表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第二章 game start
18/144

広がる混乱

 早乙女弥勒を探して、彼女の暴走を止める。

 目的がこのゲームの勝利で無い以上、ここでの戦闘は彼女の本意とは離れているだろう。三成の予想では、脅迫か毒の錯乱、取引。

 そこを説得し、龍を帰して貰わねば、数分で全滅もあり得る。毒ならば、【辿りそして逆らう】の治癒能力の出番だ。どちらにせよ、まずは接触する必要がある。


「そういえば、考えずに走って来たけどさ。龍の背中とかは?」

「...いたら、分かる。」

「えぇ?あの混乱の中で、落ち着き過ぎてないかい...?」


 仁美にとって、既にこの空間そのものが新鮮過ぎて、今更何が起こっても、混乱とはいかない。それは初日に散々すませた。

 無愛想にさえ感じる仁美の態度に、那凪は肩を竦める。


「でも、場所が分からないのは変わらない感じ?」

「ん...離れては無いと思うから...。」

「龍の来た方向、か。あれに追い付いてるって事は、乗り物に?」


 そんな疑問を抱く那凪を、突然に具現化した【裁きと救済】が抱き上げて跳ぶ。その下を、凄まじい勢いで空気を切って、蹴撃が通りすぎる。


「精れ、い?えぇ...?」

「...。」


 閉じかけた目と無表情な顔。しかし、それは那凪の見覚えのある顔。つまり、人間である。


「早乙女、さん?」

「ヒュー、美人な武道家って、それなんてドラマ?」


 口笛一つ、高く鳴らした彼は、下ろして貰い周囲を見渡した。辺りに精霊はいない。姿を表すのが、契約者とはこれ如何に。

 喋る事もなく、鉄面皮のままで彼女は更に畳み掛ける。集中方法なのか、錯乱状態なのか。判断のつかない那凪だが、彼のやることは決まっている。


「制圧しろ、【裁きと救済(ジャッジリカバー)】!」

『了解...!』


 振り上げられた足を片手で流し、回転を殺さずに捕えにかかる。しかし、精霊の動きに遅れを取らずに、彼女は肘を繰り出した。


『っ!』

「お、黒なのね。っと、それよりも...」


 弥勒の相手は精霊に任せ、那凪は彼女の精霊を探す。この場で身を隠すという事は、人間相手に勝負をしないという事。自信の無さの表れだ。

 那凪からすれば、突然の襲撃者だ。暗殺?狙撃?バッファー?とにかく、そちらを止める方が容易そうだ。


「精霊は僕らが探すよ。出来れば僕の護衛も...」

『シャー!』

「してくれないみたいね。」

「精霊は、契約者に影響される...彼女を落ち着かせるのが、優先。」

「そうなの?...まぁ、得体のしれない精霊よりは、人間の方が良いか。」


 第一、那凪が【裁きと救済】から離れては、均衡が崩れる恐れもある。人間と渡り合う程ではあるが、離れて活動するタイプの精霊では無いのだから。


「なら、早く抑えないと...僕に出来ることある?」

「抑えて、【辿りそして逆らう(トレスonリベリオン)】。」

『ギャウ!』


 流れる水の様に、互いの四肢を鋭くぶつけ合う両者へ、小さな竜は飛び付く。咄嗟の反応で迫る手刀と蹴撃を還せば、硬直するのは両者だ。

 だが、そのまま蛇がのし掛かるなら、動き出しが遅れるのは必然。弥勒に巻き付いたのは、いち早く体制を整えた【裁きと救済】の鎖。そのまま弥勒に飛び付いた【辿りそして逆らう】は、すぐに解毒を開始した。


「ねぇ、怪我を治してる様に見えるんだけど...。」

「飛び付いた時に、針を見つけた、から。抜いて、治してる。」

「針?...あれかな、もしかして蠍?さそり座の女って事かな?骨抜きになりそう。」

「貴方の趣味なんて、聞いてない。」


 少し睨まれた那凪が、ねぇ?と自らの精霊に同意を求めた。


『マスター、指示を。』

「冷たくない?まぁ、良いけどさ...そのまま吊り上げてて。取り敢えず僕と均一化しよう、少しは毒も抜けるでしょ。」

『それではマスターが...』

「半分だって、問題ないよ。いざとなったら、看病してね?」


 欠片も安心出来ないが、基本は精霊に拒否権は無い。渋々、那凪と弥勒の状態を均一化する。


「うぉ!?」

『マスターっ!?』

「...大丈夫、ですか?」

「いや、すっごいお腹空いた。僕も昼から食べて無いけど、それよりもイタッ!」


 つい足が出てしまったが、仁美は無かった事にして弥勒に近づいた。頬の汚れを舐めとっていた【辿りそして逆らう】が、此方に気付き元気に鳴く。


『キュ~。』

「どう?」

『キュ!』


 ボンヤリと白昼夢を見るようだった目が、少し生気を取り戻して見えた。どうやら、無事に助かりそうだ。


「うっわ、これダルぅ...。体力的にって言うか、精神的にヤバい。いまなら、何でも言うこと聞いちゃいそう...これの倍以上って、ヤバくない?」


 同意を求められても、仁美はなっていないので分からない。代わりに空を見上げ、大きな龍を探した。


「いないと思うよ?雷鳴が消えてる。こう見えて、耳は良くってね。」

「そう...。」


 ほっとして、彼女は精霊の顎を撫でる。嬉しそうに喉を鳴らす精霊は、それでも尾は噛んだままである。

 少しずつ瞼を閉じていく弥勒を見ながら、仁美は辺りを警戒しておく。これだけ派手にやったのだ、何が来てもおかしくない。


「もうほどいて良いかい?」

「ん、大丈夫みたい...。」

『了解。』

「後はさ、僕の治療もお願いしたいな~、なんて?」

『シャー!』

「なんでこんなに嫌われたかな...。」


 鎖を回収して、座り込む那凪の側に立つ精霊。彼女は、仁美を襲うつもりは無いようだ。本当に契約者絶対主義らしい。


「え~と...ここには、牛に蠍に...イタチと龍と蛇ってなにさ?」

「それと、貴方。天秤?」

「そーだよ、マークは見せられないけど。」


 紋様だけの為に、異性の体を見たくは無い。仁美が頷くと、彼は笑う。


「ありがと。それで...あとは五人警戒しないとかぁ。」

「なんで?」

「魚っぽいのは、さっき泳いで行ったでしょ?食われかけた事あったなぁ...。あとは、羊と獅子と射手かな?と...水瓶だと思うんだけどね。」

「星座なのは、分かってる...。」

「まぁ、分かりやすくヒントがあったしね。それで、今日は牛...本当についてないなぁ...。」


 乾いた笑いを浮かべる彼は、仁美に振り替える。


「まぁ、とにかく。警戒するのは、羊と獅子、射手に水瓶。双子と蟹と乙女と山羊は分かんないから、その中の一つ。どう?」

「双子と乙女は、ここ。」

「蟹と山羊か...え?乙女?双子ぉ...?」


 記憶にある、二色のイタチと龍に蛇。どれがどれか、必死に頭を捻る。


「というか、龍の精霊だよね、この人?毒とか言ってたし。」

「うん...。」

「そんなに警戒しないでよ...。僕が精霊、探そうとした意味ぃ...まぁ、ここまで強いなら、精霊は離してもいいのか。」


 なんだか勘違いが加速しているが、それは唐突に終わる。物陰から、【純潔と守護神】が歩いて来たからだ。


『新手...!』

『落ち着いてください、天秤の姫。私はこの方の精霊です。』

「...あぁ、納得。乙女座の精霊は、召喚士って事ね。でも双子...あれ?蛇とイタチ...ん?数が...蟹?山羊?えぇ~...?」


 混乱する那凪を他所に、仁美は弥勒を精霊に預ける。眠る弥勒を動かす事は出来ないので、場所を譲っただけだが。


『感謝致します、仁美様。でも、私は人を運ぶ程の力は...お手伝い頂けますか?』

「身長が...ごめんなさい。」

『では、双寺院様をお呼びください。私がおりますので、いざとなれば龍を呼びますから。』

「ん。」


 そう何度も呼ばれては、此方が危ない。急ぐ事を決めて、仁美は立ち上がる。【辿りそして逆らう】は、弥勒に乗ったままだが。


「僕は、ついていかない方が良いかい?」

「...うん。」

「わぁ、本当に信用ないね...牛と蠍はいるのにさ。」


 肩を竦めて、彼は己の精霊に向き直る。


「仕方ないからさ、【裁きと救済(ジャッジリカバー)】が彼女を守って上げて。逃げるくらいなら、離れても大丈夫だろう?」

『マスターが...』

「蛇さんにも美女さんにも、戦闘能力は薄そうだし?龍を呼ぶにも、制約あるでしょ。僕程度を潰すに使わないって。」

『...了解。カッコつけ。』

「待って、今なんて?」


 小さく呟かれた言葉に、那凪が違和感を抱いて反応するまでの数秒。その間に仁美は遠くに行っており、【裁きと救済】もそれについていた。


『...その、お気の毒様です。』

「慣れてるから、大丈夫...。うん、大丈夫。」




 もう一度だ、記録を戻せ...

 そこからだ、フォーカスしろ...




 騒がしさに目を開けて、彼は起き上がる。

 時刻は夕刻。高速道が崩れたらしく、消防まで出払っている。


「えぇ、煩い...ここってそんなに物騒だった?」


 少年、瓶原(みかのはら)真樋(まとい)はゆっくり背を伸ばし、眠りから覚める。

 大人びた印象と幽霊の様な風貌は変わらず、しかし英気は養えた。昼夜逆転、キャンプ場暮らしだが、数日なら悪く無い。


「精霊かな...?どう思う、ピトス。」

『Thinking...首都高に爆発物は無かった筈です。精霊かと。』

「じゃ、離れようか。互いに潰しあってくれたら楽だし。」


 すぐに方針を定め、陰陽師の様な風貌の精霊を引っ込める。瓶から自転車を取りだし、それに乗って町を北上する。

 かなり南にいたのだが、そろそろ天球儀も気になる所だからだ。離れるついでに、夜になる前に見ておきたい。


「明るいうちから、おっ始めるなんて...随分と乱暴だ。」


 炎上する橋、崩すようなパワー...そこから相手を考える。


(まずは火のエレメントであるのは確実...羊か、獅子か、射手座...一人は獅子かな?あのパワーだし。爆発...性質が活動宮の牡羊座?乗り物にでもなりそうだ...。)


 それならば、危険なのは羊だろうか?あの場から北上すれば、ここに行きつく。神話通りなら、すぐだろう。もっとも確実ではないので、他も警戒する。


(僕だって、瓶を使えば爆発なら好きに起こせるしね...。)


 予想しておく事で、簡単な対策の考察や、心の準備に繋がる。大概は、殺し合いなんて素人の集団だ。覚悟は初動の早さに繋がり、それを覆すのは難しい。

 ただし、この場に限ってはそれは、間違いであった。移動しながらだったからだ。角を曲がろうとしたした時、思考を続けていた真樋は、一瞬対処が遅れた。


『人!?』

「ぐっ!」


 燃える馬とぶつかり、瞬時に姿を表した【宝物の瓶】が、飛び上がる彼を受け止める。


「ほぅ、契約者じゃ。相棒よ、これだと思うか?」

『そうだな...いや、違うだろう。あそこから移動したにしては、位置がおかしい。』

「なんじゃ、腰抜けか...。」


 好き放題言って、彼は馬から降りる。


『おい?』

「お主、立てるか?」


 手を伸ばす老人、九郎に【宝物の瓶】が立ち塞がる。


「ふむ?顔を見せんとは無礼な。しかし、男とも女とも分からんな。」

『Praise、徹底抗戦。』

「分かってる、ピトス!」

「やる気か?面白い、やるぞ【疾駆する紅弓(アルスナルケイロン)】!」

『はぁ...乗れ、主。』


 引き絞る弓と抜かれた小太刀が、落ちる夕日を反射して。遠くで響いた銃声を合図に、宙を走った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 弥勒さん接近戦できるんですかーーー!!?那凪君のセリフをそのまま復唱します、なんてドラマな!!かっこいいなあ。三成・弥勒ペアが優勝は狙っていないってスタンスだけれど、これ、ガチで狙えば優勝で…
2022/05/15 12:25 数屋 友則
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ