エピローグThe♎
「うん...朝か。いてっ!」
起き上がろうとした那凪の頭は、朝日に抱かれた空気では無く、金属にぶち当たる。寝ぼけた頭で目を開ければ、視界に入るのはセンサーのような物とディスプレイ。
「あ〜、そうだった...なんかボーッとするなぁ。」
思い出したのは、つい先程まで居たゲームの世界。貫かれた筈の腹は、違和感さえ感じるほどに痛みが無い。
「なんというか...寂しい、なんて思っちゃうのは、おかしいかな?」
最後までそばに居てくれた精霊を想い、ゆっくりと蓋を開ける。ヘッドギアを取れば、時刻は昼過ぎだろうか?窓から光が差し込んでいる。
廃工場の中には、撤去できなかったのだろう重機が並ぶ。今にもあの後ろから恐ろしい狂戦士の精霊でも飛び出して来そうな気がする。
「いけないいけない。目が覚めたって事は、ゲームも終わり、でしょ。敗者はさっさと帰ろうかな。」
電源が落ちたのか、ただの金属のオブジェとなった装置に背を向け、工場から抜け出す。
空腹を感じ、遅い昼食にしようかなと御店でも検索していると、怒鳴り声が聞こえてきた。
「そこの君!こんな所で何してるの!」
「あ、いっけね。巡回ってこの時間か。」
記憶を思い返せば、一日に数分程度しか来ない警備員が浮かんでくる。たまたま、タイミングが被ったようだ。
「逃げるが勝ちかなぁ!」
工場の中に走り込み、窓から抜け出して森に走り抜ける...音だけさせて、しゃがみこむ。窓から覗き込んでみれば、すぐに見つかりはするが、ここは妙に高い。
「あのクソガキめ!」
歳のいった彼には、乗り越えるのは躊躇する。内心ガッツポーズを決めた那凪は、立ち上がって街へと歩き出した。
「それで、こうなるのか〜。」
夕刻に食事を取り終えた那凪が外に出れば、雨が降り始めていた。帰るにも半端に遠く、傘も無く、コンビニも遠く、上着はウールだ。
「いやぁ〜、ホントについてない...戻って早々にこうなるとはね。」
濡れて帰るかと、一歩を踏み出した時だった。
「あ、アマっち。なんで家に居ないの?」
「なんで居ない時が無いと思ったの?」
「いや、一日いなかったから。夜に居ないこと無いのに。」
「あ〜、それは...まぁ、色々あってさ。」
「ふ〜ん...?」
誤魔化す那凪に、ニヤニヤとした笑みを向ける女性が、傘を差し出した。
「ん?」
「これ、アンタのだし、今返すわ。ほら、前に貸してくれた奴。」
「そんな事したっけ...」
「先週のバイト終わりに、プレゼントってメモ貼っつけて置いてたの、アマっちじゃないの?」
「あぁ、思い出した。それは僕だ。自分で使って無いから、分かんなかったよ。」
「アンタが買ったんじゃないの!?」
「あげるつもりで買ったら返されたんだよ...僕の普段使いは別にあるんだ。」
肩をすくめる那凪に、傘を差し出した女性が笑い始める。
「それっ!嫌われてんじゃ無いのっ...!ひー!」
「いや、君らは僕の部屋になんでも置いとくじゃん。」
「あー、その流れなのね...はぁ、お腹痛い。」
「笑いすぎでしょ...というか、君は濡れていいの?」
「あ、ここで友達と待ち合わせしてるから。入れてもらう予定〜。」
それなら遠慮なく、と傘を受け取り、未だに笑いを堪える彼女と別れ帰路に着く。女性用に買った傘は少し小さいが、上を濡らさないだけなら十分だ。
マンションの2階にあがり、鍵を開けてようやく一息を着く。そういえば、ゲーム前に書いた歌詞はどうだったか。
「いや、いいや...今日は寝よう。」
疲れの溜まった体をベッドに投げ出し、壁際に置かれたミニキーボードを目にする。フラフラと前に立ち、鍵盤を押す。
「君は...どんな気持ちで叩いてたんだろうね〜。死んでみた今でも、君に近づけた気がしないよ。」
トンタンタン トンタンタン
耳に残ったリズムを叩き、目を閉じて記憶を手繰る。久しぶりにしっかりと思い出す、遠い記憶。悲しい帰結の決まった楽しい時間。
「【裁きと救済】にとって、僕はかけがえのない人だった...と思うんだけど。そんな僕なら、少しは君に追いつけたのかな。」
間近で見続けた、好きな人に愛されていた友人。いつか追いつくんだと、並び立つんだと目指していた、あの頃。
「動かなくなっちゃった君を、追いかけるのが怖かったよ。僕だけが変わっていくのが、さ。でも、そうも言ってられ無いよね〜。」
生きているから、生かされているから。死んだ者に、並んでは居られないのだ。
それは、あまりに不義理だから。
「次の曲を作るよ。次は...ソロじゃない歌を。まぁ、編集でだけどね!」
変化はゆっくりで良い。パソコンを立ち上げ、チャンネルにログインし、コメントを残す。
『七転びは暫く活動を休止します。帰って来た時、一皮向けた僕をヨロシク!』