矢尻と鉛玉
蹄の音を響かせながら、【疾駆する紅弓】が走る。後ろでぐったりとしているのは、陣場九郎である。
『主、生きているか?』
「気だるいだけじゃ、致死性は無いわ。拾い物じゃからか、ある程度は弱いしの~。」
『落ちるな、バカモノ。』
頭が揺れている九郎を抱え直し、更に馬を走らせる。合流地点が見えてきて、九郎が携帯を取り出す。
「連絡があるか、見てくれんか?」
『どうやって使うんだ?』
「メモ用紙みたいなボタンを押すんじゃ。」
あまりに時代に遅れた、二つ折りの機器を拙く操作し。【疾駆する紅弓】はメールを開く。
『何も無いが?』
「ふむ?彼女も交戦中か...はたまた何も無かったか。」
『何も無いならここで待つだろう?』
「ならば、探すか?一応、電話をかけてみとくれ。」
『ふむ?...えぇい、自分でやれ。』
少しは粘ったが、すぐに携帯を九郎に突き返す。仕方なく、彼はそれを受け取って電話をかけた。
『...はいはい?クロさん?』
「四穂君かの?撤退じゃ、やられたわい。」
『うぇ!?クロさんが?今、ボクも向かってるから...そしたらホテルに戻る?』
「そうさな、屋上で陣取るかのぉ。」
『良く見えるもんね、了解。』
電話を切り、ポケットにねじ込むと、九郎は全体重を己が精霊に預ける。
『おい。』
「すまんの、少し仮眠を取らせてくれ。」
『まったく...合流するまでだ。三人乗りだと、流石に寝こけた爺を担ぐ余裕は無いからな。』
ルクバトの蹄の音が、心地よく響く中。九郎はゆっくりと眠りに落ちた。
『...るじ、主、起きたか?』
「む?」
かけられた声に、微睡みから覚め。九郎はゆっくりと辺りを見渡した。
「もう着いたのか。」
『十分も経ったがな。』
「もう少し、ゆっくり来たら良かった?」
『これ以上遅れてどうする。早く乗れ、出るぞ。』
座り直す九郎を見て、【疾駆する紅弓】は四穂を促した。三叉路から走りだし、そのまま高く聳えるホテルに向かう。
『捕まっていろ...!』
「力が出んのじゃがのぅ...」
「待って、何するの?ねぇ、教えて欲しいなーなんてぇ!?」
ガクンと変わる加速度に、四穂は振り回される様に頭が動く。
それもそうだろう。なにせ、その馬は垂直面を駆け上がっているのだから。
「なんでえぇぇー!」
「四穂君。仰け反らんでくれ、落ちる。」
『落ちるか。最後部は我だ、落馬なんぞはせん。』
一気に屋上に躍り出た彼等は、強風に吹かれながらタイルに足をつける。
「寒ぅ...」
『文句しか言わんのか、小娘。』
「寒いんじゃて、仕方あるまい。それよりも、泡を巡らせてくれるかの?バレんよりも奇襲のが怖いわい。」
九郎もまた、三成の事をなんとなく察していた。決してここで退かない人物だろう、と。
共感者、と言っていた。つまる所、彼も無頼漢の部類なのだろう。故に、ここで逃げる手は無い。互いにいつでも介入のしやすく、あげくに遠距離での戦闘スタイル。潰せるタイミングは逃さないだろう。
『主、針の弾丸は?』
「抜いて捨てたわ。毒物の方が出血より厄介じゃからの。」
『ふん、どうせ焼いただろうに。』
いつまでも流れて来ない血液に、【疾駆する紅弓】は傷口の事を揶揄する。
あまりにも物騒な軽口に、四穂は聞こえなかったフリをしつつ、精霊を呼び出した。
「お願い、【泡沫の人魚姫】。」
『承りました、そ~れ。』
現界した人外の姫は、その両手を広げて泡を周囲に浮かべていく。辺りを漂うそれは、バレーボール程の大きさで回り始めた。
「...む?」
『どうした、主。』
「流れるならば分かるが...四穂君、少し動いとくれ。そうじゃの、あの辺りまで。」
「ボク?良いけど...」
すぐに小走りで走った四穂を見て、九郎は確信を深める。
「お嬢ちゃん、泡を回しているのはお主かの?」
『いえ?私、浮かべることしか出来ませんもの。』
『...イタチ共か。となれば、銃撃が上から来るのも頷ける。』
「え?なに?どゆこと??」
警戒を強めながら、九郎が周囲を見渡す。それに戸惑いながら、四穂が一人と二柱に近づいた。
『泡を見てみろ、お前を中心に回っている。そよ風程だがな。螺旋運動をする風を、操る力なのだろう。』
「おそらく索敵も兼ねとるじゃろう。銃撃なんぞ、四割も当たれば上等、それを賭けとして上に撃つとは思えん。」
九郎の進言に、馬から降りた精霊が弓を構えつつ頷く。
『なるほどな、であればバレているか?』
「場所はの。だが、近寄れるかは別じゃ。あのタイプの銃は、45ヤードも離れれば威力が低い。射程限界じゃな。」
「どのくらい?」
「50メートル程じゃ。地上や周囲の建物から、狙撃出来る場所は無い。」
『だろうな...射程は明らかに此方が上で、地形も有利だ。どう出てくると思う?』
弓弦の調子を確かめながら、精霊が問う。物理限界を越えた彼の弓は、十分な威力を保つ範囲として、200ヤードを優に凌ぐ。
無音で飛来するそれは、10cm程度の木板ならば易く貫通するだろう。
「そうじゃな...まずは姿を隠すのは大前提じゃの。あの派手な車は使わんじゃろて。」
『だろうな。』
「そうさな、このホテルの中からか...上かの?」
「嘘、上って...空でも飛ぶの?」
夜空を見上げ、不思議そうにする四穂に、九郎は苦笑しつつ答える。
「可能性の話じゃよ、可能ならする、と言った物じゃ。」
『だが、それを考える様な奴ということだろう?』
「まぁの。もう一人の協力者も分からんからのぅ...」
『まったく...神聖な武闘だというのに。これでは勢力の偏りが出るぞ。』
協力や騙し討ち等...と嘆きを続ける【疾駆する紅弓】を無視し、九郎はウエストポーチから蝋燭を取り出した。
そっと火をつければ、それはユラユラと揺れる。
「四穂君、悪いが動かんでくれの。火の向きが変われば、風向きの変化した証拠。その中心位置にいるじゃろう。」
「は~い。ねー、ボクの風は無くなんないのかな?」
「それは分からん。じゃが、術者が消えれば消えるじゃろて。」
無論、風を纏わずに接近してくる事もあるだろう。【泡沫の人魚姫】も、周囲の泡に注意を向ける。泡の割れた瞬間、その位置が分かったその瞬間、攻勢に移るために。
周囲を睨む【疾駆する紅弓】が、ふと視界の端に何かを捉える。即座に矢を放つが、それはタイルに音を立てて突き立つだけだ。
「何かおったか?」
『さぁな、ネズミだろう?』
「それなら、駆除せんとな。」
気だるげに立ち上がる九郎が、敵を探ろうとした時。唐突に乾いた破裂音が響く。
「きゃっ!?」
「むぅ、上に撃ったか?」
空を見上げるも、夜空は暗く弾丸は見つからない。星明かりが美しく星座を作るだけである。
「む、星が何か...」
『泡が割れましたわ!』
「どっち、【泡沫の人魚姫】!」
『あちらの方』
言い終わらないうちに、更に何度も爆発音が響く。それは至る所から聞こえ、広がっていく。
勿論、泡もそれだけ割れていく。いくら泡が割れれば位置が分かると言えども、これだけ多いと意味が無い。
『あちら...いえ、こちら?』
「爆竹をばらまきおったな...!」
落ち着けば聞き分けるのは容易、だがそれだけだ。反応が遅れるのは致命的で、三成の姿は未だに見えない。射抜くか、撃ち抜くか、早い方が勝る。
『角にまわれ!全方位なんて見てられん!』
「分かっとる!」
毒の影響か、あまり早く走ると言った動きは出来ない。【疾駆する紅弓】の後ろに立ち、その目を持って見渡す。
別の角で、泡を作り続ける【泡沫の人魚姫】の甲殻を盾に、四穂が困惑する。
「ねぇ、クロさん。ホントにいるの?人間の速さじゃ...クロさん?」
『...主?』
「見...事...!」
ゆっくりと膝を着く九郎の向こう、ホテルの壁から三成は屋上に上がる。
屋上に居たのは、端から精霊だけだったらしい。熱を発する銃口は、今しがた発砲されたことを示していた。
『貴様...!』
「外す距離じゃない。当然、壁にぶら下がってない今なら尚更、ね。」
走り回っていた【狩猟する竜巻】を呼び戻しながら、三成は銃口を九郎に向ける。
「すまないが、九郎氏。貴方を天球儀まで運ぶ余力があるほど、私は強くない。ここで一度、死を経験して貰います。」
「分かっとるよ...それもまた、一興!」
笑い声を上げる九郎に、三成は怪訝な顔をする。しかし、決して気は抜かず。その注意は泡に乗る人魚に向けられていた。
「クロさんを放してくれるかな?」
「まさか。私が逃げきるまで、解放は出来ない。私は手段を選べる様な、英雄では無いからね。」
「それなら...!」
「ポルクス、ターゲット。」
まだ、四穂には風が吹いている。それならばと、三成が甲殻を避けて撃とうとする。その、銃口が離れた一瞬。それを九郎は逃さなかった。
「カスト」
「させんわ、若造!年寄りを舐めすぎじゃて!」
確かに撃ち抜かれた、毒の回るその身で。九郎は三成を捉える。すぐに逃れようとする三成だが、九郎の方が早い。なぜなら、その動作は単純。後ろに倒れるだけだったからだ。
「な...!」
「最後の命令じゃ、相棒!我は主君にあらず、貴様は負けておらん!残された一日を使い、勝ってみせよ【疾駆する紅弓】!」
咄嗟に手を伸ばした精霊だったが、その手は空を掴んだ。
「四穂君、最後まで楽しかったわい。応援しとるよ。」
「クロさ」
冷たい夜風が吹き、二人を誘う。フワリと宙に投げ出されたら、重力に逆らう術は無い。
「くぅ...!【狩猟する竜巻】、全力で壁に押し付けろぉ!」
『『了解...!』』
「させんわ!」
逆巻く風が、二人をホテルの壁に擦り付ける。摩擦に服と肌を削りつつ、減速する二人だが、九郎が蹴りだした壁は遠ざかる。
「どうせ死ぬなら、道連れの一人でものぅ!旅は道連れ、世は情けじゃ!」
「生憎、一人旅が好みでね...!」
風切り音の中、銃声が響いた...
現在時刻、23時。
残り時間、3日と8時間。
残り参加者、???。




