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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第九章 SEIze,REcord,Ideal 《理想を掴む為の記録》
124/144

星空の嗚咽

 Replay Code.SOL


 現在時刻、1時

 残り時間、6時間

 残り参加者、4名


 主を瓶に収め、跳躍した精霊。下で真樋が怒鳴り、【積もる微力】へと警戒が集中するのを確認した彼は、離脱へと専念する。再構築された綺麗な建物には、不気味な程に人が居ない。

 ビルの一室へと跳び、そのまま窓を蹴り壊して中へと入る。ガラス片の散っていない場所まで歩き、そっと瓶の蓋を捻った。


「撒けたのかしら?」

『えぇ、恐らく。』

「そう、良かったわ。あの場で攻め続けるには、少し混雑していたもの。」


 敵の多さは不確定要素の多さだ。それは彼女の心を掻き乱し、冷静さを失わせるだろう。そうなれば【混迷の爆音】の動きにも影響は出る。

 ただでさえ、毒を腹に抱えた身。安全策を取るのは妥当な判断だろう。


『しかしお嬢、急がねば』

「分かってる、もう時間は無いもの。でも、すぐに死ぬわけではないわ、血中に直接流れる訳でも無いのだし。蛇の毒は捕食用、病院にあるものは純度は高いけれど、即死に至る程では無い。間に合う筈よ。」

『...かしこまりました、今は快復に努めましょう。ですがチャンスがあるようなら、攻めます。』

「そうね、確実に仕留められると思ったなら、いいんじゃないかしら。把握出来ない外にいるより、安全かもしれないし。」


 相性で言うならば、隙を着いて攻撃してくる二柱の方が厄介だ。【混迷の爆音】の戦闘スタイルは、大振りな笛による力任せな殴打と爆撃、そして跳躍による立体機動。

 どうしても初動が遅れがちな為、素早く何が飛んでくるか分からない【宝物の瓶】も、地中から襲い来る【浮沈の銀鱗】も相性が良いとは言えない。一柱ずつならまだしも、連携してくる以上、確実とはいかないだろう。


「それより、あの子を仕留める方法を考えないと...問題は数ね。この切り札とやらも、何に使えるのか分からないわ...」

『死にたくなったら、と言っておりましたね。頑なに使いたがらなかった手段です、軽率に使うべきでは無いでしょう。』

「でしょうね。これは貴方が持っておく?」

『いえ、前に出れば事故が増えます。お嬢に預けておきましょう。』


 取り出された瓶を手の平で押し返し、山羊頭の精霊は外を見る。何やら薄ぼんやりと明るくなっている広場が、数秒の後に怒号と共に崩壊した。


『噴水にしても風情の無い...一体、何を仕出かしたのでしょうね。』

「あのボロボロの精霊だとしたら、侮れないパワー...契約者が合流したのかしら。何処かで食べられちゃうのを期待してたのに...」

『これは、仕留める相手を選んでいる余裕も無くなりましたね。あまりに時間が無い、どちらも自身で相手取る必要がありそうです。』

「...出来るの?【混迷の爆音(アイギバーン)】。」


 何時になく不安そうな登代には、これまでの疲れが蓄積して見える。己の精霊しか居ないこの状況に、気が抜けたのだろう。ずっと張り詰めていた緊張は、想像より彼女の体力を奪っていたらしい。

 何時ものように返そうとし...精霊は口を閉じた。


『...正直に言いましょう、ほとんど不可能と言っていい。今この場に置いて、もっとも不利な精霊は私でしょう。』

「それは、私の思いは、その程度という事?」

『いえ、少年においてはただの負傷と数による問題です。個別撃破ならば、星霊具を用いれば容易でしょう。問題は分断が難しい精霊だという事ですが。』


 手の中で空瓶を弄び、【混迷の爆音】は思考する。本来であれば、精霊がこんな口出しをすべきでは無いと思う。しかし、一度堰を切った口は止まらない。


『問題は獅子の精霊です。シンプルな身体能力もですが、契約者の感情的な欲望が強い。本能には劣るものの、土壇場の爆発力は理性的願望よりも高いでしょう。』

「私が劣る、と?」

『いえ、決意の硬さは間違いなくお嬢が上です。そもそも、彼の行動は一貫しない。願いを叶えたいのか叶えたくないのか...彼を動かしているのは、別の感情でしょう。しかし、それが厄介なのです。』

「そんなものに...私の願いが負ける筈が無い...!」


 拳を握りしめる彼女の身体が小刻みに震えた。それは怒りか、恐怖か。どちらとも取れる複雑な心に、【混迷の爆音】はこれまでか、と口を噤む。

 チラリと窓の外を見れば、何かが飛んだ。軽率な事だ、と判断し、笛を担いだ。


『ですので、お嬢。』

「何、リタイアしろとでも言うの?」

『ただ一言、私に勝てと命じて下さい。私は、それを叶える為にいます。』


 返事を聞くまでも無く飛び出した精霊が、遥か先で笛を振り下ろしている。隙を見つけたらしい。

 このまま全員を討伐して帰って来るとは考え辛い。少しでも力が出るように、近づかなければと立ち上がる。


「あれだけ散々に言っておいて、今更一言で済ませる筈ないじゃないの、分かってないのね。」


 階段を駆け下り、下の階を目指す。十三、十二、十一...八階まで降りたところで、階段が塞がっていた。再構築の際にズレたのか、目の前に広がっているのは壁だ。

 この街並みも、頭の中にあるものとは変わっているのかもしれない。広場まで真っ直ぐにたどり着ければいいのだが、と不安を感じつつ、九階に戻る。

 廊下の突き当たりに目を凝らせば、右側に非常扉を見つけた。開ければ階段がある筈だ。外に面しているそれを降りるのは危険だが、他に方法が無い。


「う...!この高さだと風が寒いわね...落ちないといいけど。」


 狭く急な階段、申し訳程度の手摺、強い風。落ちる要因は多い。まず助からない高さ、急ぐのは確かだが落ち着きは失わないようにしなければならない。

 カンカンと金属を叩く音が響き、階層が下がっていく。屋内より遥かに体力を消耗し、四階に降りる頃には息が上がっていた。

 むこうで轟く響音が空気を揺らし、戦闘の苛烈さを伝えてくる。何と闘っているか、ここからは伺いしれないが、急いだ方が良いのは確かだ。


「少しでも距離を縮めないと...それに、離れていてはこれが使えない。」


 胸元に下げた巻貝を握りしめ、風の弱くなった階段を下りる。ここまで来れば、落ちたとしても即死を免れる可能性は高い。少しペースを早め、錆の目立つ金属板を踏んでいく。

 近づいてきた地上に、いっそ飛び降りたい気持ちを抑え、非常階段を下りる。裏路地に面したここは、地上付近は暗く視界が悪い。星明かりを頼りに走るには、少しばかり狭すぎる。


「懐中電灯でも、持ってれば良かったかしら。」


 シルエットとして浮かぶ道で、足を取られないように気をつけながら進む。明るい道まで出れば、すぐに

『Please、動かないでください。』


 首筋に当たる冷たい感触に、背筋が冷える。どうやら霊体化している間は、感情の共感が起きないらしい。全く別の存在として認識するからだろうか?

 そんな事よりも、今は逃げる方法を考えなくてはならない。このままここでゲームオーバー等、絶対にする訳にはいかない。死ぬことも、このまま生きることも選べない登代の願いは、こんな荒唐無稽なゲームでもなければ叶わない。


「何がお望み?私の首なら、もう手に入れてるみたいだけど。」

『Kid?もう少し健康的な顔になってから言えばどうですか。要件は単純、取引の続きです。』

「取引...残る精霊を潰せ、だったわね。」

『Yes、順番を此方が指定するだけの事。貴女の利にもなるでしょう?私では、あの大きな精霊を押し切るのは大変ですので。』

「そう、【混迷の爆音(アイギバーン)】の力が欲しい、ってわけね。」


 それで命が助かるなら、悪くない取引だ。しかし、それだけの為にわざわざ来るとは思えない。【混迷の爆音】と合流すれば、【積もる微力】とも戦うのだから。

 目的は牽制か?しかし、姿を表すリスクやデメリットに見合うとは思えない。そんな警戒をしながら、小太刀の刃先に集中していれば、登代の腰元に手が伸ばされる。


『Excuse、これは返して貰いますね。』

「死にたくなったのかしら?」

『Risk、時にはそういう事もあるでしょう。』


 登代を突き放すと、【宝物の瓶】はその場で霊体化する。回収する為に来たという事は、使うチャンスがあるという事だろうか。


『See you、期待しています。』


 声だけが残り、完全に精霊の姿が消える。いつ襲ってくるとも分からない恐怖だけが、その場に残った。

 これを狙っての牽制ならば、十二分に効果はあったと言えるだろう。【混迷の爆音】は、不意打ちをされたとはいえ、あの二柱に一度敗れているのだから。


「まぁいいわ、全てを打ち負かしてしまえば同じ事。私の願い(精霊)は、覚悟はそんなにヤワじゃない...!」


 握りこんだ手には、血が滲む。決して折れることの無い覚悟を、負けない気持ちを体現するべく立ち上がる精霊の元へ、彼女は足を運ぶ。

 深い夜闇が包む静寂へ、切り込んでいくように走る。後ろからなにかに追われるような焦燥感、それが恐怖だという事には目をつぶり、前にいるはずの忠臣へ全ての意識を持っていく。


「『ァァァァアア!!!」』


 咆哮、彩る炎。目の前に広がる光景こそ、彼女のもっとも見たくなかった物。

 疲れ果てたように座り込む健吾の前で、動かなくなった【混迷の爆音】。

 負けた、その一言だけが胸中を渦巻く。

 ありえない、その思いが心を満たす。

 認めない、頭が冷える。


「ただ、私が遅れただけ...私の願いが、負けた訳じゃない。」


 彼女の気持ちは、【混迷の爆音】はまだ動ける。その一心の元、健吾の死角を歩く。

 終わらせない。胸の巻貝を握りしめ、魔女は戦士を睨めつけた。

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