無頼漢と風来坊
突き立てられる矢も、すでに何本になるか。家屋の壁を易く貫いたそれに、三成は溜め息を吐いた。
既に二分はたった。だが、警戒した九郎が、遠距離狙撃に切り替えたのだ。上方向から射られた矢から、距離を測るが...銃撃で十分とは言えない距離。
(この一発は大きい...最大リソースを得なければ、此方が屠られる。)
カストルの見つかる恐れも増える、あまり時間をかけたくは無い。しかし、距離が離れると威力も射程も心配だ。
(仕方がない、か。)
リスキーではあるが、立てこもる。遠距離から見えなくなれば、場所を変えざるを得ず。それには、あまり遠いと労力がかかる。駆けつけない相方、把握出来ない他の参加者。向こうも焦る気持ちはある筈だ。
出来るだけ視界が通らず、頑丈な。コンクリートで固められた、何かの倉庫のような物に入る。埃も被っており、廃棄された物なのだろう。
二階は通路の様になっており、体育館程の大きさ。クレーンが一台、電源は生きている様だ。
「...ふぅ、弥勒君は上手くやっているみたいかな。」
続くタイマンに満足し、チラリと外の様子を伺う。ポルクスがいれば、そう言った事もしなくてすむのだが...
無いものは仕方ない。窓を破って飛び込んできた矢を、すんでの所で避けて諦める。
「何処まで来るか...根比べと行こうか。」
日が落ちきり、冷え込んで来た頃。睡魔に襲われかけていた三成が、物音に気付き入り口を見る。
入ってきたのは、馬から降りた精霊。散々走り回ったとはいえ、この狭い空間では乗馬に意義を見いだせなかったか。
『主、本当にここか?』
「出ていった所は見とらん。射ぬける場所にもおらん。なら...そこの配電盤の中かの?」
(バレた...隙間から見えているとでも?)
薄暗がりの中から、目があったような気がする。出るか迷ったのは一瞬。このまま串刺しにされるよりは良い。
飛び出し、棚の後ろに隠れる三成に、カストルが隙間から合流を果たした。すぐに黒い獣に矢が放たれるが、少し遅い。
『うぉっ!?あぶねぇ...よぅ、兄弟。』
「君が来るのは、お見通しだったようだね。だが、助かる。」
『ったく、馬を置いてかれたら、意味がねぇよな...で?なんで建物の中よ?』
「天井の窓、開けてくれ。」
『あぁ、了解...』
すぐに走り出すカストルは、毛並みの色も含めて見つけづらい。それでも、射ぬかれてはたまらないので、構えさせる事は、しない。
「陣場九郎、現在52歳。高校を卒業と同時に、世界を相手にサバイバルを挑む『冒険旅行記』の著者であり、その体験者。」
「ほぅ、ファンならサインの一つでもいるかの?」
「いや、ファンというより...共感者だ。」
飛び出し様に発砲、すぐに次の遮蔽物へと飛び込む。狙いをつけられなかったからか、当然それは外れるが。威嚇の役目は存分に果たせた。
頬から血を垂らした九郎が、ニヤリと笑みを浮かべる。
「なるほど、確かにのぅ。」
『貴様らの共感と、我の知る共感に著しい相違を感じるが?』
すぐに弓を構え、次の行動を待つ【疾駆する紅弓】。空き箱を投げて、軽くフェイントをかけるが、それには誘われない。
仕方なく飛び出し、瞬時に九郎へと発砲する。
「防がんでいい!」
『了解。』
迷いなく三成に射られた矢は、飛び出す前に手に取った鉄板で防ぐ。寸分違わずに心臓に射られた矢も、金属を貫通した後では、肉に刺さることは無かった。
「くっ...!」
強引に動かした左肩が痛み、呻き声が漏れる。次の場所に隠れる前に、もう一射。痛みで走る足が遅れ、すぐ面前を通過した。
冷や汗を流しながら、三成は物陰に隠れる。そして、そっとマガジンを変更した。
「惜しいの、顔を射ぬいたと思ったが。」
『ふん、すぐにもう一度やれば良い。』
棚の隙間から覗く三成へ、弓弦が音を立てて矢を放つ。赤く尾を引く光の矢は、針の穴を通す様に三成の元に吸い込まれていく。
放った瞬間には逃げ出していた三成が、立て続けに二発発砲する。銃声を聞き、警戒した【疾駆する紅弓】だが、痛みは来ない。
『主?』
「射線に入る程の愚行はせんわ...上か!」
見上げた瞬間、落ちてきたのは瓦礫を詰めた箱。衝撃で外れる様にして、クレーンでつり上げたのだ。取れたピンは、ワイヤーをフックから滑り落とさせる。
瞬時に飛び退いた九郎の後ろで、もうもうと土煙が回っている。
「...む?」
背後の違和感に、そちらに注意を向ける。そこから飛びかかったのは、カストルだ。
「うぉっ!?」
『貴様、熊に比べれば何ともないのでは無かったのか?』
「喧しい!驚きもするわ!」
顔を塞がれた九郎に向けて、三成が発砲する。しかし、その鉛弾は矢に射ぬかれて、あらぬ方向へと飛んだ。
カストルを顔からひっぺがし、【疾駆する紅弓】を労った九郎が、三成を視界にいれる。
「やっと顔が見れたわい。して、次はどうするかね?若造め。」
「さぁね、どうしたものか。」
「...落ち着いておるな。何を企んどる?」
「もう、何も。」
肩を竦めた三成が、指を立てる。そして、それをリズムでも刻むように、ゆっくりと振る。不可解な動きに、九郎は警戒して三成を注視した。
「5、4、3」
「何の真似じゃ。」
「2、1」
『...っ!主よ、それを投げろ!』
いち早く察した【疾駆する紅弓】が、カストルを示して叫ぶ。だが、それは遅い。
弓を引くよりも早く、カストルを離すより早く。風によって的確に九郎の位置を知覚しているカストルは、それを誘導していた。
「...0。」
開いた天窓から、弾丸が風を纏って落ちる。風の起こす螺旋回転は強く、多少のズレは強引に修正される。
正確に九郎を狙うそれは、咄嗟に放たれた矢に掠り、脳天ではなく肩に命中する。風がなければ、もう少し距離を弾けただろうが、首の側に着弾したそれは、肉を裂いて骨にまで到達した。
「ぐ、ぬうぅ...!」
『主!』
「仕留め損ねた...!」
投げ出されたカストルが、瞬時に三成の右手に飛び付き。風を弾丸に付与した瞬間に、引き金は引かれる。
「カストル、ハンティング!」
「射ぬけ、【疾駆する紅弓】!」
風を纏う弾丸と、赤い彗星の如き矢が交錯し。
竜巻に守られた三成の頬と、射線からずれた九郎の肩を、それぞれ掠った。
「湾曲するのか...!」
「まだ仕留め切れない...!」
攻撃されなかった【疾駆する紅弓】が、再び矢を番えて放つ。腹を狙ったそれは、剃らし切れずに脇腹に突き刺さる。
『兄弟、風向きを読まれた!次で当てるぞ!』
『このまま射ぬいてくれる!』
しかし、その矢が放たれた時、間に影が飛び込んだ。白い、フワフワした毛皮の、不死身の片割れ。
『いってぇ!?』
『何!?』
駆けつけたポルクスが、矢を受け止める。その一瞬、精霊の視界が止まった時、破裂音が響く。
「がふっ...」
『く、生きてるか?』
「急所は外れとる...じゃが、なんだこの怠さは...」
精霊にもたれ掛かる九郎に、三成は銃を向けながら答える。
「蠍の刺ですよ、九郎氏。削って薬莢に詰めた物だが...効果があってなにより。」
「どうせ、一度は己で実験しとろうに...白々しいのぅ。」
三日目の夜。どさくさに紛れて、一つ回収してきたのである。
『で?兄弟。どうする?』
「そうだな...九郎氏、貴方はどちらを望みます?」
「仮初めの死にも興味はあるがの...もう一つの選択じゃな。」
「なら、外の車に」
リタイアの為、天球儀へ向かう。そのつもりの三成に、九郎は獰猛な視線を向けた。
「蹴り飛ばし、進む。」
「何?」
「やれぃ、相棒!」
『ルクバト!!』
瓦礫の向こうから飛び込んだ馬が、三成に突進する。距離が近く、撃ち殺しても下敷きは確定。仕方なく回避を選択する。
『乗れるな?』
「落ちんぐらいならの。」
倒れるポルクスと、肩に乗るカストル。銃を向け直す三成。その全員を見て、【疾駆する紅弓】は弓をつがえる。
『来るなら殺す、例外はない。』
「その前に撃つ...ともいかないか。」
相討ちとなれば、三成も本意では無い。この場は諦めるしかないだろう。
走りさる【疾駆する紅弓】に、三成は銃口を向けるが...瓦礫の隙間を撃ち抜ける程、手慣れてはいない。
『うぐおぉぉ...助かったと思って駆けつけたら、これって...』
『無事かー?兄弟。』
矢を抜き取って呻くポルクスに、カストルが安否を訪ねる。地面でモフモフと戯れる二柱を尻目に、三成は溜め息を落とした。
「助かったが、自分で刺さりに行かなくても良かったんじゃないかな?」
『俺は兄弟ほど、早くも器用でもねーの!いってぇぇ...』
「差異があったのか。」
『でねーと、俺は死ぬだけの劣化番だな。ポルクス、傷は浅いぞ~。』
『だから!余計に!いてぇの!』
見る間に塞がっていく傷口に、ポルクスは息を吹き掛ける。それで、何が変わると言うのだろうか?
「さて、向こうの様子は?」
『へへん、バッチリと風はつけてるぜ。...合流かね?』
『みてぇだな。撃ち込んだ弾丸の風と、ポルクスの風。近づいてやがる。』
「はぁ、難儀な...弥勒君に見つかる前に、始末をつけよう。ここで逃がせば、チャンスは二度と来ないし...九郎氏なら、私への報復もあり得る。」
ここで仕留める。新しく弾丸を装填しながら、三成は立ち上がる。
『しゃーない。つき合うぜ、兄弟。』
『俺やあんたの怪我も、考えてくれっと嬉しいんだけどね?』
二柱の獣も、柔らかい竜巻を纏いつつ。彼の肩に乗っかり、そっとその目を光らせた。




