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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第二章 game start
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合流

 凄まじい速度で放たれた矢は、精霊とは射線をずらした真樋に迫る。彼は瓶を開け、大きな金属扉を取り出してそれを防いだ。

 弓は、放った後は無防備だ。走り出していた馬に、楽に追従し【宝物の瓶】は小太刀を振り上げる。それは酷く緩慢な動きだが、次の瞬間にはその訳が分かる。

 投げられた瓶。それは蓋を斬り取られ、飛び出した中身に刃を立てる。金属同士のぶつかりは、火花を散らして穴を開けた。


『これは...!』

「ガスボンベ!?しもうた!」


 立派な紅馬は鬣に高温を持っている。着火しやすくなった高圧ガスは、いとも簡単に引火する。爆発を起こすそれに、いち早く霊体化した【宝物の瓶】が、真樋の隣で実体化する。


『Danger、良い手段とは言えません。』

「だね。とにかく、今のうちに撤退を」


 走ろうとした真樋だが、アスファルトから出てきた泡に弾かれる。


「なにこれ、ゴムより弾く...」

「ボクの【泡沫の人魚姫(バブリングマーメイド)】の泡は、簡単には割れないよ!」

「囲まれた...?」


 自信に満ちた声で、道の真ん中で仁王立ちをする少女。彼女の側には、赤い甲殻を所々に纏わせた、人魚の精霊が泡に乗っている。


「貴方の事を倒しちゃう、華二宮(かにみや)四穂(しほ)ちゃん、18才!覚いといてね、おにーさん!」

「うわっ...」


 苦手な類いの相手に、つい声を漏らす真樋。しかも、年上である。


「ふぅ、死ぬかと思うた...」

『生きしぶとい翁だ...』


 背後からの声に、真樋はどちらを警戒すべきか迷う。その一瞬で、【疾駆する紅弓】の一撃が肩を貫いた。


「うっ...!」

「いきなり過ぎないかな!?ボクはクロさんみたいに、慣れて無いのに!」

『配慮する必要があるかね?』

「協力者じゃぞ?人は感情でうごくのじゃから、理や効率以外も考えねば。」

『ふん、貴様が夢から覚めやらんだけだろう。』


 どうやら、中々に我の強い精霊らしい。今のうちに撤退を、と真樋は新しく瓶を取り出した。


「ピトス、暫く引き付けられるかい?」

『No,program、ですがマスターの不在は悟られるかと。』

「身を守るくらいはするよ。」


 梯子を取りだし、近くの家屋に登ろうとする。しかし、その瞬間に途方もない音が、辺りを走り抜けた。


「ぬ?」

「え、なになに!?」

「雷...?史実通りって訳でも無いのか?」


 事故を恐れて、真樋は高い場所に行くのは諦める。しかし、泡で囲まれている以上、突破に時間がかかるだろう。そうなれば、一矢で射抜かれる。


『主、どうする?我の弓を試すか?』

「何か見えたか?」

『龍だ、東洋の伝承に出てきそうな...届くか分からんがな。』

「大物だな...止めておけ、お伽噺でも龍を討った話は、とんと聞かんわい。」


 それよりも、と振り返る九郎だが、次の瞬間には驚愕する事となる。

 逃げ場など無いと、本気で思っていた。割れた途端に飛び散り、付着する泡に囲まれて。前は九郎、後と左右を四穂が囲んだのだ。【宝物の瓶】の能力では、脱出の手立ては無いだろうと。

 だが、真樋の立て掛けた梯子が沈み、倒れた事に三人と三柱が視線を向けた時、それは起きた。


『...っ!マスター!』

「何が来」


 すぐに真樋を抱え、少しでも盾になろうとした精霊と共に。地面から波を割る様に現れた口が、二人を呑み込んで飛ぶ。


「鮫...!とんでもないデカさじゃ。」

「ちょっ!ボクの方に来ないでよぉ!」


 すぐに【泡沫の人魚姫】が乗る泡に飛び乗り、猛進する鮫を避ける四穂。そのまま地面を泳ぎ続けて、精霊は去る。


『...物の中、か。厄介だな。』

「どうやって泳いどるんかのぉ...」


 呟きを溢す彼等に、出来る事は無かった。




 真樋が目を覚ましたのは、砂の味が広がる中でだ。顔をしかめつつ起き上がると、白布で隠された顔が覗き込む。


『question、不調はありませんか、マスター。』

「ピトス?僕は...」

「あ、起きたん?具合はどうや、お兄さん。」


 少女の声に首を回せば、痛みが走り顔をしかめた。


「人の顔見て、そんな事せんでも...」

「いや、痛かっただけだから。君は...足を見せて貰った方が早いかな?」

「急な変態発言!?」

「いや、分かるだろう?それとも、別の場所かい?魚座かと思ったんだけど...」


 起きて早々に、思考を回し始める真樋に、彼女は少し困惑しつつ答える。


「模様の事なら、あるで...てゆうか、その前に言うことあらへん?」

「え?あぁ、そうか。さっきまで...助かったよ、ありがとう。」

「きゅ、急に素直やん...」


 今更だが、ボロい小屋の床に気をつけつつ、真樋は座る。射たれた肩が痛むが、応急手当てはすんでいるようだ。


「それはウチじゃないよ?そこのおに...おね?精霊さんが。」

「そうか。ありがとう、ピトス。」

『not,need、当然の事です。』


 ひとまず安心出来たのか、零体化して姿を眩ます。立ち上がろうとして、痛みに諦めた真樋が、小屋の中を見渡した。

 魚の骨、入り込んだ砂、積まれた草...潮風の匂いを確かめて、彼は顔をしかめた。海に良い思い出は無い。


「海の家...というか、倉庫に近いのかな?」

「そうやね...というか、龍に驚いて連れてきてしもうたけど...良かったんよね?」

「うん?...僕としては助かったよ。あのままなら、仕留められてた恐れもある。おそらくは射手座...機動力、行動力、攻撃範囲も申し分無く、目も良いみたいだった...。要注意だね。」

「それよりも、あの龍は...どうなん?」

「あれは、おそらく制限がある。探る必要はあるけど、なんとか出来るとは思うよ。」


 問題はエレメントも性質も分からない事だけど...と、真樋は再び思考に沈む。どこまでもマイペースな男である。


『小娘、いつまで待てば良いのだ。』

「ウチに聞かれても...ダメ言うたんは、あの精霊さんやし。」

『素直は美徳というがな...思考停止は怠惰だぞ。』


 段々と浮かび上がった精霊が、文句を溢す。鮫だ、鮫にしか見えない。何故か、地面の上に浮いている。

 波紋の広がる板を触れば、木の感触ではない。とても物が沈む事は無さそうな、強い反発力だ。良くみれば、鱗がびっしりと覆ってはいるが、先程まで巨体が沈んでいたとは思えない。


「これは...浮力の操作?」

『液状化以外の力に気づくとは...目敏いな、小僧。超常の物を目撃すれば、疑問をある程度遮断するのが、人というものだと思っていたが。』

「さぁ?僕は人じゃないみたいだからね...」


 皮肉気に返すと、彼はゆっくりと立ち上がって扉を開く。眼前に広がる暮れの海に、舌打ちを溢して歩き出す。


「そんな怪我なのに、どこに行くん?」

「悪いけど、お礼として出せる物も無いし。頼んだ訳でもないんだから、そのままお暇させて貰うよ。」

「いや、お礼はいるって言ってないやん。もう少しくらい、休めばええのに。」


 真樋の嫌みは流して、彼女は彼を引きとめた。思ったよりも出血していたのか、フラリと倒れかけた真樋を、慌てて支える。


「僕ら、殺し合いの立場だと思ったけど?」

「そんなん、すぐにホイホイ割りきれる訳ないやん。」

「はぁ...今、殺されると思わないの?」

「心配してくれるん?でも、ウチの【浮沈の銀鱗(シルバーアルレシャ)】は強いで?」


 調子が崩される真樋と、人(?)任せにされた【浮沈の銀鱗】が、同時に視線を向けて。深く息を吐いたのだった。




 一方、その頃。崩れた橋から脱出した健吾。【積もる微力】の肩で揺られながら、合流を目指していた。


「レイズ、少し揺れねぇ様に出来ないか?」

『あぁ?注文が多いんだよ。慣れねぇんだ、我慢しろ。』


 落雷を目印に走る精霊は、暗くなり始めた街を豪快に走り抜ける。火傷の痛む健吾が、跳ねる度に呻き声を上げる。


『だぁ!ウルセェな、モヤシ野郎!』

「仕方ねぇだろ、唐変木!人間には痛みって安全装置があんだよ!」

『あー、鬱陶しい。とっととチビッ子を見つけねぇと...』


 瞬間的な事だったとはいえ、皮膚に水ぶくれが見られる程。上半身の所々にひろがり、通常なら入院を進められるレベルである。

 冷やす物も無く、耐えるしか無い。【辿りそして逆らう】の治癒能力を信じて、ひたすらに走る。


「ん?レイズ、今なんか聞こえて」

『伏せろ!』


 しゃがんだ精霊の頭上を、針が過ぎ去っていく。続く金属音に、再び幾つかの針。


「防げ!【積もる微力(レイジングダスト)】!!」

『ダアァララララアアァァ!!』


 狙いも何もない針は、拳によって全てを叩き落とされる。いや、針と思っていた物の、殆どは弾丸だ。


『そーいや、針は一発ずつだったな。』

「あ~もう!仕方ねぇから、このままやるぞ。俺はほとんど動けねぇから、離れんなよな。」

『ったく、世話の焼ける。まぁ、俺の力も出るから良いけどよ。』


 遠回りするにも、道は狭く通りにくい。それなら、このまま正面突破するのみ、である。脳筋と侮るなかれ、時には思考を捨てた最速の一手も、最善に成り得る。

 足腰には痛みも無いため、走る分には問題ない。服が無い事が、ここで役立った。擦れて痛む心配も無いからだ。


「レイズ、ついて来いよ。」

『はっ、トロくさくて欠伸が出らぁ。』


 走る健吾の横を、ぴったりと【積もる微力】がついてくる。金属音は弾かれる音の様で、此方に来るのは一部だけだ。


「っ!レイズ!!」

『わぁってる!ダアァララララアアァァ!!』

『モオォォッ!』


 突っ込んで来たのは、牛の精霊だ。表面の光沢と、殴った瞬間の重さ。直感的に不味いと悟った【積もる微力】が、健吾を掴んで飛び退く。


『止められねぇだと...!』

『フウゥー...』


 大きさ、重量。その突進からなる破壊力は、全精霊の中でもトップクラスだろう。


『レオ、少し離れてろ...止めてやる!』

「バカ野郎、離れたら力も落ちるだろうが。火傷が治りゃ、いくらでもやらせてやるよ。」

『ちっ、なら急ぐぞ。ダァラアァ!!』


 床の金属から離れ、硬質化の終わった牛の精霊に、横から重い一撃を叩き込む。残った重さで動きの鈍る精霊を尻目に、二人は早々に駆け出した。


「獅子堂君か!そのケガは...」

「三成さん!仁美は?」

「今、ポルクスが探して...【辿りそして逆らう(トレスonリベリオン)】ならば、見つけたようだ。」

「離れてんのか...!」


 無防備であろう仁美と、治療能力のある精霊。合流の優先順位を迷う彼に、【積もる微力】が怒鳴る。


『レオ、治療が優先だ!無策で精霊から離れるよーなら、協力者ってよりも足手まといだ!』

『兄弟、あの青年の精霊がいねぇ。治療を対価に、防衛して貰ってる可能性もある。急げ、お前が死ぬぞ。』


 場所はカストルが把握している。伝えられた場所へ、健吾はすぐに走り出した。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 19話がしんどい…っななぎーん!!!!!!!(しんどすぎて次のページ読み進めて置かないと心が辛い…) 初顔合わせ時は楽譜が出ていたから音楽関係ってのは予測できていたんですが。なるほど……
2022/05/16 22:16 数屋 友則
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