~happy birthday to ♍~
小さな頃、憧れていたのは母だった。
そして、幼稚園に入る頃、隣に引っ越してきた魔羯さん。そのお父さんが、初恋だった。
お医者さん、と聞いた。優しそうな笑顔の、仕事に誇りを持った人だった。
それは、恋というよりは憧れに近いような、そんな感情。娘さんが、歳が近いので、接点が多かったのもあるだろう。
そう、その娘さんこそ、私の幼馴染。魔羯登代である。
「...それで?この案件を持ってきたのか?」
「...はい。」
此方を舐めまわすような視線に、居心地の悪さを感じながら、早乙女弥勒は頷いた。
十人が皆、美人だと答えるだろう容姿は、異性からはそんな視線を向けられやすい。少しは慣れていた。
「しかしねぇ、君ぃ。社会ってのは、もう少し厳しいんだよ?もう七年も前、手がかり無しで、失踪届けも無い...追いようが無い。」
「それは、存じています。無理を承知で、お願いしたいのです。」
「高くなるよぉ...?払えるのかい?」
「それは...。」
「まぁ...少しは安くも」
「失礼します!」
外れだ。
例え見つけられたとして、ここには頼みたくない。潰れろ、と内心毒づきながら、彼女は建物を後にした。探す人が人。あまり真っ当な所には、頼めない。その為に、こんな所が多いのだが。
「やっぱり、難しい...?」
心が折れかけた彼女だったが、その時に足音を聞いた。不自然なリズムの、革靴の足音。
ふと気になり、そこを覗く。都内の日陰とでも言いそうな、そんな薄暗い場所。そこから、一人の男が歩いてきた。
切れ長で鋭い目と、長身の端正な顔の男。腕を押さえながら、フラフラと進む。僅かな煙の臭いと共に、鉄錆の様な臭い。
「あの、大丈夫ですか?」
「っ!?...いや、一般人か。こんな所で、どうしたのですか。一人では危ないですよ、綺麗なお嬢さん。」
「危ないって...貴方の方が。」
明らかに大きな怪我で、とても無事とは言えないだろう。
「ははっ、私は、大丈夫...」
「ちょっと!」
もたれ掛かる様に、気絶した男性。それを置いていくのは、弥勒には少々酷な選択だった。
「...いつ、帰ったのか。」
「昨日ですよ、意識ははっきりしてますか?名前は?」
「君は...あぁ、そうか。覚えている。君が連れてきてくれたのかい?礼を言わせてくれ。」
ここは、少し奥まったビルの二階。まず、人が入らない様な場所だ。
「探偵さん、なんですね。」
「色々と、首を突っ込まずにはいられない性分でね。優秀な弟に親を任せて、好き勝手している浮浪者が近い。」
申し訳程度の看板を眺めながら弥勒が呟けば、彼は少し顔を歪ませながら答えた。どうやら、あまり自慢に思う過程はないらしい。
しかし、すぐに表情を読めない微笑に直し、机に置かれた名刺を眺めながら言った。
「住所を知っているなら今更だろうが、名乗らせておくれ。私は、双寺院三成という。治療してくれて助かった。」
「治療、というか。傷を拭いて、消毒と止血をしただけですよ。...その、病院にはいかなくても?」
「救急車を呼ばなかった判断なら、助かっている。少し、表沙汰にしたくない傷だったものでね。」
少しの煙の臭い。それに、煙草以外の物を感じたので、そうした。それは、間違っていなかった様だ。
「許可は取っているのですか?」
「男の一人暮らしに上がり込むよりは、簡単に取れるよ。...失敬、気が立っているな。バカにするつもりでは無かった。」
「ご心配どうも。...所で、怪我がさわり無いなら、少しお話、良いですか?」
先程、銃の話をした割には、肝の据わった笑みで弥勒は問う。
「...ははっ。どうも、その手の話に弱いのだがね。ご依頼かな?」
「少し難儀な、人探しの依頼。話だけでも、聞いてくれませんか?」
「何、恩人の依頼を無下にはしない。余程で無いなら、尽力させて頂こう。」
―――そして、半年の月日が流れた。
『やはり、今日も収穫は無しだ。いくつか、足取りは掴めたが...それらしき、というだけだな。四年も前では、当事者の記憶も頼りなくてね。』
「そうですか...。」
『なに、最近は私の周辺も穏やかでね。捜査は継続するさ、気を落とさないでくれ。次は先月に聞いた山でも当たってみる事にしよう。彼女は、どうやら人を避けて移動している様だからね。』
「それなら、私も行っても?明日から、大学も休めますから。」
『了解した。準備は、此方である程度は整えておこう。』
電話口からの声が途絶え、再び周囲の雑音が意識に割り込む。
都内の大学に通っている弥勒は、現在は一人暮らしであり、今からの予定もない。
「双寺院さんのお手伝い、行きますか...。」
依頼を受けてくれただけでなく、未だに成果に満足せずに続けてくれている。それも、報酬はかなり少なく。
流石に申し訳なく、一月毎に依頼金は払っている。成果が無いと丁寧に辞退された為、なんとか持ち込んだ条件だ。
それも、バイト暮らしの弥勒でも払える額だが。実家からの仕送りはあるので、家賃に回さずにすんでいる分、そちらに回しているのだ。
「登代...。」
ふと、呟いて出るのは、今なお探し続ける幼馴染の名前。
高校入試を終え、中学を卒業し。桜の舞う季節だったと記憶している。
唐突に決別を告げられ、数日後には引っ越してしまった。だが、登代とその母親は、見た覚えが無いのだ。既に居なかったのでは...。ただの邪推は不安を強め、音信不通の日々は暗鬱としていた。
何故なら、彼女は小さい頃から...。
「っと、危ないよ。」
「えっ?」
いきなり腕を掴まれ、足が止まる。前を車が横切って、信号が赤になっていたことに気づいた。
「早乙女君、君が居なくなっては、本末転倒だよ。」
「すいません...助かりました。」
「それより、こんな所でどうしたんだい?君の家は、少し離れていたと記憶しているんだが...。」
手を放し、一歩離れて問いかける三成に、弥勒は弁明する。
「その、お手伝いをと思いまして...。」
「向かうのは少し先なのだが...まぁ、早くに越したことは無いね。」
「そういえば、双寺院さん。ちゃんとご飯食べてますか?また適当に済ましてたり...。」
「早乙女君、私は君のご子息ではないのだが...。」
「カ◯リーメイトは食事では無いですよ?」
「...分かっているとも。流石に、そう何度も依頼人を台所に立たせるつもりはないさ。」
苦笑いを返しながら、前を歩く三成。彼の仕事柄、あまり頻繁に会うことは無いが...奇妙な秘密の共有は、二人に親近感を抱かせた。
そう、彼女は、登代は...
最初に変だと感じたのは、小学校の頃だった。弥勒の前では、大人しかった登代が泣きながら喧嘩をしていた。
相手は男子三名。正確に言えば、それに巻き込まれた形。
「どうしたの、とよちゃん。」
「...わかんない。怖くて、悲しくて...でも、凄くイライラしたの。」
子供の感情は振れ幅が大きい。周囲はそれで納得したが、弥勒は違った。登代は、虫や血に怯えることの多い子だった。それが、鼻血を出す程、擦り傷をこしらえる程、取っ組み合いをするだろうか?
彼女の母親は難しい顔をして、しかし彼女を抱き止めていた。父親は憤り、喧嘩の原因を正確に探り再発の防止を検討した。
喧嘩の原因はいたって単純な物だった。だが、彼女の巻き込まれた経緯は、分からない。
近くを通りかかった彼女が、急に殴りかかってきた。
それが、男の子達の証言で登代も否定をしなかった。
中学になると、彼女は人気の少ない所を好んだ。落ち着くのだと。
弥勒もそれに付き添う事が多かった。彼女にとって、登代は落ち着いた優しい人物だったから。
「ねぇ、弥勒?私、最近は父が怖いわ。学校に来ると、そう感じるの。」
「どうして?」
「分からないわ。...お母さんがいないから、なんてね。」
「そう...。そうだ、今度、お泊まりする?」
時折、怖いほど冷たい目を他人に向ける登代。両親を避けたがる彼女に、少しでも落ち着くならと、そんな誘いをしたこともある。
彼女は、お母さんを放っておけないから、と断っていたが。
「本当に...人か私が、消えてしまえたら良いのに。」
「登代、私は貴女にいて欲しい。」
「...ありがとう。貴女といると、凄く安らぐわ。穏やかな、優しい人ね、弥勒。」
時々、そんな薄暗い、人によっては面倒だと思える様な話も、してくれた。きっと勇気がいるだろうに。自分では、受け止められていなかったのか。そんな想いが今も彼女を蝕む。
卒業の日だった。昼には彼女の母親と共に、笑顔で話した彼女。弥勒の両親もおかしな所は、無かったと感じていた。
それなのに、夜中。電話で、彼女はこう伝えた。
『貴女の声を聞きたかった...。でも、離れていてはダメね。』
『もう、会えない。私は...お母さんを...。大好きだった...はずなのに...』
『弥勒、巻き込んで、ごめんなさい。今日の事は、忘れて。』
少し息が上がった、彼女の声。ふと窓から覗けば、隣の家に車が無くなっていた。
不穏だった。会いに行く、何処か教えて。そんな頼みに答えたのは、無情な電子音。電話は、切れていた。
その後、数日して彼女の父が引っ越しの挨拶に来るまで、彼女とは会わなかった。電話も通じず、メールもかえってこない。
彼女の父からは、妻と先に行った、と説明された。それきりだった...。しかし、その時の事は、記憶に残っている。妙に、表情の読めない、冷たい笑顔に感じた...。
――――それから、半年。三成が不思議な情報を掴んだ。彼女の足取りを探る傍ら、集まった情報の中で後回しにしてきた物。関係なさそうな、都市伝説の様な噂。
――人体実験を繰り返す、国の施設がある。そこには、女性が監禁されており、特殊な能力を持っている。
そんな噂に縋っていると、ある電波塔から、履歴に無い物を見つけたと...どうやって探ったのか、弥勒はあえて聞かなかったが。
「そして、下手に調べられたら敵わないとされたかな、なんと招待された訳だ。絶対に乗ると、此方の事情を調べられた事に、戦慄するよ。」
二人の携帯に送られたメール。もしかしたら、そこに彼女はいるかもしれない、そんな施設から。
それは、こう始まっていた。
『願いを持つものに、その成就を。精霊達の舞闘会に招かん。』




