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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第三章 舞踏にして武闘
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it's death game

 既に中は崩壊し、所々に穴がある。まさしく縦横無尽に広がる空間の中、那凪はひっそりと息を潜めていた。


(参ったなぁ...逃げきろうにも、思考を読まれるし。離れる事がまず難しいんだよね。直線移動は、あの跳躍力で桁違いだし。やっぱり...落として埋めるしか、ないでしょーよ。)


 方針を定め、手段を模索し、精霊に指示を出す。それだけを行った所で、階下から足音が聞こえた。


「来たね...山羊執事。」

『マスター...』


 不安げな精霊に、那凪は振り反る。


「執事ならさ、羊の方が面白くない?」

『...知りません。』


 少し呆れを含む精霊に、那凪は満足げに頷く。しっかりと力を抜いておかねば、柔軟な動きは出来ない。精霊頼りなのだ、観察し、コンディションを整える必要がある。


(もう、ミスで失くすのは御免だしね。)


 取り戻すために生きているのだ、これ以上増やしては堪らない。もっとも、精霊はこのゲームの観測者であり、失うも何も無いのだが。それでも、嫌なものは嫌だ。気持ちの問題だ。

 気を取り直して耳を澄ますが、それ以降変化は無い。


(止まった...?でも入り口で、止まる意味が分からない。あの精霊、インファイトを仕掛けて来ていたし、遠くまでは感知出来ない筈だけど...)


 困惑する那凪の元に、何かが風を切る音が聞こえた。そして、轟音。むき出しになった鉄骨が、折れ曲がって出来た足場。そこで、這うように揺らめく光に覆われた笛を、肩に担ぎ上げる精霊が立っていた。


「えぇ...?威力がおかしいでしょ...」


 彼の耳は、激突する前に笛の音を聞いていた。そう、振るっただけで出た爆音は、その打撃の威力を増幅させているのだ。


「これが、星霊具っての...?そんなん、聞いて無いってのにさぁ!」


 その場から飛び降り、とりあえず距離を取る。障害物を挟まねば、あの跳躍は一瞬で距離を無意味にする。

 鎖を引っかけ、那凪を抱えながら別の階層へ移り。【裁きと救済】は後ろを振り返った。


『マスター、来ます。』

「知ってるよ、圧がすんごいんだもんなぁ。」


 角を次々に曲がって、彼はひたすらに走る。当初の予定通りの場所へ、どうにか導かなくては。

 この思考も駄々漏れなのだろう、ならば簡単。分かっていてなお、防げない様にしてやれば良いのだ。


「と、ここだな。」

『マスター?』


 立ち止まった那凪に、不可解な視線を向ける精霊。それに、彼は良い笑顔で、こう宣う。


「それじゃ、着地はお願いね?」


 廊下を曲がらず、そのまま直進する。その先は...大穴。一階層まで直下する、見事な縦穴である。

 頬を切る風に恐怖を感じながら、爽快感さえ覚える笑みが浮かぶ。こんな無茶苦茶、いつ以来だろうか。燻り、低迷していた感情が溢れそうだ。


「ハッハー!まったく、あんな酷い演奏家に負けたくは無いね!」


 上を見て、此方を見下ろす【混迷の爆音】に宣言する。そして、彼の背中は、複雑に編まれた鎖紐に受け止められ、たわんだそれが地面へと那凪を下ろす。

 鉄柱と、スポンジ材。二つの均一化された材質が、良いバネになって鎖を引いたのだ。やや乱暴に落ちた那凪は、すぐに立ち上がって【混迷の爆音】を警戒する。


『無茶な若者だが...なるほど、あれがポイントとやらか。』


 那凪の平静な心と、降りこいという願望。それを感じて【混迷の爆音】はそう結論づけた。


『警戒してしかるべき...だが、ここからは潰せない。物を落とそうと、鎖が受けるだろうしな...何を狙っているのか知らないが、それごと叩き潰すのみ!』


 少し高く飛び、勢いをつけて急降下する。振りかざした笛は受ける風の全てを、爆音として撒き散らす。

 慌てて走る那凪のいた場所へ、それは振り下ろされた。轟音を撒き散らしながら、それは床を揺らし、亀裂をクモの巣状に広げた。


『フウゥゥ...』

「ヒュー...演奏家って言ったけど、取り消すよ。まるでバーサーカーだ。」


 担ぎ直した笛を構え、蒸気を含んだような白い吐息をはき。熱を持ったそれは、まさに戦人。精霊というには、あまりに狂気。あまりに恐ろしい。

 決意と殺意を孕んだ視線は、何処か絶望さえも感じられる虚ろな物。違和感を覚える間もなく、それは那凪の眼前に迫った。


「う、っそ。」


 想定外の速さに、彼は目を見開きながら後ろへと跳ぶ。いや、跳ぼうとした。

 背中にコンクリートの冷たい感触が触れ、心身共に寒気を覚える。


(まず、このままだと...)


 振り下ろされる笛の音が、ゆっくりと意識を飛ばしてくる。黒くなった視界が再び戻ったのは、精霊の笛が止まったから。


『退避推奨...!』


 全身で鎖を引き、笛を止める【裁きと救済】。那凪がすぐに【混迷の爆音】から離れれば、笛から力を抜いたのか鎖が弛む。


『間に合うか...しかし、何処にいた?天秤の精霊よ。』

『問答、無用...!』


 一つの皿を投げつけて、己は離れる【裁きと救済】。跳ね回り、踊るように距離を保ち、鋭い皿を乱舞させる。

 笛を盾にしていた【混迷の爆音】も、埒が開かないと悟ったのか、強引に鎖を掴む。腕に深く皿が刺さるが、知らぬとばかりに鎖を引いた。


『っ!』


 二つの皿とそれを垂らす鎖は、彼女の能力の要であり武器。咄嗟に奪われまいとした精霊は、抵抗空しく引き寄せられる。

 叩きつけんと振り上げられた笛に、瞳孔が縮まり注目を奪われる。脅威の排除を確信した【混迷の爆音】が、その笛を強く振り下ろす。


 その時、二つの出来事が起きた。

 一つ、笛は地面を叩いた。後ろから瓦礫を抱えて、飛びかかった那凪の重みに、よろめいて狙いが逸れたから。二度目の衝撃に、亀裂が広がった。

 二つ、鎖が落ちた。精霊の手からでは無く、天井から、だ。二つ目の鎖が、遥か上の天井から落ち...繋いでいた床の上に、転がった。


『...まさか!』


 すぐに逃げようとする【混迷の爆音】に、那凪がもたれ掛かる。結果的に僅かに体勢を崩し、彼は跳躍の為に床を蹴らんと足を伸ばす。

 が、その一瞬。その一瞬は命運を分けた。蹴りだした力を受ける床が、無かったのだ。

 鎖によって均一化されていた均衡が崩れ、脆かった床が崩壊したのだ。外したタイミングは、二度目の衝撃の前。そう、狙いは初めから、【混迷の爆音】の一撃による、崩落だったのだ。


『く、足場が...。』


 だが、一つの誤算。それは振り下ろした笛によって、意識を失った事。【混迷の爆音】の笛の音色が、那凪と彼の精霊の意識を飛ばした事だ。

 気がついた時には、【裁きと救済】が那凪を救える場所では無かった。彼の方が、下に居たのである。


『マスター...!』


 契約者を捨てて助かる事も出来ず、手に持った鎖を持て余している。今、手元にあるのは一本。那凪に巻き付ければ、命綱とする物が無くなるのだ。

 焦りが彼女を一杯にするが、それは次の瞬間には恐怖へと変わる。【混迷の爆音】が、那凪に足を向けたからである。


『させん!』


 そう、彼が手にもっているのは、もう一つの鎖。天井から落ちてきた物だ。

 那凪と【混迷の爆音】。均一化して、果たしてこの高さから助かるだろうか?答えは否だ。距離を取らざるを得ず、【混迷の爆音】は放置せずに那凪を蹴った。


(あ、まず...)


 那凪の行動は正しかった。彼を壁まで運べたのだから。だが、【混迷の爆音】の脚力を見誤っていた。鎖で蹴りは防げても、その勢いは殺せない。むき出しになった地下の建造物へ、思い切り叩きつけられる。


『マスター!』


 すぐに鎖を伸ばして合流する【裁きと救済】に、彼はヘラリと笑う。


「作戦成功、だね?」

『強引、無茶苦茶。』

「ごめんごめん。でも、急いで天井を落として。どうせ生きてるって。」


 地下の底まで落ちれば、あとは足場がある。跳んで戻ってくるだろう。故に生き埋め。天井も最初の衝撃を均一化した事で、限界は近い筈だ。


「すぐに追撃を。」

『了承。』


 上に投げられた皿が、天井に刺さる。その鎖の端を持って、それは瓦礫の一つへ。


(今さらだけど、この鎖紐の限界って何メートルなのかな。ここから逃げきれたら、聞いてみるか。)


 ひび割れた瓦礫を踏み壊す精霊を見つつ、ぼんやりとそんな事を考える。天井の崩落音を聞きながら、那凪はゆっくりとその体を起こす。

 目の前を瓦礫に鉄骨、白い緩衝剤や木片が通る過ぎる。ふと、その中を逆に昇る物が混ざった。


「...え?」


 気づくのが遅れたのは、その笛の音の所為なのか、終わったという安堵だったのか。とにかく、それが起きた時には、那凪の眼前は青白い少女の顔だった。

 遅れて、燃えるような痛み。あの瓦礫郡を、跳び上がった【混迷の爆音】が、爆音で周囲に吹き飛ばしたのだ。あちこちで突き立てられた破片が、その威力を物語る。


『ます、たぁ...あんぴ、かく、にん...』

「あ、あぁ。僕は大丈夫だ。でも、君は...」

『よか、った...』


 手を添える頬は、異様に冷たい。そもそも精霊の体温とは、どうだっただろう?これは、異常なのだろうか。


『まったく...ギリギリだった。』

「お疲れ様、【混迷の爆音(アイギバーン)】。信じてたわ。」


 上の会話を聞き流しながら、那凪はそっと、腹から突き出す鉄骨に触れる。それは、【裁きと救済】を貫通し、彼を壁に縫い止めている。

 競り上がる血を、吐くわけには行かない。己が傷つく事で、誰も泣いてはならない。飲み下したそれは、腹に重く貯まる。

 悟った那凪は、そっと彼女の頭を撫でた。それが、精霊にとって良いものなのか、分かりはしない。だが、せずにはいられなかった。


「...ありがとう、【裁きと救済(ジャッジリカバー)】。僕の最高の精霊(あいぼう)。」


 痛々しい顔に、喜色を浮かべ。彼女は足元から消えていく。最後の仕事とでもいうのか、その鎖はより一層、輝いている。


「...ごめんね。」


 精霊の意識が途絶えたのを見て、那凪はその鎖を握る。もう、脱出など出来る体力は無い。その代わりに、一泡吹かせるくらいは出来るだろう。

 腹を抉る痛みを無視し、彼はその鎖を届かせる。驚くくらいに軽く、距離を伸ばしたそれは...登代に、まっすぐに向かっていた。


『お嬢!』

「っ!?」


 庇った精霊の腕に、しっかりと鎖が巻き付く。そして、その能力は、【裁きと救済(ジャッジリカバー)】は発現する。


『がぁっ!?』

「ぐうっ...!」


 均一化し、開く穴と治る穴。だが、鉄骨が消えるわけでは無い。再生と破壊を繰り返し、削り、抉る様に同じだけの穴が、徐々に【混迷の爆音】に空いていく。


「ははっ、して、やったり...」


 彼の意識は、そこで途絶えた。最後に見えたのは、あまりにも青い、青い綺麗な空。


(今なら、お前に届きそうだ...)


 亡き友を思い、天野那凪はゆっくりと、その瞼を閉じた。



 現在時刻、12時。

 残り時間、3日と19時間。

 残り参加者、12名。

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― 新着の感想 ―
[良い点] えぇ~っ!? 那凪くん応援してたのに! 残念!。゜(゜´Д`゜)゜。 健吾みたいな熱いやんちゃ系もカッコいいけど、那凪くんみたいなスマートなタイプ好きだったー! でも、那凪くんの最後(最期…
[一言] スーーッ…(深呼吸) 那凪君…!! でも混迷の爆音相手にここまで喰らいつくのは凄いなと、思い…ます…っ!(動揺) 最後に一泡吹かせようと、諦めない那凪君が本当に彼らしいなって思いました。 裁…
2022/05/17 23:26 数屋 友則
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