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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第九章 SEIze,REcord,Ideal 《理想を掴む為の記録》
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星空の霊障

 炎の中を歩めば、チリチリと髪が焦げ付く。寒さには慣れていても、こう熱いとすぐに体力を奪われかねない。


「動けるうちに片付けとかないとな...」


 すぐに救命艇を見つけなければ、先に力尽きるのは人間の真樋だ。精霊達や、健吾のような規格外と競うつもりは無い。

 ここまで炎やガスが広がれば、どこへ行こうと変わらない。爆発や窒息をするガスの塊が、付近に無いだけありがたい。


「あの位置の爆発なら、多分この辺りにあると思うんだけど...」


 瓦礫、コンテナ、燃えている積荷、鉄骨、様々な物が視界を塞ぎ、熱波が顔を舐る。フードを被り、少しでも防ぎつつ周囲を探る。

 救命艇の色は、この中でも目立つ。見逃す事は無いはずだ、まだ遠いと考える方が自然だろう。


「素人考えじゃ、そんなに当たらないか...もう少し範囲を広めて探すかな。」


 方向はそう遠くは無い蓮だ。間違えたとすれば、飛距離だろう。そもそも落下して無事なのかは疑問だが、ネクタルを摂取した量と時間が分からない以上、生きていると考えた方が利口だろう。

 常に悪い方を想定しておく事。もっとも安全に事を対処する手段を、徹底せねばならない。


「まぁ、ゲームである以上、目的の達成の方が優先されるけど、さ...」


 半分になった船体の部屋を、一つ一つ覗けば、見つけた。派手な警戒色の救命艇だ。

 しかし、その入口は開かれ、夥しい量の赤が地面へと垂れている。


「遅かったか...何処に行ったんだろ。」


 この炎と爆発の中、土に落ちた痕跡は、かなり注意しても見落としやすい。周囲の警戒を怠れば、登代のメスに刺される恐れもある。

 仕方なく、予想と勘に任せて探す。救命艇の前に立ち、そこから見える道を考えていく。自分が向かうならば、何処を目指すか。

 その時、首にヒヤリとした感触が訪れた。


「...正解は此処、か。」

「何の話かしら?」

「いや、べつに。それより、これ下ろしてくれない?」

「ダメね、信用出来ない。貴方のした事を忘れたわけじゃないでしょう?」


 奇襲、罠、なんでも使って取引に持ち込んだ事だろうか?それとも笛を奪った事、もしくは八つ当たりに牛を落とした件か。

 心当たりが多すぎて悩む真樋の思考に、感じた感情から予測が着いた登代が、メスを首に食い込ませる。僅かに伝った赤が、金属を辿って登代の手を汚した。


「不快ね、やめてくれる?」

「考えるのは癖なんだ、仕方ないだろ?」


 役に立たない考察を止め、登代の目的を考える。

 ネクタルを飲み干した【宝物の瓶】は不死となる。しかし、それは効力が消えるまでの間だけ。あれだけを飲み干したなら、かなりの時間を動けるが、その分の反動もある。効力が切れれば復帰は絶望的だ。

 衣を纏った【積もる微力】もそうだろう。あれが外れれば、暫くは実体化しない。一瞬だけ権限していたあの行動が出来るのかは不明だが、笛を持つ【混迷の爆音】相手に肉薄するのは自殺行為。


「時間稼ぎ、かな?僕と同じ事をしようって訳だ。」

「心外ね、私は貴方みたいに優しく無いわよ?すぐに消えるか、あの大きな人を倒して消えるかの違い。どっちでも良いわ。だって、最後に勝つのは私の『望み(【混迷の爆音】)』だから。」

「自信家だね、本心か知らないけど。あること無いこと言っても、いい事無いよ。」

「貴方みたいに足りないよりいいんじゃない?自分の考えた事、相手も知ってると思って話してるでしょ。」

「さぁね、検証した事ない、よ!」


 頬に刃が入るのも構わずに振りほどき、メスを持つ腕を掴み取る。刃物を取り上げようと力を込めるも、真樋も力が強い訳では無い。均衡する。


「離しなさい、よ...!」

「お断りだね!」


 せっかく契約者が目の前にいるのだ、精霊のいない間に倒すしかない。山で吹き飛ばされた恨みは忘れていない、陰湿だと自覚しながらも、目の前の人間をやり込めてやりたい。

 この際、【積もる微力】はどうでもいい。放っておけば勝手に自滅するだろう。

 生きていて初めて感じる、強い欲望。失う事を恐れる自衛本能では無く、成果を求める渇望。その高揚からだろうか?飛んできた瓦礫に気づかなかったのは。


「いっ...!」


 肩を打って、腕の力が抜けた真樋へ、登代の一撃が閃く。アキレス腱を割いたメスの血を拭い、登代が真樋から離れる。

 足首が自由に動かず、歩く事もままならない。そんな真樋を蹴り倒し、跨った彼女は再び首へ刃物を押し付ける。


「これでもう、反撃ともいかないでしょう?」

「ほんと、貴女とやると尽く運が無いよ...」

「本当に運かしらね。」


 気道を押さえつけるように動く刃物に、息とも言えぬ息を飲み込む。せり上がった喉仏の圧迫感に、嗚咽感を覚えながらも、喋る事の出来ない口を開く。


「降参、って言いたいのかしら?」


 どう反応するか、悩む真樋が決断する前に、メスが皮膚を破った。


「でも残念、もうリタイアの装置は無いの。死ぬのよ、貴方。」


 してやられた。その敗北感が胸中をかき乱す。

 どうでも良いなどと思えない。諦めがつかない。重く燻り残る火種等では無い、冷たい熱。

 それよりも冷酷な凶器が、肉へと食いこんだ時。地面を揺らす振動が聞こえ、登代の動きが止まる。


『お嬢、お待ちを。』

「【混迷の爆音(アイギバーン)】、貴方が止める理由なんてあるの?私にも説明して貰えるのよね。」

『そう苛立たないでください、今しがた獅子の精霊の窒息を確認致しました。』

「終わったの?」


 メスに込めた力を止め、そう尋ねる登代へ、【混迷の爆音】は首を振る。


『億が一にも、演技の可能性もありましたので。あちらは精霊に任せ、契約者を狩ろうと探しに来たのですが...お嬢の元に居たとは思いませんでしたよ。』

「その欠片、貴方が飛ばしたのに?」

『さて、なんの事でしょう。』

「...まぁ、良いわ。貴方の言うことも間違って無いもの。勝ったと思っても、食らいついてくる。出来るだけ手出ししたくないものね、あの子達。」


 精霊の言いたい事を察して、真樋から離れる。残してきたという事は、健吾達を【宝物の瓶】にやらせる、という意図なのだろう。

 契約者のいない精霊は、参加者を攻撃出来ない。それが何を意味するのかは知らないが、自分達の利点にならないのは確かだ。


「それなら、少しでも休んでおいて。あと少しの時間で、勝利条件も探さないといけないんでしょう?」

『そう苦労は無いと思いますが。水瓶の精霊も、もう効果時間は幾ばくもありません。戦闘ならまだしも、契約者を奪還するには至らないでしょうから。』


 笛を下ろす【混迷の爆音】を見届けた瞬間、真樋が登代へ走り込む。

 動くのは共感能力で理解していた。あまりに強い敵意と覚悟、これで気を抜く方が難しいというまでに。

 余裕を持ってメスを構えた登代へ、真樋が手を伸ばす。それが届くより早く、【混迷の爆音】が飛び出した。


『無謀な事を...!』

「そうでもないさ。」


 精霊が届く僅かな間。その防衛の為に振られたメスへ、真樋が前進する。正確に頸動脈を捉えた刃は、残酷なまでに易く、弾力あるチューブを二つへ分ける。

 吹き出した鮮血と刃に残った感触に、登代がそれを取り落とす。見るまでも無い致命傷、緩やかに倒れた少年の細い長身を受け止めるしかない。


「なんでっ!」

「言ったろ...君は許さない。嫌がらせだよ、ザマーミロ...」


 たどり着いた【混迷の爆音】により、即座に引き剥がされて地面へ転がる真樋が、傷を抑えるでも無く横たわる。

 また、殺した。私が、メスで。そして、押し流す激情を感じない。

 震える手を抑えるしかない登代を後ろに庇い、【混迷の爆音】が真樋を睨む。契約者の動揺、健吾達の脱落防止、大きな事をしてくれた物だ。


「あぁ...失血死なら、悪くないと...思ったけど。これは...これで、嫌だな...死人を見る目が、変わり、そう、だ...」

『...死んだ。間に合っていると楽なのですが。』


 目視し、鼓動の音を確認していた【混迷の爆音】が、首を巡らせて彼方を見る。そこに健吾の死体が転がっていれば、十一人の契約者が落ちた事になる。


『ダメなようですね。このフィールド故かもしれませんが。』


 心無しか、崩壊が緩やかになったような星空と街を見渡しながら、勝者の証を探すことを諦める。

 こうなった以上、【積もる微力】の復活より早く打倒する他無い。


『お嬢、いけますか?』

「えぇ...大丈夫。行けるわ、行かなくちゃ...いけないもの。」


 深い呼吸を一つ、強引に心を落ち着けた登代は、精霊を伴って歩き始める。

 この丘より外は虚空の奈落だ。ここにいる標的を探すのに、そう時間はかからない。




 現在時刻、4時

 残り時間、168分

 残り参加者、3名



 現在時刻、4時

 残り時間、174分

 残り参加者、3名




 目の前で霧散した【宝物の瓶】に、煩く喚く心臓を抑えつけながら、健吾が手を伸ばす。

 当然、触れる物は無い。タンクトップの上のペレースだけが、不釣り合いに心地よい感触で腕を撫でるだけだ。


「消えたってより...死んだん、だよな。つかエラーってなんだよ、どういう意味なんだ。壊れたって事か?」


 精霊の闘争に付き合い、疲弊した肉体を地面に投げ出しながら、疑問をボヤくだけの時間。どうにもならないうちに、少し火が広がっている気がする。


「よっ、と。まだ引火する物は残ってそうだな...離れとかねぇとヤバいか?」


 遮蔽物が減れば見つかる可能性は上がる。しかし、【積もる微力】の出てこない今、いつ崩れても爆発してもおかしくない場所に潜むなど、自殺行為だ。

 見つかるのは確定では無い。少しでも危険の可能性が低い選択を取るべきだ。


「そういや、仁美の奴を見てねぇんだよな...一緒に優勝するっつっても、離れてんじゃ無理だよな。探すだけ探すか?」


 どうせ移動をせねばならない。それなら、目的を持って動いた方が効率が良いはずだ。それに、星霊具を使用した【積もる微力】でも無ければ、未だ万全な【混迷の爆音】を打倒し得る者がいない。

 己よりも、比べるのも虚しい程に小さい仁美に頼るのは情けないが、【辿りそして逆らう】の力が欲しい。


「俺にも、レイズみたいな力がありゃあな...」


 残った左腕を握り見つめても、掴めるものは無い。空虚な感覚に歯噛みしながら、炎の中に踏み出した。

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