エピローグThe♏
誰もいない劇場で、スポットライトを照らす。光が壇上を照らしだし、他の一切を影に隠した。
「私は、隠れないわよ。」
影に隠された物を、軽んじる訳では無い。ただ、その者に発言は許されない。観衆を動かすのは、照らされた役者だけなのだ。
例えどれだけの支えと尽力があろうと、見えるものだけが全て。知り得る事のみが世界である。
「私は、必要な人間でいるより、魅せる人であるべきなのよ。絶対に...諦めない。」
今回は力が及ばなかった。しかし、知り得ないこのゲームは存在しないに等しい。
この一日で何を得ようと、何を失おうと、それを光に当てなければ無意味だ。彼女は、そういう立場の人間だから。
「遅れを取り戻さないと。」
一日眠っていただけにしては、体の疲労と熱っぽさがある。日々のコンディションを正確に把握している八千代なら、僅かに分かる程に。
そう、僅かに。支障は無い。すぐに劇場を出て、閉鎖ロープを飛び越え、外へ出る。夕日になる手前の、目の前に飛び込んで来る陽光にサングラスで対抗し、近くにあるビルへと歩く。
「待たせたわね、行くわよ。」
目が覚めるような赤のボディーが揺れ、FDの鼓動が始まる。向かうのは...とりあえず、兄の元で良いだろう。
「次の...八千代じゃないか。」
「ハロー、兄さん。カルテの名前は事前に見た方がいいんじゃない?」
「忙しかったんだ、ごめんよ。」
連日の疲れなのか、クマのできた兄の前に座る。
「正直、兄さんの方が必要かもしれないけど。精密検査をお願いできる?」
「まだ早いが...何かあったのかい?」
「単純に休みの都合よ。お願い。」
「ん、分かったよ。」
嘘はバレバレだが、それで追求してこないのが兄だ。この信頼には、裏切れない。
「今度からは、予約を入れておくれ。頼んだよ。」
「えぇ、急にごめんなさいね。」
「本当に頼むよ。大きくなって、ますます魅力的になってる君を、他のドクターが」
「先生、お時間が迫ってますので〜。」
「兄さん、手短にお願い。」
「あ、うん。すぐに取り掛かろう。」
まぁ、そんな事だろうと思った。相変わらずな理由を止めて、早々に検査室へと移動する。
一時間程で終えた結果は、健康体。
「なんだけど...血中に初めて見るウイルスのような物が僅かにあった。採取したものも、数分とせずに死んでしまったんだけど...日を置いてまた来てくれるかい?」
「大丈夫なのかしら?」
「そもそもウイルスというかも分からないんだ、確実な事は言えない。医師としては採取したいものだけど、兄としてはそのまま消えてくれる事を祈りたいかな。とにかく、何があったのか聞くことはしないけど、二〜三日は絶対に安静に、ね。」
釘を刺された八千代が返事を濁せば、彼が退勤すると言い出したので看護師さんと押さえつけ。絶対に安静にすると約束して帰路に着く。
「ウイルス...やっぱり、きな臭い運営だったのかしら。暇になっちゃったし、彼女を訪ねても良いかもしれないわね。」
隣町の大学の、早乙女弥勒。拉致した時の学生証を思い出し、彼女と共にいた男を思い起こす。協力者にはもってこいだろう。
「もし、何か企んでるなら...探らせて貰うわ。潰すにも利用するにも、ね。」
しかし、その日のうちに違和感や倦怠感は無くなり、数日のうちにウイルスは消失したという。ただの思い過ごしだったのか、検査中にエラーでも吐いたのか...とにかく、彼女の活動には支障は無かった。
変わらない日々が、また始まる。経験はまだ、足りない。貪欲に進む彼女の道は、二十四時間の七日間を経ても、止まらない。