エピローグThe♊
目を覚まし、ディスプレイを眺め、状態のデータを探す。心拍や血圧に異常は無い、脳波と思わしき波形は、見ても分からなかった。
unlock OKの表示を見て、蓋を押し上げてヘッドギアを取る。カバーを外したギアの型式を眺め、やはりと目を瞑る。
「なるほど、馴染むわけだ。」
しかし、すぐに思考を切り替えて、スマートフォンの画面を確認していく。
ゲーム中の写真や動画、通話履歴、メール、すべてチェックする。
「保存されているな。個人の携帯にまでハッキング可能、という訳か。どこまで知られているのやら、空恐ろしいね。」
どこかワクワクする心を押さえつけ、そのデータを再び頭に叩き込んでいく。
結論を出せば、登代の有力な情報は得られそうになかった。
「そもそも、ゲーム内ですら見つけられなかったのだから無理も無いか...しかし、自分の腕を疑うね。ここまで情報が集まらないとは...彼女、いったい...」
と、そこで最新のメールに気づく。
未読になっているそれは、自分がリタイアした後のものか、ゲームから戻ってきた時に入ってきたものだろう。
「広告と政宗のものを除けば...これが不審なもの、という事になるね。件名と本文は分けようね、健吾くん。」
ぎっしりと件目の枠に詰められた文章と、一文字も打たれていない本文に苦笑しつつ、彼の送ってくれたメールに目を通す。
これだけ苦手なものを、わざわざ使う。何かしらの進展を期待させるには十分だった。
「直前に送っておいたメールが功をそうしたのか...いや、彼なら忘れててもおかしくは無い、か。」
そうでなくとも、「彼が敗北したとしても願いは叶うように小切手でも準備する」という三成の譲歩に、そもそも気づいてない恐れもある。
というか、気づいていない気がする。彼は考える事を放棄できた時に真価を発揮出来るタイプだろう。精霊がそう導こうとする筈だ。
「私の【狩猟する竜巻】が、私の前では依頼以外の事を出来るだけ行おうとしなかったように、ね。」
自分が集中した方が良いタイプなのは知っている。手に入る情報の全てを、自己解決しようとするからだ。
もしも二柱が、精霊としての役割をもう少し優先させていたなら。おそらく自分は、運営者達やゲームのシステムが気になり、捜索どころでは無かったかもしれない。
「それよりも、内容だね。メモ書きのような物か...書き方が似ていて良かった。」
日時と場所、つまりゲーム参加のスタート地点。
そこから移動するにも、場所は限られているだろう。まさか自分のように、運営している病院のような協力者が何人もいるとは思えない。
事前に登録しておいたGPSから、弥勒の場所は分かる。店の倉庫...前提が崩れた。
「外れる事も覚悟するか...十分な電源が届き、この機械が繋がっている衛星電波に接続されるだろう、かつ人目につかない場所...四箇所くらいかな。」
検討を付けた彼は、電磁波の測定に使っていた機材をポケットにねじ込み、病院を後にする。小走りに呼び出された場所へと戻り、愛車のエンジンを震わせた。
「やはり、車種が同じだとしても感覚が違うね。お前が一番馴染む。」
最短距離を進み、弥勒を迎え、第一候補へと辿り着く。山の道にある、比較的新しいタイヤ痕。一つだけだ。
「ビンゴ、かな...」
僅かに違和感を残しながら歩く三成のそれが、確かなものになったのは館内に入った時。
「...人一人の痕跡だけ? そうか、機材を入れた形跡が無いんだ。」
まさか、生えたとでもいうのか?それとも...
「いや、後回しだ。それよりも。」
スマートフォンに11桁の数字を打ち込む。スピーカーとバイブレーションを壊してある自身のそれからは、何も無い。
しかし、耳をすませば音がする。上からだ。
「合っていたようだ。さて、サトリ様とご対面と行こうか。」
階段にかけた足は、依頼達成の満足感と未知への好奇心から、力強いものだった。