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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第九章 SEIze,REcord,Ideal 《理想を掴む為の記録》
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星空の凜然

 片足の【積もる微力】に、踏み込みはできない。霊体化し、健吾に取り憑いた精霊に、【混迷の爆音】は怪訝な顔をしながらも躊躇を捨てる。

 確信に満ちた胸中が、嫌という程伝わってくるのだから。立ち向かうように走り出す健吾へ、笛を叩き落とす。健吾が左腕を突き出せば、闘気を纏った腕が背後から笛をかちあげる。


『返すか...!』

『俺を動かすには温ぃんだよ、ダボがぁ!』


 闘気越しの一撃は、【積もる微力】へと衝撃を伝えない。迎撃が間に合いさえするなら、打ち合いで彼の体勢を崩すことは困難だ。


『レオ!左脚は使うなよ!』

「分ぁってる!テメェは顕現のタイミングだけ気をつけてろ!」


 打ち返された笛を後ろへ叩きつけ、それを支柱に脚を振る。

 右から迫るそれに、無いはずの右腕がぼんやりと浮かび、掴み取る。


『逃がさねぇぜ。』

『頼みますよ。』


 掴まれた脚へ全体重を預け、自由な脚で顔へと蹴り込む。左腕で受け、その衝撃に後ろへとグラつくが、それは問題にはならない。


『生意気やってんじゃ...ねぇぞぉ!!』


 腕の力だけで振り上げ、頭上へと笛ごと掲げ、反対側へと叩きつける。肩を打ち付けた【混迷の爆音】が、脚を振り回して牽制すれば、倒れないように霊体化するしかない【積もる微力】は離れるしかない。

 飛び退いた健吾と、脚を離して霊体化した【積もる微力】。解放された【混迷の爆音】が立ち上がり、白シャツに着いた土を払った。


『相変わらずの力量のようで。』

「そっちが軽いんだよ、多分な。」

『お褒めの言葉と受け取っておきましょう。』


 担ぎ直した笛の重みが、肩の線を歪ませている。健吾の吐く息が、荒く目前を白に染め、憑いている【積もる微力】にもその緊迫が伝わる。


「まだ行けるよな、レイズ。」

『ヨユーだ、ヨユー。』

『あの怪我で行けるとの判断とは...本当にタフな御仁だ。貴方達を半ば蔑んでいたこと、謝罪しましょう。少しブレもあり矛盾も孕む姿勢は変わらず呆れますが...その本能染みた心は、羨ましくさえある。』

「バカにしてんのか!」『バカにしてんだろ?』

『さて。』


 肩を竦めて有耶無耶にする【混迷の爆音】に、苛立ちのまま駆け寄る健吾。敵相手に遠慮はいらない、右肩を引き、突き出す...勢いで右足を振り上げた。

 拳を警戒して正面高めのガードを張った【混迷の爆音】へ、低い位置、横からの蹴撃が入る。左脚の無い【積もる微力】は宙に浮く形だが、すぐに霊体化すれば次の攻撃へとスムーズに移れる。


『予想外...!』


 痺れるような痛みが膝から登り、笛を肩から落とす【混迷の爆音】へ、左フック。顕現した【積もる微力】の剛腕の一撃が、【混迷の爆音】の腹へと突き刺さる。


「まだまだぁ...!」


 健吾の連打に合わせ、顕現する精霊の四肢。闘気が蓄積していくその攻撃を、時に受け、時に流し、時に笛で防ぎながら、ジリジリと後退する。

 重みが増し、体の動きが鈍る。防げない攻撃が増える。精霊でさえ押し切るような、息をつかせぬ連続攻撃。


「だぁらあぁぁ!!」


 肺の中の空気を絞り切るような咆哮と共に、渾身の蹴撃を突き上げる。胸部へ吸い込まれる靴底がブレて、揺れる闘気が出現する。

【積もる微力】の太い右足が突き出され、笛のガード越しに【混迷の爆音】を吹き飛ば...せない。


『これを待っていた!』


 契約者が動く以上、精霊の耐久値よりも呼吸の切れ目が早い。激しく四肢を打ち付け続ける健吾の肺は、空気を取り入れられない。

 僅かな呼吸の隙に、全身全霊を持って流し切り、カウンターを叩き込む。横に流した健吾と【積もる微力】の脚、それより細く、長く、強靭な【混迷の爆音】の蹴り足が風を切る。


『吹き飛べ...!』

「守れ、レイズ!!」

『間に合うか...!?』


 迎撃にも回避にも届かない、その身を盾にするだけの顕現。ミシリと骨が、それを包む肉が千切れるような音。役目を終えた【積もる微力】が霊体化し、吹き飛んだ健吾が受身を取る。

 段階的に地面を打ち、転がり、衝撃を精一杯に抑えた健吾が呻く。立ち上がれない彼の前で、膝を着いた【混迷の爆音】が口角を上げる。


『相打ち、といった所でしょうか。』

「こっちは致命傷じゃねぇんだよ...!」

『私も、限界とは程遠いですがね。』


 互いに立ち上がろうと藻掻く一人と一柱。ダラリと下がった精霊の腕は、関節が増えている。軋む胸部に空気を送り込む度に、健吾の口に錆の匂いが広がる。


「その腕で、まだやるのか?」

『貴方こそ、口ぐらい拭えば如何でしょうか?それに、精霊は直撃しましたが?』


 動ききった後の硬直、その隙に叩き込まれた蹴りは、脱力した胸筋を押し込み、肋骨へと届いた感触を届けていた。直接食らった【積もる微力】が、無事に済んでいるとは思えない。


「だからどーしたよ、俺が行けるっつったら行けんだよ。」

『よく分かってんじゃねぇか、レオ。』


 網目状に裂けた胸から垂れる血を意にも介さず、顕現した【積もる微力】が挑発的に笑う。牙を剥き出したその口を乱雑に拭えば、朱が顔を彩る。


『死化粧にしては派手ですね、準備はよろしいので?』

『戦装飾ならもうちっとマジにやるさ、だが獣一匹を殴り飛ばすだけの狩りにゃあ、必要ねぇだろう?』

『確かに、獣であれば雑な物でも良さそうなものですね。誰も獲物の顔など気にしませんでしょうから。』

『くたばるのはテメーだって話なんだがな?』


 握りこんだ拳から、闘気が揺れる。取り憑いて動くには、健吾の体力が持たない。それに、今の【混迷の爆音】になら無茶な体術も必要ない。

 飛び出すのなら、片足で十分だ。四肢を用いて駆けるなら、追撃も行える。土と血に塗れ、負傷した今。体裁など気にかける余地も無い。


『暫く寝てろ、レオ。前に出張る契約者なんざ、想定されちゃいねぇよ。』

「散々引っ張り回した挙句に言う事じゃねぇよ、それ...呼吸が整うまでは、花持たせてやんよ。」

『来るか...!』


 片腕で振り回すように、笛を肩の上へと移動させた【混迷の爆音】が腰を落とす。満足な力も入らない左腕は、ダラリと重力に負けている。

 重心右に偏らせている【混迷の爆音】へ、右脚で大地を蹴って飛び出す。強引に傾けた体幹により、構える精霊の左側へ。

 両腕を着いて停止し、その勢いで振り上げた脚が回転する。側頭部へ迫る蹴り脚へ、迎撃が間に合わない。しかし、ここで回避すれば笛を落とす事になる。片腕で操るには些か重い得物だ。


『ならば...!』


 折れた角をその拳へと突き立てる。硬質な部位は防具としての役割を果たし、ダメージを最小限に【混迷の爆音】を打ち崩す。

 崩れた彼の肩から落ちる笛だが、既に脚を振り切った【積もる微力】になら間に合う。足が地面に着くよりも早く、遠心力と慣性が笛の先端を鬣に包まれた顔へと届ける。


『ヌゥン...!』


 振り切った笛に振り回された【混迷の爆音】が膝を付き、カッ飛ばされた【積もる微力】が背中から落ちる。

 すぐに互いを睨む二柱は、状況を把握するより早く肉薄する。飛びかかると同時に振り下ろされる笛、それを叩き落としながら、【混迷の爆音】を掴み引きずり落とす。

 互いの首を掴み、転げながら攻撃を止めない。押さえつけて殴りかかる【積もる微力】へ、下から【混迷の爆音】が蹴りあげる。

 上下が入れ替わり、噛み付こうとする【混迷の爆音】の顎を、燃える拳が撃ち抜いた。


『いい加減くたばりやがれ...!』

『そちらが落ちてください...!』


 健吾との距離が離れた為、【積もる微力】の一打が致命傷にならない。武器を失い、加速する為の距離もない【混迷の爆音】の一撃もまた、もたついた物だ。

 千日手になりかけている二柱へ、荒い息遣いと共に叫び声が聞こえた。


「レイズぅ!ソイツ抑えてろぉ!」

『動かすなって事だな!?』

「そうだ!」


 瓶を片手に此方へと走る健吾に、【混迷の爆音】が膝を曲げる。首と角を持って振り回している【積もる微力】が、片足で抑えるももう一本ある。

 入れられて溜まるかと向けられた踵へ、臆面なく突っ込む健吾が蓋を捻る。


「危ねぇのに近づくかよ...!」


 現れたのは、【混迷の爆音】の笛。担ぐ事も困難なそれが空中に現れ、健吾の片腕が掴み取る。長大な笛を。


『なっ...!』

『おい待てレオ...!』

「潰れとけぇ!」


 落ちるそれを、誘導するだけの力ならある。慌てて下へ潜り込む【積もる微力】の上で、【混迷の爆音】が脚を振り上げる。笛を蹴り飛ばしたその瞬間、その無防備を【積もる微力】は逃さない。

 引き寄せ、蹴り上げ、放り投げる。巴投のように放られ、背中から落とされた【混迷の爆音】が空気を求めて口を開けた。


『レオ、畳み掛けるぞ!』

「合わせろよぉ!」


 取り憑いた【積もる微力】の身体を、敵へと運ぶ。起き上がろうとする【混迷の爆音】の顔は、ちょうど正面にある。

 肩が動き、先が失われた右腕が引かれる。その断面が届く勢いで突き出せば、ユラリと顕現した拳が追い抜いていく。


「『ダァララアアアア!」』

続く左拳、それが引かれるより早く右拳、間を埋めるように闘気が弾け、その間に左。

「『アアアァァァァ!!」』

後ろへ、下へと飛ぶ【混迷の爆音】の顔を追う。呼吸の続く限り、全力で腕を振るい続ける。

「『ァァァァアア!!!」』

肺へ取り込んだ空気が出るその最後の一息と共に、振り上げた脚を回し薙ぐ。

 横へと蹴り飛ばされた【混迷の爆音】へと積もった闘気が炸裂し急転直下、地面へとその首をたたき落とす。


「っはあ!やっ、たろ...!」

『これで、動いてきやがったら、マジで、バケモンだっつの...!』


 息を切らせて座り込んだ一人と一柱。その有様もまた、動けたものでは無いのだが。

 移動能力に乏しい健吾達に、この広場を離れる選択肢は取りにくい。ここを中心に、外から崩壊しているのだから。


「つーか、なんでこんな事になってんだよ...訳分かんね〜。」

『んな事考えてる間に休めよ...なんか来たら呼べや。』


 霊体化した【積もる微力】が消え、目の前にダラリと転がる【混迷の爆音】だけが残る。つかの間の休息となるだろうこの時間、空の星を眺めて息を吐く。

 残り時間は...少ない。




 現在時刻、2時

 残り時間、5時間

 残り参加者、4名

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