エピローグThe♍
目を覚まし、まず感じたのは無力感。
せっかく会えたのに、また手放してしまった。手を、掴めなかった。
「でも、声を聞けた。顔を見れた。それは、一歩前身よね。」
あの時の服装のまま、かなり細くなった彼女は痛々しかったが。自分には想像のつかないような日々だったに違いない。
なんで断られたのかは、分からない。でも、あんな状態でいいはずが無い。それに彼女は、彼女の目は、親の顔を伺う赤子のようだった。
「私が、何とかして上げたい。多分、登代にはもう、私しか...」
「そんな事は無いと思うけどね。」
「双寺院さん。あ、もしかして聞こえ...」
「顔を見れた、の辺りからかな。」
「もう!」
ヘッドギアで乱れていた髪を手櫛でサッと整えると、弥勒は立ち上がって埃を払う。
「君は店の倉庫の奥、か...どういった繋がりなのか。」
「双寺院さんは違ったんですか?」
「私は病院の一室だったよ。」
それこそどんな繋がりだとも思うが、それよりも。
「登代の事、何か分かりましたか?せっかく会えたのに、私...色々聴き逃しちゃって...」
「その事に関しては、私も何も言えないね。同じ町に数日も居た筈なのに、情報を掴めなかったんだから。」
知らない土地、協力的で無い人々、精霊の存在。今までの調べ方では、無理があったのだろう。他の参加者も気にしなければならなかった以上、隠れる登代の情報は少なかった筈だ。
「いくつか見つけた潜伏先から、彼女は建物を好む事と夜間の行動に慣れている様子はあった。それに、あのメスも良く手入れされた切れ味だった。街からそう離れては居ない筈だとは思うんだけどね。」
しかし、それは逆に場所を絞り込めない。山や森なら人の居る事の出来る環境は限られるが、人が暮らす為の社会では制限は無い。
今の姿と声を見聞き出来たのは大きいが、あの格好で話題にならない事を考えれば、有効な情報とも言い難いだろう。
「降り出し、ですね...」
「そうとも言えないとも。結局、過程や経過を全てすっ飛ばしたような結論になってしまい、好みでは無いが...良い協力者だったと思うよ。車は表に回してある、少し乱暴でも構わないね?」
そう微笑んだ三成が見せるスマホの画面には、不器用な日本語で一つの住所と名前が書かれていた。
「こんなに近くに...」
「だからこそ、君を迎えに行く時間があったとも言う。もしかしたら、全て計算済みだったのかもしれないね。このゲームの運営者とやら、気になるな...」
考え込み始めた三成だったが、走り始めた弥勒にその思考を中断する。彼女がどんな状態か分からない。懐の相棒を確かめながら追随する。
「登代...!」
何かの美術館だったであろう、二階建ての建物。空になったショーウィンドウに積もる埃や土が、ここは人のいる場所では無いと告げている。
しかし、傾きかけた日の中で目を凝らせば、床の埃が確かに擦られているのが分かる。誰かが来たのは確実なようだ。
「...人一人の痕跡だけ?」
三成の呟きを後ろに、暗い館内を走る。
これだけ暗くては、床など確認できない。窓は釘で止めてあり、壊すのも申し訳ない。片端から、部屋を見て回るのが手っ取り早いだろう。
(話したい事、やりたい事、いっぱいある...今度は、逃がさないから。)
ここには精霊はいない。彼女の誰も満たさない我儘なんて、通してあげない。
(何があったのか、分からないけど。
どうしてきたのか、知らないけど。
それでも貴女が消えなくちゃいけない事なんて、無いって言える。今度は何を言っても、絶対に離れたりしない。)
突然の遭遇では無い。今度は、こっちから迎えに行くのだ。覚悟を決める時間はある。
どれほど拒絶されようと、どれほど重い事実があろうと、正面から受け止めきってやる。
(貴女は私の...大事な友達だから。)
扉を開く音が何度も響く。
埃を被った棚、外れ。
割れたガラスケースと鳥の巣、外れ。
倒れた銅剣とズレた兜、外れ。
熊と狼の剥製、外れ。
転がった火縄銃と火薬、外れ。
大きな蛇の抜け殻、外れ。
蓋の空いた金属の揺籃とコード...誰もいない。
「...でも、諦めないから。」