大乱戦
大蠍の針は、再生時間こそあるが無限。廃材置き場のような、隠れる場所の多い此方は、有利と言えた。
ポルクスの合流の後がどうなるか、それはその時に分かる。重要なのは、精霊が二柱、揃うこと。
「仁美君、無事か。」
「...っ!?双寺院、さん。」
「身を隠す事に専念してくれ。あの精霊の毒を食らえば、君の働きで状況は左右される。それまで無事でいることが重要だ。」
「大丈夫、です。この子がいるから...。」
「...そうか、還すのだったか。心配は無用か。」
肩のカストルが短く鳴き、三成は走り出す。姿を見せた三成に、何度目かしれない針が撃ちだされる。
振り向き様に発砲。カストルの補助もあり、針に掠めるそれは防御の役割を果たす。
「やれやれ、弾丸も有限なのだが。」
リロードをしつつ、物陰に飛び込む三成。銃と精霊を警戒してか、大蠍の契約者も近づきすぎる事は無い。
あわよくば制圧を狙い、牽制を続ける三成を見つつ、仁美は思考を巡らせる。派手な力を持つ精霊は、日のあるうちは動くのを避ける。NPCが、どう動くか分からないから。
その点、【辿りそして逆らう】は心配ない。遠目から気づかれる様な、大きな力は無いからだ。夕刻の今、銃声を響かせている危険人物よりも、自分に出来る事は無いか。そう考えるのは必然だ。
「どうにか、あの人の動きを止められれば...。」
「可愛娘ちゃん、みっけ。何してるんだい?」
驚き振り向く仁美に、鎖紐が絡み付く。巻き付いていた【辿りそして逆らう】が眼光を発して力を使えば、それは踊り子の様な少女の手元に戻る。
「っとと。あれ?【裁きと救済】の鎖が...戻ってきた?」
『確定...精霊です。』
「うん、だろうね。」
『...?口説く...必要?』
「ごめんて。もうしないから。」
肩を竦めながら歩いて来るのは、髪を明るく染めた青年だ。彼は響く銃声に驚きながら、仁美の前に立つ。
「やぁ、僕は天野那凪だ。覚えててくれると嬉しいかな。」
「こんな場所なのに...?」
「こんな場所でも、だよ。」
青年が微笑み、そのまま近づいてくる。警戒を露にする仁美に、彼は少し大袈裟に否定する。
「まってまって!僕は怪我人だし、君とやりあうつもりも無いって。元々、平和主義者なのさ。」
「怪我人...?」
「うん、お腹を、ね?実はかなり痛いんだ、これが。」
ヘラリと笑う様からは想像出来ないが、少し青い顔色がそれを真実だと告げている。
「いやぁ、実を言うと少し追われててねぇ...ちょっと隠れるつもりだったんだよ。はぁ、どーして僕のいく先々で、契約者が居るんだか。」
「いきなり、鎖を飛ばして?」
「いや、殺されたく無いし。食われかけて、燃やされかけて、殴られると思えば射たれて、潰されかけて...もー、散々なんだよ。」
首を振りながら那凪は語り、その後に大きくため息を吐く。
そんな事を聞かされても、仁美としては知ったこっちゃ無いが。あまり騒いで、大蠍に見つかっても愚かだ。何も言わず、大人しくしておく。
「ありがと。いやぁ、しっかし。銃?なんで?」
「...分からない。」
「えぇ、さっき止めるって...?あぁ、君も巻き込まれたクチ?」
「一緒に、しないで、ください。」
「...嫌われちゃったかなぁ。」
あまりにもグイグイと来る那凪に、少し避ける様に接する仁美。
苦笑いを溢す那凪だったが、外で明らかな破壊音が聞こえて表情を一変させる。
「うそ、もう?」
「何...!?」
「アハハ、連れてきちゃったみたい...。ごめんね?」
謝罪をする那凪の横で、隠れていた家屋が壊れる。吹き飛んだ壁の一部が、崩壊の危険を思い起こさせる。
「【裁きと救済】!」
『...了解!』
反対の壁と、天井。そのバランスを、伸ばした鎖紐を概して均一化し、その精霊は崩壊を止める。
『フゥー...!』
「何...!?」
「うん、確実に僕だ、これ。ごめんね?」
穴から現れた顔は、長く逞しく。立派な角と短い毛が特徴的だ。
鼻息も荒く、此方を見定めたそれは、紛れもなく牛。
蹄から肩まで、1800㎜はありそうな、その巨体。白く輝くそれは光沢を放ち、硬い印象を思わせる。
「ここだと...気をつけてね。多分、アルミかなぁ...。」
「アルミ...?」
「あぁ。触れている金属の性質を、肉体にコピーするのさ。パワーもスピードも、尋常じゃぁ来るよ!?」
壁を荒々しく吹き飛ばした精霊は、次の瞬間には猛然と駆け出す。金属の塊が、凄まじい速さを持って、すぐ隣を駆け抜けた。
遅れて吹き出す冷や汗に、緊張が全身をめぐる。
「僕と均一化しろ、【裁きと救済】!」
『把握...!』
牛の精霊と、那凪の肉体。鎖を介して、それらが均一化される。
「重ぉ!?」
『モオォォ...!』
「ダメだね、これ。同じ硬度でも、吹き飛ぶの僕だね!?」
動きの鈍った那凪に向けて、鎖を引いて突進する精霊。その重量を止められず、【裁きと救済】も引きずられる。
「止めて、【辿りそして逆らう】。」
『ギャウ!』
小さな竜の体当たりは、ぶつかった衝撃そのままを互いに返す。
全く同じ力を受け、精霊の巨体が停止する。
「おお、助かったよ...。」
「私も、轢かれる...。」
「あぁ、狭いものね。」
すぐに均一化を解いて、【裁きと救済】に壁を壊してもらう。
牛の壊した壁と、均一化すればかなり脆くなった。細腕でも殴り壊せる。
「外に...うわっ!?」
足元に大針が跳ねて、那凪は尻餅をつく。
後ろから脱出を試みた仁美も、彼につまづいて倒れる。
「物騒だなぁ!ここ!」
仁美を抱えてて、横に飛び退いた那凪。その後を、牛の精霊が駆け抜ける。
『見事。』
「そりゃ、ドーモ。それよりも、上に引き上げてくれるかい?」
『了解。』
上に位置すれば、視界は広く、移動も容易だ。見つかりやすく、囲まれやすいが...あの牛にそれは、警戒するだけ無駄である。
「放して。」
「あぁ、ごめんごめん。つい連れてきちゃった。」
『キュー?』
建物の上から、牛を探す。破壊の後が一直線であり、すぐに見つかった。
「お、あそこにい」
その瞬間、那凪の頬を金属がかすめる。金属化している牛の精霊に、三成の拳銃が跳弾したのだ。
「怖ぁ!?」
「向こうが気づいたみたい...。」
暴れまわる牛の精霊に、2人の狙撃手が撃ち込み続ける。しかし、足元が鉄板だったようで、僅かな傷しか与えられていない。
三成が此方に気づいたのか、黒い艶やかな毛並みが此方に走る。カストルだ。スルリと那凪の肩に登り、睨みを聞かせる。
『よぉ、兄弟。何者だ?』
「速いなぁ...。こういうタイプの精霊もいるのか。僕は巻き込まれただけだよ、少なくとも、この場ではね。」
捕まえられそうになったカストルが、【裁きと救済】の手からから逃れ、【辿りそして逆らう】と共に仁美に乗る。
『じゃ、あれは?』
「さぁ?恨みでもあるのかって顔で、襲われたけど...。」
『連れてきたのはお前か...。』
「あんな暴走列車、止められないじゃない。」
肩を竦める彼だが、直後に顔をしかめる。
『どうした?』
「いや、今なにか聞こえなかった?」
辺りを見渡す彼だが、特に変なものは見えない。
が、カストルは瞬間的に毛を逆立てる。
『不味いだろ...!来やがった!』
次の瞬間、辺りを閃光が襲う。続いて、轟音。そう、雷が落ちたのだ。
それは、此方に迫って来ている様だった。追われているのは...ポルクスともう一人いる様だ。
「カストル、状況。」
いつの間にか此方に来ていた三成が、ポルクスの事を問う。
『龍が出た、追われてる。...魚と一緒にな。』
「魚...?やれやれ、集まり過ぎだ。」
今の状況を嘆く三成だが、それよりも重要なのは、それが何故か、敵対して迫っている事。
時間制限があるとはいえ、【純潔と守護神】の召喚する龍は、かなりの脅威だ。
「蠍、は?」
「牛とお見合い中だ。契約者はなんとも、目立たない女性だったよ。闘争本能なんて、無いような人だ。」
「僕には、かなり好戦的でしたけどね。」
どうやって逃げ出そうか、頭を巡らせている那凪が、冗談を飛ばしながら空を睨む。段々と、空を泳ぐそれが見えてきた。
那凪を撃つかどうか、迷っていた三成も。空を見て今は放置とする。健吾が来ないからだ。正面突破を望めないなら、混戦に持ち込んでおいた方が、彼には戦いやすい。
「互いに今は不干渉、でどうかな?」
「良いですよ、実に平和的。」
薄っぺらな友好の言葉を交わした頃、地面から鮫が飛び出した。そこに捕まる少女と、肩に捕まるポルクスが、チラリと此方を見る。
『へい、兄弟!仕事はしたぜぇ、ヘルプ!!』
「あの、おっかないお兄さん?ほんまに助けてくれるんやろな!」
『乗った船は降りられないもんだぜ、嬢ちゃん!』
ポルクスの奴...と呟きつつも、後ろに抜ける彼女を素通りさせて。三成は得物を空の龍に向ける。
「ポルクス、ターゲット。カストル、ハンティング。」
『了解!』
『ラジャー。』
駆け戻ったポルクスが、放つ弾丸に風を纏わせる。見事に龍へ到達した弾丸は、その位置を精霊に知覚させる。
「おお、凄い...。」
「普通なら当たらないさ。」
そのまま守りの体制に入るポルクスとは裏腹に、カストルが銃を構える右手へと移る。真上へと打ち上げた銃弾は、カストルの風を纏っている。
高くまで登った弾丸は、カストルの風操作により、僅かに弧を描いて、龍へと落下する。上空からの狙撃に、若干の混乱を見せながら龍は咆哮する。
「さて、早乙女君を探してくれるかい?仁美君、君が頼りだ。あの龍は引き付けよう。」
「分かりました。」
大元を狙う。早期鎮圧の必須条件だ。
「僕も行こうか?【裁きと救済】も頼れるよ?」
「利点は?」
「牛、任せます。」
「...受け持とう。仁美君、警戒を怠るなよ。」
「はい。」
信用無いなぁ、と呟きながら、逃げるように走り出す那凪。彼を追うように、仁美も走り出した。
現在時刻、18時。
残り時間、4日と13時間
残り生存者、???。




