少女と亡霊
海岸の小屋の中、波の音を聞きながら。顔をしかめて肩を動かす少年が一人。少し青白い顔を含め、亡霊の様な風貌の彼、真樋は、突然に響く扉の音に驚く。
「あー!動かしたらアカンって、言われとったやん!」
「君、真面目が過ぎるって言われないかい?」
「言われへんよ?何で?」
キョトンとする寿子に、彼はチラリと地面を見つめる。波紋さえ無く、話がしやすい方はいないらしい。
騒がれては堪らないと考え、大人しく肩を固定し直す。だと言うのに、隣に座り込んだ彼女の口は止まらない。
「あの後、黙ったと思ったらすぐに寝てん。疲れとったんかなぁ、思て起こさんかったんよ。感謝してくれてもええよ?」
「しつこい、煩い。誰も頼んでない。」
「可愛げ無いお兄さんやなぁ...」
「良く言われるよ。少し静かに出来ないのかい?」
問いかける真樋に、少しの思案顔を浮かべた彼女は、その小鳥の様な口を閉じる。が、数秒でさえずり始めた。
「せめて名前くらい、教えて貰えんの?うち、恩人やん?」
「黙れないのか...」
頭を抱える真樋に、少し照れた様に彼女は顔を剃らした。
「だ、だって。しばらく話す人もおらんくて...」
「まだ4日目だよね?」
「もう、やん!ウチの【浮沈の銀鱗】は話してくれんし。」
思い返せば、確かに饒舌な精霊では無さそうだった。意外に相性が良いわけでは無いのかもしれない。
「だからって...兎か。」
「ウサちゃん、可愛いよね。ピョンピョン?」
「......」
「...ゴメン、今の無し。」
「ピョンピ」
「わー、お兄さんの意地悪!」
少し面白いかもしれない。人との会話なんて久しいが、真樋は少し、寿子の気持ちも分かった気もした。
照れ隠しか、盛大に突っ掛かってくる寿子をあしらいながら、真樋は海を眺める。
「海、好きなん?」
少し嬉しげに聞いてくる彼女に、申し訳なく思いながら。嘘をつくほど器用では無い彼は、素直に答える。
「嫌いかな、かなり。」
「んぇ!?なんで?」
まるで予期していなかった答えだったのか、その驚き様は凄い。きっと彼女は、海がとても好きなのだろう。なんだか酷くイライラとし、八つ当たりの様に真樋は吐き捨てる。
「少したりとも、良い思い出が無いんだよ。海を見ても、失くした事と怒鳴り声、暗い瞳しか思い出す事が無い。」
「...それは、とっても寂しいやんね?」
「人の事を、勝手に悟った様に表現しないでくれ。僕の何が分かる?」
突き放した一言に、彼女の口が閉じ、視線は下を向く。
ふと我にかえり、真樋は行き場の無いモヤモヤに捕らわれる。
「ごめん、今のは言いすぎた。外からみれば、寂しく思うのも当たり前だ。」
「ん、ウチも知らない人に突っ込み過ぎたけん...ごめんなさい。」
今までに、接したことの無い距離感。互いに気まずい雰囲気が流れる。
(って、僕は何を...ここはデスゲーム、殺し合いの世界。僕は取り戻さなくてはいけないんだ、僕を見てくれた、ただ一つの繋がり...)
ふと、隣に座る少女を見て。真樋は少し、揺れ動く。
...本当に?世界中が敵に回っているのか?もしかしたら、僕の理解者は、僕が遠ざけているだけで...
(違う!こんなことを、考えてる場合じゃない!このゲームを生き残る、策を見つけないと!)
強引に思考を剃らし、彼は思考の波に溺れる。幼少より、現実から逃げる手段だと言うことを、彼は自覚してはいなかったが。
そんな彼を見て、思う所があったのか?ふと、床から、首だけを浮かび上がらせて【浮沈の銀鱗】が出現する。警戒するように、真樋の側に【宝物の瓶】が立った。
『そう、警戒してくれるな。こんななりだが、とって喰おうとも思わん。』
「ちょ、なんで出てきたん?」
『何、少し小僧が気になってな...何故、貴様はここにいる?態度と行動が、まるであやふやだ...』
まるで、書き込んだ目的を人形に詰めた様だ。そう続けて、感情の読めない鮫の瞳が此方を向く。
隠すこともせず、分かりやすく不機嫌になった彼は、視線も合わせずにボソリと答える。
「別に?目的が無いなら、こんなことはしない。」
『そうかね?我々の目的を鑑みるに、貴様は値しない。そうであろう?』
『not,needs、貴方の介入する物では無い。』
話を振られた精霊は、白絹の向こうから、無機質な声で返答する。
少しの間、目を閉じていた精霊は、次に開けた時には諦めの色が見てとれた。
『それもそうだな、謝罪しよう。好きにすると良い。』
『aright、最初からその通り。』
『...喰らう気も失せたわ。貴様らが動かんのなら、静観させて貰う。良いな?小娘。』
「ウチは構へんよ?」
小首を傾げて了承する彼女に、疲れた様に鮫は地面に沈む。水のように暫くは波紋を作った木の板も、すぐに固まった。
「これ、本当にどうなってるんだか...」
「近づいた所を、水にするんやって。」
「液体化の能力は、常時発動なのか...僕やピトスが無事だし、生き物には効かないのかな?切り出した木には効く様だけど。」
少し不自然な形になった床を、真樋は興味深く眺める。
「好きな形に...いや、型が...場所?でも...」
「あの~、お兄さん?もしも~し。」
急に床を撫で出す彼に、困惑気味に寿子は声をかける。
「なに?」
「お兄さんは、どうするん?ウチは逃げ回って生き残ればな、って思っとるんやけど。」
「消極的だね、でも良い手かもな...僕もそうするか?瓶の中身の残りも、少し心許ないし。補充も楽では無いんだよね。」
装飾は少なくも、きらびやかな雰囲気を持つ瓶を、手で弄ぶ。少し細長い瓶は、その中に何を秘めているのか、入れた当人しか分かり得ない。
ふと視線を感じて、彼は手を止める。瓶を食い入る様に見つめる寿子に、煩くなりそうだと予感した。
「何なん?それ。凄く綺麗!香水の入れ物みたい。ちょっと貸してぇ~!」
「うわ、やっぱりか。嫌だ、これはマズイから駄目だ。」
「何で?」
「口、開けるだろ?」
懐から別の瓶を取り出し、彼はそれを放る。何も入っていない、昨夜に梯子を取り出した瓶だ。
緩く放物線を描いたそれを、寿子か両手で受け止めた。
「あ、ガラスみたいな物で普通に割れるから。」
「うぇ!?お、落とさんで良かった...」
それを、じっくりと眺める彼女に、珍しく真樋から話しかける。
「見ていて、楽しい物かい?」
「綺麗な物見てると、嬉しゅうならん?」
「ん~...飽きると思う。」
正直に答える真樋に、少しムッとする寿子だが。悪気がある発言では無いと、そろそろ真樋の事も分かって来た。その為、特に言い返す事はしない。
代わりに、その瓶を開けて良いか聞く。突然の申し出に、真樋は少し悩んだ。
「まぁ、いいけど。口には触らないでね、生き物を入れた時、どうなるか分からないんだ。」
「口に触らなければ良いんやね?」
「触れると個体なら何でも入るから。気を付けてね?」
僕は開けないから、と続けると、寿子はそれを聞くか否かのうちに開ける。物怖じしない女子である。
中身を覗き込むが、その中は闇。塗りつぶした様な黒である。
「なんか、不思議な感じやね。透き通るみたいに綺麗なのに...」
「なにそれ、どうなってるの?」
「見たこと無いん?」
「わざわざ覗こうとは思わなかったから。」
寿子から瓶を返してもらい、真樋はそれを覗く。そして、顔をしかめて蓋を閉めた。
「どうしたん?」
「暗闇は嫌いなんだ。」
「海もダメ、暗いのもダメ、って...好き嫌いの多いお兄さんやね。」
「好きは少ないよ。」
「余計にダメやん!?」
少し引き気味の彼女に、真樋は少しムキになって返す。
「ダメでも無いだろう?生き物は嫌悪感を使って、生き延びるんだから。」
「でも、好きが多い方が楽しいよ?」
「生憎と、楽しめる人生でも無いからね。」
「も~、ひねくれ者やなぁ。」
寿子から見れば、真樋は斜に構えるひねくれ者。
真樋から見れば、寿子は能天気な煩い幼子。
互いに馴染みの無い性格の二人は、中々に噛み合わない会話を続ける。いつの間にか、真樋もそれ自体を嫌とは思わなくなっていた。
『...Notice、衝撃に備えて下さい。』
「ほぇ?何で」
「良いから伏せる!」
引き寄せる様にして、真樋は寿子を押し倒した。次の瞬間には、巨大な崩落音と共に、突風がその場を襲う。
「な、何々?何なん!?」
男性に押し倒され、ガラスが飛び散り、じめんが揺れる。一遍に押し寄せた混乱に、彼女の頭は真っ白になる。
そんな事はお構い無しに、真樋はすぐに立ち上がると、崩れた小屋の壁を手に持つ瓶にしまう。
「すぐ近くのビルだ...工場車両もバリケードも無い。解体や事故では無いね。」
『Affirmation、精霊の気配です。』
「え、何々?二人して何を見とるん?」
混乱の加速する寿子に、彼女の精霊が語りかける。
『小娘、それよりも移動だろう。さぁ、犬コロ共のご登場だ。』
鮫の瞳が写すのは、パトカーの存在を示す赤い回転灯の光だ。
舌打ちを挟む真樋が、振り返って【浮沈の銀鱗】に問いかける。
「ここまで邪険にして、少し虫が良い話なんだけど。ここを離れるまで、協力しないかい?」
『邪険にしている自覚はあるのか。して、内容は?』
「細かくは言わないけど、霊感って物が僕にはある。つまり、ピトスにも。精霊達の場所を教える、だから移動手段になってくれ。」
『我らと違い、貴様の呼吸が持たんだろう。地表付近は我とて危険だが?』
鼻を鳴らし、否定気味な返答を返す【浮沈の銀鱗】に、真樋は崩れるビルを指し示す。
「なら、遭遇の危険を犯す?」
『...小娘、お前の判断に従おう。所詮、精霊には決定権なぞ無い。喰い破る程に嫌な案件では、無いからな。』
「えっ、ウチ!?というか、嫌な時に噛まんでよ...」
『ふん、精霊とて反抗の意思くらいあるわ。早ぅせい、コヤツを連れようが連れまいが、急ぎの出立だ。』
少し悩んだ後に、彼女は答えを決める。
「他の人と会うのも、おっかない人もおるし...避けられるんやったら、それが良えよね?」
「まぁ、僕が敵対するリスクは、考えときなよ?」
わざわざ余計な一言を加える彼に、憤慨しつつも彼女は精霊に跨がった。
「乗るんやったら早く!」
「はいはい、失礼しますよっと。」
なげやりな態度の真樋と、その態度に憤る寿子を乗せて。うんざりしながらも、【浮沈の銀鱗】は海岸を飛び出すのだった。




