目覚めた獅子
眩い光は納屋の地面から、円を描いて広がる。それは刹那の間に一際強く輝き...
『ダアァァァララララアアアァァァァァァ!!』
猛々しい雄叫びと共に、現れたのは一体の精霊。高い身長と、それに負けない肩幅は、力強さを感じる。炎の様に揺らめき鬣の如く広がる頭髪を持つ、あまりにも肉体的な精霊。
簡易な装飾と刺青の目立つ、その大男。光から飛び出した精霊は、月明かりを浮けながら拳から闘気を放つ(比喩ではなく本当に炎の様に吹き出している)。
『くっ、未契約の精霊...。』
『攻撃禁止規約は参加者だよなぁ?精霊は入ってねぇぜ。』
不意打ちを喰らった【宝物の瓶】は、不利に思ったか姿を霧散させた。契約者の判断を仰ぎに行ったのかもしれない。
「助かったよ...えと」
『血は...お前か。』
床に散った血痕を見たあと、精霊は健吾の頬を見る。
鈍く熱く、痛みを訴えてくるこの感覚は、今の目の前の非現実な光景を、真っ向から否定してくる。既にこれは虚構か現実か、健吾には区別がつかない。
『よし、良いだろう。《我、【積もる微力】の名を揚げて問う。契約を交わすか?》どうだ?人間。』
「えっ?契約...そうか、精霊の。あぁ、良いぜ!元からお前を探してたんだ!」
健吾がそれに応えた瞬間、背中を一瞬焼けるような感覚が襲う。
痛いと思う間も無く、それは去ったが、変わりに確かな繋がりを感じる。
『俺達、精霊は契約者の願いを成就させんのが役割だ。てめぇの勝ちに力ぁ貸すぜ。』
「てめぇは止めてくれ。俺は獅子堂健吾だ、よろしくな【積もる微」
『ダルい、縮めろ。』
「...よろしくな、レイズ。」
『はっ!よろしく頼むぜ、レオ。』
獅子堂だからレオ、という事か。随分と雑、いや荒々しい奴である。
「あ、忘れてた。えと、怪我は無いか?」
「...あっ、うん。その、ありがとう、助けてくれて。」
『あんだ?...不思議な奴だな。精霊の気配がねぇぞ。』
【積もる微力】は首を傾げながら少女を見下ろす。健吾よりも一回り大きな精霊は、少女より頭二つは行きんでていた。
「あんまり怖がらすなよ。」
『ぁ~ってるよ。まぁ良いさ、引っ込んどくから用がありゃ呼べ。お前の周りに居るからよ。』
霞の様に消えた精霊に、健吾は肩の力を抜いた。敵対してない雰囲気だろうと、未知との遭遇には緊張感がある。
「さて、あんたも参加者か?」
「...。」
「いや、俺は何もしねぇよ...いきなり過ぎて、理解も追い付かない。」
「それが...私も確信は、してない、から。」
外見年齢の割には、少し辿々しい言葉。それでも意味は伝わるが、それが逆に混乱する。
「あーっと?参加者ってのは通じてるよな?」
「うん。」
「分からんと?」
「...うん。」
おかしい。参加者は自分で望んだ者だけの筈だ。参加者で無いならば、こんな中途半端な返事にはならないだろう。
「しかしよ、なんでこんな場所に...?」
「精霊を探して...。他の所は契約が終わっている、から。」
「最後かよ...まぁ起きたの昼過ぎだしな。」
「...お寝坊さん?」
「否定できねぇけどよ...。」
あんまりな言い種に、少し肩を落とす。しかし危なかった様だ。これを逃せば精霊と契約が...
「ん?」
「どう、したの?」
「いや、なんでもない。そういや、お前の名前は?俺だけ聞かれるのも理不尽じゃね?」
勝手に聞かせておいて、少し理不尽だ。しかし少女は気にしていないのか、すぐに答えてくれた。
「私、巳塚仁美。」
「ひ、とみ...。」
「...んぅ?」
突然だまる健吾に、少女...仁美は小首を傾げながら、手を顔に伸ばす。
目の前で振られる手に、健吾は頭を振って再起動した。
「あ~なんでもねぇ。此方の話だ。まぁ、改めて。俺は獅子堂健吾だ。よろしくな、巳塚ちゃん。」
「ごめんなさい、あんまり巳塚とは、呼ばれたく無い...。」
「...?なら仁美ちゃん、で良いか?」
「呼び捨て、希望...!」
「何で...?まぁ、良いけど。」
第一印象は大人しいと思ったが、かなり変な娘のようだ。とはいえ、目の前で殺されかけていたのでは、ここでハイ、サヨナラとは出来ない。
健吾は、基本的に世話焼きなのだ。参加者ならば、せめて精霊と合流位は、出来ないとフェアじゃない。健吾にも譲れない物がある。そこから先は...今は考えないで良いだろう。
「獅子堂、さん。...良いの?」
「なにが?」
「最後の一人にならないと、願いが...」
「それは遠慮せずに狙う。でもまぁ、他の奴等も色々あんだろ。俺は俺が納得するために、こうしてるだけだっつの。」
真正面から叩き潰す方が、健吾の性にあっている。それで損をするよりも、自分に自信を持ち続ける事。不知火さんに教わった事だ。
自分が心地好く、止まることなく進める様に。その為の手段の一つ。人は感情の生き物なのだから、効率だけでは進めないのだ。
「...ありがとう。」
「おー、とりあえず行くぞ。ここにいたら、場所がバレてるから危ないだろ。」
明らかな危険を目の前にしたあとで、健吾の警戒心も最大限にひきだされている。既に始まっているのだと、遅れながら頭に警鐘が響く。
「よし、今は外に人はいねぇみたいだ。ずらかるぞ。」
「ん、分かった。」
外に出れば、今正に日が落ちた所だ。夜、人の動きが止まり、他のモノの活動が始まる時間。
今尚、混乱している状態、わざわざ敵対者を増やす事は無い。一時的な協力者、危ない綱渡りだが。
仁美は力を、健吾は信念を。お互いに動き続ける為に、お互いを利用する。そんな協定。
一方、少し時間を戻す。此方は昼頃、まだ町中での事だ。
一人の少女...宇尾崎寿子は河川敷を歩いていた。
「多分、この辺りなんよね...って、なんか人がおらんような。」
彼女も淡い違和感とでも呼ぶべき物に引かれて、この場所を訪れていた。夢中で進んでいたが、橋の下の影に来て、ふと人影が見えない事に気づく。
「なんでやろ?まぁ、ちょっと入り組んどったけん、それかな?」
歩いて20分、都会ではちょっと、とは言いがたいだろう。おそらく検査用の通路を歩く寿子は、ふと水音を聞いて足を止める。
明らかに流れの違う場所。緩く渦を巻くそれに、彼女は見いっていた。
「なんか、おるん...?」
ふらりと一歩を踏み出し、水の中を歩く。僅かに発光している渦まで、浅い水溜まりの様に。
そこに足が入った瞬間、彼女は渦に呑まれる。頭の中に声が聞こえた様な気がして...寿子は指を強く噛む。血が滲み、次の瞬間には辺り一帯を照らす光が、水中から二つの影を、水面に落とした。
「おさ、かな...?」
『おさ...!?ふん、《我、【浮沈の銀鱗】の名を揚げて問う。契約を交わすか?》無礼な娘。』
美麗な輝きの鱗に包まれた、大きな鮫、だろうか。それが少女の前にて、人の言葉を伝えてくる。
「もしかして、精霊さんなん?ほんなら契約、うちは、するけんね!」
水中にも限らず、その声は元気に響く。それに一つの頷きを返されたと同時に、左足に鋭い痛みが走る。すぐに去ったが、靴を脱げば♓と紋様が残っている。
「ちょ、これ消えるん?先生に見つからんよね?」
『煩い小娘だ...。消えるから少し静かにせんかね?』
「乙女の肌に跡つけといて、酷いお魚やなぁ。そなガボッ!?」
『だから静かにしろと...ほれ、泳げ。』
唐突に水中呼吸が出来なくなり、溺れかけた寿子。【浮沈の銀鱗】に押され、すぐに水面まで辿り着く。
「はぁっ!なんでなん!?」
『召喚の余波が消えただけだ。むしろ、何故水中で呼吸が出来ずに文句を垂れる...。』
「さっきまで出来とったけん!」
『それは別レイヤーの位相をここの座標に双方通信した際の一時的な』
「お魚さん、メンドクサイ人やんね?」
『魚では無い!【浮沈の銀鱗】という名がある。』
互いに叫び疲れ、息を荒げる二人(人?)だったが、その場所に石が一つ投げ込まれて止まる。
「ふぇ?」
『ぬっ?これはっ...!』
突如上がる火柱は、辺りの熱を急激に上げて、出口を塞ぐ。橋の下から出られ無い。
「はっはぁ!最初の獲物を見つけたぜ、羊野郎。」
通路の先から、額に♈と紋様がある青年が歩いてくる。彼が再び石ころをバラ蒔けば、辺りが炎の林へと様変りだ。
「さって、【意中の焦燥】。次だ、次。狭い所は集中弾幕が効くんだよ。」
『しつこいなぁ...でもさ、もう居ないよ?』
「あぁ!?マジかよ!何処から...」
『下だよ、ハックー。』
青年の肩で、ふわふわモコモコと揺れる精霊が、警告を伝える。次の瞬間に、青年の足下は揺れ、飛び退く青年の前で牙がガチリと音を立てた。
「地面を...泳いでやがる!」
『う~ん、逃げられるよりも、狩られないか心配だなぁ。』
「寝てんなよ、羊野郎!こうなりゃ辺り一帯燃やすんだよ!」
『派手にやってバレても知らないよ~。』
足下のコンクリートに手を付き、本当に周囲に炎を撒き散らす青年。そのまま壁をよじ登り、橋の骨組みに腰掛ける。
「OK、ここなら」
『ハックー、後ろ!』
「いっけぇ!アルレシャ!」
壁の中から飛び出す鮫が、青年の肩に噛みつく。喰われた【意中の焦燥】が炎を撒き散らすので、すぐに離れて川に落ちた。
背鰭に捕まる寿子が、はしゃいだ様に何度も銀の鱗を叩く。
「凄いやん、アルレシャ!コンクリートの中をバーって!」
『少し静かに...っ!?潜るぞ!』
投げ込まれた石ころが、爆弾の様に炎を撒き散らして破裂した。水面にいくつも降ると、その波紋を増やしながら爆音を鳴らす。
少しして、反応が無い事を見届けると、青年は舌打ちをした。
「ちっ!あのガキも結構厄介だな。潜水してられる時間が長そうだ。」
『精霊を倒す必要は無いけど、契約者を守られたら別だものね。本当なら僕も、もっと燃やせるよぉ?』
「俺ごと燃やしたら殺すぞ。」
『口悪~い。人間の間だと何だっけ?キッズとか言うんでしょ?』
「...黙ってろ。」
『うわぁ~ぁあ~あー。』
頬をもみくちゃにされて、悲鳴(?)をあげる【意中の焦燥】を他所に、青年は下を見た。
「どうやって下りるかな。」
火の海と溶けて固まったコンクリートの塊。青年がそこから這い上がったのは、それから一時間後の事だった。
気紛れと言いましたな?
ストックはあるにはあるのだよ(ФωФ)フフフ




