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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第三章 舞踏にして武闘
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少女と亡霊

 海岸の小屋の中、波の音を聞きながら。顔をしかめて肩を動かす少年が一人。少し青白い顔を含め、亡霊の様な風貌の彼、真樋は、突然に響く扉の音に驚く。


「あー!動かしたらアカンって、言われとったやん!」

「君、真面目が過ぎるって言われないかい?」

「言われへんよ?何で?」


 キョトンとする寿子に、彼はチラリと地面を見つめる。波紋さえ無く、話がしやすい方はいないらしい。

 騒がれては堪らないと考え、大人しく肩を固定し直す。だと言うのに、隣に座り込んだ彼女の口は止まらない。


「あの後、黙ったと思ったらすぐに寝てん。疲れとったんかなぁ、思て起こさんかったんよ。感謝してくれてもええよ?」

「しつこい、煩い。誰も頼んでない。」

「可愛げ無いお兄さんやなぁ...」

「良く言われるよ。少し静かに出来ないのかい?」


 問いかける真樋に、少しの思案顔を浮かべた彼女は、その小鳥の様な口を閉じる。が、数秒でさえずり始めた。


「せめて名前くらい、教えて貰えんの?うち、恩人やん?」

「黙れないのか...」


 頭を抱える真樋に、少し照れた様に彼女は顔を剃らした。


「だ、だって。しばらく話す人もおらんくて...」

「まだ4日目だよね?」

「もう、やん!ウチの【浮沈の銀鱗(シルバーアルレシャ)】は話してくれんし。」


 思い返せば、確かに饒舌な精霊では無さそうだった。意外に相性が良いわけでは無いのかもしれない。


「だからって...兎か。」

「ウサちゃん、可愛いよね。ピョンピョン?」

「......」

「...ゴメン、今の無し。」

「ピョンピ」

「わー、お兄さんの意地悪!」


 少し面白いかもしれない。人との会話なんて久しいが、真樋は少し、寿子の気持ちも分かった気もした。

 照れ隠しか、盛大に突っ掛かってくる寿子をあしらいながら、真樋は海を眺める。


「海、好きなん?」


 少し嬉しげに聞いてくる彼女に、申し訳なく思いながら。嘘をつくほど器用では無い彼は、素直に答える。


「嫌いかな、かなり。」

「んぇ!?なんで?」


 まるで予期していなかった答えだったのか、その驚き様は凄い。きっと彼女は、海がとても好きなのだろう。なんだか酷くイライラとし、八つ当たりの様に真樋は吐き捨てる。


「少したりとも、良い思い出が無いんだよ。海を見ても、失くした事と怒鳴り声、暗い瞳しか思い出す事が無い。」

「...それは、とっても寂しいやんね?」

「人の事を、勝手に悟った様に表現しないでくれ。僕の何が分かる?」


 突き放した一言に、彼女の口が閉じ、視線は下を向く。

 ふと我にかえり、真樋は行き場の無いモヤモヤに捕らわれる。


「ごめん、今のは言いすぎた。外からみれば、寂しく思うのも当たり前だ。」

「ん、ウチも知らない人に突っ込み過ぎたけん...ごめんなさい。」


 今までに、接したことの無い距離感。互いに気まずい雰囲気が流れる。


(って、僕は何を...ここはデスゲーム、殺し合いの世界。僕は取り戻さなくてはいけないんだ、僕を見てくれた、ただ一つの繋がり...)


 ふと、隣に座る少女を見て。真樋は少し、揺れ動く。

 ...本当に?世界中が敵に回っているのか?もしかしたら、僕の理解者は、僕が遠ざけているだけで...


(違う!こんなことを、考えてる場合じゃない!このゲームを生き残る、策を見つけないと!)


 強引に思考を剃らし、彼は思考の波に溺れる。幼少より、現実から逃げる手段だと言うことを、彼は自覚してはいなかったが。

 そんな彼を見て、思う所があったのか?ふと、床から、首だけを浮かび上がらせて【浮沈の銀鱗】が出現する。警戒するように、真樋の側に【宝物の瓶】が立った。


『そう、警戒してくれるな。こんな()()だが、とって喰おうとも思わん。』

「ちょ、なんで出てきたん?」

『何、少し小僧が気になってな...何故、貴様はここにいる?態度と行動が、まるであやふやだ...』


 まるで、書き込んだ目的を人形に詰めた様だ。そう続けて、感情の読めない鮫の瞳が此方を向く。

 隠すこともせず、分かりやすく不機嫌になった彼は、視線も合わせずにボソリと答える。


「別に?目的が無いなら、こんなことはしない。」

『そうかね?我々の目的を鑑みるに、貴様は値しない。そうであろう?』

『not,needs、貴方の介入する物では無い。』


 話を振られた精霊は、白絹の向こうから、無機質な声で返答する。

 少しの間、目を閉じていた精霊は、次に開けた時には諦めの色が見てとれた。


『それもそうだな、謝罪しよう。好きにすると良い。』

『aright、最初からその通り。』

『...喰らう気も失せたわ。貴様らが動かんのなら、静観させて貰う。良いな?小娘。』

「ウチは構へんよ?」


 小首を傾げて了承する彼女に、疲れた様に鮫は地面に沈む。水のように暫くは波紋を作った木の板も、すぐに固まった。


「これ、本当にどうなってるんだか...」

「近づいた所を、水にするんやって。」

「液体化の能力は、常時発動なのか...僕やピトスが無事だし、生き物には効かないのかな?切り出した木には効く様だけど。」


 少し不自然な形になった床を、真樋は興味深く眺める。


「好きな形に...いや、型が...場所?でも...」

「あの~、お兄さん?もしも~し。」


 急に床を撫で出す彼に、困惑気味に寿子は声をかける。


「なに?」

「お兄さんは、どうするん?ウチは逃げ回って生き残ればな、って思っとるんやけど。」

「消極的だね、でも良い手かもな...僕もそうするか?瓶の中身の残りも、少し心許ないし。補充も楽では無いんだよね。」


 装飾は少なくも、きらびやかな雰囲気を持つ瓶を、手で弄ぶ。少し細長い瓶は、その中に何を秘めているのか、入れた当人しか分かり得ない。

 ふと視線を感じて、彼は手を止める。瓶を食い入る様に見つめる寿子に、煩くなりそうだと予感した。


「何なん?それ。凄く綺麗!香水の入れ物みたい。ちょっと貸してぇ~!」

「うわ、やっぱりか。嫌だ、これはマズイから駄目だ。」

「何で?」

「口、開けるだろ?」


 懐から別の瓶を取り出し、彼はそれを放る。何も入っていない、昨夜に梯子を取り出した瓶だ。

 緩く放物線を描いたそれを、寿子か両手で受け止めた。


「あ、ガラスみたいな物で普通に割れるから。」

「うぇ!?お、落とさんで良かった...」


 それを、じっくりと眺める彼女に、珍しく真樋から話しかける。


「見ていて、楽しい物かい?」

「綺麗な物見てると、嬉しゅうならん?」

「ん~...飽きると思う。」


 正直に答える真樋に、少しムッとする寿子だが。悪気がある発言では無いと、そろそろ真樋の事も分かって来た。その為、特に言い返す事はしない。

 代わりに、その瓶を開けて良いか聞く。突然の申し出に、真樋は少し悩んだ。


「まぁ、いいけど。口には触らないでね、生き物を入れた時、どうなるか分からないんだ。」

「口に触らなければ良いんやね?」

「触れると個体なら何でも入るから。気を付けてね?」


 僕は開けないから、と続けると、寿子はそれを聞くか否かのうちに開ける。物怖じしない女子である。

 中身を覗き込むが、その中は闇。塗りつぶした様な黒である。


「なんか、不思議な感じやね。透き通るみたいに綺麗なのに...」

「なにそれ、どうなってるの?」

「見たこと無いん?」

「わざわざ覗こうとは思わなかったから。」


 寿子から瓶を返してもらい、真樋はそれを覗く。そして、顔をしかめて蓋を閉めた。


「どうしたん?」

「暗闇は嫌いなんだ。」

「海もダメ、暗いのもダメ、って...好き嫌いの多いお兄さんやね。」

「好きは少ないよ。」

「余計にダメやん!?」


 少し引き気味の彼女に、真樋は少しムキになって返す。


「ダメでも無いだろう?生き物は嫌悪感を使って、生き延びるんだから。」

「でも、好きが多い方が楽しいよ?」

「生憎と、楽しめる人生でも無いからね。」

「も~、ひねくれ者やなぁ。」


 寿子から見れば、真樋は斜に構えるひねくれ者。

 真樋から見れば、寿子は能天気な煩い幼子。

 互いに馴染みの無い性格の二人は、中々に噛み合わない会話を続ける。いつの間にか、真樋もそれ自体を嫌とは思わなくなっていた。


『...Notice、衝撃に備えて下さい。』

「ほぇ?何で」

「良いから伏せる!」


 引き寄せる様にして、真樋は寿子を押し倒した。次の瞬間には、巨大な崩落音と共に、突風がその場を襲う。


「な、何々?何なん!?」


 男性に押し倒され、ガラスが飛び散り、じめんが揺れる。一遍に押し寄せた混乱に、彼女の頭は真っ白になる。

 そんな事はお構い無しに、真樋はすぐに立ち上がると、崩れた小屋の壁を手に持つ瓶にしまう。


「すぐ近くのビルだ...工場車両もバリケードも無い。解体や事故では無いね。」

『Affirmation、精霊の気配です。』

「え、何々?二人して何を見とるん?」


 混乱の加速する寿子に、彼女の精霊が語りかける。


『小娘、それよりも移動だろう。さぁ、犬コロ共のご登場だ。』


 鮫の瞳が写すのは、パトカーの存在を示す赤い回転灯の光だ。

 舌打ちを挟む真樋が、振り返って【浮沈の銀鱗】に問いかける。


「ここまで邪険にして、少し虫が良い話なんだけど。ここを離れるまで、協力しないかい?」

『邪険にしている自覚はあるのか。して、内容は?』

「細かくは言わないけど、霊感って物が僕にはある。つまり、ピトスにも。精霊達の場所を教える、だから移動手段になってくれ。」

『我らと違い、貴様の呼吸が持たんだろう。地表付近は我とて危険だが?』


 鼻を鳴らし、否定気味な返答を返す【浮沈の銀鱗】に、真樋は崩れるビルを指し示す。


「なら、遭遇の危険を犯す?」

『...小娘、お前の判断に従おう。所詮、精霊には決定権なぞ無い。喰い破る程に嫌な案件では、無いからな。』

「えっ、ウチ!?というか、嫌な時に噛まんでよ...」

『ふん、精霊とて反抗の意思くらいあるわ。早ぅせい、コヤツを連れようが連れまいが、急ぎの出立だ。』


 少し悩んだ後に、彼女は答えを決める。


「他の人と会うのも、おっかない人もおるし...避けられるんやったら、それが良えよね?」

「まぁ、僕が敵対するリスクは、考えときなよ?」


 わざわざ余計な一言を加える彼に、憤慨しつつも彼女は精霊に跨がった。


「乗るんやったら早く!」

「はいはい、失礼しますよっと。」


 なげやりな態度の真樋と、その態度に憤る寿子を乗せて。うんざりしながらも、【浮沈の銀鱗】は海岸を飛び出すのだった。

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