めざせ、終局
焦げた場所を、ぐるりと見渡し。仁美は首を横に振った。
『探し物...?』
「ん。あの牛の精霊、止めるのは困難そうなので...戦うなら、金属のある場所だと思い、ます。双寺院さんなら、そこに残ると思うから。」
索敵能力のある三成だが、二柱の精霊である以上、限界はある。目を放したく無い対象が二つ、捜索対象が一つ。ならば自らが残り、視界に収めておこうとするだろう。
龍が消えて、時間は立っていない筈だ。それならば、まだ移動も開始していないと考えた。探し回るのが走る精霊な以上、レーダーの様にとはいかないからだ。
『...泡?』
「どうし...大きな泡。なんで、こんな場所に...」
『っ!危ないっ...!!』
巻き付いた鎖が仁美を引き上げ、その場から引き上げる。足下から湧き出た泡が、何にも当たらずにフワリと浮いた。
「ありがとう...」
『指示、だから。』
「ん...。これ、攻撃?」
怪しむ仁美の横で、【裁きと救済】は小石を放る。それは泡にバウンドして高く跳ね上げられ、近くの屋根に上がった。
途端、そこで赤い何かが飛び出す。小石を砕いたそれは、甲殻で出来上がった鋏だ。
『敵...!』
「離れたい。お願いできます、か?」
『了承。』
少し遠慮がちに抱きつく仁美を抱え、【裁きと救済】がその場で跳ねる。囲い初めていた泡を越えて、別の屋根の上に着地した。
そこで見えたのは、腕に集まっていた甲殻を全身に戻す、一柱の人魚の精霊だ。泡に乗って浮かぶ彼女は、此方に気づくと警戒を露にした。
『あら、抜け出すなんて...身軽なのね。』
「ちょっと。余裕な状況でもないんだから、気を付けよ?」
『分かってますわ。お爺さんもどこかへ行ってしまいましたし...。』
「歳だからねぇ~...疲れたんじゃ?」
会話をしつつも、抜け目なく泡を広げていく。
「ボクの【泡沫の人魚姫】の泡は、割れたら感知出来る感覚器官でもある!そう簡単には逃がさないよ!」
中に混じる弾性の強い泡は、ぶつかれば弾き戻されるだろう。視界を惑わせる泡に隠れ、互いに見えない中。泡を割ることも許されないでは、まともに動けない。
不幸中の幸いなのは、彼女の協力者がいない事。いる方がイレギュラーなルールなので、幸運とは言い難いが。
「脱出、出来ます、か?」
『推奨...抗戦。一度、隙を探します。』
「お願い、します。」
『出来るだけ、動かない様に。』
広げた腕から鎖が溢れ、左右の皿がユラリと揺れる。
臨戦態勢を整えた精霊を見て、向こうも目を細めて前屈みになる。
「いっけぇ!【泡沫の人魚姫】!」
『行きますわよ!』『迎え撃つ...!』
地上では機動の鈍い、魚の下半身。それを補うのは、彼女の手繰る泡。弾性を持つそれが【裁きと救済】を弾き、力強い鋏へと持ってくる。
走り出した後ろから、すぐに弾かれた【裁きと救済】だが、足で皿を蹴りだして鋏へと当てる。対となる鎖の端を腕に巻き、鋏と均一化した力で、強引に皿を押し出して己を止める。
『あら?力持ちね。でも、少し薄いわ、これ。』
『...!』
曲がり始めた皿を、今度は横に蹴りだす。鎖を引き、回転力をのせて叩き込む。
移動した甲殻が肩に集まり、【泡沫の人魚姫】の身を守る。僅かに傷をつけるも、それは甲殻の表層さえ切り落とせない。
『くっ...』
『ごめんね、喧嘩も苦手じゃなくってよ?』
速度で勝負する【裁きと救済】は、守られると弱い。相手の力と此方の力を均一化は出来ても、同時に防御力までは均一化出来ないからだ。
元々の力は強いとは言えず、守りが貫ける筈も無い。こうなれば、直接戦闘では勝ち目が無いのだ。
「ボク達の為に、降参してくれないかなぁ?」
『必要無し...!』
すぐさま、【裁きと救済】は鎖を放つ。その先にあるのは、ドラム缶。
『ハァッ!』
「嘘、飛んで来たぁ!?」
鋏の力は、想像以上にあったらしく。均一化した【裁きと救済】の力も、相応に上昇している。自分の足下に持ってきたそれを、彼女は蹴り転がして中身を広げた。
「この匂い...ガソリン?」
『あらぁ...』
気づいた時には遅く。地面を鎖で擦り、火花が燃料に点火する。
燃え広がったそれは、上昇気流を作り泡を上空へ押しやった。
「熱い...!」
『すぐに去ります。』
抱えあげた仁美を炎から庇いつつ。【裁きと救済】はその場から離脱する。
泡が使えなくては、【泡沫の人魚姫】も甲殻を纏う人魚でしか無い。地上では硬いだけの精霊だ。
『逃げられましたわ...すいません、華二宮さん。』
「しょうがないよ~、倒されて無いからよし!次、頑張ろ!」
耳をすませれば、【裁きと救済】には会話を拾うことが出来た。追ってくる気は無いようで、ほっとする。
「助かり、ました。ありがとうござ」
『違う、マスターの指示。』
「...ん。」
手早く合流を果たさなくては。【裁きと救済】は銃声を頼りに、三成を探す。
『金属音...あっち。』
「すぐに行かないと...。」
次に音が鳴るのが、いつか分からない。三成がその場から離れていないうちに、合流しなくては。銃声を、矢鱈に響かせる男でも無いだろう。
互いに頷くと、【裁きと救済】が仁美を抱え、移動を開始した。
一方、その頃。無事に合流が済んだ所では、剣呑な空気が漂っていた。
三成が引き付けてくれたお陰で、易く撤退できた健吾だが、モフモフとしたポルクスを膝に乗せ、一方を睨む。
「だぁから、さ。何もしてないって。」
『へい、兄弟。確かに胡散臭ぇけどよ、彼女の事は信じてやんな?』
ポルクスが尻尾で示すのは、【純潔と守護神】だ。既に毒の抜けて、正気に戻った弥勒を、膝に乗せて待機している。
この場を静観する彼女を見て、健吾も複雑な顔を浮かべる。肩の【辿りそして逆らう】が、不思議そうに顔を覗いた。
「別に、気に食わねぇってんじゃねぇよ。何でいんのか、聞いただけだっつの。」
『レオ、気ぃ張りすぎだ。焦るよりも落ち着け、倒れたら引きずって動くぞ。』
「煩い。」
チラチラと来た道を振り返る健吾に、【積もる微力】が溜め息を吐く。世話焼きが祟ったか、と憎々しげに。
「しかし、壮観だねぇ...精霊を三柱とは。」
「あ?」
「肩、膝、んで後ろ。なんか、無敵って感じ?」
「んだよ、それ...。て言うか、お前の精霊は?あの、なんだ?砂漠の踊る人みてぇな...。」
名前が出てこずに、健吾が唸りながら伝えれば、那凪は苦笑を返す。
「僕の【裁きと救済】なら、彼女の護衛だよ。僕と離れても、相手と均一化さえ出来れば、力量の差は無くなるからね。だから、って訳でも無いけど。少しは僕にも優しい態度を」
「それはない。昨日の事、忘れたとは言わせねぇよ。」
「あれは君が組み付いて来たんだろ!?」
驚いた様に声を出す那凪に、健吾が声を張り上げて応酬する。
「いきなり声をかけるからだろーが!」
「不意打ちよりマシでしょーよ!」
「する気があったのか!?」
「そーは言って無いから!」
『シュー!』
耳元で煩いと、【辿りそして逆らう】が長い尾で健吾の頬を張る。咥えながらだというのに、器用な物だ。
不満げに、しかし申し訳なく思いながら、健吾が顎を撫でる。目を細める子竜を眺め、二人で溜め息を落とした。
「やめよっか、不毛だ。」
「だな...」
まだ違和感の残るものの、痛みが消えた健吾が立ち上がる。少し鈍く、硬くなった肌も、数日もすれば治るだろう。
「これ、現実だと大丈夫だよな...?」
「幻覚で火傷した事例、あるらしいよ?まぁ、一日くらい、平気だとは思うけどね。」
「もう半日だろ?さってと...行こうぜ、レイズ。さっき押し負けたしよ、リベンジだ。」
『やっとか。次は負けねぇ...!』
拳を打ち鳴らす【積もる微力】と健吾に、那凪が声をかける。
「とりあえず、二人が戻るまで待ったら?バラバラになって、良いこと無いよ、ここ。」
『全員、叩き潰しゃ良いだろーが。レオ、もうヘマはしねぇだろ?』
「暴れてりゃ、目印にもなるしな。このまま行かせて貰う。」
「せっかくの戦力が...僕、もう逃げたいのにさ...」
本音が溢れる那凪はそれとして、【辿りそして逆らう】には弥勒の治療を続けて貰う。小さな傷や不調までは、まだ治してないからだ。
二人は眠る弥勒から離れる様に、場所を移した。出来るだけ、三成に近づけるように動いたつもりだが、今の位置が分からないので確証は無い。
『なぁ兄弟。どうするつもりだ?』
「ポルクス、三成さんの所に戻っとけよ。少し派手に牛を潰してやるよ。」
『巻き込まれても、俺は死なないんだけどなぁ...。じゃ、殿は任せたぜ!』
弥勒の奪還、及び撤退。その為にも、暴れまわる精霊達の居場所は、分かり続ける方が良い。
「なぁ、レイズ。もうやること、全部終わったよな?」
『あぁ?頼まれた事って意味なら、終わったんじゃねぇか?』
「じゃあよ、橋は壊れるし、雷は落ちるし、多少なり好きにしても良いよな?」
『ほぅ...?ならよぉ、どうする?』
キョトンとした顔から一転、獰猛にニヤリと笑う精霊に、契約者は建物をコツンと叩く。
「これ、崩そうぜ。」
飛び出した弾丸。それを角で弾きあげて鼻息を荒くする。
全身を鋼に変えた牛の精霊が、腹立たしげに足を踏み鳴らした。
「落ち着いて、【母なる守護】。」
『フゥ~!落チ着ク?コレダケ、煩イ羽虫二囲マレテカ!』
金属の中を反響する声を響かせ、【母なる守護】は苛立ちを表した。
落ち着いた雰囲気の彼女、金牛二那は冷たい金属を柔らかく撫でる。
「取り乱して、ごめんなさい。貴方は負けないわ、大丈夫。だから、まずは相手を見極めて。」
『...フン。分カッテイル。』
その巨体をぶつける先、金属がありながら、標的もいる場所を探す。
しかし、三成はともかく、蠍の精霊の契約者も見当たらない。
『逃ゲタカ...?日陰者ラシイ、愚カナ姿だ。』
「しょうがないわ、怖いもの...。」
『我ガ契約シテ、何ヲ恐レルカ。スグニ』
蹴散らす。その一言よりも先に、突然に轟音が響き渡る。
『ナニガ!?』
「あっちよ...何か崩れたんだわ。積み荷かしら...。」
『...イヤ、誘イダナ。面白イ、アレヲ蹴散ラシ、我ノ力ノ証明トシヨウ。』
契約者を背に乗せて、精霊は猛然と駆け出した。




