it's The game
夜。結局、近くの公園に足を運んだ健吾の元に、一通のメールが届いた。
「あっ?何だってんだよ...。」
ごそごそと、ポケットからスマートフォンを取り出す。ベンチで上着を押し付けられた仁美も、興味深そうに覗いて来た。
『一日目の終了も間近だ。さて、無事に十二の契約は揃った、おめでとう。
参加の意思も本格的になってきただろうが、ここで新しい情報を提供する。気づいた者もいたが、町の中央に天象儀がある。そこは現在残っている精霊と、参加者の参加権利の剥奪を行える。要はリタイアだ。
詳しくは観察して把握してくれ。それでは健闘を祈る。』
「...天象儀?」
「プラネタリウム、の事。」
「へぇ、物知りだな、お前。しかし観察たって...不親切な説明だな、おい。」
とにかく一度、足を運ぶ必要はありそうだ。現在残っている精霊の把握は、しておいて損は無いだろう。もしかしたら、他の精霊の概要を知れるかもしれない。
「そういえば、仁美が契約出来なかったのって、精霊が足りなかったのか?」
「十二の契約は、終わったって...ある。」
「あっ...うん、まぁ。とにかく明日にでもいって見るか?他の参加者とは、鉢合わせ無い様にしながら、な。」
健吾がそう言えば、不意に肩に手が置かれる。驚く健吾に豪快な声が降ってきた。
『何、消極的な事言ってやがる。見つけ次第、ぶっ潰せば良いだろうが。』
「レイズか...。お前がどんくらい、出来るかも分かんないんだ。それに殺し合いなんて、積極的にしたくはねぇよ。」
『けっ、日和んなよ。俺は強いぜ?レオ、お前の想像以上にな。』
「余裕があれば、試しても良いんじゃないか?とにかく、プラネタリウムの中を見るのが優先だからな。」
既に闘気を滾らせる精霊に、健吾は落ち着く様に諭す。
『こりゃ失敗したかな...わぁったよ、大人しくしてるさ。でもな、間違えんな?こいつは取り返しの着いちまうゲームだが、お遊びって訳じゃねぇ。死んだらチャンスは無くなるデスゲームだぜ?』
「取り返しがつくのか、つかねぇのか。どっちだよ...。」
『覚悟しておけって話だ。引っ込んでて、他人を潰す気もねぇのに勝ち取れるモンはな、庇護下で与えられるモンだけだぜ。勝ち取れ、レオ。ここはそういう場所なんだ。』
不機嫌に健吾の胸に拳を押し当てて、【積もる微力】は消えた。
覚悟。まだ頭が、追い付いて無いのか。理解はしても、やはり実行に移すには戸惑いがある。
日本社会では正しく賢いだろう。しかし場所が、状況が変わればそれは愚鈍の証に過ぎない。
「...まぁ、全く違う存在だしな。」
「良いの...?」
「アイツの事も、よく分かってないしな。まずは此所について、少しでも理解しねぇと。」
少し険悪になりはしたが、頭を切り替える。
明日やることは、三つ。
・天象儀に行き、現状を探る。
・地形なんかを探って、隠れる場所や戦う場所を選ぶ。
・【積もる微力】の実力を把握する。
健吾のやることはこれだ。出来るなら仁美の精霊も探すだろうが、その優先度は低い。
「とにかく、日が登ってからにしよう。もう寝ようぜ、体力を回復しとかねぇと。」
「...ん、おやすみなさい。」
山を模した様な遊具の上で、健吾は横になって目を閉じる。ベンチに座る仁美が、健吾の上着を羽織りながら頷いた。
現在時刻、23時。
残り時間、6日と8時間。
残り参加者、???。
翌朝、目が覚めた健吾が起き上がると、掛けられていた上着がずり落ちる。
少し働かない頭で辺りを見回せば、仁美は公園の水道で顔を洗っていた。...日の昇る前に、公園で身嗜みを整える。家無き子の様で、少し涙を誘う。
健吾も状況は変わらないので、隣に並び待った。
「っ!...おはよう、ございます。」
「おぅ、おはようさん。場所変わってくれるか?」
頭から水を被り、強引に目を覚ました健吾。頭を振って水を飛ばし、仁美に向き直る。
ハンカチで顔を拭う仁美に、上着を羽織ながら健吾は問いかける。
「さて、結構早く起きれたけど...もう動けるか?」
「ん、大丈夫。」
「うっし、じゃあ行こうぜ。まずはプラネタリウムによって...誰か居たら、地図を探そう。スマホの地図も開かねぇし。」
自分のいた町の地図をスワイプし、現在地がダイブした山の中になっているのを確認する。画面を覗き込んだ仁美も、顔をしかめて唸る。
「電波は、肉体の位置...かな?」
「みてぇだな。検索とか連絡は出来んのか...?出来そうではあるな、7倍早い事に目を瞑れば。」
最悪、データ通信の速さに携帯が止まるかもしれない。受信もそこそこ、送信はやめた方が良さそうだ。
「こっちの媒体で、調べ物はするしかねぇな。パソコンとか、使えると良いけど。」
「買うの...?」
「いや、ネカフェとか...どうせ短時間だし、金に余裕も無いからな。」
健吾が財布を開くが、その中身は潤沢とは言えない。体を休める為にも、精神的にも、ホテルの一室くらいは取りたい。そうなると自由に使えるのは五万円も無い。
これがゲーム...にしてはあまりにもリアルだが。とにかくゲームならば、この財布の中身も戻ってくる筈。惜しみ無く使い、何としてでも勝ち残る必要がある。
「お前の所持金って...」
「あ...えーと。」
「...少ないのか?」
情報を得るなら、協力して半額で得ようとしたのだが...健吾の前で仁美は指を付き合わせて、人差し指をクルクルと回した。
気まずそうに俯く彼女に、健吾は頭をかく。流石に無いものを搾り取るのも気がひける。
「まぁ、少しくらいなら」
「...0、です。」
「...ん?」
「その...服以外、何も持って...無い、です。」
選択を間違えたかもしれない。健吾は天を仰いで、これからどうするかを考えた。
とにかく?朝の早いうちに動けるのだ。無駄にすることも無いだろうと、二人は町の中央、天象儀に来ていた。
人に聞きながらの進行は遅く、既に日は昇り、少ないが人も動き出していた。
「ここ、だよな。」
「...少ない、ね。」
辺りに建物は無く、当然人もいない。避けている、のだろうか。意図的な物を感じながら、健吾は唯一の建造物、古いドームの扉に手をかける。
少し高い丘になっているここは、広大な地形とは裏腹に小さなドームだ。しかし、それは中に入ると印象を一変させる。
「デケェ...。」
「地下に、広がってるの?」
「みてぇだな。」
天球を模した天井は、星の海が広がっている。そこには十二の星座が線で結ばれ、その形を表していた。
健吾の立つ入り口は、真ん中に向けて傾斜している階段の最上段だ。下に見える中央には、光を天井に広げている投影機がある。
土台には十二の紋様が光っていた。土台を囲む様にグルリと取り囲んだそれは、見覚えのあるような、無いような...健吾にはピンと来なかった。
「星座にちなんでんのか?下のが精霊か参加者か、どっちかを表してる訳だな。」
「上の星座は...?」
「え~と...すまん、分かんねぇわ。そういうのは、あんまり詳しくねぇんだよ。」
健吾が頭を捻っていると、下から声が聞こえてきた。
「これは、横道を通る十二星座だよ。おそらくサインによって精霊は作られている。」
突然の声に驚き、健吾達がそちらを向く。そこには投影機の後ろからゆっくりと、昨晩の青年が姿を表した。儚げな印象のその男は、改めて見れば少し幼くも感じる。
「仁美、下がってろ。」
「...う、ん。」
僅かに強張った声だが、確かな歩みで後退する仁美。
階段を上りながら、青年は此方に声を投げ掛け続ける。
「君達がどんな関係かは知らないが、参加者の馴れ合いは出来ない。最後には敵対しなければ、いけないルールだろう?」
「んな事は分かってる。ただ、力もねぇ女子供を痛め付けるのが嫌なだけだ。」
「ふ~ん...まぁいいや。待ってたら最初に来たのが君達とは、少し運命を感じるけど。それだけだ。【宝物の瓶】。」
青年の背後から、平安の武士の様な精霊が立ち上がる。
今回は健吾にも精霊がいる。彼の言葉の意味を探るためにも、ここで潰すと健吾は判断した。幸いにも【積もる微力】に凶器は無さそうだったのも後押しする。
「来やがれ!【積もる微力】!」
『ハッ!結局ヤルんじゃねぇか!』
闘気を漲らせ、上半身を覆う刺青を光らせながら、【積もる微力】が煙の如く立ち上がる。
出現した精霊に、青年は目を見張る。強い迫力を持つ、大柄な姿は思わず驚愕させる。
「実際に見るのは初めてだ。...おそらく獅子座?う~ん、検討がつかないな。」
「来いよ、やるんだろ?」
「分かってるね。ピトス、行け!」
『Roger、戦闘を開始します。』
『また寝かせてやるよ!』
駆け出した【宝物の瓶】は、あっという間に健吾達の前に躍り出て、小刀を横薙ぐ。
それを左腕で受け、【積もる微力】は右の拳を打ち出した。抜けない小刀に、一瞬回避が遅れた【宝物の瓶】に、重い一撃が入る。
「おいレイズ、大丈夫かよ!?」
『けっ、ちゃんと殴ったろうが。』
腕の血を拭う精霊に、健吾は心臓が煩くなるのを感じる。
血、それが飛沫した事。改めて命の取り合いを思い起こさせる。
「精霊にも血液があるのか...ピトス、動けるかい?」
『問題ありません、マスター。』
【宝物の瓶】が浮かぶ瓶を手に取り、蓋を開ける。そこから飛び出したのは、古びた木の扉。それで視界を塞ぎながら、精霊は駆ける。
「レイズ!右」
『手遅れなんだよ、ダボが。』
横から見ていた健吾の叫びに、【積もる微力】の呟きが重なる。
途端、【宝物の瓶】の腹、【積もる微力】の拳がめり込んだ辺りが光る。
吹き出した闘気に驚く間もなく、【宝物の瓶】が仰向けに地面に倒れる。
『お、もい...!?違う、これは。』
『へっ。散りな、ひょろいの。』
「ピトス!」
青年が駆け寄り、隠し持っていた瓶の蓋を開く。飛び出したのは...消火器。
突如吹き掛けられた消火剤に、【積もる微力】がたたらを踏む。その間に立ち上がる【宝物の瓶】だが、明らかに動きが鈍い。
それでも斬りかかる精霊に、健吾が走りよって襟を掴んだ。
「させねぇんだよ!」
足をかけつつ押し倒せば、【宝物の瓶】は簡単に仰向けになる。
『ナイスだ、レオ。』
横に転がって逃げた健吾の後ろで、連続した強打音が響き渡った。




