双児の銃声
路上に止まったランサーの中、カロリーメイトをかじりながら三成は外を観察する。
家屋の中から出る気配はなく、よって三成も動けない。
(騒動の間は出ないつもりか?えらく小市民的だが...あの精霊が許すだろうか?)
己の精霊の合流を待ちながら、彼は次の動向を考える。
(彼女が動くなら、その追跡。彼女を射ていた、彼は厳重警戒だ...後は海辺の二人組。此方は索敵しやすく、接近されなければ驚異になり得ないし、仕留めにくさもある。放置だな。他は...場所が割れない事にはな。)
依頼の達成の為、好戦的な物は潰しておきたい。柏陽一哉、【母なる守護】、【積もる微力】、羯宮八千代、陣場九郎等がそれに当たる。
ターゲットである、魔羯登代は除外である。
『よう、兄弟。散々だ。』
「何があった?」
『まず、契約者が青い目立つ車に居やがる。』
「そうか、それで?」
中に滑り込んできたカストルが、諦めを滲ませて三成を睨んだ。
涼しい顔の三成に、仕方なく続きをぶつける。
『俺は肩をやられた。日本刀なんて、お目にかかるとはな...』
「そんな敵もいるのか...把握しておこう。」
『あと、ポルクスが捕まった。』
「そうか、やはり目端の効く人物らしい。」
ホテルの上階からの狙撃。まるで、来るなら来いと挑発でもしているようだ。とはいえ、この異常事態では、NPCも目立った動きをしないようだ。
警察とは名ばかりの武装集団以外、出歩く者達がいない。今も通りを、此方を怪しみながら通りすぎていった。
「何がタブーだったのか...分かるかね?」
『さぁな、その辺りは分からない。んで、そっちは?』
「動きは無い。あの矢が当たった訳でも無さそうだが、この場所で籠城するつもりではないかな?」
『...あの精霊でか?』
「私もそう思うよ。」
いつまで持つか、見物ではある。だが、そのまま待ち続けても、進展する事も無い。
時間は限られている。あと、3日。それまでに、登代本人との接触か、潜んでいる地域の情報を得られれば...彼の仕事は、大きく進展するだろう。
『おっと...ポルクスの奴、助けを求めてるな。』
「珍しいな?何があった?」
『ドレスはゴメンだと...』
「...何があった?」
探りに行かせたのは、陣場九郎の元である。ドレスなぞ...いや、やりかねない。
『あんな爺さんが、んな事すんのか...?』
「彼は中々の破天荒ぶりだよ、少年に近い。」
『そうなのか?...あ、逃げ出したってよ。』
「捕まらずに帰れるか?」
『いやぁ、無理じゃないか?』
随分と冷たい対応だが、それはそれ。仕方がないので、張り込みは止めて救助に向かう。
とはいえ、確実にドンぱちすることになるだろう。夜まで待つのがベストである。
『そういや、兄弟。嬢ちゃんは?』
「早乙女君なら、昼食を買いに出てもらっている。」
『依頼人をパシるかね、普通...』
「彼女に張り込みが出来るなら、私は喜んでコンビニに行くよ。」
食べ終えたゴミを袋に捩じ込み、煙草を咥えて火をつける。窓の外に吹く三成を見て、カストルが顔をしかめた。
『ケムい。』
「ゲームの中でくらい、勘弁してくれ。現実だと中々に場所が無いんだ。」
『健康的な趣味は無いのかね...』
「健全な精神を育むのを、怠ったのでね。」
ゆるりと曇らせながら、その目はしっかりと家の方向を睨んでいる。窓から見えるカーテンの揺れ、裏口の付近の風向き、換気扇の動き。
そろそろ昼時だな、と検討をつける。おかげで暫くは、気が抜けそうだ。
『ストーカーみてぇだな。』
「目的が違うだけで、行為は同じだからね。」
『全国の探偵と法律関係者に謝ってこい。』
そこは反論しろよ...と長くしなやかな尾で煙を退ける。
苦笑しながら、彼は火を摘まんで消すと、ポケット灰皿に突っ込んだ。
『人がいると吸わねぇ癖に。』
「好む人の少ない臭いだからね、仕方ない。」
『自制できんならしろよな...』
「自制っていうのは、他人に対してするものだよ。」
『健康ってモンがあってな?』
意地でも煙を遠ざけようとするカストルが、ふと宙で鼻を引くつかせる。
『なぁ、兄弟。こりゃお前の煙じゃねぇな?』
「うん?...あぁ、もしかして。」
ノートパソコンを取りだし、アクセスする。このゲーム中、時事を探ればこの街以外は弾かれるのは、本来は救済目的なのかも知れない。健吾は困っていたが。
あっという間に上がったのは、二ヶ所の建物の崩落と、道が荒れる怪奇現象。そして、赤い光の矢である。
「二つもオカルトとはね...」
『こうも都合良く出てくるか?仕組まれたんじゃねぇの?』
「いや、この状況だからだろう。動く人がいないと言う事は、問題も騒動も起きようが無いからね。橋の崩落が未だに存在感が凄いがね。」
『ま、1日と経ってねぇし。仕方ないだろ?』
パソコンの裏を尻尾で叩きつつ、カストルが覗き込む。その画面を、三成は真っ赤な物に切り替えた。
『火事かよ。』
「獅子堂君達だろう。これで警戒すべきは、天秤座か蠍座、山羊座となった。」
『三ヶ所か...まぁ、もう一つの崩落がそれだろ?』
「おそらくね。さて、残る一つの介入に警戒しながら、九郎氏と、か。」
目的が掴めない以上、対立は免れないだろう。圧倒的に向こうが有利であり、彼は譲歩と言う物を知らない。
そして、【疾駆する紅弓】は、非常に厄介な射程圏を持つ精霊だ。三成としても、潰したい思いが強い。
『やるか?兄弟。』
「無論だとも。蛮勇を試みる気はないが、機会を見送るつもりもない。」
『ま、確かに。乱入者の可能性が、二~三しか無いってんなら、仕掛けるな。』
ヒョイと肩に飛び乗ったカストルが、ノートパソコンの画面を覗けば、それはホテルの一室を写している。
『宿泊予約?』
「この手のサイトは、大概は簡易的に見取り図を作れる程、内装を載せている。誘き出すにしろ、先手はうちたいだろう?」
『物騒なモンはしまってくれ。先手は打つもので、撃つモンではねぇからな。』
カストルが肩からダッシュボードに跳び移り、三成の手を尾で叩く。
肩を竦めた彼がそれをしまい、ノートパソコンの電源を落とす。視線を家屋に戻すと、未だに沈黙を保ったままだ。
「夕方まで動きが無いなら、このまま行こうか。彼女は放置だ。」
『了解。従うぜ、兄弟。』
「とりあえず、休んでいてくれて構わない。用が出来たら頼む。」
『あぁ、任された。』
影に潜る様に姿を消した精霊を尻目に、三成は深く溜め息をはく。四日目、そろそろ疲れも出てきた。
神経が高ぶり、満足に休めない。観測を繰り返すほど、痛い程に殺気に触れる。ほとんどの人間は困惑していても、精霊はそうでも無いのだから。
かといって、他人に任せる性格はしていない。故にあくまでも協力関係となる、言い方を考えないなら、捨て駒とも言える者が欲しかった。依頼人には、流石に任せられない。
(あと三日...持つと良いが。)
体力の衰えを、そろそろ感じてきた。学生の頃の様にはいかない。
とはいえ、これがゲームならば、この疲労も精神的なものでしかないだろう。思ったよりも、精神は幼稚なままだな、と自嘲気味に笑いが溢れた。
その時、コンコンと音が聞こえる。視線を向ければ、袖で覆った手で、弥勒が車の窓を叩いていた。鍵を開ければ、入り込んで来た彼女が問う。
「何を笑っているのですか?」
「早く美人さんが戻らないかと、カストルと話していたのさ。」
「ふふ、その人は戻りました?」
「昼食と共にね。」
心得たもので、三成がはぐらかした話は、弥勒は尋ねない。大事な事、重要な事ならば、彼はどんな内容とて隠しはしないからだ。
誤魔化す時は、大抵はしょうもない話である。本人の基準で、だが。
「そういえば、獅子堂君達から連絡はありました?」
「いや?彼の事だ、何も起こらなければ、連絡をする人物では無いように見える。仁美君には、私は嫌われている様だしね。」
残念がる素振りをするが、それが本心では無いのは見れば分かった。どうやら、折り込み済みであるらしい。
「彼女は...」
「金牛二那、当時26歳で兄弟や子はいない。一度、友人が浮気調査を任された事があってね。もっとも、依頼人は彼女の友人で、その時にひと悶着あった様だが...」
「よく資料を見せてくれましたね?」
「見せてくれると思うかい?まぁ、二年程前の話だ。今は分からない。」
中途半端に話を聞いて、消化不良な分は自分で調べたのだろう。そういう男である。
「まぁ、動く気配が無いのだが...ポルクスも捕まった、夕方まで動きが無ければ、そちらに行こうと思っている。」
「相手は?」
「陣場九郎氏だ、破天荒の代名詞は知っているかな?」
「いえ、どんな人です?」
世代かな...と少しもの悲しげに呟くと、彼はノートパソコンを開き、画面を見せる。
「この本の作者だ。実話だそうだよ?」
「旅行記、ですか?」
「遺跡やジャングル、紛争地帯だがね。」
「旅行ですか、それ...」
大概に頭のおかしい人物だと言うのは、本人さえ公言している。だが、それは日常での話し。この殺し合いの許された空間では、むしろ彼は誰よりも有利だろう。
ルールに縛られるという事は、安全な庇護を受けるという事だ。そこから外れた彼は、もっともこのゲームに向いている。
「確か、少女と行動していましたよね?」
「彼の目的は不明だが...最悪、何も無いというのもあり得る。ゲームとはいえリアルな殺し合いだが、それを楽しめる人種だろう。それ目当てとも考えられるからね。」
「分からない人ですね...」
「君はそうだろう、それで良いと思うよ。」
パソコンをしまいながら、彼は話を続ける。
「まぁ、そんな所だ。とりあえず、少女の抑止力として、君には同行して貰えるかな?彼女なら、荒事にもならないだろう。」
「えぇ、快活そうな良い娘でしたから。」
「面識が?」
「ゲームの前に。」
「開始位置が同じだったか。まぁ、方法は任せよう。一時間、止めてくれれば足りる。」
弾丸の歪みを確認しながら、シートに身を沈める三成に、弥勒は軽く頷いて仮眠を取る事にした。




