エピローグThe♒
「真樋!今まで何をしていた!」
「はい、申し訳ありませんでした。」
「謝罪を聞いているのではない、何をしていたのかと聞いているのだ。」
「申し訳ありません。」
「...はぁ、もう良い。一週間、謹慎だ。部屋へ戻れ!」
「はい、父上。」
一度も頭を上げずに済ませた真樋が、内心で舌を出しながら部屋へ戻る。謹慎が罰になる訳がない、外に出たってやる事は無いのだから。
部屋へ戻って鍵をかけると、布団を被って丸くなる。やってやった、してやったのは...確かだ。なのに、なんでこんなにも虚無なのか。
(まぁ、望みが叶った訳では無いしね...)
久しぶりの平和な一週間を過ごした真樋は、学校に行き次第大学の資料を漁る。卒業生のレポート、送られているパンフレット、全てを確認していく。
(僕の思う以上に、世界は広い。恐れろ、怖れるな、か。油断せずに、しかし引きこもるな。そういう意味だったのかな。)
どこでも同じ、なんて考えはもう無い。外に出る、ここを離れる。瓶原の家から、この血の呪縛から逃れてやる。
「瓶原くん?珍しいね、君が資料室にいるなんて。」
「図書館の本を読み終わってしまったので。」
「それなら歴史の教科書を読まないかい?そこさえ上がれば、君は県内でもトップなのに。」
惜しいなぁ、と嘆く若い教師に、顔を向けるまでも無く真樋が訊ねる。
「...それって進学に有利になります?」
「ん?まぁ無いよりはある方が良いと思うよ。二位と一位じゃ、目立ち方がまるで違うからさ。」
「そうですか。ちなみに、今の僕なら何処を目指せます?」
「どれどれ...全部、都会の方だね。やっぱり瓶原君もあっちに憧れる人かぁ。若い子に増えてきたんだよね〜、地元離れたいって子。いい所なんだけどなぁ、ここ。」
アンタも若いだろうと言いかけて、それでは話が終わらないと判断する。無言でパンフレットを押し付ける真樋に、教師は口を噤んでそれを眺めた。
「そうだねぇ、ココとココは難しいと思う。コレとコレ、あとはソコのならいいんじゃない?寮で探してるんだろ?」
真樋が取っていなかった資料まで示し、頑張ってね〜、と手を振る彼を唖然として見送る。
父は、自分に瓶原の家を任せるつもりだ。この土地で、まさかその意向に逆らうような人物が居るとは思わなかった。
「...君の言う通り、僕は視野が狭かったみたいだね。宇尾崎。」
遥か南にいるであろう顔を思い浮かべ、真樋は資料の整理を始めた。
口座の暗証番号(自分の口座だが)を盗み出し、黙って家を出て、夜行列車で南下。新幹線に乗り、受験会場へ向かい...入学までを宿泊して過ごす。
鬼のように電話がくるので、スマホを解約して新しい物にした。教師には知られているので、そのうち学校の方に来るかもしれないが。
来た所で、この場所には父親の威光など無だ。霊障だの習わしだのは、古臭いジョークにもならない。
「まーとーい! 何を黄昏てんの?」
「痛い、煩い、鬱陶しい、暑苦しい、しつこい、重い、不快。」
「そんなに羅列する程!?」
「まだ続ける?」
「いや、いいよ...怖ぇんだから、もう。」
肩を組んできた友人を、微動だにせずにあしらって、窓の外の景色を見続ける。
山も海も、恋しくなる事はあるが。ガラスとコンクリートに囲まれたここは、幾分か気が楽な世界だ。いつまでも暗くならず、星が見られないのは残念だが。早く免許を取ろうと、ぼんやりと考える。
「で、何か用?」
「いや、腹減ったし食いに行こうぜって。」
「一人で行きなよ。」
「今日までの割引券が二枚ある...って言ったら?」
「...ご相伴に預かろうかな。」
「現金なヤツめ、ほら行こうぜ!」
カツアゲに会っていた彼を、道案内役にしようと助けてから、やけに懐かれてしまった。
もっとも、安くて美味しい店や、入り用な物を買える場所など、良く知っていたので助かってはいるが。煩い。
「お前がこっち来た頃だったか?居酒屋に海鮮メニューが増えてリニューアルしたんだけどよ、そこが美味いし安いし漫才するし、面白いのよ。」
「食事をしに行くんだよね?」
思わず聞き返してしまったが、そうらしい。居酒屋とはいえ、昼からそんな空気になるものだろうか?
「まぁ、聞き耳立ててたら聞こえる夫婦漫才だから、知らねぇ人のが多いと思うけど。あとよ、たまに、おぼこい子が給仕してんのよ。あれ?おぼこいって意味あってるよな...」
「110番で良かったっけ?」
「なんで通報しようとすんの?」
なんでしないと思ったのだろうか?流石に犯罪者と連れになる気は無い。
表情に出ていたのか、彼は必死に言い募る。
「あのな?別にプライベートを覗くんじゃねぇんだよ!店の中で飯食ってたら、たまたま聞こえたの!それだけだって!言いふらしたりもしてねぇし!」
「あぁ、そういえば耳がいいとか言ってたね。キモい。」
「言うに事欠いてそれか...?」
とりあえずスマホをポケットへとねじ込んだ真樋に安心しつつ、先を歩く彼が一つのお店に入っていく。定食屋のような雰囲気も感じるが、発光式の看板があるからには夜に開いているお店なのだろう。
夜というには早い時間だからか、お酒は扱っていないようだが。未成年である真樋には関係ない事だった。
「いらっしゃいませ!」
なんだか聞き覚えのある、そんな声を耳にするまでは。
春、桜の散る季節。運命という物を書く神がいるのなら、殴ってやりたい。それが、今の真樋の気持ちだった。




