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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第九章 SEIze,REcord,Ideal 《理想を掴む為の記録》
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星空の虚独

 崩れた船の残骸は、芝生の上で炎と共に戦場を飾り立てる。表面を撫でていく赤い舌が、影を至る所に踊らせる中、潰れたコンテナを殴り飛ばして金色の精霊が笛を放り投げた。


『思ったより威力でんなぁ...おい、レオ。生きてるか?』

「ん、あぁ...なんとかな。」


 巻き添えを食った健吾が、頭を振りながら起き上がる。周囲に突き刺さった元船だった残骸と、少し遠くに残った船体の前後。この中から敵を見つけねばならない。


「レイズ、残り時間は?」

『多少は余裕があんな。どうも使い方に慣れてきたのかもな。』

「あぁ? まぁ、伸びてんなら良いや。」


 土と煤を簡単に払い落とし、熱さから上着を脱ぎ捨てる。本当なら炎の中、長袖を着込むべきなのだろうが、不快感の方が勝った。

 ぶつ切りになり、雑に皮膚がくっついた右腕が顕になり、改めて己の傷を目に入れた彼が顔を顰める。その瞬間、視界の端に違和感を感じて、目をこらす。


「...なんか来るな。」

『あぁ、そこに突き刺さってたモンが動いた。熱のせいで揺らいだにしちゃ、ハッキリな。』


 構える健吾に精霊が取り憑き、初動に備える。静けさが包む中、地面が揺らぐ。


「下っ...鮫か!」


 液体化するほんの一瞬前に足を引き抜き、飛び出した顎門へ拳を叩き込む。

 閉じられるより早く下顎を撃ち抜かれて、関節がズレた【浮沈の銀鱗】が体当たりに以降する。迫る鮫肌の銀の鱗へ、闘気を纏った脚を打ち出した。


『お、おのれ...!』


 大砲のような衝撃に、遥か深くへと叩き落とされた精霊。固まった地面へと降りた健吾と【積もる微力】とは、少し離れて浮上する。


『そのマント、打撃能力を高める効果もあるのか?』

『知るか、そんなもん。俺は特に変わったように感じねぇんだからよ。』

『感じぬ...だと。そうか、その珍妙な炎の特性を、より強く引き出しているのかもな。』


 勢いよく飛び出した【浮沈の銀鱗】の大質量を、空中にいた【積もる微力】が微動だにせず押し返す。この現象に説明をつけるなら、闘気の「反作用の反転」が強まったとしか考えられないだろう。

 その分、威力も強まったと考えれば合点がいく。ノックバックも出来ないとなれば、【浮沈の銀鱗】が出来ることがなさそうだ。


『足止めさえ出来んとなると、向こうに合流した方が良さそうだな。』

「いや...その必要はなさそうだぜ。レイズ!」

『分かってんだよ!』


 精霊が取り憑いた健吾が、その身を捻って回し蹴りを繰り出す。目の前を薙ぐ金色の右脚が、跳んできた靴の黒とぶつかり合う。


『やはり勘が良いですね。』

「お前の動きは、いちいちゾクゾク来るからなぁ!」


 そのまま押し切るのは闘気迸る戦士の脚。その勢いで笛の側に着地した【混迷の爆音】が、笛を振るって担ぎあげる。


『ここまでの破壊力を引き出すとは、貴方の剛腕は想像以上のようですね。それとも、二種の星霊具の相乗効果でもあるのでしょうか?』

『細けぇ理屈なんざ知るかよ。必要なモンがある、それだけで十分だろうが。』


 睨み合う二柱に、動きは無い。その少しの静寂に、飛沫が散る。


『ここならば登っていけぬ場所ではないぞ!』

『落とした事を根に持っているのですか?狭い心ですね。』


 地面スレスレを薙ぎ払った笛が吐く爆音が、液化した地面を吹き飛ばす。宙に浮かされた【浮沈の銀鱗】が、その身を捻り、強引に尾ビレを伸ばして叩き込む。

 薙ぎ払った直後の笛を蹴り、即座に切り返した【混迷の爆音】が打ち返す。地面へと叩き戻された大鮫の精霊に切り替わるように、【積もる微力】が拳を突き出した。


『人気者は辛いですね...!』

『だったら細ぇ腕でも鍛えとくんだな!』


 連撃の効かない笛の打撃、その隙を埋める為の爆音だが、それを意に介さない【積もる微力】には無意味だ。

 同時に相手取るには、あまりに厄介。笛の回収には成功した、一度距離を取ろうと脚に力を込めた【混迷の爆音】だが、跳ねたその瞬間には【積もる微力】の拳が間に合っている。

 バランスが崩れ、この炎の中でも目視できる距離に着地した【混迷の爆音】が、接近した【浮沈の銀鱗】に笛を突き出して押し飛ばす。


『獅子堂健吾が私に近寄れない以上、片足の貴方がどこまで出来ますかね。』

『既に我らは眼中に無いか...!』


 気絶しつつ吹き飛ばされた【浮沈の銀鱗】が突撃する隙を探る間に、【混迷の爆音】が逃走を狙う。登代の隠れた救命艇へと戻る為だ。

 跳んだ【混迷の爆音】が地面に刺さった残骸に乗り、方向を確認する精霊だが、その足場が消失する。急に宙に放られた【混迷の爆音】を、小太刀が強襲する。


『手早い事だ...!』

『Thank you、それでは、さようなら。』

『辞退させて頂こう。』


 小太刀を握っている拳を蹴りあげ、逆の脚で胴を薙ぐ。笛より遥かに軽く、重心の離れていない脚での蹴撃。素早く、連撃の行えるその攻撃は、星霊具の恩恵こそ無いものの【宝物の瓶】には効果的だ。

 くの字に折れて地面へと落とされた精霊だが、次の瞬間には本命は小太刀では無かった事を悟る。頭上に現れた鋭い瓦礫が降ってきたからだ。


『この程度!』


 振り上げた笛が爆音を撒き散らし、巨大な瓦礫を打ち砕く。打ち飛ばされた破片が意識を失った健吾へと飛び、【積もる微力】を追っ払う。

 着地した【混迷の爆音】へ、間髪入れずに襲いかかる【浮沈の銀鱗】。地中から現れたその精霊に蹴撃を突き刺し、【宝物の瓶】へと蹴り飛ばす。


『貴様、まだ不死身であろう!早く離れんか!』

『その時間を与えるとでも?リベンジマッチは決着です。』


 触れた物を液状化する【浮沈の銀鱗】は、吹き飛ばされれば慣性の続く限り飛んでいく。【宝物の瓶】も巻き込んで、場外まで飛ばす。

 全力で振り切った笛が、二柱に打ち付けられる。音により加速した一撃は、既に広場の淵まで近づいた崩壊の壁までゆくには十分だろう。


『ぬかったか...!』


 瓦礫も船体も貫通し、金属の飛沫を散らしながら【浮沈の銀鱗】が飛んでいく。気体の中ではあまりに無力な精霊は、その身を捻り背にいる精霊へ向き直る。

 このまま行けば、フィールドデータの存在しない真空よりも虚空に近い場所へ放り出されるだけ。二柱ともそれでは、契約者の最後の頼みさえ聞いてやれないでは無いか。


『酔っ払いと心中する趣味は無い...失せぃ!』

『Owe you、盟友...!』

『ただの成り行きだ、戻れ愚か物が。』


 切断するほどの勢いで尾を薙ぎ、【宝物の瓶】を弾き出す。【積もる微力】と相対した【混迷の爆音】へ、あっという間に肉薄した精霊が背後から小太刀を滑らせる。

 寸前で回避した【混迷の爆音】の毛を一房切り落とし、返す刃で脚を狙う。

 それに乗じる【積もる微力】の一撃に笛を突き出して相殺し、吹き口へと口を添える。


『ヴァアアアァァァ!!』

『しゃらくせぇ!』


 金属の塊ですら飛ぶ爆風の中、口の添えられた笛へ拳が叩き込まれる。咄嗟に顔を逸らした【混迷の爆音】の口端を割きながら、笛の柄が地面に突き刺さる。

 2発目が来る前に跳躍して回避した【混迷の爆音】へ、【積もる微力】が転がっているコンテナの欠片であろう物を投げつける。


『っ! 片足ではコントロールも乱れますか。』

『黙ってろ。』


 流石に放置し過ぎたかと、捨て台詞を遺して健吾へ取り憑く【積もる微力】から、黄金の輝きが失せる。赤いペレースが肩に巻きついた健吾が、頬をひきつらせた。


「あー...今かよ。」

『Killing、貴方から始末しましょうか。』


 今ならば、容易に狩れる。他を優先する理由が見つからない。小太刀を構える。

 閃いたそれが健吾の皮膚へと届いた瞬間、それがすり抜けて 頭の中に合成音声が響いた。


『ERROR ルール違反』


 白い布の奥から、驚愕の雰囲気が伝わる。その数分にも感じた一瞬が終わり、目の前の人型が光の粒子となって消失した。



 現在時刻、4時

 残り時間、174分

 残り参加者、3名




 現在時刻、3時

 残り時間、192分

 残り参加者、4名



 崩壊した船、そして辺りに散らばる残骸の中。笛の音の呪縛から解放され、真樋が頭を振りながら起き上がる。


『Please、安否確認を、マスター。』

「見てわかる程度には酷いよ。」


 顔中に着いた土と煤を拭いながら、周囲を見渡す。自身の怪我は軽い擦り傷、切り傷程度。今は襲ってくる精霊を探すべきだ。


「ピトス。おそらくだけど、しし座の精霊達が一番目立つ。笛も取られてるし、他の精霊もそこを目指す筈だ。君なら場所が分かるだろう?」

『Roger、マスター。数を減らせ、という事ですね。』

「あぁ、頼んだよ。僕は、そうだな...救命艇でも探すかな。」


 非力な彼に出来ること。それは、現在は無防備な者を抹殺する事だろう。

 見つけたら、今は星霊具になっている瓶を空にし、外へ運べば良い。見えていた筈のビル群が視界から消えているのが、その手段の容易さを表していた。


『Want to hear、マスター。』

「...何を?」

『貴方の、願いを。私の遂行すべき、夢を。虚ろでも危うくも無くなった、今の貴方の、望みを。』

「随分な物言いだね...そんなに変わったかい?」


 やや不安を残す、少年の顔を覗かせた真樋に、精霊は黙して頷く。それに複雑な顔を返しながら、真樋が首を捻った。


「そう言われても、分からないよ。妙に清々しくはあるけどね...僕らしく無いとは思うけど、始めたからには最後までやり通すのが筋かと思って。まぁ一番は、悲劇のヒロインって顔して悲観ぶってる加害者さんへの意地悪だけど。」

『Roger、マスター。もう、私は必要ないようですね。』

「まさか。最後まで付き合って貰うよ、ピトス。」

『YES、マスター。しかし、そういう意味ではありません。』


 どうでもいい、とばかりに肩を竦めた真樋。第六感に感じる精霊の気配から離れるように、崩れた船体へと歩き出す。

 己の契約精霊は、着いてくる気配は無い。あわよくば、【浮沈の銀鱗】と協力して【混迷の爆音】は沈めてほしい所だ。


「でないと...いや、もうその必要は無いんだっけ。」


 彼の脳裏に浮かぶのは、勝利の盃では無く一人の少女。


「負けっぱなしってのも、なんか癪だからね。」

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