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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第三章 舞踏にして武闘
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Second turning point

 暴れ回る【母なる守護】が、【宝物の瓶】と争っている。炎と金属音が広がる中、拳が肉を打つ。


「くそっ、やんじゃねぇか!」

「しつこいんだよ、退けって言ってんだ!」


 精霊と契約者の中で、一人だけ生身の人間である健吾は、余裕を失っている。感情だとか道徳だとか、そんな物に構う余地もなく、容赦なく拳を使う。

 だが、一哉とて脆くは無い。喧嘩慣れした自信と経験があるからこそ、契約者自身で戦う手段を取っているのだから。本来ならば、【意中の焦燥】は中距離に徹した、ゲームの魔導師のような戦法こそ向いているのだろうから。


「意地でも負けねぇ...!お前にだけは!」

「なんでそう目の敵にすんだよ!」

「気に食わねぇからだ!半端にリアルを持ち込みやがって!」

「あぁ!?知るかこの野郎!」


 そこにあるのは、もはやただの喧嘩。苛立ちを怒鳴り、意地だけでぶつかり合う。

 それを見下ろしながら、真樋は次の策を考える。羊と蠍の乱入は、彼にも想定外だ。残る瓶の中身は四つ、真樋の持つのは一つで、合わせても五つ。


「一回、撤退した方が良いか。潰せるなら潰したいけど、焦って此方がやられても嫌だし。」


 望遠鏡から目を放して、ビルの屋上の奥に行く。【魅惑な死神】が去ったのも確認済み、見渡した限りの危険は無い。

 精霊に殿を任せ、離れるのが無難だろう。寿子の方は、退避に困らない能力をしている、問題ないだろう。


「下の騒ぎに巻き込まれないようにしないとね。」


 まずは降りなければ、話にならない。視覚を遮らないよう、ビルの非常階段を用いて下りる。冷たい風が髪を流し、鬱陶しげに目にかかったそれを除ける。

 下の路地には、人影は見えない...暗いのも多分に原因だろうが。しかし己の感覚を信じるならば、そこに精霊はいない。安全とは言いきれずとも、危険では無さそうだ。


「魚座の精霊は...まだ狙ってるみたいだね。取り敢えず撤退しとくよ、と。」


 靴で三度、次に二度。地面を叩いて撤退を告げる。少し強めに叩いたのだ、舗装の下まで振動はあるだろう。鮫よろしく、周囲の物質の振動をしっかりと捉える筈だ。

 届いて無ければ知らない。元々、安全圏の捜索までが協力範囲である。どうなろうと、真樋の勝利条件には関係は無い。


「誰?」

「...一般人、じゃないよね。三日目以降は見ないし。契約者?」

「質問は私がしているの。」

「じゃ、答えない、で。お互い会わなかったでいいんじゃないかな。殴り合うなんて野蛮な真似、しないでしょ?」


 表通りを示して揶揄する真樋に、その女性、金牛二那は頷く。二人揃って、ケンカをする性格でも無い。互いの精霊は争ってはいるが、自分達まで争うのは愚策である。

 その愚策を正面から行う二人を置いて、真樋は早々に走る。今回の行動は、天球儀を目指しての物。遭遇率は高いだろうと警戒し、潤沢な準備をしていたのが幸運だった。


「っぷぁ!お兄さん、もう良いの?」

「早いね、あっちは?」

「絶対に質問に答えてくれんよね...牛さんになら、壁を投げとったよ?」

『海の小屋の物だろう、湿気ていて燃えない筈だ。瓶を二つ使って、残りは知らんがきつかろう?木片はそこそこの量があった、埋めて撤退だろうな。』

「ピトスならそうだろうね。ここまで消耗する程に、やるつもりは無かったのにな...急ごうか。」


 流石に何度もパトカーが往来すれば、動向も気になるというもの。残りは何人なのか、そもそも減っているのか、表記の変化はどうなっているのか。

 分からない事だらけでは、今後を考えるのにも差し支えるだろう。


「それで?天球儀を目指す、で良いのかな?」

『随分と慣れたな?坊主。』

「...別に。足が欲しいだけさ。」

「素直やないんやから。」


 肩をつついてくる寿子を無視し、真樋は【浮沈の銀鱗】に跨る。泳ぎ始めた精霊は、あっという間に戦域を離脱した。




 離れていった真樋に、二那は複雑な顔をする。戦え、と促され続けた事を思い出し、【母なる守護】に申し訳なさを抱いたからだ。

 表で爆走する精霊は、炎を飛ばすぬいぐるみの様な羊を乗せている。「助けてやっから暴れろ」と、不思議な取引を持ちかけて来た青年も、何故か殴り合いに興じている。


「どうしよう...」


 悩む彼女の元に、【母なる守護】が戻ってくる。木くずを払ってやりながら、二那は尋ねる。


「これからどうするの?」

『それは我が聞くことだが?』

『ハックーが満足するまで待ってて〜、どーせ負けるから。』


 辛辣な事を呟きながら、ゴロゴロとする【意中の焦燥】に、鼻息荒く文句を吹き付ける。


『貴様、契約者を立てる気はないのか。』

『え、無いよ〜?だって肩が腫れてるのに、冷やしもしないしさ〜、止めよーって言っても聞かないしさ〜、毛を何度も毟る乱暴者だしさ〜。』

「大変だったのね...?」

『そーなんだよ〜。可愛い僕が可哀想だ〜!』


 ポスポスと頭を叩き、延々と抗議を繰り返す【意中の焦燥】に、【母なる守護】は腹立たしげに顔を歪める。

 その時、上空に暗雲が立ち込める。僅かな閃光の後に、街路樹が燃えている。落雷だ。


『折られて、燃やされて、散々だねぇ。』

『言っている場合か!撤退だ!』


 距離が開いた所為か、【積もる微力】の闘気は既に消えている。軽やかな動きで二那を背中に放り、街を突っ走る。


『ちょお!ハックーも!』

『小煩いチビだ...!』


 互いに驚き、空を見上げている二人へと猛牛は突っ込む。我にかえった健吾が跳び退く中、一哉は角を掴んで強引に乗り込んだ。


「よし、頼むぞ闘牛!」

『ふん、落ちろ!』


 積み荷の様に必死にしがみつく二那を抑えながら、一哉は健吾を振り返り叫ぶ。


「次だ!次にあったらマジで潰す。」

「言ってろクソ野郎...!」


 出血が酷くなってきた左腕を握りながら、健吾が毒づく。ニヤリと笑って前を向き直し、ズキズキとした肩に興奮にも似た心地良さを覚えながら、【母なる守護】を駆る。

 不満げな精霊に、一哉は笑いながら肩を叩いた。


「ま、今は互いに仲良く、な!なんならこのまま契約しちまうか?地味女よりはマシだぜ?」

『ふん、我にとて誇りがある。悪くは無いが、断らせて貰おう。第一、貴様が二柱を手繰れる手練とは思えん。』

「互いに捨て合えって?ん〜...」

『ハックー?そこ悩まないでよね?』


 服を食みながら可愛く抗議をする精霊に、一哉は雑に鷲掴みにして肩に乗せる。


「ま、お前が役に立つうちはな!」

『も〜。』

「牛?」

『メー!』

『くだらん...』


 嘆く【母なる守護】に、二那が静かにしてくれと頼む。少しは落ち着いたのか、一哉の手を退けながら周囲を見渡す。


「警察だわ...ほら、向こうのビルが赤く照らされてるもの。」

『流石に暴れすぎたか...』

「いや、多分だが俺達が放火してきたのがヤバったな...ちと離れた所に集めとこーと思ってよ。」

「それよ!」『それだ!』『僕は反対したよ!?』

「んだよ...」


 三方向から詰め寄られ、一哉は拗ねた様に口を尖らせた。その顔を赤い回転灯が照らし、目の前でタイヤの擦れる音が響く。

 巨大な牛に乗る、一組の男女。怪しさバツグンだ。


「どうし」

「やれ、【意中の焦燥(ターゲットファイア)】!」

『はいはーい、いっくよ〜!』


 一哉が目の前を腕で薙ぐと、それに沿うように炎の壁が出現する。驚きで止まるパトカーの間を、火を潜り抜けた【母なる守護】が猛然と突進していく。

 飛び散る火の粉、響く破壊音。横転するパトカーと燃料に引火する火を後ろに、一哉は拳を振り上げて叫ぶ。


「ハッハァ!最っ高だ!」

「むちゃくちゃだわ...!」


 火に包まれる警官を目に止め、青ざめた顔を逸らしながら二那が抗議する。それを聞いたのか否か、一哉は振り返り二那に尋ねた。


「そろそろ、あの女のホームだけどよ...どうする?正直、俺はもう構わねぇが...どっか行くか?」

『逃がすの?ハックーが!?』

「グロッキーな女を焼く趣味はねぇっての。第一、プレイヤーとNPCは違うだろうが。相手の準備を待ってからやんのが、対戦ゲームのマナーだぜ、マナー。」

『ハックーの口から出ると、違和感しか無いよ?逃げても喜んで追っかけてたのに。』

「だから、NPCとプレイヤーは別だっつの。ゲームとリアルの区別ぐらいしやがれ。」


 柔らかい頬を弄り、【意中の焦燥】を黙らせる。そんな一哉を見て、その割り切りに空恐ろしい物を感じた二那は、強く裾を握りしめる。

 流石に不安を感じ取ったのか、一哉は少し配慮した声を出す。小さい子供の世話に慣れている彼は、人の怯えには敏感だ。今回はそれを解消するように動く事にした。


「まぁ、着いてから決めりゃいいさ。どのみち俺の相手にゃなんねぇしよ!」


 ズレた気遣いは、脅している様にも聞こえたが。呆れた様に羊と牛は息を吐き、互いの苦労を視線で分かちあったのだった。




 確認しろ、この辺りは入り組んでいる...そこからでいい、座標は?...よし、回せ。




 時刻は日の変わる前、弥勒は一人で寛いでいた。戦闘を仕掛けるには少し心許なく、時間は稼いだと判断してカフェで珈琲を飲む。

 互いの目標、過去の話、美容品について。色々と持ち出して見たが、流石に時間が持たず。四穂は時計を見て、早々に帰ってしまった。


(まぁ、目的と精霊について、聞けただけでも良しとしましょう。)


 流石に相方と思わしき人物の事は、教えてはくれなかったが。三成がポルクスに探らせていると言っていたので、問題は無さそうだ。

 カップを置き、ふと腕時計を眺めれば既に11時を回っていた。


「連絡...遅いなぁ。」


 場所を知っている訳でも無い三成が、そのまま行動するとしたら。それはまだ、目標を達成出来ていないからだろう。

 不安に思い外に出た彼女のポケットから、着信音が響く。開いた画面には、『仁美ちゃん』と文字が映し出されていた。


「はい、もしもし?」

『早乙女さん、ですか?』

「えぇ、そうよ。どうしたの?」

『それが...目が覚めたら、獅子堂さんがいなくて。近くで大きな音もするし...』

「分かった、そっちに行く。場所を教えてくれる?」


 妙な胸騒ぎを抱えつつ、弥勒は歩き始めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 三成さんと九郎さんの戦闘の行き先が気になりつつ(めっちゃ凄い場面でお預け食らってる…!)こちらもこちらで大混戦ですね。 「相手の準備を待ってからやんのが、対戦ゲームのマナー」と言っているのが…
2022/05/21 14:55 数屋 友則
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