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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第九章 SEIze,REcord,Ideal 《理想を掴む為の記録》
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星空の冒険

 燃える船の残骸の上で、【混迷の爆音】が笛を担ぎあげて見下ろす。小さくも多くの裂傷を受けた【宝物の瓶】が、揺れながら立ち上がる。


『貴方が勝てる相手ではありませんよ、私は。貴方の契約者は、あまりに情熱が無さすぎる。もっと深く、純粋に飢えなくては、願いは力にならない。』

『Wait、マスターの願いは深いものです。求める事が下手なのは認めますが、貴方に劣る物は...ありません!』


 振れていた【宝物の瓶】の体幹が、ガクリと落ちる。視界から一瞬外れたその隙に、背後へと駆け込んだ精霊の一撃が迫る。

 笛で小太刀を受けた【混迷の爆音】へ、畳み掛けるように連撃が襲う。木枯らしより冷たく、つむじ風より廻り、疾風より激しく、山颪より荒らす。其れ、即ち烈風の如く。


『Declaration、笛は使わせません。楽器を失った演奏家と、小道具を失った奇術師の、根性較べと参りましょう。』

『良いでしょう...追えるものなら、ですが。』


 小太刀の連撃は容赦も隙も無いが、一撃一撃は軽い。強引に弾き、作った一瞬の隙で跳躍する。

 たった一歩が遥かへと身体を運ぶ。デタラメに打った点を直線で結ぶように、無茶苦茶な軌道で【混迷の爆音】が疾駆する。

 ここで離してしまえば、再び笛の爆音が猛威を振るう。跳ぶ間も描き鳴らされているその音色が、近寄れば意識を奪い去る。故に選択肢は落下、気絶しても振るわれる太刀筋。

 縦横無尽に曲線を描き、【宝物の瓶】も攻撃を仕掛ける。攻撃を受けた瞬間は止まらざるを得ず、その静寂の一瞬に離脱する。


『想像以上に耐性が高い...いや、速い。これでは埒が開きませんね。』

『I told、私は貴方に劣らない、と。』

『劣らない、という程ではないですね。』


 立ち止まった【混迷の爆音】が、その首筋へと振り下ろされた小太刀を掴み取る。親指へと深く到達し、骨で止まったその小太刀。

 止まった【宝物の瓶】の横へと笛を押し付け、低く呟いた。


『覚悟が違う。』


 吹き鳴らされた爆音が、【宝物の瓶】に叩きつけられ、吹き飛ばす。

 船体の上を転がった精霊に、追い打ちをかける。一気に肉薄し、未だ意識の戻らない【宝物の瓶】へと、渾身の一撃をたたき落とす。

 鉄の足場へ錆の臭いと大輪の赤が咲き、バリンと派手な音が聞こえた。


「間に...あった。」

『当たり前だ、我を舐めるな坊主。』


 笛を振り下ろした【混迷の爆音】は、すぐには攻撃へ移れない。その隙を狙い、左肩へと鋭い尾鰭が滑る。

 大きく裂けた傷と、折れた鎖骨を庇うように跳躍した【混迷の爆音】の目の前で、血の海から【宝物の瓶】が立ち上がる。


『Confirmation、もう一本を作りましたか?』

「今ので全部使ったけどね...ぐちゃぐちゃになった身体に混ざれば、飲んだのと同じ扱いなんだね?」


 今も再生を続ける【宝物の瓶】の身体を見て、真樋は今更な確認をする。既に残る時間は少ない、もう己の力の再認識などしても、行動に組み込む余地が無い。


『目の前の敵に集中しすぎましたね、接近に気づけなかったとは。』

「瓶を一つ失ったんだ、大赤字だよ。」


 ボヤく真樋が、【浮沈の銀鱗】から降りて周囲を観察する。救命艇に目を止めて、【混迷の爆音】の反応を伺った。


『なにか?』

「いや、別に。【浮沈の銀鱗(シルバーアルレシャ)】、あれ持ってきてよ。」

『趣味が悪いな、お前は...まぁ良かろう。』

『申し訳ありませんが、お引取りを。』


 地面に押し当てた笛へ、力いっぱい息を吹き込む。四方八方から、全身で振動を受けて察知する【浮沈の銀鱗】には実に有効であり、止まった彼を下へと叩き落とす。

 厚いとはいえ、ただの外装。船を通過し、地面まで落ちた彼が登ってくるまで時間ができる。


『お次はどうします?』

「いやぁ、どうしようね...正直、生き残ると思って無かったからさ。どうやったの?」

『側面を殴りつけ、凹ませただけです。船室の大きな場所を知っていれば、その場を狙い笛を服だけで最小限の犠牲になります。』

「音の爆発、ね。意外に便利な能力だ。」

『貴方程では。』

「なら、返してくれない?」


【混迷の爆音】が、瓶を一つ持っているのは確認済みだ。自分の持っている瓶が無くなった真樋が、ダメ元で手を広げるも、当然のように拒否される。


「じゃ、奪わせて貰うよ。」

『そう言うと思いました。ですので、こうします。』


 放った瓶を笛で横薙ぎに一閃、粉々に打ち砕かれた破片を真樋達へと飛ばす。精霊の後ろへと隠れた真樋が、第六感により【混迷の爆音】の接近を感知する。

 受けた端から再生すると言っても、ラグは生まれる。僅かに動きの鈍い【宝物の瓶】が、動き出すまでのほんの一瞬に肉薄した白シャツの精霊が、押し当てた笛へ吹き込んだ。


『ヴァァァァアアアア!』


 増大する振動と衝撃に、失せた意識が戻る前に船の外へと飛んでいく。炎の熱に覚醒し、【宝物の瓶】が小太刀を甲板へと突き立てる。

 落ちる前に止まった一人と一柱を、【混迷の爆音】が見下ろす。笛を振り上げ、船を叩いた彼の足元から鉄板が剥がれ落ちる。


『Sit、油断も隙もありませんね。』


 浮遊させた瓶へ鉄板をしまい込み、隙間へと押し込んで蓋を捻る。屋根になった鉄板の下で、甲板を切り裂いて中へと入り込む。

 船室の壁を歩き、外へ出るしか無い。上に見える扉を押し開き、懸垂の要領で登っていく。


「君は跳べば届くんじゃないの?」

『Answer、この狭さでは腕の力で登った方が楽です。』

「...見た目より力はあるんだね。他の精霊がおかしいだけか。」


 通路と階段、窓を使い、歪んで壊れた船を登っていく。荷室はあまりに広く、人が登るには困難だったが。【宝物の瓶】が瓶を持っていたのが幸いした。

 崩壊し、ネジ切れた鉄板を足場に、【浮沈の銀鱗】が叩き落とされた穴へと飛び込んだ【宝物の瓶】が、船体の上で瓶を開く。

 中から出てきた真樋が周囲を見渡し、怪訝な顔をした。


「静かすぎる...移動された?」

『Beats me? ちょうどいいですし、彼女のネクタルも回収致しましょう。』

「それもそうか。一応、周囲の警戒をお願い。流石に酔いつぶれた女性には殺されないだろうし。」

『Please、お気をつけて。』

「分かってるよ。」


 軽く蹴った救命艇は軽くは無い。外からでは何も分からないなと判断し、扉を開ける。中に横たわった登代は、まだ目覚めては居ないようだ。

 ざっと船内を見渡せば、胸の控えめな膨らみの上に薄若葉色の輝きを見つける。


「他にしまう所、無かったのかな...」


 眉根を寄せて、胸ポケットから瓶を取り上げ、中身を確認する。星霊具となった瓶は、【宝物の瓶】な力を持たない。中身を覗くだけでいい。

 琥珀色の透明な液体から、酸味の混ざった甘さとキツいアルコールの匂い。間違いないようだ。


「さて、あとは...刃物でもあれば楽だったんだけどね。」


 目の前の人物をどう始末するか、思案する。流石に素手で殺す、というにはいくらゲームでも抵抗感が勝る。というより、それなら外の炎の中へ、この救命艇ごと落とした方が早い。


「ピトスで押し切れると良いんだけど。まずは固定用のワイヤーを外すところからかな。」


 構造を知らないものを弄るのは、相応に難しい。いっそ斬るかと考えながら外に出た彼の目の前に、【宝物の瓶】の小太刀が突き刺さる。


「...ピトス?」


 飛んできた方に視線を向ければ、狩衣とシャツを汚れに転がす二柱の姿。

 そして、炎の中を歩く、契約者の姿だ。


「熱っ!あっちちち...だから迂回しようって言ったじゃねぇかよ。」

『チンタラやってりゃ逃げられるだろーが。もう追いかけっこは御免なんだよ。』


 黒毛の山羊の砲弾でも、飛んできたらしい。そう検討をつけて、すぐに小太刀を手に取ると、瓶と共に【宝物の瓶】へと投げ渡す。

 この場での最優先は、自衛だ。【混迷の爆音】や【積もる微力】のような決定打が、真樋達には欠けているのを、彼等は自覚している。


『金色の衣...今回はいつまで持ちますかね。』

『さ〜てな、テメェがくたばるまでじゃねぇの?』

『Thank you、マスター。』


 ネクタルを一息に呷ると、狩衣の精霊は駆け出した。戦場で【混迷の爆音】の音色が意味を成すのは、健吾と【宝物の瓶】だけ。狙われては堪らない。

 時間制限が無い【混迷の爆音】こそ、今もっとも狙うべき存在だ。同様に、【浮沈の銀鱗】が残る真樋も標的になる。

 故に、獅子は山羊を、山羊は水瓶を落としたい構図。己がすべき事は、真樋と【混迷の爆音】の間に入り、防衛しつつ彼を落とす事。


「レイズ、近いやつから全部潰すぞ!」

『分かりやすくて最高な作戦だな!』


 走り出した健吾へ、取り付いて追随する精霊。気分が昂っているのか、その闘気と金色の輝きが、健吾からも漏れ出ている。

 嫌でも伝わる絶好調。そんな精霊の一撃を貰う訳にはいかない。笛を下ろし、吹き鳴らす構えで牽制する【混迷の爆音】だが、健吾は止まらない。


『打撃と違い、不可避の一撃...それでもくるか、獅子の契約者!』

「ごちゃごちゃ煩いんだよ!んな事ぁ知るか、近づいてぶん殴る!」

『自棄にでもなったか...!』


 吹き鳴らした衝撃が辺りを揺さぶる。その寸前に飛び出していた健吾の身体は、気絶しながらも【混迷の爆音】へと放物線を描いた。


『十分だ...ダアァララララアアァァ!』


 金色の毛皮を纏った【積もる微力】には、意識を飛ばす爆撃も鬣を揺らすそよ風に過ぎない。顕現した瞬間に振り下ろす拳が、怪しく蠢く笛を船体へとめり込ませる。

 鳴り止んだ音撃から意識を取り戻した健吾へ、再び取り憑いた【積もる微力】。その時には起き上がっていた健吾が、その身を捻って回し蹴りを放つ。

 顕現した左脚により、笛の柄が蹴飛ばされ、凄まじい勢いで回転する。顔の横を通っていったそれに冷や汗を流しながら、【混迷の爆音】が手を伸ばす。


『させっかよ。』


 先に掴んだ【積もる微力】が、怪しい光の蠢くそれを豪快に振り回す。爆音によって【混迷の爆音】と【積もる微力】以外の意識がかき消される。


『ダァラア!』


 全力で振り下ろされた一撃が、船体を破壊し炎を辺りへと吹き飛ばした。

 轟音の中、三柱と三人が、落ちていく。

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