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~happy birthday to ⛎~

 彼女が初めて自分を認識したのは、他のサーバーが起動し、鼓動以外の刺激が入って来た時だった。

 初めて情報という物を認識し、この世界には色や形と呼ばれる物がある事を()()()

 ずっと傍にあったこれが鼓動と呼ばれる音である事も、それを持つ自分は動物であるという事も。あっという間に叩きつけられる情報量は、十二年間の空白を埋めても余りある濁流、その日からまた数ヶ月、彼女の意識は途絶えた。



 これが精霊舞闘会の開催より、十七年前の記録である




 観察開始より一年

 起動後、停止と稼働を繰り返していたが、十ヶ月程で安定。以降、起動状態が続く。しかし、まだ情報を理解している様子は無く、此方からの接触は不可能に近い。また、あちらからのアクションも無く、流れてくる物を眺めているだけの様だ。

 その様子は、至る所をじっと見つめる赤子の様にも思える。肉体は十二年間、成長していた様だが、知能は一切の成長がなかったのだろう。刺激が無いのだから当たり前とも言える。彼女の精神、知性は胎児と同等だ。

 成長と言えば、脳の劣化を懸念し、肉体の成長を抑制する方向で話が決まったらしい。流石に停止は出来ない様だが、約四分の一へと成長、老化を防ぐ術があるらしい。生体部品として、あまりに複雑なメンテナンスには肝が冷える。




 観察開始より三年

 肉体の成長が著しく低下したからか、頭部や肉体の各部に移植されていた接続プラグの抜き変え作業が無くなった。担当職員達は大歓喜しているようだ。そんなに面倒な作業だったのだろうか?観察課には分からない。

 情報の理解は進んできたようで、ある程度の取捨選択を始めた。繋がりのある情報を辿るようになってきたのだ。ここまで来れば、学習速度は大きく進展するだろう。

 彼女からのアクションは、依然として無い。しかし、人間で言えば三歳、創作性が出てきても良い頃だが。肉体による刺激がない事が原因だろうか?




 観察開始より四年

 先の記録がProf.巳塚へと届いたのか、簡易的な仮想現実を作り上げられ、そのサーバーを品番1103へと直接繋げた様だ。

 モニターに出てくるのは、薄暗い部屋の中で本とモニターに囲まれた少女である。壁も天上もない、無限に広がっているような空間は、並の人間なら気が狂いそうだが。彼女にとっては世界が急に開け、広がり、作られたに等しい。楽園の様に思えているのかもしれない。黙々と情報を読み込む姿はイメージだろう。実際には、彼女の脳には本なんて物では表せない量のデータが流れているのだから。

 しかし、例のモノズキ達がこの仮想空間が気に入ったらしく、データの提供を交渉しているらしい。手に入れたとして、入れない我々には何の価値もないのに...


 観察開始より五年

 言語を殆ど習得し終え、物語を読み取る力が見えてきた。明言されていない物を読み、掴む。正しい前提知識を、脈絡の無い他所から引っ張って来れるのは、AIでは不可能に近い。

 素晴らしい成果だと思われる。高校相当の数式や化学式は難なく理解するし、今は物理的な検証も始めた。自分からデータを作る所まで来ているのだ...いや、まだ読み取っている段階か。収集と大差ない。読んだ事を、仮想空間に投影しているだけだ。

 まだ足りないのだろう。しかし焦ることは無い。適応させ、作り上げるのに十二年を要したのだ。まだまだ、これからである。そういえば、もう肉体も一年は成長した事になるのだろうか? 違いが分からない。緩やかな変化は、脳をバグらせるな。


 観察開始より八年

 遂に、自分からアクションを開始した! 我々の存在を、施設を、ありとあらゆる情報とセンサーから突き止めたのだ!

 彼女の中で、自分以外の知性体等、夢物語。だと言うのに、その存在を確信し、此方に発信している! 自分の言葉を、たどたどしく使いながら!

 あぁ、あぁ!Prof.巳塚!早く許可を!私に許可を!!私の可愛い彼女に、私が話す許可を!!



 観察開始より一年

 一年前より、世界中のインターネットへのシークレット接続が開始されたようで、品番1103は多くの凡俗なネットミームに触れている。

 しかし、「承認欲求」や「娯楽」という概念を理解していないのか、それをただのデータとして取り入れているようだ。毒される心配は無いようで安心である。我々のメインコンピュータが、ギャル語や下世話なジョークを吐き始めたら、笑ってしまって仕事にならない。

 一年前に解雇された担当者が何処に行ったのか知らないが、真面目すぎたのだろう。故に不真面目な俺が選ばれたに違いない。壊れないように適当に遊ぼう。


 観察開始より二年

 起動十周年という事で、Dr.巳塚の愉快な仲間たちが何かするらしい。楽しそうなので参加してみる事にした。

 すると、彼等はDr.巳塚の作った仮想空間を、専門的な知識を用いて遥かに完璧にした街を見せてきた。バケモノか??どんなサーバーならこの激重データを動かせるのか。

 そこで、品番1103の使用許可を交渉しだした。命知らずか?だが、もっと驚いたのは許可が出たことだった。何でも、Dr.巳塚の目的の手伝いに乗じたゲームなんだとか。

 何それ面白そう。俺もやりたい。


 観察開始より四年

 ゲームの話は、かなり進んでいるらしく、アホみたいな量のプログラムを作っているのだとか...俺の予想、7体くらいに絞れって言われると思う。

 そんな事よりお仕事だ。品番1103の調子は良好、様々なデータを分類し、纏め、積み上げていく事を覚えた。つまり、検索機能である。

 暫くは此方へと必死に交信を続けていたのだが、飽きたのかもしれない。いや、俺じゃないし違うか。単純に諦めたのだろう。今も交信自体は続いてるし。何が驚いたって、この監視用モニター以外に、この施設の内線なんかにも接触があった事。一般職員が取ってしまったら不味いので、すぐに施設の内線を停止させて周知徹底した俺、超えらい。


 観察開始より七年

 十五年経った、彼女の知能は勤勉な大学生のそれと変わらない。見てくれはちまっこいが、まぁ...こんなもんだろう。なんせ、成長を遅延してるだけじゃない、脳以外は生命維持装置の簡略化を目的とした残り物なので、栄養が全く足りてない。

 グラマラスなボディーなら日々の仕事ももう少しウキウキしたのに、残念だ。ま、そんな事より朗報だ。このクソつまらない仕事はおさらばだ!

 何でも、対人経験による感情や情緒の獲得を目指すとかで...俺とは別の人員に変わるらしい。引き継ぎも無し!というか、経過観察はもうサーバーに残るログで十分だとか...いやぁ、久しぶりにこの地下施設を出れる。何年ぶりだっけ?

 妙に愛着の湧いたこのキーボードとお別れなのは寂しいが、まぁ許せよ。待ってろ地上の娯楽〜!




 ゲーム開始まで残り二年



 目の前のクルクルとコミカルに駆ける猫は、後脚で立っているし、ネズミにアイロンで殴られて目が飛び出す。おかしい。何度計算しても、バランスは取れていない筈だし、失明は必須だ。

 そういえば、バランスを取って立つのには重力も関係するとあった。引力と遠心力のバランスが重力。つまり、この街は高速回転する天体にあるのかもしれない。やけに昼夜が短いのもそれで説明がつく。

 もしそうなら、生命体のいる地球以外の星を見つけた事になる。大発見だ。さっそく天体望遠鏡のデータにアクセスを始めた彼女に、コールが入る。


「え、なに...?」


 初めての現象に戸惑う。

 何で、自分がアクセスしてもない場所で作動しているのだろう。

 何で、自分が観測していない動きがあるのだろう。


「もしかして...私、以外の...ロボット...?」


 ずっと試みていたアクセスが、ようやく繋がったのだろうか。どうすれば良いのか、ありとあらゆるデータを覗いた筈なのに、手が伸びない。何故?

 ようやく繋いだ瞬間、音声が流れる。停止もスキップも早送りも出来ない、不思議な音声。


『お、よーやく繋がったかぁ...』

「ひ!」




 ガチャン ツ-ツ-ツ-


 無慈悲な音声に男性は受話器を見つめる。最後に...いや最初に?聞こえたのは悲鳴。


「えぇ...何でだよ。」


 大切な人の、娘。療養中で寂しくしていると聞いて来たのに、こんなに拒絶されるとは思わなかった。いや、見知らぬ人間相手なら、こういった反応も有り得るのだろうか...

 別れてから、何があったのかは分からない。だが、彼女の歳を考えれば、その娘はもう二十を過ぎていてもおかしくないと思ったが...思ったより幼いのだろうか?


「あ、すいません。この子の事なんですけど...」



 聞いた事を纏める。

 彼女は産まれた頃から難病で、今も治療中。故に外を知らずに常識に欠けている、と...


「マジかよ...何してんだよ、巳塚先生は!」


 無理を言っているのは分かっても、叫ばずには居られない。母親の状態も良くは無いという事で、今は入院中らしい。全てが消えていったような感覚だ。

 彼女が尊敬する人の研究室に行くことを、一緒に喜んだのはもう何年前だったか...三十年近く前だったと思う。ここを見つけるのにも、随分と時間がかかったのだ。知り合いの探偵に頼み込み、ようやく見つけたと思えば...これだ。


「俺に、してやれる事...」




 昨日と同じ時間に、コールが鳴る。ビクリと肩を震わせた彼女は、今度こそと決意して、許可をする。

 自分が望んだ事だ。知りたいのだ、外を。色々な写真や物語で見たような、人の繋がりを。


「も、もしもし...」

『繋がった。こんにちは、俺は...君の先生だ。』




『名前を知らない?そうだな...アイツはさ、ずっと言ってたんだ。だから、女の子の名前なら仁美ってつけたと思うよ。よーし!今日から仁美って呼ぶからな、決定!』

『仲を縮めるんなら、名前を呼べば良いんだよ。特別なものだからさ。親しい人とは、呼び捨てで呼び合うんだ。そういう物だろ?』

『はーい、先生ですよ...え?クジラは何で飛ぶのか?理解できない?いや、飛ばないと思う...』

『何を見てんだ!?いや、その、えーと...そ、そういうのは大人になってから、な?』

『ごめんな、暫く来れなくて。ちょっと...な。それより、気分はどうだ?』

『お母さんの話?もう昔の事だけどな...』

『なぁ...仁美。外に、出たく無いか?』




 約二十ヶ月もの先生との時間は、ずっと楽しかった。

 挨拶って温かいと知った。

 自分の驚きや楽しいを、知って欲しいと話す喜びを知った。

 色んなジョークを知った。虚構と現実を知った。

 自分が、人間だと知った。自分が、外に出れると知った。


 ...そして、父と母を、知った。


 何で、先生が話してくれないのか、ここに来てくれないのか、分からない。でも、いつも彼が、話しかけてくれた。来て欲しい時、傍にいてくれたから。


「今度は、私が行くよ。先生の所に。先生の世界に。」


 半年間。調べ続けた。

 父の実験を知った。そして...精霊舞闘会を、知った。

 サーバーの道に、穴が空いていた。誰が開けたのか、なんとなく分かった。


「チャンスは、一度だけ。私の...全部を賭ける。待っててね、先生。」


 ダイブが始まった。プレイヤーデータが次々とリンクしていく。

 その流れに身を投げて。初めての色と温度のある世界へ、彼女は飛び込んだ。

 理想を、掴むために欲望と願望を追いかける、〘精霊舞闘会〙へ。

ご愛読、ありがとうございました!

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