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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第三章 舞踏にして武闘
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矢尻と鉛玉

 蹄の音を響かせながら、【疾駆する紅弓】が走る。後ろでぐったりとしているのは、陣場九郎である。


『主、生きているか?』

「気だるいだけじゃ、致死性は無いわ。拾い物じゃからか、ある程度は弱いしの~。」

『落ちるな、バカモノ。』


 頭が揺れている九郎を抱え直し、更に馬を走らせる。合流地点が見えてきて、九郎が携帯を取り出す。


「連絡があるか、見てくれんか?」

『どうやって使うんだ?』

「メモ用紙みたいなボタンを押すんじゃ。」


 あまりに時代に遅れた、二つ折りの機器を拙く操作し。【疾駆する紅弓】はメールを開く。


『何も無いが?』

「ふむ?彼女も交戦中か...はたまた何も無かったか。」

『何も無いならここで待つだろう?』

「ならば、探すか?一応、電話をかけてみとくれ。」

『ふむ?...えぇい、自分でやれ。』


 少しは粘ったが、すぐに携帯を九郎に突き返す。仕方なく、彼はそれを受け取って電話をかけた。


『...はいはい?クロさん?』

「四穂君かの?撤退じゃ、やられたわい。」

『うぇ!?クロさんが?今、ボクも向かってるから...そしたらホテルに戻る?』

「そうさな、屋上で陣取るかのぉ。」

『良く見えるもんね、了解。』


 電話を切り、ポケットにねじ込むと、九郎は全体重を己が精霊に預ける。


『おい。』

「すまんの、少し仮眠を取らせてくれ。」

『まったく...合流するまでだ。三人乗りだと、流石に寝こけた爺を担ぐ余裕は無いからな。』


 ルクバトの蹄の音が、心地よく響く中。九郎はゆっくりと眠りに落ちた。




『...るじ、主、起きたか?』

「む?」


 かけられた声に、微睡みから覚め。九郎はゆっくりと辺りを見渡した。


「もう着いたのか。」

『十分も経ったがな。』

「もう少し、ゆっくり来たら良かった?」

『これ以上遅れてどうする。早く乗れ、出るぞ。』


 座り直す九郎を見て、【疾駆する紅弓】は四穂を促した。三叉路から走りだし、そのまま高く聳えるホテルに向かう。


『捕まっていろ...!』

「力が出んのじゃがのぅ...」

「待って、何するの?ねぇ、教えて欲しいなーなんてぇ!?」


 ガクンと変わる加速度に、四穂は振り回される様に頭が動く。

 それもそうだろう。なにせ、その馬は垂直面を駆け上がっているのだから。


「なんでえぇぇー!」

「四穂君。仰け反らんでくれ、落ちる。」

『落ちるか。最後部は我だ、落馬なんぞはせん。』


 一気に屋上に躍り出た彼等は、強風に吹かれながらタイルに足をつける。


「寒ぅ...」

『文句しか言わんのか、小娘。』

「寒いんじゃて、仕方あるまい。それよりも、泡を巡らせてくれるかの?バレんよりも奇襲のが怖いわい。」


 九郎もまた、三成の事をなんとなく察していた。決してここで退かない人物だろう、と。

 共感者、と言っていた。つまる所、彼も無頼漢の部類なのだろう。故に、ここで逃げる手は無い。互いにいつでも介入のしやすく、あげくに遠距離での戦闘スタイル。潰せるタイミングは逃さないだろう。


『主、針の弾丸は?』

「抜いて捨てたわ。毒物の方が出血より厄介じゃからの。」

『ふん、どうせ焼いただろうに。』


 いつまでも流れて来ない血液に、【疾駆する紅弓】は傷口の事を揶揄する。

 あまりにも物騒な軽口に、四穂は聞こえなかったフリをしつつ、精霊を呼び出した。


「お願い、【泡沫の人魚姫(バブリングマーメイド)】。」

『承りました、そ~れ。』


 現界した人外の姫は、その両手を広げて泡を周囲に浮かべていく。辺りを漂うそれは、バレーボール程の大きさで回り始めた。


「...む?」

『どうした、主。』

「流れるならば分かるが...四穂君、少し動いとくれ。そうじゃの、あの辺りまで。」

「ボク?良いけど...」


 すぐに小走りで走った四穂を見て、九郎は確信を深める。


「お嬢ちゃん、泡を回しているのはお主かの?」

『いえ?私、浮かべることしか出来ませんもの。』

『...イタチ共か。となれば、銃撃が上から来るのも頷ける。』

「え?なに?どゆこと??」


 警戒を強めながら、九郎が周囲を見渡す。それに戸惑いながら、四穂が一人と二柱に近づいた。


『泡を見てみろ、お前を中心に回っている。そよ風程だがな。螺旋運動をする風を、操る力なのだろう。』

「おそらく索敵も兼ねとるじゃろう。銃撃なんぞ、四割も当たれば上等、それを賭けとして上に撃つとは思えん。」


 九郎の進言に、馬から降りた精霊が弓を構えつつ頷く。


『なるほどな、であればバレているか?』

「場所はの。だが、近寄れるかは別じゃ。あのタイプの銃は、45ヤードも離れれば威力が低い。射程限界じゃな。」

「どのくらい?」

「50メートル程じゃ。地上や周囲の建物から、狙撃出来る場所は無い。」

『だろうな...射程は明らかに此方が上で、地形も有利だ。どう出てくると思う?』


 弓弦の調子を確かめながら、精霊が問う。物理限界を越えた彼の弓は、十分な威力を保つ範囲として、200ヤードを優に凌ぐ。

 無音で飛来するそれは、10cm程度の木板ならば易く貫通するだろう。


「そうじゃな...まずは姿を隠すのは大前提じゃの。あの派手な車は使わんじゃろて。」

『だろうな。』

「そうさな、このホテルの中からか...上かの?」

「嘘、上って...空でも飛ぶの?」


 夜空を見上げ、不思議そうにする四穂に、九郎は苦笑しつつ答える。


「可能性の話じゃよ、可能ならする、と言った物じゃ。」

『だが、それを考える様な奴ということだろう?』

「まぁの。もう一人の協力者も分からんからのぅ...」

『まったく...神聖な武闘だというのに。これでは勢力の偏りが出るぞ。』


 協力や騙し討ち等...と嘆きを続ける【疾駆する紅弓】を無視し、九郎はウエストポーチから蝋燭を取り出した。

 そっと火をつければ、それはユラユラと揺れる。


「四穂君、悪いが動かんでくれの。火の向きが変われば、風向きの変化した証拠。その中心位置にいるじゃろう。」

「は~い。ねー、ボクの風は無くなんないのかな?」

「それは分からん。じゃが、術者が消えれば消えるじゃろて。」


 無論、風を纏わずに接近してくる事もあるだろう。【泡沫の人魚姫】も、周囲の泡に注意を向ける。泡の割れた瞬間、その位置が分かったその瞬間、攻勢に移るために。

 周囲を睨む【疾駆する紅弓】が、ふと視界の端に何かを捉える。即座に矢を放つが、それはタイルに音を立てて突き立つだけだ。


「何かおったか?」

『さぁな、ネズミだろう?』

「それなら、駆除せんとな。」


 気だるげに立ち上がる九郎が、敵を探ろうとした時。唐突に乾いた破裂音が響く。


「きゃっ!?」

「むぅ、上に撃ったか?」


 空を見上げるも、夜空は暗く弾丸は見つからない。星明かりが美しく星座を作るだけである。


「む、星が何か...」

『泡が割れましたわ!』

「どっち、【泡沫の人魚姫(バブリングマーメイド)】!」

『あちらの方』


 言い終わらないうちに、更に何度も爆発音が響く。それは至る所から聞こえ、広がっていく。

 勿論、泡もそれだけ割れていく。いくら泡が割れれば位置が分かると言えども、これだけ多いと意味が無い。


『あちら...いえ、こちら?』

「爆竹をばらまきおったな...!」


 落ち着けば聞き分けるのは容易、だがそれだけだ。反応が遅れるのは致命的で、三成の姿は未だに見えない。射抜くか、撃ち抜くか、早い方が勝る。


『角にまわれ!全方位なんて見てられん!』

「分かっとる!」


 毒の影響か、あまり早く走ると言った動きは出来ない。【疾駆する紅弓】の後ろに立ち、その目を持って見渡す。

 別の角で、泡を作り続ける【泡沫の人魚姫】の甲殻を盾に、四穂が困惑する。


「ねぇ、クロさん。ホントにいるの?人間の速さじゃ...クロさん?」

『...主?』

「見...事...!」


 ゆっくりと膝を着く九郎の向こう、ホテルの壁から三成は屋上に上がる。

 屋上に居たのは、端から精霊だけだったらしい。熱を発する銃口は、今しがた発砲されたことを示していた。


『貴様...!』

「外す距離じゃない。当然、壁にぶら下がってない今なら尚更、ね。」


 走り回っていた【狩猟する竜巻】を呼び戻しながら、三成は銃口を九郎に向ける。


「すまないが、九郎氏。貴方を天球儀まで運ぶ余力があるほど、私は強くない。ここで一度、死を経験して貰います。」

「分かっとるよ...それもまた、一興!」


 笑い声を上げる九郎に、三成は怪訝な顔をする。しかし、決して気は抜かず。その注意は泡に乗る人魚に向けられていた。


「クロさんを放してくれるかな?」

「まさか。私が逃げきるまで、解放は出来ない。私は手段を選べる様な、英雄では無いからね。」

「それなら...!」

「ポルクス、ターゲット。」


 まだ、四穂には風が吹いている。それならばと、三成が甲殻を避けて撃とうとする。その、銃口が離れた一瞬。それを九郎は逃さなかった。


「カスト」

「させんわ、若造!年寄りを舐めすぎじゃて!」


 確かに撃ち抜かれた、毒の回るその身で。九郎は三成を捉える。すぐに逃れようとする三成だが、九郎の方が早い。なぜなら、その動作は単純。後ろに倒れるだけだったからだ。


「な...!」

「最後の命令じゃ、相棒!我は主君にあらず、貴様は負けておらん!残された一日を使い、勝ってみせよ【疾駆する紅弓(アルスナルケイロン)】!」


 咄嗟に手を伸ばした精霊だったが、その手は空を掴んだ。


「四穂君、最後まで楽しかったわい。応援しとるよ。」

「クロさ」


 冷たい夜風が吹き、二人を誘う。フワリと宙に投げ出されたら、重力に逆らう術は無い。


「くぅ...!【狩猟する竜巻(ハンティングストーム)】、全力で壁に押し付けろぉ!」

『『了解...!』』

「させんわ!」


 逆巻く風が、二人をホテルの壁に擦り付ける。摩擦に服と肌を削りつつ、減速する二人だが、九郎が蹴りだした壁は遠ざかる。


「どうせ死ぬなら、道連れの一人でものぅ!旅は道連れ、世は情けじゃ!」

「生憎、一人旅が好みでね...!」


 風切り音の中、銃声が響いた...


 現在時刻、23時。

 残り時間、3日と8時間。

 残り参加者、???。

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