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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第三章 舞踏にして武闘
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~happy birthday to ♏~

 その日、世間ではクリスマスの賑わいを見せていた。

 しかし、浮き足立つ人々を見下ろす、彼女の瞳は冷たく。窓辺で頬杖をつく女性、蝎宮(かつみや)八千代(やちよ)は沈みきった気分を纏っている。

 町を歩けば、十人中十人が振り返るような妖しさを持ち、明らかに生涯でも目にする機会は少なかろうホテルの部屋で。それでも鬱屈した気分は晴れない。


「やぁ、気分はどうかな?」

「兄さん...今夜は帰れないんじゃ?」

「可愛い妹の顔を、急に見たくなったんだよ。」

「あら、この顔で良ければ、いつでもどうぞ。」


 外の喧騒と比べ、寂しい程に静まった部屋に、花が咲くような笑みがこぼれた。昔から、人の事を察するのが上手い兄である。


「八千代、何か欲しいものでもあるかい?」

「やだわ、兄さん。もう足も治っているの、歩くくらいは出来るから。」


 今年の夏。アメリカへ発つ筈の日。暴走車による玉突き事故で、彼女は足を損傷、全治6ヶ月を言い渡されたのだ。

 それに、色々と爆発した者もいたが...事故そのものより、その怪我によって中断した、アメリカ行きが彼女を苦しめた。

 現地において、主演女優を探す。彼女はその話に賭け、実に有利であったとも言える。実力、ツテ、台本の読み込み。勝ちを確信出来るというのが、自他共通の見解だった。




 彼女は、幼い頃より恵まれていた。資産家の父、芸達者な母、理解者である兄...

 容姿、知能は申し分無く。身体能力はそこそこだったが、それが親しみをもたらしていた。手先は器用で、声も透き通り、人の距離感という物を非常に心得ていた。

 そして、彼女がもっとも幸運だと思う事、それは慢心する環境ではなかった事だ。


「自身の出来うる事を、惜しげなく泥臭く、やり込め。出来うる者には、その責任がある。」


 父は非常に思想家で、常に最善を目指していた。究極的には己の為に、という人物だったが、そこには愛があった。


「敵とやりあえば、資源は引き算だ。利益と目的を擦り合わせ、まるごと手に入れた方が、楽で合理的だ。此方に力があれば、知恵ある者なら潰し会いたく等ないからな。」


 敵を作るな、全てはお客。需要を提供し続け、対価を得ろ。払わん奴は、疲れるから捨て置け。

 疲れて、酒に酔った父親が毎日の様に溢す愚痴。いつしか、それは兄妹の信念にもなっていた。

 パッと見ならば、ただの親切な人に見える。己がイイ人を演じ、力を付け続ける事で、己の世界が豊かになるのだ、と。


「お兄ちゃん、将来は何になるの?」


 既に中学で、文武両道の優等生とし一目置かれていた(無論、お目こぼしを貰える程度に()()()もいた)兄に、尋ねた事もあった。


「僕は、医師を目指すよ。今は人手不足だろうからね。」

「どこでもやれるって余裕、透けて見えるなぁ。」

「やれるからな。」

「んだと、こいつぅ!」


 友人とも、気軽な関係らしい。わざとらしくドヤる彼と、軽くチョップを入れる友人達は、心底楽しそうである。


「八千代は? どうするんだ?」

「私はね...分かんない。」

「幼稚園児で、既にリアリスト...」

「流石、こいつの妹...」


 尊敬するような憐れむ様な視線に、少し照れる八千代。ポン、と頭に手を置いた兄が、にこやかに話す。


「八千代、ちょっとお兄ちゃん、こいつらシメてくる。」

「でた、シスコン!!」

「逃げろ!」

「逃げ切れるとでもぉ!!」


 前言撤回。兄にも、やんちゃ盛りな一面はあった。


 そんな彼女が女優を、皆の目に止まる夢を抱いたのは、高校生の頃だった。

 理由はあまりにも単純で。クラスでの簡単な格差が、気に食わなかったからである。人間誰しも、差違があり。差別化する事で効率や、適正化を求めるものだ。だか、独善的なそれは、彼女の目には醜く写った。

 結果、変わる事等、何もなかった。いくら出来た人間でも、同級生の言葉や態度は、人を動かすに足らないのである。彼女は肩書きを欲した。模範となる様な、肩書きを。


「女優?」

「えぇ、そうよ。女性の模範として、目指すべき姿を示したいの。」


 相談相手は、当然の如く兄だった。傲慢とも取れるそれに、溺愛している兄は反対などせず。的確にアドバイスをくれた物だ。


「でも、いきなりだねぇ...うん、聞かないよ。」

「ありがと、兄さん。愛してるわ。」

「私もだよ、My sweet。」


 彼女が視線を外してから、法学書に再び目を落とす兄を後ろに、八千代は部屋を出た。やることは山積みであり、出来る事は多い。ならば、全てをやってしまうのが、蝎宮流である。

 1に信念、2に健康、3,4は信用、5に結果。積み上げた物を捨てないギリギリで、彼女は結果を掴もうと足掻いた。幸いにも、多くの繋がりはある。兄や父、母も含めて。

 己の生き様を得るのに、不自由はしない。後は、勝ち取り、抱きしめ、自分の物にするだけだ。妥協はせず、人聞きは良く、誰もを納得させるように。それだけの研鑽を積むために、彼女の残りの青春は費やされた。




 そんな過去を思い起こし、彼女は再びため息を吐く。いくつか、それらしい活動にはこぎ着けた物の、有名どころとは悉く縁が無い。


「八千代、幸せが逃げてしまうよ。」

「とっくに逃げ出したわ、幸運の女神も真っ青な俊足で。」

「それなら、私が捕まえてあげるから。」

「...ありがとう、兄さん。」


 リハビリの期間もあり、大きく出遅れた。だが、まだ若い八千代に諦めの文字は無い。そんな物を書き込む機会なんて、此方から壊してきたのだから。

 チャンス、それさえあれば、頂点を取る。そのための地盤は、とっくに作り終えているのだから。


「久しぶりに、一緒に寝るかい?」

「兄さん、私も中学生じゃないんだから。そういうのは、恋人にして?」

「隣で寝るだけだよ。昔から、生き物を抱いて寝ると、落ち着いていたから。レニーとか。」

「ワンちゃんと兄さんじゃ、全然違うから。」


 抱き枕なら十分だと、軽く流し。食器棚から、グラスを2つ取る。


「代わりに、一緒に楽しめるウェイターなら、お望みよ?」

「ご所望とあらば、お嬢様。」


 おどけた様な笑みを浮かべ、しかし子供っぽさなど感じない動作でワインを注ぐ。


「君の栄光を願って。」

「兄さんの発展を信じて。」

「「乾杯。」」




「...うぅ、頭痛い。少し、飲み過ぎたわね。」


 目を覚ました頃には朝で。置き手紙(というには厚いが)置かれているのみだ。


「やっぱり、忙しかったんじゃない...今度、ディナーでもプレゼントしようかしら。」


 日課のストレッチを行い、朝食を取る。朝のランニングに繰り出せば、昨日の名残が辺りに見て取れた。


「まだこの時間だと、起きて片付けともいかないのね。」


 それとも、夜更かしが流行っていたのか。クリスマスプレゼントを自慢し会う子供達を横目に、彼女は川の方まで走る。

 積み上げた物を、崩さない事。現状維持も、困難かつ重要な仕事なのである。


「おっと、申し訳ない。」

「いえ、此方こそ。」


 突然に飛び出してきた男性に、ぶつかりそうになり謝罪をする。おそらく、世の男性の九割ならば見惚れてしまう笑みを浮かべ。頭を下げる彼女に、怒鳴りかかる者などいない。平和である。


「...反応しました。」

『了解、候補だな。』


 そう、彼女の知る世界は...




 年も越えて、夏も過ぎ、再び寒くなる頃。まだまだ残暑が盛んだが、確かに夏の終わり香る季節。

 一度の不運とは、どうやら重なる様で。映画の撮影や、モデルとしての活動等、何故やらピタリと止まり。少ないそれは、既に名の売れた者達へ回っていた。

 愛車の赤いFDから降りて、少し歩く。たどり着いた場所に、思わず顔をしかめた...。



「まぁ、だからといって...私がこんなものにすがるなんてね。」


 メールを眺め、廃ビルで悲しみを吐く。隣の女性は、それに曖昧な笑みで頷いた。

 弥勒(みろく)と名乗った女性と、他愛の無い会話を続ける。派手な華やかさは無い物の、芯の通った美しさを感じ、心地よい時間となった。


「おはようございます、奇遇ですね?」

「あら?おはよう。本当に奇遇ね。」


 扉を開けて、見たことの無い青年が顔を出す。爽やかな笑顔の中に、垢抜けない可愛らしさがある、人好きのしそうな青年だ。

 会話を続けながら、呼び出し人が来るのを待っていれば、何人か来た後にスピーカーのオートマタが出てきた。明らかなオーバーテクノロジーに、内心は驚愕する。

 案内された場所で、筒に入る。繭の様なそれが、光でスキャンを開始し、少しして意識が遠退いてくる。


(本当に始まるのね...でも、ここでも私は勝ち抜いて見せる。それが、出来る者の定めなのだから。)


 己の欲望か、世間の待望か。未来の栄光は、どちらだろうか。その果てを目指して、チャンスを掴むために。

 己に足りなかった運を、他所に頼るのは癪だったが。彼女の歩みは、既に始まった。それを止める事は、彼女にさえ出来ないのだ。


(私は...勝つ。)

『ダイブスタート。』

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