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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第九章 SEIze,REcord,Ideal 《理想を掴む為の記録》
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星空の咆哮

 叫んだ健吾の気迫。ボロボロの身が大きく見えるような、そんな錯覚に真樋が身構える。


『貴様は本当にハッタリに弱いな!あのバカ、我が水路へと叩き落としてやれば、何を考えたのか貯水池との門を瓶に入れて全て押し流しおった!あの激流に飲まれて生きておる方が謎!すぐに万全になどなるものか!』

『OK、つまり貴方は出し抜かれて苛立っていると。』

『あんな幸運に、出し抜かれたもクソもあるか!!』


 叫ぶ精霊の苛立ちが【宝物の瓶】に移っている気もするが、それを意に介さず小太刀を構えて正面を睨む精霊。その態度に不服を表しながらも、今は優先事項が違うと潜水の準備をする【浮沈の銀鱗】。


「敵の機動力は大幅に落ちている、僕の精霊は二柱、そもそも契約者が疲労状態...負けはしない、どれだけ消耗を抑えるかの勝負だ。」

『Please、マスター。指示を。』

「分かってる。ピトスは小太刀による牽制、優先は契約者の首、次点で精霊の四肢か目。【浮沈の銀鱗(シルバーアルレシャ)】は奇襲、行けると思ったタイミングの三回に一回、足を狙って噛みつき。安定重視でいく。ゴー!」

『Roger!』

『従ってやる。』


 動き出した真樋達を確認し、健吾も走り出す。その瞬間、【積もる微力】が霊体化した。


「無防備に!?」

「おら!焦ってんのが丸見えだぜ!」

「く...狙いは変えず!迎撃しろ!」


 左サイドから走り込む【宝物の瓶】の斬撃。前転して回避し、その勢いを殺さぬままに起き上がり、前のめりに。走り続ける。残り二十メートル。

 下を抜けられた精霊はすぐに反転、あっという間に追いつき、横薙ぎの一閃。それを、感じる怖気だけを頼りにして蹴りあげる。

 後ろへと振り上げた脚では、走り続ける事は出来ない。止まった健吾の足元が揺らぎ、上から小太刀が振り下ろされる。


「行けぇ、【積もる微力(レイジングダスト)】ォ!」

『ダアァララララアアァァ!』


 健吾の振り上げた左拳が、回した右脚が、一瞬の光の後に太くなる。いや、すぐ後ろに、【積もる微力】が出現したのだ。

 殴られた小太刀が弾かれ、蹴り飛ばされた【浮沈の銀鱗】の顎が歪む。浮力を高めていた巨体は横滑りし、健吾一人が硬い地面へと着地する。


「あと十歩...!」

「一瞬だけ顕現させて、移動中は取り憑かせているのか...!」


 足を切られた【積もる微力】の移動方法、戦闘中の合流方法、距離を縮める方法。それら全てを解決する、あまりにリスキーな勘任せの手段。

 顕現が少しでも遅れれば、自分に添わせて顕現させているので少しでも自分の姿勢が危うければ。精霊の守護が間に合わず、死ぬことになる。


「くっ...!」


 手持ちの瓶は空とネクタル。防ぐ手立てが無い。


『Give you!マスター!』

「どうしろって...!」


 無いよりマシな小太刀を受けとり、右の肩を引いている健吾に相対する。無い物は見えない、しかし今にも来るという確信が、引き絞られた右腕を幻視させる。

 否、幻視では無い。顕現した【積もる微力】の右腕だ。発現した闘気が安定するより早く、その拳が迫ってくる。顕現した瞬間の攻撃、狙いは甘い。咄嗟に頭と胸を守るように小太刀を盾にする。


『ダァララアアァァ!』


 肘が、肩がへし折れるような衝撃。それも一発では無い。後ろに吹っ飛んで行くまでの僅かな時間に、何度も衝撃が襲う。


『Hurry、マスター!小太刀を捨てて下さい!』

『遅せぇよ、イグニッション。』


 痺れた腕で、握りしめた物を放り投げるのは至難の業だ。開かない右腕から、闘気が爆ぜた小太刀が真樋へと吸い込まれ...消えた。


「ピトス!」

『っ!? Roger、マスター!』


 霊体化していく【積もる微力】越しに投げられた瓶を受け取り、駆け寄った健吾へその蓋を捻る。

 すぐに振り向き、【積もる微力】を出現させる健吾。その拳をギリギリですり抜け、冷や汗を拭う間もなく背後へ回る。開いた蓋から飛び出すのは、【積もる微力】の力で持って加速した小太刀。


『ぐぅ...!』

「まだ行けるな、レイズ!」

『たりめぇだ...!』


 左肩にめり込んだ刃が、血を伝わせて草原を濡らした。それを引き抜いた健吾が、真樋へと駆ける。

 止めようとする【宝物の瓶】も、顕現した【積もる微力】が蹴り飛ばす。地面が揺蕩うも、既に浮上しては真樋を巻き込む距離だった。


「もう遠慮しねぇぞ、お前にはァ!」

「あぁもう!次から次に!」


 慣れない左腕での刀剣は、【宝物の瓶】の振るうそれに比べれば子供のチャンバラのよう。しかし、真樋をリタイアさせるには十分過ぎるものだった。

 これを凌いでも【積もる微力】の二発目が来る。凌ぎきれない。ならば、凌ぐ必要を無くすしかない。懐の瓶を口へ運び、一口飲み込む。


「刺した筈なのに...!」

「いや、思い切り貫通してるけどね...!」


 肺をかすめるような位置の小太刀を握り、手が切れていくのも構わずに握りしめ、抜き取る。すぐに塞がっていく傷と、ふらつく足。


「あ? 何が起きた?」

『山羊ヤローが欲しがってたのが、ソイツっぽいな。』

「う、これ強...ピトスってもしかして酒豪だったりする...?」


 小太刀を放り出し、頭を押さえて座る真樋だが、焦りも諦めも無い。治す、というより治り続ける効能なのだと察する。


「酒臭っ...酔うだけで不死身たぁ、随分とチートじゃねぇか。」

『俺たちが言うか?それをよ。』


 羽織るだけで無敵の星霊具。確かにチートである。

 ならば精霊を潰してやると、振り返った健吾が脚を振り上げる。追従して顕現した【積もる微力】の脚、太いそれが迫っていた【宝物の瓶】を蹴りあげる。


『ぶっ飛べぇ!』


 三度、頭蓋を揺らすその拳。頭から地面へ叩き落とされる精霊は、バウンドして大の字に転がる。ミシリと地面へ押し付けられる白布が、人の形をした顔を浮かび上がらせる。


「来るぞ!」

『あぁってる!』


 揺れた地面が足下を沈める。しかし、追撃が来ない。


「やべ、生き埋めにする気か!」

『くっそ、アイツを蹴るなり殴るなりしねえと出れねぇぞ!』


 元が土、オマケに浮力も弱めてあり、粘度が高く感じる。足元で丁寧に旋回しているのだろう、沈むのが止まる気配が無い。

 足元からどんどん液状化していき、ついに腹まで沈む。


「あぁー、クソ!どーすりゃ...そうだ!おいレイズ!俺の右ポケット!」

『あ?何処だよ。』

「バカ、そりゃ尻だ!前のポケット!」

『お、瓶か。なるほどな、だいたい分かった。』


 蓋を弾けば、頭上に出たのは分厚い金属の扉。気密用のそれに着いている開閉ハンドルを握り、これでもかと殴りつけた。

 肩まで沈む頃には、闘気の蓄積が悪くなっていた。そろそろかと見切りをつけ、【積もる微力】が健吾に怒鳴る。


『おいレオ!飛ぶから捕まってろ。あのヒョロいの共がどこに逃げたか探さねぇと。』

「ちと、やり過ぎじゃねぇか?」

『さぁ?多分大丈夫だろ。イグニッション!』

「おいふざけんなぁ!?」


 重たい鉄の扉がかっとび、一人と一柱も空へと飛び上がる。鉄の扉を瓶にしまい、空から地上を見渡せば、すぐに見つけた。

 反撃を喰らわない位置で、経過観察とでも決め込んでいたのだろう。地面から動けていない【宝物の瓶】の反応は分からないが、真樋が驚愕しているのは分かった。


『飛ぶとは思って無かったみてぇだな。』

「俺も足場にするつもりだと思ってたんだけどな。つかこんだけ飛んだら...」

『御機嫌よう。』

「そら来やがった!」


 振り上げた笛が唸りを上げて下ろされ、空中の【積もる微力】とその後ろに隠れた健吾をたたき落とす。一人と二柱が液状化した地面に撃墜され、()飛沫が上がる。


『なんだ、何が起きた!?』

『うるせぇ魚ヤロー!おら飛んでけやぁ!』

『ぬぐぅ!?』


 尾を掴まれ、地面から離され、振り回されて投げられた【浮沈の銀鱗】。空中で身動きの取れない【混迷の爆音】と激突し、二柱纏めて落ちていく。


『まさか反撃を食らうとは...』

『逃げずに機会を伺っておったか、陰湿者め!』

『地の下でのらりくらりと泳ぐよりは、堂々としていると思いますがね?』

『この...!』


 届く距離ならば無茶苦茶をしてくる【積もる微力】に、【浮沈の銀鱗】の能力は分が悪い。引きづりこんでも、平然と殴り、投げてくる。埋めても出てくる。どうしようも無いのだ。


「助かった...とも言えないね。」


 近くに落ちた【混迷の爆音】の視線。見つめているのは懐の瓶だ。狙いは明確、その為には此方を襲って来るだろう。酔った真樋に、咄嗟の判断が出来るとも思えない。

 靄のかかった頭の中では、いつもの調子で考えられない。どうやら自分の酔い方は、思考が鈍化するらしい、などと余計な考えしか浮かばない。


『まともに動けるのがおらんのか...!』

「ピトスが、あと少しで...動ける、んじゃぁない?」

『この状況でのんびりと喋るな、腹が立つ!』


 闘気の重みも無限では無い。弱まってくれば、体力の戻ってきた【宝物の瓶】が動けるようになる。

 その前に解決すべき事が、目の前に現れたのだが。朦朧とする視界で、前に立つ大柄な男を見上げる。


「は、やっと辿り着いたな...!」

「ほんっと、うんざりぃ、するほど、タフだね...!」


 効果が切れていないのに、この酩酊。人間用では無いのは明らかだ。

 いっその事、コイツを飲ませてやろうか。懐の瓶へ手を伸ばす真樋に、そうはさせるかと【混迷の爆音】が飛び込む。

 笛を後ろへ、手を伸ばして突っ込んで来るその精霊が、瓶を奪って転がる。あまりに狙いやすい位置へ出してしまった、完全に悪手。


『報酬、確かに頂きました。』

「仕事も、終えて無いうちに...」

『逃げるでないわ!』


 自由になった【浮沈の銀鱗】が真樋の元へ泳ぎ、健吾と【混迷の爆音】を薙ぎ払う。距離が空いた面々が、ギリギリのリーチで睨み合う。


「ごめん、【浮沈の銀鱗(シルバーアルレシャ)】...離脱する、頼めるかい?」

『効能が切れて来おったか...瓶に入れ。よもや今更に信じきれぬとは言うまい?』

「分かった、頼む、よ...」

『偉く素直だな...まぁいい、急げ。』

『させるとでも...!』


 笛へ口を当てる【混迷の爆音】だが、その隙を【積もる微力】に打ち抜かれる。沈んで行った【浮沈の銀鱗】を睨みつつ、【積もる微力】へと向き直る。


『無傷の鮫よりも脅威と見てくださるとは、誇らしいですね。』

『魚と獣なら、食い応えあんのは決まってんだろ〜がよ!』

「邪魔なのが引っ込んでんならありがてぇ。この間にぶっ潰してやんよ。」

『「リベンジマッチだ、決着させようぜ!』」

『良いでしょう...!』


 星霊具は無い、傷も損傷も多い。しかし、依然として威圧を失わない二柱が、互いの武器を構えて相対した。

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