表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第九章 SEIze,REcord,Ideal 《理想を掴む為の記録》
121/144

星空の賛歌

 振り上げられた脚、小太刀を空ぶり、高く上がったそれに、刃が吸い込まれる。

 盛り上がった筋肉へ、そして太い骨へ。音速に迫る凶器が、風のように通過した。切断された脚が舞い、重い音を立てて芝生へと転がる。


『ヤ、ロォ...!』

『獅子の...!』

『Checkmate、ここまでです。』


 振り切った小太刀が閃き、【積もる微力】の首を狙う。同時に真樋によって放たれた弾丸も、こめかみに迫る。

 崩れたバランスに、倒れ始める精霊に回避の選択は取れない。小太刀は掌を切りながら掴み、それを弾道へと強引に引きずった。


『Shit、まだ堪えますか。』

『トロいし足りねぇんだよ、オメーらのは。軽すぎんだからもっと数持ってこいや!』


 無事な左腕で白布越しに一撃。顎のズレる感触を感じながら、殴りぬける。吹き飛んだ【宝物の瓶】へ向け、尻もちを着いたままに親指を下げて叫ぶ


『ザマァみろ、カスが!』


 積もった力は、万全の彼に比べれば赤子のじゃれ合いのようなもの。しかし、ズシリと感じるそれは、確実に【宝物の瓶】の動きを阻害する。


『Sorry、マスター。油断を。』

「構わない、ここで仕留めればいいだけだ。」


 左目と左脚を失った【積もる微力】。

 手傷を負って笛を失った片角の【混迷の爆音】。

 どちらも恐れる程でも無い。もう一度銃を構えた真樋だが、その手を握り、引き寄せられる。


「止めて...!」

「君が動くのは、ちょっと意外だったよ。死にたいの?」

「死にたく無いから、止めてる。貴方の精霊しかいなくなったら、私は生き残れない。」

「そう、なら予定より早いけど、寝ると良いよ。」


 放たれた弾丸が小竜の精霊に弾かれ、マズルへと還る。次の弾丸が装填されている自動拳銃の中で、爆発が起きた。

 すぐに壊れたそれを放り出し、前に出た精霊を掴む。


「やっと至近距離に出たね。思った通り、力の弱い精霊だ。」


 両手でガッチリと掴まれてしまえば、藻掻く以外に出来ることは無い。辿るも逆らうも、「触れている」事と「現在進行形でエネルギーが消費されている」事が条件。

 彼の脱出を手伝うエネルギーは、存在しない。何処までも自分からは動けない精霊なのだ。


「返して...!」

「断る。」


 縋り付く仁美を脚で押し離し、自らの精霊を呼ぶ。隣に現れた精霊に、短く告げる。


「やれ、ピトス。」

『...Roger、マスター。』


 拭われた小太刀が、冷たく月明かりを落とし込む。走り出した仁美へ、【辿りそして逆らう】の声が後を追う。

 それよりも早く、肉薄した【宝物の瓶】の武器が赤く染まった。右腹を貫いた刃を、血が滴る。


「かふっ...!」

『Sorry、マスター。仕留めそこね』


 最後まで言い終わる前に、硬い何かが割れるような音が響く。何事かと周囲を見渡す一人と三柱の目の前で、街の端から崩壊を始める。


「何が起きてる?」


 逃げ出した【辿りそして逆らう】に手を伸ばす事も出来ず、唖然とする。そんな彼のポケットから振動音が鳴り、その発生源をつかみ出して開けば、一通の新着メール。二日目以降、沈黙を保っていた連絡先だ。


『緊急のお知らせ

 統合したサーバーデータを管理するメインサーバーが一部破損しました。現在、処理速度の低下原因を究明中。プレイヤーの皆様は街の外、サーバー外へ落ちないようお気をつけください。』


「...は?いや、なにそれ。投げやり過ぎない?というか、何さ統合したって。そんなの聞いてないんだけど。ここに飛ばされたタイミング?というかそんなのでデータ壊れる方がおかしいよね?天球儀での争いを想定して無かったの?復元したとしてもこんなにすぐに壊れるって雑でしょ、安全なんだよね?」

『マスター。』

「これでアイツまで目が覚めないとか、そうなったら冗談でも笑えないんだけど。そもそも残り時間は?ゲームの結果はどうなるのさ。落ちたら?そんな中で続けろって?第一、この空間は何処まで広がってるのか知らないけど、それが崩壊すること自体」

『マスター!』

「何さ!」


 怒鳴り返す真樋の目には、無感情な白い布だけが風に揺れている。


『マスター、冷静に。文句を言い募っても状況は変わりません。』

「そんなこと...分かってる。」

『understanding、出過ぎた事を。』

「いや、助かった。ありがとう、ピトス。」


 携帯をしまい、目の前に倒れた仁美を振り返る。精霊が巻き付き、治療を開始しているが、血が止まらない。本人の体力が尽きかけているのだろう、回復に回す余力が無いのだ。


「延命措置って所かな...あれなら傷が塞がったとしても、動ける頃には時間切れでしょ。一番安全なのはここみたいだし、とりあえず精霊の排除を進めようか?」

『Roger、マスター。』

『ガキ一人の次かよ、舐めてんじゃねぇぞ...!』

「これでも焦ってるんだ。外側から崩壊してる、直に二人も」

「呼んだかしら?」

「...まぁ、こうなる。」


 見通しの良い丘は、声もよく通る。歩いてきた登代の姿を確認するより早く、真樋から溜め息が漏れた。

 しかし、それだけだ。【混迷の爆音】の負傷が治る訳でも、大きく戦力が上がるわけでも無い。動けない物が動けるようになるのは厄介だが、対処はできる。


『お嬢、ご無事で。』

「私はね。でも、貴方は大変だったのね。それのせい?」

『えぇ、そうです。』


 答えながら開けた瓶から、重い音がして笛が飛び出した。肩を竦める【混迷の爆音】に、真樋が視線をやる。


「あんまりガッカリって感じでは無いね。」

『空よりは良いですから。大方、死角に入った時に瓶を入れ替えたのでしょう?慌てた私がお嬢の上で開けば、といった所ですか?』

「というよりは、獅子座の精霊の契約者が先だった時の為、かな。君のその傷で、僕らに追いつけるとも思わないし。」

『左様ですか。でしたら...』


 踏み出す音は一瞬、目の前が暗くなった真樋を、【宝物の瓶】が引き寄せて跳ぶ。

 吹き飛ばされる土砂が顔に当たり、ハッとする彼の前で、重そうに笛を担ぎ直す精霊が、血を飛ばしながら呟いた。


『見くびられたものだ、とだけ言っておきましょう...!』

「まだ動けるの...?見た目よりタフな精霊だ。」

『私はそれほど頑丈では。お嬢の決意が堅いのです。』

「あぁ、そう...なら折るまでだ。ピトス!」


 蓋を開けた空瓶を構え、【混迷の爆音】を睨む真樋の叫び。それに呼応した精霊が、一陣の風となって契約者へと走る。

 反転して跳ぶ体力は残っていない。即座に息を吸い、笛を吹き鳴らした【混迷の爆音】により、真樋が吹き飛び、【宝物の瓶】の意識も消失する。

 その間に、山羊頭の精霊と合流した登代が、彼の肩に手を置いて語りかける。


「離脱!行けそうかしら?」

『ちょうどいい物が手に入りましたので。失礼しても?』

「優しくしてちょうだいね?」

『かしこまりました。』


 瓶の口を登代の額に当て、それを懐に仕舞って跳躍する。逃がすものかと追いすがる【宝物の瓶】には、笛を振って牽制する。

 空中では回避も出来ず、小太刀で受けた精霊が落ちる。そのまま追いかけようと走り出す精霊へ、真樋が叫ぶ。


「いい、行かせておけば!どうせ毒が回る。それよりも、今は目の前の精霊だ。」


 片脚だと言うのに、ふらつきながらも立ち上がった精霊。力が出るようになっている。契約者が近づいた証拠だ。


「多分、【浮沈の銀鱗(シルバーアルレシャ)】が牽制してくれてるんだ。今のうちに倒すよ、ピトス。」

『Roger、マスター。』

『簡単に言ってくれるぜ、おい...!』


 駆け抜け、小太刀を滑らせていく精霊の攻撃を、刀の腹を殴って逸らしていく。瓶を使えない【宝物の瓶】と、契約者から離れた【積もる微力】。

 その力の均衡は、防戦一方。顔に、そして刀に力が積もれど、防衛が楽になるかならないかという差でしかない。


『Great、耐えますね...』

『言った、ろーがぁ...テメェ、らの、攻撃が...足りねぇんだ、ってよ...!』


 潰れた左の視界、そこへ回り込み続ける【宝物の瓶】を、風切り音と直感に従って捌き続ける。少しずつ、力が出るのが分かる。来ているのが、分かる。


『ったく、遅ぇよバカが...』

『Oh My God...マスター、どうしますか?』


 小太刀を掴み取った【積もる微力】と、急接近する【浮沈の銀鱗】の気配。遅かったと判断して指示を仰ぐ【宝物の瓶】へ、真樋も頷く。


「せめて切り札を得てからにしよう。アレは彼女に預けたままだからね。」

『させる訳ねぇだろうが。』


 小太刀を引き、寄ってきた【宝物の瓶】を雑に殴り倒す。起きようとするも、二発分も顔に積もっていては重みが違う。起き上がるために顔を回す狩衣の精霊へ、轟音が鳴り響く。地面を伝う音、そして音を超えた振動が身体を襲う。


『そういう事かよ、世話が焼けるなァ!』


 滾らせた闘気を用いて、丘を殴りつける戦士の精霊。どんどんと苛烈さを増す乱打に、芝生が揺れる輝きに包まれていく。


『ハァ!イグニッション!』


 一際、振動が大きくなった瞬間に炸裂する闘気の奔流が、地面を大きく陥没させた。下に流れていた水路、それを塞ぐように。

 突然の抵抗、高まった圧力が逃げ場を求め、大量の水が吹き上がる。その中から【浮沈の銀鱗】と、彼に捕まる健吾が落ちてくる。


『よぉ、レオ。遅かったな。』

「ぶはぁ!あぁ、死ぬかと思った...ナイスだ、レイズ。」


 下へと潜られる前に【浮沈の銀鱗】を殴り飛ばし、健吾の足を掴んでぶら下げる。投げるように後ろへ離された健吾が、前に回って受身を取りながら大の字になり、荒く呼吸を繰り返した。


「結構な怪我だな。」

『休ませて貰ったんでな、これくらいは問題ねぇよ。それよかテメェが無事かぁ?』

「ドリンク休憩みたいなもんだ、気にすんな。よっ、と...」


 勢いをつけて立ち上がった彼が、短髪の水滴を乱雑に払い、後ろへ流す。いつも通りの位置に収まった剛毛から手を離し、相棒と並び立って一人と二柱を睨む。


「さぁ、レイズ。反撃開始だ!!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 健吾君が肉弾戦するとやっぱり映えるしカッコいいなぁってなりました。協力関係だったから見れなかったけれど弥勒さんと戦ったらどこまでやりあえるか気になります。乙女・獅子ともに特殊なステータ…
2023/03/19 19:01 数屋 友則
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ