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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第九章 SEIze,REcord,Ideal 《理想を掴む為の記録》
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星空の海岸

「アッツ!!くそ、マジでとんでもねぇ事してくれたな、あんの細身ヤロー。」


 潰れた船室から吹き出した炎に包まれ、慌てて飛び出した健吾が悪態をつく。燃料庫が、また幾つか引火したのだろう。加速する崩壊に苛立ちが募り、足元に転がった木片を蹴り飛ばす。


「しっかし、結構広がってんだよな...もしかして、このでけぇ船の外、ねぇんじゃねぇの?」


 熱いので早々に逃げ出したい。通れそうな所を山勘で突き進み、とにかく移動を続ける。まっすぐに向かっていれば、そのうち出られる筈だ。そうでなくても、【混迷の爆音】がいる以上はジッとしているより安全である。

 時には船体をよじ登って超えることもあったが、ようやく終わりが見えてきた。炎の見えない空間に安堵し、一歩を踏み出す。

 その瞬間、首筋に寒気。考えるより先に外に飛び出せば、上から圧迫感。見上げれば、映るのは星空ではなく丸く大きなタンク。


「このタイミングで崩れんのかよ...!!」


 まだ少し、【積もる微力】の顕現には時間が足りない。必死に駆け出した健吾の後ろで、地面に激突したタンクに亀裂が走り、漏れたガスに導火線のように引火する。

 激しい炎はペレースで少しでも緩和し、飛散する破片は当たらないように祈るしかない。爆風に吹き飛ばされ、土と芝に塗れて転がる健吾だが、放心する暇も無く、次なる脅威を感じ取って走る。


『間に合ったようですね。再び精霊が出てくる前に、貴方を崩させて頂きましょう。』

「【混迷の爆音(アイギバーン)】...!結局テメェが残んのかよ。」

『負けられませんので、私達は!』


 蹴り込んだ地面が陥没し、黒毛の精霊の一撃が迫る。その音を聞いては終わりだ、直線に特化した【混迷の爆音】の攻撃範囲から逃れる事を祈りながら、横へと身を投げ出す。

 意識が戻ったときには、背後から悪寒。直感に従い、近づくように跳ぶ。


「あだ!?」

『ぬっ...!』


 笛を振りかぶっていた【混迷の爆音】の脚へ、思い切り頭突きをかます結果となり、後頭部に激痛が走る。

 その甲斐はあったか、バランスを崩した【混迷の爆音】からの追撃は無い。これ以上は笛を振られては堪らない、その腕へと掴みかかる。


『人の身で張り合おうとでも!』

「関節にゃ、そんなに力の差はねぇだろうがよ!!」

『数が足りないな。』


 片腕でも、脚で蹴りあげれば笛は振れる。片腕は止められようが、それに肩まで費やした健吾の意識を刈り取るには余裕さえある。

 気絶した彼を振りほどき、笛をかつぎ上げる。すぐに覚醒した健吾だが、起き上がって止めるには遅すぎる。


『終わりだ...!』


 吐息に混じり吐かれた言葉と共に、笛が振り下ろされる。爆音が加速を生み、振り下ろされる。

 隙間、赤い光が尾を引く。腿を貫いたそれに追随するように、小さな人影と黒い影。


『シュー!』

『蛇の精霊...!?』


 反響し、還る音撃に笛が軋む。鈍った一打が【辿りそして逆らう】へと激突し、止められる。


『...そうか。今に果たすか、【疾駆する紅弓(アルスナルケイロン)】め。』


 脚を穿った矢を踏み折り、目の前に立つ少女を睨む。今も顔色の悪いその人間は、困惑している健吾を背に隠すように手を広げていた。


「獅子堂さん、まだ約束は、続いてますよね。」

「は?約束ってなんだよ?」

「『【混迷の爆音(アイギバーン)】を倒すまで協力する』、です。いつも、助けて貰ってるから...私も、頑張ります、から。」

『キュルルル!』


 喉から声を出す【辿りそして逆らう】が、威嚇するように角を掲げる。小さな頼りないそれを掴み、【混迷の爆音】が片手で笛を蹴りあげる。


『まさか、この矮小な精霊で張り合うつもりでは無いでしょう?』

「そのつもり...!」


 咥えた尾の先端を突き刺し、掴まれた手を振りほどいた小竜の精霊が浮き上がる。

 顔の位置まで昇った精霊が、目に向けて尾を鞭のように振り回す。非力だ小型だとはいえ、人の腕程ある精霊だ。眼球を潰すくらいなら訳は無い。

 咄嗟に頭を振り、角で迎撃した【混迷の爆音】へ、小竜の精霊は笛へとその身を滑らせる。複数あるベル部分を塞ぐ精霊の身体は、エネルギーを還す。音撃による爆発や加速が塞がれた。


「これでもう、その大きなので叩かれたり、気絶したり、しない。」

『なるほど。しかし、私の武器がこれだけだと思われているなら、心外ですね。このデカブツを扱う程度には、鍛えておりますので...!』


 踏み込んだ【混迷の爆音】が振り上げた脚が、仁美の長い前髪を千切って空を切る。

 健吾に引き寄せられた仁美が、胸の上で困惑を続ける最中、上げられた脚が振り下ろされた。


「っぶねぇ!」


 仁美を抱えたまま転がった健吾が、すぐに立ち上がる。視線を走らせたが、登代は見つからない。契約者が見つからないのであれば、目の前の精霊を相手にするしかない。


「仁美、武器を塞いでくれたのはマジで助かった。でも、奴さんはまだヤベェみたいだし、ちと後ろにいてくれるか?」


 左腕で彼女を押しやり、【混迷の爆音】と相対する。街も、人も消えた。背後には戦う理由が居る。もう迷うものは何も無い。シンプルな一つの行動だけが頭に残る。


「こんな状況なら、ちゃんとお前をぶん殴るのに集中出来るな!」

『随分と強気な事だ...!』


 熱されて揺れる、冬の始まりの空気を裂く蹴撃。人の身では捉えきれないそれを、僅かな音と威圧感を頼りに回避する。

 顔の横を過ぎた脛を肩へ置き、膝へと腕を上げて強引に振り下ろす。体重もかけ、巻き込むように関節を折りにかかる健吾へ、【混迷の爆音】の細腕が拳を飛ばした。


「がっ!」

『これでも止まらんか...!』


 歯が飛んだ健吾だったが、その行動は止まらない。仕方なく一緒に倒れ、地面によりこれ以上曲がらないようにした精霊が、もう片方の脚を畳む。

 悪寒だけを頼りに、咄嗟に転がる健吾の横を、蹴り出した脚が空振った。自由になった【混迷の爆音】が立ち上がり、起きようとする健吾を蹴り飛ばす。


「ぐぇ...っ!」

『ふぅ。少しでも食らいつく所は賞賛に値しますが、貴方では役不足ですよ。基礎的な身体能力に差が大きいのですから。』

「は、これで十分...なんだよっ!行けぇ、【積もる微力(レイジングダスト)】!」

『待たせたなぁ!』


 顕現の勢いで飛び出し、闘気を纏った両拳を叩きつける。武器の無い【混迷の爆音】に、抵抗の術は無い。反射的に振り上げた蹴撃も、嫌な音が響いて痛みを訴えてくるだけだ。


『これほどとは...!』

『テメェみてぇなめんどくせえ奴に負けるかよ、んな事はとうの昔に分かってんじゃねぇのかぁ!?』

『勝てる勝てないの話ではない、勝つのだ!私は、お嬢の願いなのだから!!』

『願うなら、理屈の一つくらい捨ててこい!』


 笛を握り持ち上げた【混迷の爆音】へ、渾身の右ストレートが打ち出される。ヒビが広がった武器から、蠢く光が弾け飛ぶ。


『解除された...!?』

『そこのチビか、俺の拳か...まぁ、どっちでもいいな。』


 ゴキリと首を鳴らした【積もる微力】が、目前の精霊を蹴り飛ばして怒鳴る。


『おいレオ!まだ動けんだろ、足貸せよ。』

「喉詰まらせてたにしちゃ元気だな、手ぇ貸せや。」


 取り憑いたのを確認し、口に伝う血を拭いながら立ち上がる健吾。また前に出る気だ、と察した仁美が、咄嗟に袖を掴む。


「だめ...!」

「俺よりお前の心配をしとけよ。大丈夫だ、俺は負けねぇ。なんたって、アイツの兄貴だからな。」

「っ〜...【辿りそして逆らう(トレスonリベリオン)】、治してあげて。」

『シュー。』


 星霊具の輝きを失った笛から離れ、ペレースの上から健吾の肩へと絡みつく。重さを感じないその精霊から、僅かに冷たい感触が伝わってくる。


「いっつも思うんだけどよ、お前どうやって巻きついてんの?尻尾を離してんの見えねぇんだけど。」

『レオぉ!下んねぇ事言ってんなや、来るぞ!』

「わぁってんだよ、頭ん中で叫ぶなボケ!」


 上段から振り下ろされる一撃を、顕現する右拳で相殺。僅かな硬直に左足を突き出し、【混迷の爆音】を押し飛ばす。

 数メートルは飛んだ長身に、飛び上がって襲いかかる。吹き鳴らす爆音がそれを迎撃するが、着地した瞬間に駆け出した健吾は止まらない。


『意識を戻すのがあまりに早い...その蛇の精霊か。』

「だったら...どうしたぁ!」


 走る勢いのまま左足を繰り出した健吾から、顕現した【積もる微力】の闘気が膨れ上がる。脚の一点に集中した炎が蹴りこまれる。


「『イグニッション!」』


 爆発したような闘気の拡散と共に、蹴りこまれたばかりの衝撃が再び襲う。燃え盛る瓦礫の中へと吹き飛ばされ、コンテナの一つへと叩きつけられる【混迷の爆音】。


「流石に、心折れたろ...」

『さぁな、笛も握ったままだしよ。』

「なんでお前、そんな余裕そうなんだよ。」

『脚がねぇから動けねぇだけだ、めんどくせぇモヤモヤをやっと捨てたバカのおかげで快調なんだよ。』

「ほ〜...あ?それ俺か?誰がバカだよ。」


 文句を言おうとする健吾を鼻で笑いながら、霊体化する【積もる微力】。あの野郎と言わんばかりに拳を震わせる健吾から、【辿りそして逆らう】が抜け出て契約者へと急ぐ。


「あ?どうしたんだ、大丈夫か?」

「平気、です...少し熱くて。」

「なんかよ。ほっとくと死にそうだな、お前。」


 小竜の精霊の癒しにより、ようやく一息ついた彼女が、正面を見て目を見開く。


「魔羯...登代。」

「お、ようやく出てきたのか。」


 遅れて気づいた健吾が振り向けば、狼狽した登代が見える。今までの意固地にさえ映る自信は、そこにない。


「そんな...【混迷の爆音(アイギバーン)】!」

「止めとけよ、もう動けねぇだろうし...おい?」


 迷わず炎の中へ飛び込もうとする登代を見て、今度は健吾が驚く。注意して移動したって危ない道のりだったのだ、あの状態で入って数分と無事とは思えない。


「とち狂ったのかよ...!」

『アホか、レオ。何しようとしてんだ、このままほっとけや。』

「んな事すると思うかよ、俺が!」

『...もう好きにしろや。それがお前のやりてぇ事なら、俺が叶えてやるよ、ったく。』

「頼むぜ、相棒。すまん仁美、ちょっと待っててくれ。」


 押さえつけるような力で髪をぐしゃぐしゃにした健吾は、【積もる微力】を取り憑かせて駆け出した。

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