射手の彗星
結局、夕方を過ぎても彼女が動くことは無く。精霊を二柱揃える事の方が重要だと、三成は車のギアを2へと入れた。
左足を離しつつ、アクセルを深めていく。あっという間に主要道路に入ったランサーは、そのまま目的へと進んでいく。
「...あ、すいません。」
「もう少し寝てもらっても、構わなかったんだがね。到着まで少しある。」
『兄弟、スピード出しすぎだって...』
呆れた様にスピードメーターの横に出現するカストルが、示した時には80㎞/hに到達していた。
急ぐ訳でも無いのに、少し飛ばし過ぎである。辺りの警察も、去った訳ではない。目立つ行動は避けるべきだろう。アクセルを緩めると、少し景色を見渡す余裕が増えた。
「日が落ちて、警察も引っ込みましたね...」
「まだ見かけるけどね。しかし、温情なのかな。やはり、しっかりとゲームはして貰わないと困るらしい。」
相変わらず意図は掴めない。だが、それは仕事内容には関係ない物だろう。
(だが...参加者だとは思わなかったな。開催者はどうやって、行方不明の彼女を...。話を聞いた限り、人を避けていた筈だが。)
探しやすくなったのか、探しにくくなったのか。とはいえ、弥勒が直接対峙可能なのは、好条件かもしれない。どんな形になるかは分からないが、依頼の終了も目に見えてきた。
ほんの少し、油断が出たのか。はたまた、敵が流石なのか。とにかく確かなのは、いつの間にか車に並走する者が居たことである。
「...っ!双寺院さん、右に!」
「なに?」
視線を向けた三成の目に、今にも放たれんばかりに引き絞られた弓矢が写る。
回避?いや、狙い直す方が早い。防御?防ぐ手立てはない。精霊?この場面で活躍できる速攻性は無い。
「仕方ないか...!」
瞬間的に判断を下した三成は、ハンドルを全力で右へと回す。スリップ音を聞きながら、更にアクセルを踏み込む。
「ぬ?」
『呆けている場合か!?』
突然に頭を此方に向けた車体に、【疾駆する紅弓】は咄嗟に馬を跳ねさせ、ボンネットの上へと回避する。
振り落とされれば、着地次第では大怪我。そのまま駆け抜けるしかない。
『だが、一矢は報いようか!』
「あの姿勢からか!?」
即座に弓を下に向け、すれ違い様に三成へと放つ。派手な音を立てて、フロントガラスに穴があく。身を捻り回避するも、左肩を貫いた矢が、彼をシートに縫い付けた。
すぐにブレーキを踏み込み、後ろが滑り始めたのを確認して、アクセルを離す。再びタイヤがグリップを戻した時には、前後は逆。アクセルを踏み込んで加速する。
「双寺院さん、肩」
「今はいい。それよりも、何処か適当な場所で下ろす。彼の協力者を見つけて、食い止めておいてくれ。」
「...分かりました。その代わり、終わったら治療の為に一度、退きますからね。そのまま活動はさせません。」
「了解、頼んだよ。」
涼しい顔に汗を滲ませながら、遮蔽物の多い路地へと彼女を下ろす。その頃には、後ろから【疾駆する紅弓】も追い付いていた。
「相棒、遠慮はいらん!派手に射ぬけぃ!」
『言われずとも...!』
空を切り裂き、飛来した矢はリアガラスを割って、三成の心臓を狙う。
『アブねぇな、おい。』
「助かったよ、カストル。」
間一髪で間に合った精霊が、全体重によって矢を踏みつける。後部座席に赤く光る矢が落ちて、ボンヤリと車内を照らした。
このままでは射ぬかれると判断し、痛みを堪えてギアを1へと入れる。アクセルを踏み込み、強引に発進したランサーの四肢が、アスファルトに跡を残した。
「まさか先手を打たれるとはね...仕方ないから、ドライブデートと行こうか。」
『兄弟、それは若い男女が隣に座って、ってやつだろ?ジジイとオッサンが並んで爆走すんのは違うぜ。』
「オッサ...んん、細かい事は良いんだよ。それに、並ぶだって?」
ギリギリまでローギアで引っ張り、サード、トップへとギアを入れる。そこからは、左腕は休憩だ。目前の角を強引に曲がり、彼はミラーで後ろを見る。
「馬に負ける程、柔な奴じゃないよ、ランエボは!」
『無茶苦茶しやがる...』
もう構わないとでも言うように、壁に擦るギリギリの速度で走行を続ける。追い縋る【疾駆する紅弓】も、この速度では弓をつがえる暇は無い。
とはいえ、そこは精霊。100を越える中でも遅れを取ることは無い。...どちらかといえば、生身で平然としている九郎の方が、おかしいくらいだが。
『どこまで行くんだ?』
「このまま、という訳にもいかないが...まずはこれを抜いてくれ、でなければ話にならない。」
『そりゃそうだ。痛むぜ、兄弟。』
肩に刺さった矢をしっかりと咥えると、カストルはそれをサッと引っこ抜く。短く息をつまらせる三成が、流れる血を眺めて呻く。
「トランクに、止血剤と包帯があったはずだ。」
『あいよ、巻けるか?』
「こればかりは、君は無理だろう?」
とはいえ、再び射抜かれたら意味が無い。取り敢えず、止血剤だけでも塗布して貰う。徐々に血が固まり、やがてべっとりと、こびりついて止まる。
とはいえ、これは瘡蓋さえ出来ていない、簡易的な物。動かせばまた、出血を始めるだろう。
「やれやれ、一張羅が台無しだ。」
『言ってる場合か?』
不味っ、と薬と血を吐き捨てて、カストルは包帯を取り出した。
『噛んでてやるから、巻けよ。』
「左腕でハンドルを?」
『速度を落とせ。出来なくはねぇだろ?』
「随分と厳しい精霊だ。」
痛みに歯を食い縛りながら、左手でハンドルを操作し、路地へと入る。馬は曲がるのが苦手だ、時折ガンガンと当てつつも進む車に、中々追い付けないだろう。
『さっさと巻けよ、兄弟。すぐに来るぞ。』
「そうは言っても、ね。揺れてるんだよ。」
ギアは2速に落としてある。傷口に布を当てて、服の上から乱雑に巻いていく。苦手なのか、不器用にグルグルと巻く三成に、カストルは叫んだ。
『だぁ、こんだけ巻けりゃいい!貸せ!』
「すまない、頼む。」
『出来ねぇなら、出来ねぇって言えよな。』
端を咥え、駆け抜ける。少しきつめに、そして明らかに広い範囲を巻くと、その端を巻いた所に突っ込んで引く。
『おら、終わったぞ。』
「雑だな。」
『前半はお前だけどな?兄弟?』
傷口が開いても、これなら急に大量に失う事は無いだろう。塀や空き家、家屋の並ぶ路地は、迷路の様である。
「降りるぞ、カストル。流石に暫く、運転は控えるとしよう...」
『へい、兄弟。馬相手にどう勝つ?』
「一撃、凌げれば連続では来ないだろう。止まれば撃ち抜く、それは向こうも承知だろうさ。」
走り抜けながらの狙撃。直線で駆けるならば、猶予は短く。狙い射つのは一撃でも、難しいのは間違いない。
しかし、相手は精霊なのだ。一撃が来るのは確信していいだろう。それを防ぐ、そして反撃。彼に出来るのはそれだけであり、それで事足りる。
『...諦めたか?黒服の男よ。』
「相棒、問答無用じゃろう。向こうは殺す気じゃ。」
『我らも変わらんがな、それは!』
無言で見つめる三成に、馬上から弓をつがえ、馬を走らせる。咄嗟に銃を抜き、発砲する。
ライフリングによって、回転を弾丸に与える爆風は、鉛弾を加速させながら銃口より飛び出す。火薬の匂いと共に外界へ出た弾丸は、空を切りまっすぐに馬を狙う。
「落とせ。」
『無論。』
撃つより早いか否か、といったタイミングで射られた矢が、一直線に飛び。その軌道の重なる弾丸と打ち合い、弾け飛ぶ。
「物騒な。日本の外でも日常的には見んぞ?」
「そいつは良かった。」
すぐに路地へと走り、姿を眩ませる三成。【疾駆する紅弓】は本能のままに、ルクバトを走らせて追いかける。
『走り出したぜ、兄弟。』
「すぐに風を止めてくれ。そうだな...次はあの箱で頼む。」
『了解、弾丸の索敵、停止するぜ。』
右肩に乗せたカストルが、周囲に風を回して索敵する。もう一つの風は、要所要所で対象を変えて、追いかける九郎を察知する。
『ち、正確に曲がってくるな。追ってきてる。』
「ポルクスは?」
『爺さんとは居ねぇな。今は...泡ん中?』
「合流は無理か...勘で当てられるかい?」
空を示しながら問う三成に、カストルは鼻を鳴らす。
『無茶だろ...俺が奴に取り付けば別だけどな。』
「それだと、私が無防備だと、言うことか...まぁ、ポルクスがいないなら、致し方ない。」
『マジかよ?』
「君こそ、くたばるなよ?」
一つだけ、弾丸に風を付与する。カストルが離れては、三成は周囲の動向を把握出来ない。賭けの要素が強まる。
『マジでいいんだな?』
「無論だ。」
『二分だ、それで行ってやる。』
最後にもう一言だけ確認し、カストルは三成から離れた。つい先ほどまであった、声が聞こえなくなり。まるで目を閉じて歩くような心地。
(もっとも、ゲームの外ではこれが当たり前だが、ね。)
耳をそばだて、足音を殺し、死角に注意を向ける。だが、足を止めてはならない。追い付かれれば、不利なのは三成だからだ。
二分。それだけ逃げるだけだ。対面しても、牽制の弾丸はある。残りは多くは無いが、切り抜けるには十分だろう。
「相棒、向こうじゃ!」
(気づかれた?痕跡は残して無い筈なんだがな。...いや、影か。)
夕陽が長く伸ばす影は、角の向こうからも見える。物に紛れさせてはいるが、僅かな動きや遠近感からだろうか?取り敢えず、走るしか無いようだ。
念のため、銃口を後ろに向けながら走る。形さえ整えておけば、警戒はしてくれるだろう。
日が落ちれば、此方が有利になるかも知れない。だが、それまで体力が持つかどうか。やはり、一手にかけるしかないだろう。
「若造!いつまで続けるかのぅ!」
薄々、何かに勘づいたのだろうか。時間を気にする怒鳴り声で、三成の動揺を誘う九郎。だが、生憎と彼は怒鳴られるのは慣れている。その程度で平静は乱れない。
威嚇射撃にと射られた矢も、場所を悟られている訳ではないと、安心出来る要素になる。心を殺して、冷静に時を待つ...
現在時刻、18時。
残り時間、3日と13時間。
残り参加者、12名。




