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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第三章 舞踏にして武闘
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追い詰められる獅子

 空気を押し退け、唸る豪腕。つき出される拳に、【宝物の瓶】は距離を取って刀を振るう。右を退き半身になる事で避けて、そのまま左の拳を突き出す。

 上半身を反らし、手を着いた【宝物の瓶】はその足を振り上げて、顎を狙う。同じく仰け反りながら、足を掴んだ【積もる微力】は思い切り持ち上げて振り回す。


『ラアァァァ!!』

「ピトス!」


 強く叩きつけられた精霊は、取り出した瓶を開く。そこから飛び出すのは、市販の殺虫剤である。小太刀を刺せば、その穴から中のガスが吹き出し、【積もる微力】の目を直撃した。

 咄嗟に目を閉じて、後ろに跳び抜ける。その間に起き上がった【宝物の瓶】は、体重を感じさせぬ跳躍を見せる。狙いは...健吾である。


「まずっ...!」

『ッシ!』


 近くに居た健吾が、精霊の攻撃から逃れる術などある筈も無く。僅かな吐息と共に振り下ろされた小太刀が、左腕を深く切り付ける。

 間に合った守りも、追撃は防がない。下への勢いを殺さず、回転するように横一文字の斬撃。当て勘に任せた蹴りで、腹への一撃を見舞えば、ギリギリの距離が空く。


『無視すんじゃねぇぞ!』


 皮膚を掠めていく小太刀に、背筋を冷やす健吾だが。三撃目の前に精霊は間に合った。【積もる微力】の打ち上げる拳は、【宝物の瓶】の腕を撃ち抜いた。

 回りながら飛び、地面に尽き立つ小太刀。武器を失った精霊は、即座に距離を取って契約者に合流した。


「ピトス、残りは?」

『answer、キャンサーとなります。』

「心許ないな...あと一回、それで攻めきれないなら退くよ。」


 短く指示を出すと、真樋はすぐに離れる。【宝物の瓶】の射程圏はそこそこに広い様だ。

 左腕の具合を確認し、健吾は顔をしかめた。


「結構、速いな...しっかりとしたの、貰っちまった。」

『腹は?』

「血が滲む程度だ、問題ねぇ。」

『なら良いか。で?どっちをやるんだ?』


 精霊が顔を向けた先は、【母なる守護】だ。だが、それは猛牛の事を問うたのではなく、その下。角が覗く【母なる守護】を埋めている、波紋状に固まったアスファルトの下だ。

 何かが来る、そう察した瞬間に飛び退けば、目の前を鋼のような銀鱗が昇る。


「ちょっ、アルレシャ!ここ目の前やん!?」

『外したか...!』


 飛び上がって無防備な腹に、【積もる微力】は即座に拳を叩き込む。契約者が近い事は、精霊が攻勢に出ても守りに間に合う距離。故にすぐに攻撃に出れるのだ、不利ばかりでは無い。

 めり込んだ拳は、折れたのではないかと思わせるヒドイ音を、【浮沈の銀鱗】から響かせた。跳ねとんだ精霊は、すぐに潜ってその身を隠す。


『逃がしたか。』

「下ばっか気にしてらんねぇぞ...どうする?」

『来る時はなんとなく分かるだろ。先にヒョロをやるぞ。』


 拳を構え、闘気を滾らせる【積もる微力】。臨戦態勢の精霊に、【宝物の瓶】は小太刀を構えて機会を伺う。

 待ちきれない【積もる微力】が突っ込み、それに続いて健吾も走り出す。距離を詰めようとする一人と一柱に、【宝物の瓶】は当然の様に距離を稼ぐ。


「ちょこまかと...とっとと仕留めるぞ、レイズ!」

『たりめぇだ!』


 鋭利な刀の傷は、既に塞ぎかかってはいるが、出血は止まらない。【積もる微力】にいたっては、プロペラでの傷。精霊にだって、多少の影響はあるだろう。

 長引けば不利になるのは明白、強引に距離を詰める他ない。車や街頭を挟む【宝物の瓶】に、それを吹き飛ばし、へし折っては近づいていく。


『Shock、想像以上です。』

『推し量れんならやってみやがれ!ダアァララララアアァァ!!』


 遂に射程圏内に入った【宝物の瓶】へ、逃がさないとばかりに連撃を叩き込む。腕を前に交差させ、少しでも守りとする【宝物の瓶】だったが、地力が違いすぎる。

 すぐそこに契約者がいる【積もる微力】は、並のパワーではなく。トラックの衝突を思わせる衝撃が襲う。


「このまま畳み掛けるぞ!」

『勿論だ、レオ!』


 大きく回した脚で、【宝物の瓶】を蹴り落とす【積もる微力】。肩が折れるような感覚に襲われながら、回転し頭からアスファルトと激突する。数瞬、意識が飛んだ精霊は格好の餌だ。

 食らいつかんと迫る獅子の拳だったが、唐突に地面が弛くなった様に感じる。跳び退いた瞬間には、ズラリと並ぶ歯が面前で閉じられた。


『このタイミングでも逃げるか...!』

「アルレシャ、退避退避!」


 再び潜る前に殴りかかる【積もる微力】だが、投げ込まれた瓶に躊躇して逃亡を許してしまう。やりづらい、心底いらだった精霊は、腹立ち紛れにその瓶を投げつけた。

 割れただけで、中からは何も出てこない。悠々とした態度で、割れた瓶の欠片を払う【宝物の瓶】に、【積もる微力】は激昂する。


『野ン郎ぉ...!』

「落ち着け、レイズ。それよりも、そこの女性を連れて撤退しよう。リタイアさせる。」

『あぁ!?ここまでやられてか?』

「万全にして挑もうぜ、相手は二体なんだしよ。」

『......ッチ!あーったよ、長引かせたくも無いしな。』


 下手に攻めれば返り討ち、【宝物の瓶】から仕掛ける事はしない。退くだけならば容易...だった。

 唐突に響くのは、金属の打撃音。振り向き様に押さえつける【積もる微力】に、闘牛の全体重がかかる。


『てめぇ、どうやって!』

『僕の熱はねぇ~、アスファルトくらい溶けちゃうよ~?』


 ひょっこりと顔を出した金色の毛皮。すかさず殴りかかろうとする【積もる微力】だが、かの精霊の発火の方が早かった。

 顔を目掛けてとんでくる精霊は熱く、呼吸を止めねば肺が焼かれる。頭突きで押し返し、【母なる守護】の頭を拳で叩き上げた。


『うぐぇっ!』

『グウゥッ!』


 金属の角に叩き上げられた【意中の焦燥】と、顎を殴りあげられた【母なる守護】が呻く。

 その隙をついて、健吾は契約者である一哉を探す。その一通りの行動に、健吾達は全意識を持っていかれていた。


『が...?』

「レイズ?」


 続く攻撃を繰り出さんとしていた【積もる微力】が、突如として膝をつく。振り向く健吾は、その背中に深く刺さった濃紫色の大針を見た。


「そういや、あの時にも居やがったな...動けるか、レイズ!」

『は、しゃらくせぇ...飛ばした針の毒なんざ、大した量になんねぇよ!』


 少しふらつきながらも、立ち上がった【積もる微力】が【母なる守護】を蹴りあげる。

 積もった力もあり、ぐらつく【母なる守護】だが、明らかに【積もる微力】の力は落ちていた。


「レイズ、撤退するぞ。流石に無理だ、ここまで数がいたら隙を狩られる。」

『あぁ~ってる!クソが!』


 散々に殴り散らした【母なる守護】を蹴りとばし、離れ始める健吾に追従する。巻き添えを喰らった【意中の焦燥】が、金属の上でぐったりと倒れ込んだ。


『酷すぎるよ~...』

『グゥ、降リロ、チビ助。』

『もー、助けたげたのに~。って、逃げられちゃうじゃん。ファイヤ~!』


 文句を垂れる精霊は、ダルげにその能力を発現させた。途端に【積もる微力】の頭を爆発が襲う。唐突な攻撃に、油断していた精霊は驚愕する。

 そして、それは大きな隙となる。状況が分からず、警戒を強めている【宝物の瓶】、【浮沈の銀鱗】と寿子は良い。だがこの状況を持ち込んだ精霊が一柱、残っている。


「今よ、【魅惑な死神(ラストピオン)】!」

『シャアー!』


 上から飛び付き、その頑強な鋏で【積もる微力】を捕らえる。その姿に意識を盗られていた健吾が、ハッと気づいた時にはその距離も開いている。

 つまり、【積もる微力】の実力が出ないと言う事だ。毒が回っているとは言え、鋏を振りほどく事は可能だろう。だが、距離を詰めさせてくれるほど甘くはなかった。


「オラ!昼間は散々だったな、この野郎。」


 鉄棒が地面にぶち当たり、激しい音をだす。面前で振り抜かれたそれに、健吾は前に進めない。


「粋がるヤンキーは群れるってのは、マジだったみてぇだな?」

「てめぇの精霊がうざったいだけだ、チーミングはチート野郎だけだぜ!」

「誰がチートだっつの...!」


 肩を痛めていようとも、健吾は左腕を斬られている。易い手合ではなく、野放しの精霊が多い状況は望ましく無い。

 とはいえ、向こうがやる気なのだから、此方が退けば余計に危ない。精霊の奪還。最優先はこれだろう。生身の人間に出来ることは、非常に限られているのだから。


「昼間のケリ、今つけてやるぜ...!」

「とっくに着いたろうがよ!」


 左から振られる鉄棒を、腕で流す訳にはいかずにしゃがんで避ける。潜り込んで襟を掴み、脚を払って押し倒す。倒れる瞬間に上をとろうとする一哉だが、健吾はそれに逆らわずに鉄棒を取り上げて放った。

 捨てられた鉄棒が音を立てる横で、地面に転がる男二人。拳を振り上げた一哉相手に、健吾は蹴り込む様にして転がる。アスファルトの上で取っ組み合う二人を尻目に、八千代は【積もる微力】を観察する。


(鋏を抉じ開けそうな程、生命力が溢れてる...やはり契約者に近づけるべきじゃないわ。少しでも離さないと...殺したら死ぬのか、疑ってしまいそう。)


 既に頭を蹴られ続け、闘気が貯まって来ている【魅惑な死神】が、針を刺して黙らせようと奮闘している。重くなる頭部がひび割れた頃、ようやく刺すことに成功した。

 深々と突き立てられた針は、意識と理性を奪う猛毒。甘美な誘惑と眠気にも似た陶酔に、【積もる微力】は脱力する。


『て、めぇ、ら...覚えと、けよ...』

「ふぅ、恐ろしい精霊ね...幽閉して距離を取るのが安全かしら?」


 出来れば、少したりとも近寄りたくは無い。契約者も近づけてはならない。

 遠距離では攻めきれず、タイマンを張るには分が悪い。あげくに奇襲にも勘づいてくるのだ。潰せるうちに潰すのが正解だろう。


「柏陽君、引き上げない?向こうの精霊と争ってる間に、この精霊を逃がしたくないもの。」

「今かよ!?」

「逃がすわけねぇだろ!おい、起きやがれレイズ!」

「くそ、先行ってろ!逃げるくらい出来る!」

「あら、ならお願いするわ。」


 引き上げる大蠍の足は速く、【宝物の瓶】達は静観を決めている。【意中の焦燥】と【母なる守護】が、暴れ続けている所為もあるだろうが。


「さって、どうするかね。」

「クソ...!そこを退きやがれ。」

「焦んなよ、どうせもう追い付けねぇ...楽しもうぜ?」


 ニヤリと笑う一哉が、健吾に走り出す。焦燥感を抑えながら、健吾は次の攻撃へと構えた。

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