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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第三章 舞踏にして武闘
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天秤の音色

 走る弾丸は空気を裂き、頭を打ち砕いた。飛び散る鮮血は地面を染め、ぐったりと体は地面に倒れる。...ゾンビの。

 画面にgameclearの文字が浮かび、彼は息を吐く。


「...ヒマだなぁ。」


 彼、那凪はゆっくりと頭をもたせ、空を見上げた。山の中、木の上で足を組んで寝そべる彼は、手にもったPSPをポケットに捩じ込んだ。


「古いゲームは、画質はいまいちだし、演出は過度だけど...たまにやりたくなる面白さがあるんだよね~。」


 誰にともなく言い訳を落とすと、彼は木から飛び降りて...着地出来ずに転がった。


「痛ぁ...」

『マスター...』

「あ、いや。これは昨日の毒の残りが」

『いえ、マスター。敵です。』

「嘘ぉ...上手く出し抜いたと思ったのに。」


 腰を擦りながら立ち上がり、那凪は不運をぼやく。それは、まっすぐに彼を目指して進んでいる。


「バレてると思う?」

『明らか。』

「だよねぇ...本調子じゃ、無いってのにさ。」


 那凪がブラリと構えていると、木々の向こうから、その人物は現れた。

 長い黒髪、此方に視線を合わせなくとも、何故だか落ち着かない雰囲気の女性。見られているような、そんな気配を感じさせる彼女は、魔女の様であった。


「どうも。」

「あ、どうも。」

「...貴方、怯えてるのね。でも、その一方で対処方法を考えてる。隠すのが癖なのかしら?弱った様を見せないなんて、猫ちゃんみたい。」


 のんびりと見える那凪に、彼女はそう告げる。ブラフだ、と那凪は断定した。間違ってはいなかったが、それはこの状況を見れば考え付く。


「そうかな?僕はオープンだよ、これでも名を売りたい男だからさ。」

「嘘でも無いけど、嘘でもある、といった所?...あら、動揺だわ。これは、私?」

「さぁね、少し文法がおかしくないかい?」

「ふふっ、小さい頃は良く言われたわ...医者の子供の癖に、って。」

「あぁ、ありがちだ。嫌なモンだよね。」


 別に那凪がそうである訳では無いが、子供の時分は色眼鏡が嫌いだったのは事実だ。今は致し方無いか、程度だが。


「...四人。」

「ん?」

「殺人に戸惑いが無い人。火の坊や、怖い男、風来坊の翁、そして私。...あら、怯えてる。本当に怖がりね。」

「さっきの流れなら、君かも知れない。山で二人、怖くないかい?」

「大丈夫よ、二柱いるでしょう?」


 対話の終わりを感じて、那凪はゆっくりと後ずさる。残像でも残る様に、【裁きと救済】が現れて前で構える。


「可愛い子ね、残念だわ。潰して、【混迷の爆音(アイギバーン)】!」

『お嬢、本来の君は中々...いや、言うまい。』


 大きな棍棒を抱え、燕尾服に身を包んだ山羊頭。悪魔の様な姿で、精霊は彼女の影から躍り出た。

 腕から鎖紐を垂らし、左右に皿を揺らす精霊。肩に担いだ棍棒を両手で持ち、腰を低くする精霊。吹いた風が落ち葉を巻き上げた瞬間に、二柱は動く。


『契約者の願いの遂行の為に!』

『マスターは、殺させない...!』


 大上段から下ろされる棍棒が、土を撥ね飛ばす。横に跳んだ精霊は、その場に流れた鎖紐を引く。

 棍棒と地面に挟まれたそれは、そこを支点に張り、走る【裁きと救済】によって【混迷の爆音】に巻き付く。


『ほぅ...速い。』

『このまま...!』


 重さを均一化した彼女が、【混迷の爆音】を吊り上げようと動く。より絡みつけて、木に跳び移ろうとした時。

 後ろでの爆発が、彼女の意識を途絶えさせて吹き飛ばす。次に気がついたのは、受け身さえ取らずに地面を転がった後。痛みによってだ。


『それ、笛...?』

「アイギバーン...神々の逃げた時に鳴った笛の音?無事かい、【裁きと救済(ジャッジリカバー)】。」

『問題、なし...!』


 今は、意識もハッキリとしており、吹き飛ばされた以上のダメージは無い。が、せっかくの拘束は剥がれ、再びその笛を担ぎ上げる隙を晒した。


『吹くのも疲れるんだがな。』

「お願いよ、私の頼れる精霊様。」

『頼まれるまでも無い、さ。』


 その足腰のバネは驚異的で、たった一度の踏み込みで目の前に迫る。横へ...はさっき見せた動き。上への回避をしたが、まるで知っていたかの様に、笛が上から振り下ろされる。


『ぐっ...!』

「【裁きと救済(ジャッジリカバー)】!揃えろ!」

『了解...!』


 体が嫌な音を立てて曲がった彼女は、敬愛せしマスターの指示を受け入れる。皿を投げつけ鎖紐を接触させると、他端を自分が握る。

 そして、能力を発動した。追撃を狙っていた【混迷の爆音】が、フラりとよろけ、膝をつく。地面に転がった【裁きと救済】は、那凪が抱き起こす。


「軽いね?」

『天秤の精霊の能力、か...腕と腰にダメージがある。』


 損傷を均一化された事で、【混迷の爆音】も呻く。だが、それをものともしない勢いで、【裁きと救済】を抱える那凪へ迫った。


「嘘ぉ!?」

『させない...!』


 上に振り抜かれた鎖紐が、先端の皿を【混迷の爆音】へと滑らせる。それは、回転しながら鋭く山羊の下顎に迫る。


『流石だな。』


 しかし、読んでいたかの様に、ぴったりのタイミングで顔をあげ。仰け反るままに、肩から落とした笛を大きく回して振り上げる。


「あっ、ぶない!!」

『ほぅ...?』


 笛から僅かになる風切り音から、那凪は咄嗟に後ろにさがって回避する。軽い等と嘯いてはいるが、精霊を一人抱えているのだ。そのまま尻餅をつき、冷や汗を流す。

 苦笑いしつつ、彼は【混迷の爆音】を、ひいてはそのマスターを見上げる。


「あー、宴もたけなわだけど、ここいら」

「あら、締める所よ。盛り上がりは終わったわ。」

「だよね~。」


 苦し紛れのジョークも、バッサリと返され。彼は高速で考え始める。


「...置いていかないの?」

「何を?」

「彼女よ。」


 一瞬、何を言っているのか理解できず、平然と返したが。示されたのが精霊とわかり、彼は息を呑む。

 確かに、自分が死んでは何の意味も無い。殿を任せての逃亡も、あり得ない手では無い。とりわけ、ここまで追い詰められては。


「...冗談。精霊を失えって?4日目にかい?」

「怯えと後悔...嘘、よね?」

「黙り...なよ!!」


 一体、彼女が何を聞きたかったのかは分からない。しかし、手にもった土と落ち葉を投げつけると、那凪はすぐに命令を下した。


「【裁きと救済(ジャッジリカバー)】!」

『...っ!』


 精霊が覚悟を持って、鎖を握る。相対する彼女の背中に那凪はこう吐き捨てた。


「重い!霊体化して着いてくる!」

『...はい?』


 走り出す那凪の命令に、一瞬は呆けた物の、すぐに従う。目に入った土を払い、【混迷の爆音】と登代は追いすがる。


『お嬢、気になる事でも?』

「いいえ...少し昔馴染みを思い出しただけ。」

『...左様で。如何しますか?』

「続けるわ、もう、遅いもの。」


 人の足では、精霊から逃げ切れる訳も無く。登代との会話を終えた【混迷の爆音】が、速度を上げて那凪に追い付く。


『悪く思うな、務めなのでな。』

「いや、思うでしょーよ!?」


 体を投げ出す様に前へ倒れ込み、横に振られた笛を避ける。後頭部、凄まじい風が撫でていった。


「ふぅ~!涼しいね、走って暑かったんだ。」

『お望みなら、何度でも扇ごう。』

「遠慮する、よ!」


 横に転がり、山の急な斜面を、一気に落ちていく。途中の木に足を引っかけて体勢を立て直し、そのまま走り去る。


『下へ行くか...。』


 上へ行くよりも、危険はある。しかし、地形を物ともしない彼の精霊では、登るも降るも変わらない。

 それならば、重力の味方する下へと言う魂胆なのだろう。そう判断した【混迷の爆音】は、登代を待つことにした。距離を離した所で、すぐに追い付けるからだ。焦って契約者と離れる方が不味い。


「ふぅ。速いわね、貴方達...彼は?」

『童心に帰って遊んでいるさ。』

「...そう、滑り台にしては、危なそうね。」


 下を顎で示しながら、冗談をこぼす精霊。そちらを見て、彼女は道の過酷さに顔をしかめた。


『エスコートは必要かね?』

「お願いするわ。」


 曲げた片腕に腰かけて、彼女は首に手を回す。それを確認し、精霊は落ち葉の積もった斜面を滑る。大きな変化のある地形では、跳躍で越えて。あっという間に移動する。

 しかし、急に顔をしかめ、彼は平坦な斜面を跳躍する。その下で、落ち葉に隠れた鎖紐が、音を立てて出現する。


「はぁ、本当に不意打ちが効かないね?」


 迫る音を探知し、罠を仕掛けておいた那凪が舌打ちする。

 彼の思考を読み、少し下に着地し精霊が笑みを浮かべる。


『終わりかね?』

「さぁ、どうだか。」


 質問に対して、彼は適当な答えを返す。だが、その感情は、【混迷の爆音】に筒抜けだ。注意が向いているのは...上。


『そこか!』


 登代を下ろした【混迷の爆音】が、木の上に隠れていた【裁きと救済】を襲撃する。飛び込んだ彼が笛を叩き下ろせば、それをすると思っていた精霊は、地面に飛び降りて回避する。


『今っ...!』


 木の上に残した鎖が、能力を発動させる。その先にあるのは...朽ちかけた大木。

 叩かれて折れる寸前の木と、古い大きな木。均一化されたそれは、どちらも()()()()()()


『くっ!』


 木の感情までは、流石に読めず。【混迷の爆音】は逃げ遅れ、咄嗟に笛で受け止める。しかし、彼のパワーでは、堪えるのも難しく、下敷きとなった。


「【混迷の爆音(アイギバーン)】!」

「さってと、そろそろ...お?」


 形勢逆転かと思えば、登代が懐を探り始める。何か、手がある。察した那凪は、【裁きと救済】を連れて走り出す。笛を吹かれた時、近場にいれば今度こそ終わりだ。


「星霊具!」

『ヴァアアアァァァ!!』


 後ろの声は確認するまでもなく、危機的状況を告げている。すぐにでも逃げねばならない。

 音を感じる那凪の聴覚は、大概のものなら拾えるだろう。視界の効かず、入り組んだ場所で撒くしかない。


「ねぇ、僕ってもしかしたら凄いピンチじゃない?」

『肯定...。』

「だよねぇ...泣きそうだよ。」


 ヘラヘラと笑いながら、彼は目指す先にたどり着く。すぐに【裁きと救済】が横抱きに抱え、中へと飛び込んだ。

 がらんどうの地下空間が広がる、取り壊し途中の廃ビル。青年はそこで、すぐにくる悪夢より息を潜めた。

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