追跡
五分程して、公園の前に青い車が止まる。
やや乱暴にその車、セダンタイプのランエボXのドアが開かれ、中から三成が顔を出した。
「早っ...レイズ、行くぞ。」
再び霊体に戻りつつある【積もる微力】から、石(何故か三つもあった)を受け取って、【宝物の瓶】の瓶に入れながら健吾は手を振る。
気づいた三成が二人の元に駆け寄り、早口に説明を始めた。
「早々に事は起こさないだろうが、夕刻、人が減れば危ない。何故か場所が割れたのも気にかかるが...今この瞬間から、二人に護衛を頼む。私の精霊で捜索する。車に乗ってくれ、天球儀で今の生存者を確認しよう。リタイアを防ぐ事も出来る。」
「えーと?」
「...すまない、少し取り乱していた。車に乗ってくれ。天球儀に向かいながら、私が捜索する。無防備になるから、護衛を頼む。」
少しまとめて答えた三成に、頷きながら健吾は車に乗る。後部座席に二人が乗ったのを確認し、三成は乗り込んで発進させる。
肩に現れた白い毛並みの精霊に、すぐに指示をしながら、シフトを上げていく。
「ポルクス、カストルに続き捜索。天球儀で待機しておく。」
『了解、兄弟。』
窓から放たれた精霊は、そのまま町に姿を消す。あまりの速さに、人々は気づかない者さえいる。
「三成さん、この車は何処で?」
「少し失敬しただけだよ。まぁ、7日間だけの世界だ。影響も無いだろう。」
「えぇ...?」
家といい、車といい、随分と無茶を効かせている。これこそ、調べれば出てきそうではあるが...。
快調に進む車両に身を委ね、健吾はぐるぐると思考する。答の出ない問を繰り返していると、天球儀に着いた。
「後ろに昼食がある、食べておくといい。」
「三成さんは?」
「暫し、待機だ。天球儀の中に誰も...いや、何もいないとは限らない。」
「うす。なら、すぐに食べますね。」
作り置きだろうか?握り飯を二個程腹に収め、健吾は外に出る。先に出ていた三成が、煙草を消しながら振り向く。
「行けるかい?」
「俺は。仁美?」
「大丈夫。」
二人の返答に頷きながら、三成は丘の上にある天球儀に歩みを進める。二人も辺りを軽く見渡しながら、それに続いた。
「入り口に何か、仕掛けられているようには見えないか...。開けるよ?」
いつでも飛び退ける様に、後ろに重心を傾けつつ扉を押し開く。
三成が開けた扉から、暗い室内に日が差し込み、中を照らす。
「いない、かな?警戒が過ぎたか。」
現状、三成はピリピリしているようだが、天球儀に何か起こった訳ではない。つまり、人が来ている可能性もまた、低い。通知があった一日目の深夜から、既に1日と半分が経過しているのだから。
警戒を弱めた三成が中に入り、二人もそれに続く。静かな天球儀内部は、綺麗な状態を保ったままだった。
「ふむ、早乙女君も死んではいない様だ。無事と言いきりたい物だが...。」
「そういえば、仁美の精霊ってなんなんだ?」
「え?えーと...多分、ここには無い、です。」
「そういえば、君の精霊は蛇だったか?確かに心当たりは無いが...。」
三成が天井の星座群を見渡しながら、そう呟く。
健吾が頭をひねっていると、仁美が三成に視線を向けた。
「貴方の、精霊は?」
「私かい?...ふむ、まぁ良いだろう。君達も答えてくれるのだろう?」
少し念押しした後、彼はコートとスーツを脱ぎ、白シャツを大きくはだける。
その肩には、♊の紋様が浮かび上がっている。
「見ての通り、双子座の精霊だ。名は【狩猟する竜巻】一対のイタチ、相互に感覚はリンクしている。自身と何かの対象、計4つを中心に風の渦での索敵が可能だ。」
「戦力になりそうにねぇっすけど...。」
「使い方しだいだよ。もっとも、私に合っているというのは大きいがね。」
再び服を着込みながら、彼はそう笑う。何かしら自信はあるようだ。
視線に促され、健吾が【積もる微力】を出現させる。
「こいつは【積もる微力】。獅子座の精霊らしい。」
『力の蓄積と、パワー。てか見ただろ?』
「まぁね。」
肩をすくめる三成に、『いけすかねぇ奴』とそっぽを向く精霊。
そんな彼をよそに、三成は仁美に視線を移した。
「君は、ここには無い。というと...蛇使い座かな?」
「なんで?」
「横道にあるからだよ。天井の線、あれが横道だよ。太陽の通る天の道だ。」
違うかい?と尋ねる三成に、仁美は肯定をする。
「間違って、ない。【辿りそして逆らう】は、エネルギーの発生源を探って、還す力。」
「そして、治療する力...かな?」
『シャー!』
「...嫌われたらしい。」
苦笑いを浮かべる三成とは別に、仁美は天球儀の投影機を探る。
「なんか気になるのか?」
「ん...。あの人が使ってた、星霊具が、気になったから。」
「あぁ?...そういや、天球儀がどうとか言ってたよーな...。」
「君...そういうのは覚えておいた方が良い。」
軽くどういった物かを聞きながら、三成も手伝う。読み取ったならば、何らかの痕跡は残る筈だからだ。
彼女の読心術も、ここには使われない筈だ。
「でもよ、読んだったって...何を?」
「偶々、人が居たか...?それよりは、何らかのヒントの方が...むっ?」
三成が投影機の付け根、足の辺りを擦り出す。そこには、幾つかの凹凸。
「これ、星座かな?北斗七星に近い形だ。」
「傷がっすか?」
「いや、鉄板を中から叩き出した点だ。意図的ならば、意味がある筈...。」
近い星座は、北斗七星。この天井だと、ほとんど真上にある。
「投影機...?」
「おそらくね。...これだろう。」
三成が見つけたのは、数字の羅列。投影機そのものの、北斗七星の位置だ。登って、そうと知って見なければ、見つかりそうにない。
しかし、見つけてもこれでは意味が分からない。
「...専門外だな、私にはお手上げだ。」
「俺もっすね。」
「...多分、データ?」
「プログラムか...!検証しよう。」
三成が天球儀を出ようとするが、仁美がそれを止める。
「出てきた...神話の、道具...星座の、モチーフの。何でも良い...精霊の紋様に反応して、昇華する、みたい。」
「出てきた...?君は...一体...?」
三成が疑問を口にしようとすると、突然に突風が吹き荒れる。その中を一匹のイタチが駆け抜ける。
艶やかな、黒い毛皮。少し小さな精霊は、三成の肩に止まる。
「カストル?見つけたか?」
『バレた...不味いぞ、兄弟。おそらく奴はアサシン...隠れられると見つからん。ポルクスがやられた。』
「場所は?」
『アイツは不死身だしな...場所は割り出せる。行くか?』
「無論だ。...二人とも、行こう。早乙女君の力は、君達にも有用な筈だ。」
走り出す三成に、置いていかれない様に二人も駆ける。
丘を駆けおりて車にのり、三成がギアをローにいれる。
「カストル、場所。」
『こっから東。山に突っ込め。』
「了解。二人とも、少し飛ばすよ。」
クラッチを繋げつつ、アクセルを踏み込む。唸りを上げたエンジン音と共に、ランサーは加速を与えられる。そのままカーブを曲がり、すぐにギアをサードに上げる。速度は十分だ。
「ちょっ!?」
「っ...!」
『兄弟...奴も移動を始めた。』
「道を示し続けてくれ。最短でね。」
昼飯時は過ぎたのか、比較的に空いている時間帯。とはいえ、そこは都会の街中。なのだが...
「抜けるな。」
「えっ?これを!?」
驚く健吾を尻目に、更に加速する三成。
一歩間違えれば事故を起こしそうな運転で、すぐに脇道へと入っていく。
「カストル、つぎは!」
『山中、上に登ってる。』
「向こう側に出る気かもっす!」
「なら話は早い。先に行かせて貰おう。」
山中の道をそれ、細い峠道を加速する。サイドを引き、右に左に後輪を振る。スリップするタイヤ音が、車の後ろから響き渡る。
「...酔う。」
「俺も...。」
次々と移り変わる景色に、仁美が目を閉じて嘔吐く。そこまでではなくとも、健吾も顔が青い。
「すまないね、逃げ切られる前に捕えたい。」
『奴が山を出るぞ、兄弟。』
「間に合わないか...そのまま追い込む。ポルクスはどうだ?」
『風は付けてるが...まだダウン。』
「了解。左から回り込む。」
峠を抜けて、左折して道を一つずらす。逃げるとき、右折ならば手こずりやすいと、判断したからだ。また、ハンドルが右なので、三成が妨害しやすいのもある。
「獅子堂君、この先は覚えているかい?」
「えと...たしか、コンビナート...。いや、インターがあります!」
「どちらにせよ、加速する必要があるね...!」
先に入られると、後を追いづらい。此方は三人、行く手を防いで正面からやりあいたい所だ。
「早乙女君の居場所も、聞かないといけないからね。人気がないのはありがたい。」
「どんな聞き方すんっィデェ!?」
つい叫んだ健吾が、舌を噛んで涙を流す。前方車を抜き去り、加速を続けるランサーの中に、精霊の声が響く。
『並んだ!このまま行きゃ高速に乗る!』
「了解!」
強引に右折し、細道を走り抜ける。速度を落とさず、サイドターンを挟みながら大きな道に合流した。
『いやがった、前の黒塗りだ。』
「FDか...上等な物を。」
『兄弟...お前が言うか...?』
インターの向こうに見つけたのは、アンフィニ・RX-7。リアウィンドウから見たところ、一人しか乗っていない様に見える。
「早乙女君はいない、か。」
『追跡もバレてるぞ、これ。』
「構わないさ。止まらざるを得なくしてやろう。」
「あの、双寺院さん...?この辺、トラックが結構...カーブも...」
「降りるかい?今なら止まるよ?」
既に夕刻が近い。こんな所に放置されては、他の参加者に狩られるではないか。拒否する二人に、しっかり捕まっているように三成は警告する。
『兄弟、アイツが目ぇ覚めたぜ。』
「早乙女君の捜索へ。」
『...分かったってよ。風、無くなるぜ。』
「問題ない。視界に収まったなら逃がさんさ。」
誘導路を登りきり、加速車線でアクセルを踏み込む。前輪が浮くかの様な加速の後、本線に合流した先にターゲットはいる。
「少しの事故なら、構わないと思うかい?」
『兄弟、ここが停止してあんたが困るか?』
「よし、行こうか。」
救命具が欲しい。後部座席で思いが一致している中、スピードメーターが180を越えていった。




