんぞ。努力しろ。」


 それなら仕事を減らしやがれ、と心で毒づく。今日の唯一の会話。

 明日も、このまま続くのだろう。96、98、98、72、96と書かれた紙切れを、ゴミ箱にねじ込んで。仕事だらけのメール欄を全て削除して眠りについた。




 高校に上がり、部活に青春にと周囲が忙しかろうと、真樋のやることは変わらなかった。遺品が消えて以来、亡霊っぷりに磨きのかかった真樋は、中々に避けられている自覚を持ちつつ登校していた。

 やることは変わらず、慣れと諦めばかりが蓄積していく。もっとも、本当に霊がいて、それを祓うのは一割にも満たず。大半は狂人をあしらう慣れだが。


「瓶原君、今日空いてるかな?」

「...あ、ごめん。なんて?」


 話しかけられると思っていなかった真樋は、反応が遅れて聞き返す。少し気を悪くした相手に、いつも受け答えの準備なんてしてないっての、と心中で舌を出す。


「今日の放課後、空いてるかって。俺の部活が終わってからだけど...」

「何時ごろかな?」


 こいつ、誰だっけ。朧気な記憶で名前を思い出そうとしたが、一切出てこない。というより、クラスの人間の一人でも名前を覚えていたか...。

 そんな事は露知らず、部活名だけ告げて彼は去っていく。真樋が思ったのは、うちにハンドボール部ってあったのか、といった事だけだった。



 放課後になり、校門の前で本を読み時間を潰す。「人間失格」は決して明るくはなれないが、この歳で読むにはとても良い。

 日が暮れかけてから、彼は出てきた。少し慌てた様子だったが、校門に背を預けて立っている真樋が声をかければ、驚いた様に振り向き安心した。


「びっくりした...いたんだ。」

「堂々と立ってたつもりなんだけど...用事は?」

「ごめんね、そういえば連絡先持って無いのに気づいてさ...まさかずっと待ってた?」

「いいから。取り敢えず歩きながらでいい?」


 田舎の学校で、連絡がつかない同性の方が珍しい。失念しているだろう事は予想していた。それよりも寒いので、早く終わらせて帰りたい。

 そんな真樋の誘いに、彼は頷いて歩き出す。好青年といった雰囲気。真樋の苦手なタイプである。どうしても、裏があるのではと勘ぐってしまうのだ。


「ついたよ。」

「空き地...?」

「俺の叔父さんがさ、君に見て貰った事があって。」

「ごめん、覚えてないかな。」

「知ってる。で、これを渡してくれって言われてさ。今の時期なら、水瓶座が見えるからって。」


 渡されたのは、小さな望遠鏡。胡散臭げに睨みながらも、別に断る理由があるわけでも無く。家に帰るよりは有意義だと、それを覗いてみる。


(別に何も変わらない...水瓶座も、特には?)

「...これ、何か変わるの?」

「さぁ?渡してって言われただけだから。」

「律儀だね、君も。」


 別れてから、貰った望遠鏡を少し見て回す。なんの変哲もない、ただの筒だ。木彫の伸びるタイプ、表面に飾りも無い。


(水瓶座が見える、か。まさかね?)




 誕生日。それは真樋が休める数少ない日だ。高校二年の冬、自室に隠しておいた望遠鏡を取り出す。


(水瓶座の元、ガニュメデスならネクタルを給仕しろ...って事だよね。アルコールで良いよね?)


 詳しい化学反応までは、真樋は知らないが。くすねた酒類を吹き付けて行く。やがて、僅かに塗料が溶けたのか、1つのメールアドレスが表示される。


(送れって?回りくどい事を...)


 とはいえ、現状が崩れても真樋は惜しくも無い。それなら、目の前の珍事を試すのも面白いだろう。




 その返信は、翌年に訪れた。出だしはシンプルだが、失笑を禁じ得ない。

『願いを持つものに、その成就を。精霊達の舞闘会に招かん。』

(願い、か...僕の願いなら、叶わないさ。お祖父様は戻らない。だから...)



 山の中で機械を装着し、彼は思い出から目を覚ます。

「だから、せめて。僕はお祖父様の欠片を、僕の教科書を取り戻す。」

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