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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第三章 舞踏にして武闘
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~happy birthday to ♐~

 彼は、いつも一人だった。幼少の頃より、ずっと。

 カードよりも石を眺め、ゲームよりもパソコンを操作し、マンガよりも歴史書を読んだ。

 早い話、変わり者だったのである。別段、それで虐められたといった事は無く、盛り上がる会話をしなかっただけである。...もし、イジメでもあろうものなら、かえってコテンパンにやり返す様な奴であったが。


「父さん、ちょっと相談が...」

「あ~...?後な、後。」


 冷たい訳では無かった。しかし、非常に不器用な男で。妻に逃げられ、親に勘当され、職場では爪弾き。子供好きのする態度など、取れよう筈も無かった。

 だが、押し付けられた仕事も、妻の生んだ子供も、放り出せる程にダメでも無かった。むしろ、非常に誠実だとも言える。彼は、子供ながら割りきるのが上手く、父はそういう人だと学んでいた。


「ま、いっか。今日はどうしようかな~。」


 そんな事を一人でやるのだ、父親は疲れて当たり前という印象が、彼にはあった。むしろ、一度でも愛した人を捨てる母より、幼心では尊敬さえした。

 故に、血が繋がらずとも、彼は意地でも陣場(じんば)の性を名乗った。それが、陣場(じんば)九郎(くろう)の最初のワガママである。




 高校に上がる頃には、周囲ではより浮いてきた。髪を染める訳でも、装飾品をつける訳でも、制服を改造する訳でも無く。

 しかし、下手な不良よりも恐ろしく、カッコつけたい年頃の男子からは、秒で距離を置かれた。カッコいい、と感じる事柄が、まるで違ったのだ。


「ガッハハハ!来るなら来いや、ちゃんちゃらイースターエッグども!」

「んだと、てめぇ!」


 勿論、気に入らない奴は自分の世界にいるなとばかりに、彼を学校から追い出そうとした者もいる。だが、彼には退く道理など見つからず、結果として反発した。

 小学生の頃から、山へは遭難するし、大穴を掘って埋まるし、木に登っては落ちる様な男。体力だけは人一倍だったのである。

 その結果、停学を食らっては遊び歩くのだから、どうしようも無いが。一応、学校は教師の物だと考えてはいたため、教師には従っていた。...教師と認めないなら、聞く耳も持たないが。


 そんな彼を、一言で表すなら?暴君、としては君臨などする気も無く。風来坊、にしては暴力的だ。無頼漢、が正しいだろうか。

 要は、マトモでは無かった。何処でも生きていけるが、とにかく馴染むのに苦労する奴だったのである。


「お前、またケンカしたのか。」

「じゃれつきだぜ、親父。」

「まぁ、後遺症残さなきゃ、それでいい。どうせ、突っ掛かって来たのも向こうだろ。狂犬に手を出すんだ、噛みつかれる用意ぐらいあんだろ。」

「そこは説教する場面だぜ?あと犬じゃねぇ。」

「言っても聞かんだろ、お前は。自分の正義があんなら、貫け。俺の見る限り、逸脱してても間違えてねぇから、それで良い。」


 世界一説得力の無い許し、だが彼にはそれで良かった。自分を嫌う誰かより、嫌々でも面倒を見てくれる父親の言葉が、何より重いのだ。

 故に彼は、犯罪歴はつかなかった。なんどか踏み出しそうになったが、その一言で止まった。彼の正義とは、己の道を閉ざさない事。邪魔だからケンカはしたが、別に潰したい訳でも無い。


 しかし、困ったのは進路である。金が潤沢にあるわけでも無ければ、どう取り繕っても優等生とは、お世辞にも言えないのである。成績は良かったが、興味の無い物(古典や漢字、複雑な計算)は余裕で赤点だった。

 補修を受けさせて貰い(教師も必死である)、なんとか卒業は出来た。高笑いしながら礼をする彼に、手がかかるのか、そうでないのか、教師陣も複雑な笑顔だった。


「で?お前どーすんの?父親に集る?」

「親父、あんた財布見て同じ事言えるか?」

「アホ、あっちのだ、あっちの。血縁の方。」

「クズだわ...赤の他人にせびるとか。」

「赤の他人って言いきるお前もお前だよ...」


 端から期待なんてしておらず、彼は彼で考えてはあった。少々、いや、かなり世の中をなめ腐った考えが。


「俺さ、日本出るわ。」

「おぅ...はっ?」

「他所なら、端っから頼るもクソもねぇ。てめぇがてめぇの面倒見んのが当たり前だろ?俺に向いてる。」


 子供の駄々の様な理屈に、しかし父親は反対をせず。ただ手段を聞いた。


「金はどうすんだ。」

「バイトしてたし。後は、あれだ。ダチに借りた。」

「お前それ、カツアゲしてきた奴らの財布だろ...」

「分かってんなぁ~親父♪」


 やはり、あれの息子だ...。その時ほど、諦感が襲った事は無いという。




 最初は、アメリカに行くと言う。遺跡、砂漠、昆虫、隕石。彼の興味を引く情報が、多そうだったからだ。...単純に英語以外、喋れないのもある。学生の頃、何故に英語が成績が良かったのか、そこで父親には判明した。

 せめて何したか分かるようにと、デジカメを一つ放り。父親は彼に笑いかけた。


「野垂れ死ぬなよ。最悪、俺の口座の金で帰ってこい。畑でもやろうや。」

「土いじりすんなら、化石でも掘りたいね...なぁ、親父。何で俺にそこまでしてくれんだ?」


 ふと、気になった事を漏らせば。彼は至極当然といった顔でのたまった。


「あん?...俺の嫁さんのガキだろ、お前は。今更、知らねぇ仲でもねぇしな。正直、嫌いなタイプだけど。」

「ガッハハハ!正直だな、おい。だから不器用って言われんだぜ、親父。」

「俺にそこまで言うのは、てめぇくらいだよ、アホ息子。」


 ...残念ながら、彼との会話は、それが最後だった。携帯ぐらい買っとけば良かったと、生まれて初めての後悔をした。




 そうして、彼は好き放題に生きた。遺跡に忍び込んだりなんて無茶もしたし、野宿なんて当たり前だった。正直、何で生きていられたのか、本人にも不思議だった。

 カメラは、様々な写真で一杯だった。空き容量が無くなったので、安いノートパソコンを買い、ブログを作って載せてみたりもした。

 ...意外に広告収入が発生し、少し驚いた。有料で作ってしまった(機械オンチであった)時は、間違えたと嫌な顔をしたが、結果的には正解だったらしい。小遣い程度にはなった。


『下手くそですね。現実味があまりにも無い。』


 ある時、こんな書き込みがなされ、面白がった彼は、リクエストを受け付けて写真を納めた。三大ピラミッドの夜の写真。角度と枚数を決めて、それを載せたのだ。


『この滅茶苦茶で乱雑な旅路、全て本物なのですか?でしたら、相談したい事があります。』


 別のアカウント(同一人物かもしれない)から、持ち掛けられた相談。これを、本にしてみないか、というのだ。

 整理して、書き直すのは向こう。此方は情報提供と、最終確認に口を出す程度。旅行の合間にやってやろうと、彼は執筆も含めて引き受けた。

 日稼ぎの臨時バイトと、次の街への移動。存分に楽しみつつも、彼はそれを纏めた。雑で拙い文章は、かえって受けるかもと必要最低限の手直しで、ついに完成した。




 今、それは六冊目になる。これで、旅をしていた間の事は書き終わるだろう。彼の生涯は、多くの人の知れる事となった。

 母親から印税の一部をくれと言われたが、連絡先をぶったぎって海外を飛び回ったら無くなった。

 日本に帰り、親父の墓前にそれを添えつつ、彼は焼香する。


(なぁ、親父よ。儂の手紙、読んでくれとるか?)


 そう、それは彼にとって、手紙だった。あまりにも遅い、近況報告。デジカメの本来の目的を、ようやく果たせたのだ。齢50の時、実に32年越しの便りである。


「いた!先生。もー、途中でほっぽりだして、出掛けないで下さいよ。」

「細かい事を気にするな、少し野暮用を思い出しただけなんじゃて。」

「細かくないですから!って、出来てるじゃないですか。」

「あぁ、これのコピーがあるから、それを持ってってくれ。こいつは、ここに置いておく。」


 何故、墓に?と若者は疑問を浮かべているようだった。普段の九郎を知っているなら、墓参りなんて殊勝な事、しそうもないからだ。

 ましてや、手紙と思って書いているなど、夢にも思わないだろう。誰に伝えるつもりも無い。


「分かりました...今日はここまでなんで、明日また。」

「おぅ、頑張れよ~若いの。息が切れとるぞー!」

「誰のせいだ!?」

「ガッハハハ!...先生、ねぇ。親父よ、どう思う?滑稽じゃろう?」


 自分で自分を皮肉りながら、彼は楽しそうに自宅へと帰っていった。




 唐突なメールが届いたのは、二年後。彼がイタリアでピッツァを堪能していた頃だった。


「なんじゃ、藪から棒に...」

「Cosa è successo al cliente?」

「Niente, pensavo.Grazie.」


 店員をおっぱらって、彼はメールを開く。ガラホ、という奴である。

 そこには、『願いを持つものに、その成就を。精霊達の舞闘会に招かん。』と綴られ、簡単なルールが続く。


「なんじゃ、これは...」


 詐欺か何かにしては、URLの一つも無い。


「願い...か。」


 今の彼の願い?すぐに思い付くのは、動けなくなる前に、また心踊る冒険とでも洒落こみたい、といったところか。


「親父殿に、会えるわけでも無いしな...」


 会った所で、話すことは無い。積もる話ならば、全て吐き出した。

 しかし、単純に興味が湧いた。見たことも無いゲーム、飾った文章。それは彼の内に眠る、少年心を覚ますのに十分だった。


「他人の夢を見るのも、また一興。見たことの無い、前人未到の土産話を仕入れるも、一興。ゲームに興じるもまた、一興。なんぞ、得しかないでは無いか!」


 その日の内に、彼は日本に帰国した。波乱の渦を巻き起こさんが為に...

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