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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第九章 SEIze,REcord,Ideal 《理想を掴む為の記録》
130/144

星空の無終

 現在時刻、5時

 残り時間、72分

 残り参加者、3名


 フィールドデータ残存率、7%

 推定崩壊時刻、06:33




「おい、待てって!あー、聞こえてねぇな!?」

『初見の不気味っぷり覚えてんだろーが。アイツはとっくに壊れてたんだよ、それを精霊で無理やり補強してただけだ。』

「俺のせいって事かよ。」

『いや、アイツの我儘が脆かっただけだな。目の前に偶像が出来た所で、壊れて終いなんて欲望に価値はねぇ。』


 だから諦めろ、とばかりに頭の中を反響する声に、反論するには空気が熱い。これ以上喋るのは危険だと判断し、登代の叫び声を追う。


「【混迷の爆音(アイギバーン)】!」

『お...嬢?』

『潰す気で飛び蹴り見舞ってやったのに...まだ喋れんのか。』


 凹んだコンテナの鉄板から抜け出し、登代の元へ落ちてくる精霊が、頭を下げる。


『申し訳、ありません。貴女の願いを、私は遂行出来なかった...』

「私は...死ぬ事も本気で望めないのね。」

「そりゃ当たり前だろうがよ。死人に会いたくなろ〜と、生きんのが嫌になろ〜と、死にてぇなんて奴はいねぇよ。」

「同じじゃない。」

「なんか違うだろ?どう違うのかは分っかんねぇけど。」


 端から考えることも諦めて、健吾はバッサリと説明を切り捨てる。そんな男から目を逸らし、登代は目の前の己の望み(アイギバーン)を見つめる。


「貴方は、何?私の心は、何処にあるの?」

『私は精霊、貴女の理想を記録する物。貴女の心は、ずっとそこにございます。

 貴女の、心からの望みを。いけない等と思わないでください、ここは全ての願いと欲の許される場所です。』

「そう...それなら、見せてみて。私の醜い我儘が、叶っていい物なのか。」

『お嬢、指示を!』

「立って、【混迷の爆音(アイギバーン)】!私を...助けて...!」

『無論っ!』


 ヒビの目立つ武器を担ぎあげ、【混迷の爆音】が立ち上がる。咄嗟に腕を前に構えた健吾に、大質量の圧力が迫る。


『何度やろーが...無駄なんだよォ!』


 顕現し、受け止めた戦士の精霊が、その一撃を弾き返す。畳み掛けるように繰り出された拳撃に、黒毛の精霊は脚を振り上げてかち上げる。


『この望み...負けられませんので。』

『あぁ...そうかよ!』


 バランスを崩した【積もる微力】は、片足では立ち直せない。しかし、彼は一人で戦場に立っている訳では無い。

 霊体化し、取り憑いたのは健吾。彼が左足を振り上げれば、顕現した【積もる微力】の足が笛の一撃を受け止める。


「俺だって負けてられねぇんだよ。最初っから最後まで、俺は兄貴として引けねぇ位置にいんだからな!」

『その割には迷いまくってたけどな、お前!』

「うるせぇ!タイミングをミスんなよ、鬣ヤロー!」


 殴り、蹴り、掴み、投げ、打つ。

 振り、蹴り、吹き、跳び、突く。

 互いの持ちうる四肢を、武器を、強引に相手に届かせようと足掻く。泥臭く、血生臭い舞踏が数秒間に何十と合わさる。感情の昂りを知る先読みと、怖気と緩みを悟る直感が、互いの一撃を致命打へと届かせない。

 そこにあるのは、抜きん出た技術でも圧倒的なフィジカルでもない。願望と欲望が持ち上げる意地だけだ。


『まだだ!ここで終われる願いでは...無い!』


 突き出した笛を吹き鳴らし、隙を作る。その時間に行うのは、届く事の無い打撃では無く、契約者へと振り返る事。

 意図を察する登代が、即座に巻貝を掲げる。光となった星霊具は笛へと纏わりつき、締め上げ、昇華させる。

 その衝撃で欠けた笛を振り回し、爆音を巻き上げながら肩へ担いだ【混迷の爆音】が、健吾へと一撃を振りおろす。


『貴様が終われ、獅子の精霊共!』

「ふざ...けんなぁ!」


 迫る爆音と質量は、届けば終い。切り札を切らざるを得ない。

 紅色が金色へと変わり、衣装は生き物へと戻る。舞った毛皮を、確認しつつ、その名を呼ぶ。


「唸れぇ!【積もる微力(レイジングダスト)】ォ!!」


 咄嗟に突き上げた右腕、その肘から先が顕現する。金色と闘気を纏うその拳が笛へと突き出され、迎え撃つ。

 両脚で地を踏みしめ、豪腕を突き上げるその姿は、一人と一柱ではなく、一身。


 〘ダアァァララァァァアアアア!!!〙

『な!?ヴァァァァァアアアア!!!』


 驚愕は一瞬。押し返されてなるものかと、限界を超える笛へ更に息を吹き込んでいく。

 加速と衝撃を担う爆音が、一打を獅子の化身へと向かわせる。僅かに押される精霊の腕、しかし、負けられない。


 〘やらせるかぁ!!〙


 振り上げるのは人の腕。しかし、金色と闘気を纏うその一撃は、確実に笛の進撃を止める。

 激力が消える、押される、しかし右腕がある。止まらない連打、止められない乱打。


 蓄積する力と吹き込まれる息に、崩壊が加速する禍笛。

 絶え間なく続く爆撃と振るわれる拳に、剥離する金色。

 しかし、終わらない。引く気はどちらにも無い。望みを体現するものとして、折れる曲がる等は端から考えていない。



 〘『ァァァァアア!!〙』


 もう、何方の咆哮なのかも分からない。混ざり合うような怒号の中、遂に限界が訪れた。

 一際大きな欠片が笛から飛び、増幅された爆音が吹き出す。その変化に耐えられず崩壊した星霊具が、辺り一帯のあらゆる物体と意識を吹き飛ばした。




 現在時刻、6時

 残り時間、42分

 残り参加者、3名


 フィールドデータ残存率、2%

 推定崩壊時刻、06:29






『――い、おいレオ!生きてるか?』

「い、つつ...おー、おかげさまでな。なんだったんだよ、あれ...」

『バグだろ?今更じゃねぇか。』


 炎の消えた広場を見渡せば、そう遠くない所に【混迷の爆音】も見える。登代も生きているようで抱えられた彼女も此方を伺っていた。


「そーだ、仁美!アイツは生きてんのか?」

『知るか。でもまぁ、あれだ。あのチビが居て死ぬ事はねぇんじゃねぇか?』

「お前からすりゃ、大概はチビだろ...」


 立ち上がった健吾が、大柄な自分でも見上げる精霊を背に、登代へと近づいていく。

 まだやる気があるなら、迎え撃たなければならない。そうでないにしても、勝ちを争う気があるのなら譲る気もない。


「どうすんだ?俺とレイズはまだ動けるけどよ。」

「貴方達の行動なんて、どうでも良いわ。こうなったらもう、争えないでしょう?」


 折れた笛の柄をチラリと見て、登代はため息を落とす。しかし、その顔は随分と晴れやかだ。


「ありがとう、【混迷の爆音(アイギバーン)】。最高の演奏だった。」

『ご期待には添えましたか?』

「粉微塵だったわね。」


 そう笑う登代を、ヤケにでもなったのかと訝しむ健吾だが、すぐにそんな考えは履き捨てる。グダグダと悩むのは、似合わない。

 しかし、欲しい答えは帰ってきていないのだ。苛立ちながら先を促そうとすれば、先に登代が口を開く。


「迷いながら苛立たないで、失礼な人ね。私達の我儘を、彼の笛でも受け止められなかったんだもの、私のちっぽけな理性で、抑えられる筈ないじゃない。」

「回りくどいんだよ、何が言いてぇんだオメーは。」

「このゲームを仕掛けた卑怯者に頼む事なんて、何も無いって事よ。やる事は全部、私がやるわ。」

「あぁ?なんか釈然としねぇな...まぁ良いけどよ。」


 答えが得られたなら、あとは気にしない。本人の問題は本人が解決するべきだ、下手くそが横入りしたっていい事は無い。


「...んで、いつ終わるんだ?レイズ。」

『言ったろ、サインが還元されるか、期日が来たら、だ。』

「意味がわからん。」

「精霊の帰還、です。」

「お、無事だったか。」


 聞こえてきた仁美の声に振り向けば、少しふらつきながら彼女が歩いてきた。慌てて支えに行く健吾に、仁美は話を続ける。


「11のサイン...精霊そのものの事、です。星空に一つを除く、星座が還れば良い、です。」

「いや、どうせあと一時間くらいだろうし。待てばいいんじゃねぇの?」

「そうも言ってられない見たいね。」


 登代の示した方向をみれば、船首が虚空へと消えていく所だった。もう崩壊が近い所まで来ている。


「気づかなかったぜ...」

「貴方の直感って、直近に何かある事にしか働かないのね。」

「知らねぇよ、んな事。あ〜、どうすっかなぁ...」


 精霊の排除。即ち、勝てる人物を一人に絞るという事。戦闘になれば敵わないのは勿論だが、この崩れるフィールドでは、生き残れるかも怪しい。

 せめて崩壊を止められれば良いのだが、その方法が分からない。そもそも、なぜ崩壊が始まったのかも分からない。


「ちなみに、私は死ぬの、嫌よ?怖いもの。」

「んじゃリタイアしろよ。」

「どうやって?」

「あ〜...知るかよ!俺が!」


 考えることをすぐに放棄した健吾が怒鳴り、登代が肩を竦める。どうしてやろうかと考える健吾の腰に、不意に仁美が倒れ込んでくる。

 どうしたのかと目をやれば、彼女の腹部から滲む血に、ギョッとする。


「おい!?」

「そういえば刺されてたわね。あの怪我で、良く動けたと思ってたけど...治した訳じゃ無かったの?」

『シュ〜...』


 視線を受けた【辿りそして逆らう】が、申し訳なさそうに下を向く。力不足、とでも感じているのだろうか?


「くそ、仁美を治すんなら、【辿りそして逆らう(トレスonリベリオン)】は還る訳にはいかねぇぞ...」

「なんで人の為に必死になってるのかしら。貴方、勝ちたく無いの?」

「いや、負けねぇぞ?でもな、約束の一つも守れねぇんじゃ、それこそ意味がねぇんだよ。俺は兄貴だからな。」

「役割に固執した人の行く先は破滅よ。」


 鼻で笑うように吐き捨てた登代を無視し、健吾は周囲を見渡した。崩壊の中心地は、丘の上。地図を思い出せば、街の中心地だった筈だ。


「確か、元々は天球儀だかがあったんだよな。色々ゲームの仕組みに絡んでたし、出てくるとしたらあの辺か?」

『さぁな、座標が固定されてんのかも知らねぇよ。最悪、外に出てくるかもな。』

「なんにしても、器とやらを出さないとか...」


 どの精霊を、どう返すか。契約を解除すれば、【積もる微力】は顕現が出来るかも怪しい。他の精霊だって、少なくとも力は大きく落ちるだろう。


「崩れる前に、とっとと誰かが器を取りゃ終わんだろ?」

「なら、そこの二柱で良いじゃない。」

「片腕でどーやってこの瓦礫を乗り越えんだよ!つーか仁美が死ぬわ!」


 怒鳴り返した健吾の足元がへ、亀裂が入る。二人を抱えた【積もる微力】と、登代を抱き上げた【混迷の爆音】が上へと跳んだ。

 崩れた地面からは、虚無が覗いている。崩壊が早まっているようだ。もはや一刻の猶予も無い。


「これ、クリアしたとしてもよ、落ちた奴も帰れんのか...?」

『さぁな、こんなふざけた状況が想定されてるか、知らねぇよ。』

『なればこそ、一刻の猶予も無いのだろう。』


 踊る炎が門となり、紅馬が駆け出して二人を攫う。


『てめぇ...馬野郎!』

『取り憑いていれば、置いていかれまい。此方は気にするな、もしコヤツが無粋な真似でもすれば、我が止めてやる。』

『それが無粋というのでは?出過ぎた真似、という物でしょう。』

『敗者同士のじゃれ合いだろう?安心しろ、貴様が消えようとこの場を生き残らせるくらいはしてやろう。』


 弓を放ち、ルクバトの行く先に足場を作る【疾駆する紅弓】が、【混迷の爆音】を睨む。それに肩を竦め、精霊は契約者に寄り添った。


『動く気はありませんよ。それより、急がねば遅れますよ?』

『ちっ...乗せられてやるよ。』

『助けてやると言うのに、素直じゃない奴だ。』


 踏むための矢を放ちながら、射手は溜息を落とす。そんな彼に、眠った登代を撫でながら【混迷の爆音】が語る。


『約束を果たしてくれた事、感謝します。おかげで彼女は、別の道を見てくれた...他にやりようが無かったのかとは思いますが。』

『「主の理屈に囚われた破滅願望が逸れぬうちに決着が着くなら止めてくれ」、だったか?それなら最後まで貴様が諦めなかっただけの事。我は貴様に預かられた命を、言われた事に使っただけだ。』


 気に食わんとでも言うように顔を背ける彼に、話題を逸らしてやるか【混迷の爆音】は口を開く。


『今回の手出しは?』

『そこの獅子にも借りがあるからな。未熟者には手を貸してやらねばなるまい、この聖戦は我々の領域、契約者を巻き込む訳にはいかん。』

『...貴方の行動基準は知りませんが、随分と入り組んでおられるのは理解しましたよ。』

『なんなのだ、その評価は。』


 不服、という物を顔に出しながら、【疾駆する紅弓】が弓を置いた。届かない距離まで行ったらしい。


『おや、置いてよろしいのですか?』

『ふん、なんだかんだ言いつつも、契約を解除しているではないか。まさか、器を取るのに協力する羽目になるとはな...』

『お嬢には、帰って頂かなくてはなりませんので...願いが無くなった以上、動ける彼等が取るほうが可能性があるでしょう?』

『だから眠らせたのか。まさか、吹き口だけでも効果があるとはな。』


 へし折れた笛の柄を口から出し、【混迷の爆音】が頷く。崩壊は無秩序ではあるが、もっとも支えの多い瓦礫の上ならば、暫くは大丈夫だろう。


『お嬢、私は何時でもお側に...』

『...行くぞ、早々に器を見せてやらねば迷いかねん。』

『えぇ、お待たせしました。しかし、大丈夫なのですか?』

『ルクバトは、既に中央で待機済みだ。出現座標がどれだけバグろうと、あの娘がいれば心配要らんだろう。』

『そうですか...やはり、あの子は。』


 振り返る【混迷の爆音】だが、頭を振ってすぐに前を見る。そこに広がる虚無に触れる...というのも変だが、そうとしか言えない光景を見下ろしながら、襟を正した。


『イレギュラーは数に入れずとも?』

『だろうな。元々、空きがあるルールだ。それが一でも二でも変わらんだろう。設定した精霊が揃えば良い...と我は思うがな。』

『そうですか。では、いい夜を。』

『長い夜明けになりそうだ。』




 ◀◀ 〜

 ―――――――――――――――――

 ▶


 現在時刻、6時

 残り時間、32分

 残り参加者、3名


 フィールドデータ残存率、1.8%

 推定崩壊時刻、06:29




 ルクバトに背中へ放りあげられ、健吾が仁美を抱えあげる。落ちそうになった彼女を足の間に起きながら、【辿りそして逆らう】に固定して貰う。これで延命も出来る筈だ。

 突き刺さる矢を足場に、どこへ行くつもりなのか駆け抜けるルクバトを撫でていると、ぼんやりとした感覚が戻る。


「追いついたか、レイズ。」

『おぅ、気に食わねぇが、一番手っ取り早そうだからな。乗ってやる事にした。』

「そうかよ。んで、俺らは何すりゃ良いんだ?」

『このまま進んでろ、何かしら考えてんだろ、あのスカシ野郎がよ。』

「それで良いんなら良いけどよ。」


 ボヤく健吾とは裏腹に、ルクバトは順調に目的地に着いたのか、一つの瓦礫の上で立ち止まる。動く気が無いらしいルクバトから降りると、頼りになる精霊は炎に溶け霧散する。


「目的地、ここなのか...?」

『らしいな。ほら、お出ましだ。』

「あ?上か!」


 見上げた健吾の頭の上、北極星が光り輝いている。天頂で輝くものが星では無いのは、少しして理解出来た。

 段々と大きくなるそれが、降りて来ているのは理解出来た...が。


「遅ぇ!」

『ここまで来るのに間に合わねぇぞ。どうする?』

「ンなもん、こっちから取りに行く他ねぇだろ。」

『羽でも生やせってか?無理だろ。』


 その間にも崩壊は続いている。少しでも近づけ無いかと、高い場所を探すも見つからない。


「ちんたらしやがって...!」

『見逃さねぇようにって事なんだろうな、本来は。こういう所こそバグれよ、クソ。』


 苛立ったように鉄骨を投げる【積もる微力】だったが、それが当たっても器はビクともしなかった。むしろ、落ちてきたそれが足場へと突き刺さる。


「おいバカ言ってから投げろや、危ねぇな!」

『バカバカ言い過ぎなんだよ、俺よりバカな奴がよ!』

「なんだとテメェ!?そこまでじゃねぇわ鬣野郎!」

『悪くねぇだろうが鬣は!』


 精霊が怒鳴り返した瞬間、足場が揺れて傾いた。下を見れば既に地面のほとんどが消え、タンカー船の巨大な残骸が大規模なツリーハウスのようになっている。

 放り出された健吾が、張り出した手摺を掴んで見渡せば、仁美を刺さった鉄骨へと巻き戻す【辿りそして逆らう】が見える。


『シュー!』

「あっちは大丈夫っぽいな。とはいえ、もう一回揺れたら分かんねぇぞ。」

『それより、器から離れた事の方が問題だろ。』


 外れて曲がったのか、空中に揺れる手摺は反対側へと伸びている。大回りするしか無いだろう。


『急ぐぞ、レオ。もう時間がねぇ。』

「だな。」


 ハシゴのようなそれに上り、走り出す。片腕で登れない場所は、【積もる微力】がいる。一瞬顕現する右腕や脚が、人外の力で跳び、引き上げる。

 急ぐ健吾の視界の端に、ふと映る。コンテナの扉に引っかかった登代の姿だ。


「あ...なんつったっけ、名前。」

『おい、ほっとけよ。』

「落ちそうな奴置いてけるかよ...あ、そうだ。」


 思い出したのは、三成の送ってきたメールの事だ。あの後に音沙汰が無くなったのを考えれば、山の中でゲームから落ちたのだと想像出来た。


「また逃げられたら、早乙女さんが可哀想だもんな。」

『お節介な奴だぜ、まったく...』


 健吾が古びた携帯から、このゲームへの招待メールを探している間に、【積もる微力】が鉄心を拾ってきて登代の服を突き刺した。

 少しだけサイズの小さいセーラー服が、船体に押し込まれて縫い付けられる。この船体の一部が落ちない限りは、振り落とされないように。


「お前も大概じゃね?」

『黙ってろ。』


 メールに書かれていた招集場所を三成に送信しながら、茶化してくる健吾を一発叩くと、すぐに取り憑いて黙りを決め込む。

 どつかれた肩を擦りながら、次の島へと足を向ける健吾の足元が、また揺れた。


「うお、落ちる!?」

『バカが...!』


 中腹の船室へ健吾を蹴りこんで、即座に霊体化する。取り憑いた精霊に、声にならない礼と文句を叫びながら起き上がれば、別の島が倒れ込んで来る。


「うおおぉぉ!?打ち崩せ【積もる微力(レイジングダスト)】!」

『当たり前だろうが!』


 割れた窓から身を乗り出す健吾から、飛び出した精霊が両拳を振るう。積もった闘気を炸裂させながら横へ蹴り飛ばす。

 隣の船室へと逸れた尖塔が、そこを押し潰していく音が聞こえる。それとともに、目の前の道が崩落していく音も。


「しくったか?」

『死ぬよりゃ良いだろ。とりあえず、その血でも拭ってろ。』

「ガラスが刺さったんだよ、テメェの所為だぞバカ野郎。」

『ンな事よりも、もう時間がねぇみたいだぞ。』


 残り数個を残した残骸の島が、また一つ落ちていく。ギリギリで支え合っているのだ。ここも時間の問題だろう。

 随分と近づいた器も、小さいのでまだ形さえ分からない。それだけ自分達が落ちた、という事でもあるのだろう。ほんの数メートルが、こんなにも遠い。


「登ってる時間は、ねぇよなぁ...仕方ねぇか。」

『諦めんのかよ?』

「出来ねぇもんは出来ねぇし。それでもやるって言えんのは、出来る事が無くなったら、だろ。」


 そう言って健吾が取り出したのは、翡翠色の半透明な瓶。中を夜空の暗さで満たした、不思議な宝具だ。


『それなら光ってるあれも引きずり下ろせるだろうが...ここから投げても、俺たちの所に落ちねぇぞ。』

「だから、仕方ねぇ、なんだよ。」

『それで、お前は満足か。』

「いや、物足りねぇ。でもな、最後まで獅子堂 陽富の兄貴としちゃ、失格では無かったろ?まぁ、何とかするさ。俺は兄貴だからな。」

『ヘッ!お前なら何とでもなるだろうよ。』


 ヒュッ


「ありがとな、レイズ。最高だったぜ。」

『悪くねぇ時間だった。忘れんなよ、レオ。』




 現在時刻、6時

 残り時間、30分

 残り参加者、3名


 フィールドデータ残存率、0.1%

 推定崩壊時刻、06:31




 パリン、と割れる音が響き、美しいガラス片のような何かが辺りに散らばった。その中を鈍い音で転がるのは、丸い頭骨とでも呼ぶべき、透明な結晶だ。

 そのまま転がり落ちそうになる器へ、黒く靭る尾が伸ばされた。


『キュルルル...』


 転がされた器が、牙の生え揃っていない口へ咥えられ、柔らかい毛髪へと落とされる。

 僅かに動いた頭へ、更にグイグイと押し付けられる器が、優しい痛みを伝える。


「うぅ...叶、える、んだ...」

「あの人、に...会いたい、から...!」

「同じ、世界を...知りたい、から...!」


意識があったのか、それも定かではない。

残骸が虚無に呑まれ、光の粒子となり霧散する。

自由落下の浮遊感の中、確かに伸びた手が器を掴み...世界は崩壊し、魂は流転した。

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