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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第三章 舞踏にして武闘
32/144

射手の彗星

 結局、夕方を過ぎても彼女が動くことは無く。精霊を二柱揃える事の方が重要だと、三成は車のギアを2へと入れた。

 左足を離しつつ、アクセルを深めていく。あっという間に主要道路に入ったランサーは、そのまま目的へと進んでいく。


「...あ、すいません。」

「もう少し寝てもらっても、構わなかったんだがね。到着まで少しある。」

『兄弟、スピード出しすぎだって...』


 呆れた様にスピードメーターの横に出現するカストルが、示した時には80㎞/hに到達していた。

 急ぐ訳でも無いのに、少し飛ばし過ぎである。辺りの警察も、去った訳ではない。目立つ行動は避けるべきだろう。アクセルを緩めると、少し景色を見渡す余裕が増えた。


「日が落ちて、警察も引っ込みましたね...」

「まだ見かけるけどね。しかし、温情なのかな。やはり、しっかりとゲームはして貰わないと困るらしい。」


 相変わらず意図は掴めない。だが、それは仕事内容には関係ない物だろう。


(だが...参加者だとは思わなかったな。開催者はどうやって、行方不明の彼女を...。話を聞いた限り、人を避けていた筈だが。)


 探しやすくなったのか、探しにくくなったのか。とはいえ、弥勒が直接対峙可能なのは、好条件かもしれない。どんな形になるかは分からないが、依頼の終了も目に見えてきた。

 ほんの少し、油断が出たのか。はたまた、敵が流石なのか。とにかく確かなのは、いつの間にか車に並走する者が居たことである。


「...っ!双寺院さん、右に!」

「なに?」


 視線を向けた三成の目に、今にも放たれんばかりに引き絞られた弓矢が写る。

 回避?いや、狙い直す方が早い。防御?防ぐ手立てはない。精霊?この場面で活躍できる速攻性は無い。


「仕方ないか...!」


 瞬間的に判断を下した三成は、ハンドルを全力で右へと回す。スリップ音を聞きながら、更にアクセルを踏み込む。


「ぬ?」

『呆けている場合か!?』


 突然に頭を此方に向けた車体に、【疾駆する紅弓】は咄嗟に馬を跳ねさせ、ボンネットの上へと回避する。

 振り落とされれば、着地次第では大怪我。そのまま駆け抜けるしかない。


『だが、一矢は報いようか!』

「あの姿勢からか!?」


 即座に弓を下に向け、すれ違い様に三成へと放つ。派手な音を立てて、フロントガラスに穴があく。身を捻り回避するも、左肩を貫いた矢が、彼をシートに縫い付けた。

 すぐにブレーキを踏み込み、後ろが滑り始めたのを確認して、アクセルを離す。再びタイヤがグリップを戻した時には、前後は逆。アクセルを踏み込んで加速する。


「双寺院さん、肩」

「今はいい。それよりも、何処か適当な場所で下ろす。彼の協力者を見つけて、食い止めておいてくれ。」

「...分かりました。その代わり、終わったら治療の為に一度、退きますからね。そのまま活動はさせません。」

「了解、頼んだよ。」


 涼しい顔に汗を滲ませながら、遮蔽物の多い路地へと彼女を下ろす。その頃には、後ろから【疾駆する紅弓】も追い付いていた。


「相棒、遠慮はいらん!派手に射ぬけぃ!」

『言われずとも...!』


 空を切り裂き、飛来した矢はリアガラスを割って、三成の心臓を狙う。


『アブねぇな、おい。』

「助かったよ、カストル。」


 間一髪で間に合った精霊が、全体重によって矢を踏みつける。後部座席に赤く光る矢が落ちて、ボンヤリと車内を照らした。

 このままでは射ぬかれると判断し、痛みを堪えてギアを1へと入れる。アクセルを踏み込み、強引に発進したランサーの四肢が、アスファルトに跡を残した。


「まさか先手を打たれるとはね...仕方ないから、ドライブデートと行こうか。」

『兄弟、それは若い男女が隣に座って、ってやつだろ?ジジイとオッサンが並んで爆走すんのは違うぜ。』

「オッサ...んん、細かい事は良いんだよ。それに、並ぶだって?」


 ギリギリまでローギアで引っ張り、サード、トップへとギアを入れる。そこからは、左腕は休憩だ。目前の角を強引に曲がり、彼はミラーで後ろを見る。


「馬に負ける程、柔な奴じゃないよ、ランエボ(こいつ)は!」

『無茶苦茶しやがる...』


 もう構わないとでも言うように、壁に擦るギリギリの速度で走行を続ける。追い縋る【疾駆する紅弓】も、この速度では弓をつがえる暇は無い。

 とはいえ、そこは精霊。100を越える中でも遅れを取ることは無い。...どちらかといえば、生身で平然としている九郎の方が、おかしいくらいだが。


『どこまで行くんだ?』

「このまま、という訳にもいかないが...まずはこれを抜いてくれ、でなければ話にならない。」

『そりゃそうだ。痛むぜ、兄弟。』


 肩に刺さった矢をしっかりと咥えると、カストルはそれをサッと引っこ抜く。短く息をつまらせる三成が、流れる血を眺めて呻く。


「トランクに、止血剤と包帯があったはずだ。」

『あいよ、巻けるか?』

「こればかりは、君は無理だろう?」


 とはいえ、再び射抜かれたら意味が無い。取り敢えず、止血剤だけでも塗布して貰う。徐々に血が固まり、やがてべっとりと、こびりついて止まる。

 とはいえ、これは瘡蓋さえ出来ていない、簡易的な物。動かせばまた、出血を始めるだろう。


「やれやれ、一張羅が台無しだ。」

『言ってる場合か?』


 不味っ、と薬と血を吐き捨てて、カストルは包帯を取り出した。


『噛んでてやるから、巻けよ。』

「左腕でハンドルを?」

『速度を落とせ。出来なくはねぇだろ?』

「随分と厳しい精霊だ。」


 痛みに歯を食い縛りながら、左手でハンドルを操作し、路地へと入る。馬は曲がるのが苦手だ、時折ガンガンと当てつつも進む車に、中々追い付けないだろう。


『さっさと巻けよ、兄弟。すぐに来るぞ。』

「そうは言っても、ね。揺れてるんだよ。」


 ギアは2速に落としてある。傷口に布を当てて、服の上から乱雑に巻いていく。苦手なのか、不器用にグルグルと巻く三成に、カストルは叫んだ。


『だぁ、こんだけ巻けりゃいい!貸せ!』

「すまない、頼む。」

『出来ねぇなら、出来ねぇって言えよな。』


 端を咥え、駆け抜ける。少しきつめに、そして明らかに広い範囲を巻くと、その端を巻いた所に突っ込んで引く。


『おら、終わったぞ。』

「雑だな。」

『前半はお前だけどな?兄弟?』


 傷口が開いても、これなら急に大量に失う事は無いだろう。塀や空き家、家屋の並ぶ路地は、迷路の様である。


「降りるぞ、カストル。流石に暫く、運転は控えるとしよう...」

『へい、兄弟。馬相手にどう勝つ?』

「一撃、凌げれば連続では来ないだろう。止まれば撃ち抜く、それは向こうも承知だろうさ。」


 走り抜けながらの狙撃。直線で駆けるならば、猶予は短く。狙い射つのは一撃でも、難しいのは間違いない。

 しかし、相手は精霊なのだ。一撃が来るのは確信していいだろう。それを防ぐ、そして反撃。彼に出来るのはそれだけであり、それで事足りる。


『...諦めたか?黒服の男よ。』

「相棒、問答無用じゃろう。向こうは殺す気じゃ。」

『我らも変わらんがな、それは!』


 無言で見つめる三成に、馬上から弓をつがえ、馬を走らせる。咄嗟に銃を抜き、発砲する。

 ライフリングによって、回転を弾丸に与える爆風は、鉛弾を加速させながら銃口より飛び出す。火薬の匂いと共に外界へ出た弾丸は、空を切りまっすぐに馬を狙う。


「落とせ。」

『無論。』


 撃つより早いか否か、といったタイミングで射られた矢が、一直線に飛び。その軌道の重なる弾丸と打ち合い、弾け飛ぶ。


「物騒な。日本の外でも日常的には見んぞ?」

「そいつは良かった。」


 すぐに路地へと走り、姿を眩ませる三成。【疾駆する紅弓】は本能のままに、ルクバトを走らせて追いかける。


『走り出したぜ、兄弟。』

「すぐに風を止めてくれ。そうだな...次はあの箱で頼む。」

『了解、弾丸の索敵、停止するぜ。』


 右肩に乗せたカストルが、周囲に風を回して索敵する。もう一つの風は、要所要所で対象を変えて、追いかける九郎を察知する。


『ち、正確に曲がってくるな。追ってきてる。』

「ポルクスは?」

『爺さんとは居ねぇな。今は...泡ん中?』

「合流は無理か...勘で当てられるかい?」


 空を示しながら問う三成に、カストルは鼻を鳴らす。


『無茶だろ...俺が奴に取り付けば別だけどな。』

「それだと、私が無防備だと、言うことか...まぁ、ポルクスがいないなら、致し方ない。」

『マジかよ?』

「君こそ、くたばるなよ?」


 一つだけ、弾丸に風を付与する。カストルが離れては、三成は周囲の動向を把握出来ない。賭けの要素が強まる。


『マジでいいんだな?』

「無論だ。」

『二分だ、それで行ってやる。』


 最後にもう一言だけ確認し、カストルは三成から離れた。つい先ほどまであった、声が聞こえなくなり。まるで目を閉じて歩くような心地。


(もっとも、ゲームの外ではこれが当たり前だが、ね。)


 耳をそばだて、足音を殺し、死角に注意を向ける。だが、足を止めてはならない。追い付かれれば、不利なのは三成だからだ。

 二分。それだけ逃げるだけだ。対面しても、牽制の弾丸はある。残りは多くは無いが、切り抜けるには十分だろう。


「相棒、向こうじゃ!」

(気づかれた?痕跡は残して無い筈なんだがな。...いや、影か。)


 夕陽が長く伸ばす影は、角の向こうからも見える。物に紛れさせてはいるが、僅かな動きや遠近感からだろうか?取り敢えず、走るしか無いようだ。

 念のため、銃口を後ろに向けながら走る。形さえ整えておけば、警戒はしてくれるだろう。

 日が落ちれば、此方が有利になるかも知れない。だが、それまで体力が持つかどうか。やはり、一手にかけるしかないだろう。


「若造!いつまで続けるかのぅ!」


 薄々、何かに勘づいたのだろうか。時間を気にする怒鳴り声で、三成の動揺を誘う九郎。だが、生憎と彼は怒鳴られるのは慣れている。その程度で平静は乱れない。

 威嚇射撃にと射られた矢も、場所を悟られている訳ではないと、安心出来る要素になる。心を殺して、冷静に時を待つ...


 現在時刻、18時。

 残り時間、3日と13時間。

 残り参加者、12名。

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