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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第九章 SEIze,REcord,Ideal 《理想を掴む為の記録》
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星空の喪失

 Replay Code.SOL


 現在時刻、0時

 残り時間、7時間

 残り参加者、4名



 ユラユラと漂う意識の中、目の前に星空が広がる。上も、下も、全てが夜闇に包まれ、瞬く星が己を照らす。


『キュー?』

「ん...大、丈夫。」


 顔を覗き込む精霊を軽く撫で、宙に漂うその身を起こす。遠くから街が形成されているのが見える。ゆっくりとグリッド状の地面が、建物が足元へ集っていき、外装が着いていく。


「あぐ、ぅ...!」


 組み分けされていたレイヤーへ、無理やり介入されるデータ。膨大なフィールドデータが、別のサーバーへと挿入され、メインサーバーへ莫大な負荷がかかる。

 オーバーヒートしそうな電流が、感覚的に七倍の差異を持って頭に流れ、仁美の視界が明滅する。このゲームで既にダメージを負ったその身へ、容赦ない計算処理が叩きつけられる。


『しゅ〜...』

「うん、平...気。ここで諦めて、られない、から...」


 グリッドが空へ広がっていき、ドーム状にこの空間を包む。そこへ投影されたのは、闇夜ではなく星空。投影機を失った変わりに、天球儀に閉じ込められたようなこの街が顕現する。

 光が消えた灰色の点が、八の星座を象っている。消えた星座に対応した精霊のデータは、もう無い。その負荷が無い精霊のレイヤーへと、街のデータが流れ込む。

 今、この街は契約者のいない精霊のような物だ。街全体が記録媒体であり、プレイヤーに憑くもの。霊体であり、実体の存在。


「立てると良い、けど...」


 地面に降り、おっかなびっくりに足を差し出すと、アスファルトの感触がかえってくる。周りを見渡すも、人はいない。生き物の気配が、まるで無い。

 これ以上の負荷は危険だと判断されたらしい。もう必要ないと判断されたデータは削除されたのだろう。


「あの人達は...どこに行くんだろう。」


 データとして生きていく、そんな存在に親近感を覚えながら、仁美は街を歩く。かつてあった街に、かつて生きた人に、想いを馳せる。


「ん...頭が、痛い...」

『シュー?』

「これは治せないから...大丈夫...」


 街の中央に向けて、歩を進める。端のグリッドが、解け始めている。0と1に分解されている街から離れるように進めば、小高い丘が見えた。

 ただのだだっ広い丘。何も無い丘。全てが消えた丘。


「他の人は...いない、のかな。」

『まだ目覚めていないだけだと思いますよ。』


 突然、声をかけられた事に驚愕し、振り返る仁美の眼前が黒で染まる。高身長な【混迷の爆音】は、仁美には壁のように感じる。

 少し離れて見上げれば、伸びた背筋の上に乗った頭が見下ろしている。


『どうやら、我々精霊がこの場所に近いようですね。弾き出されずに、この場に留まっています。誰も契約者に憑いておらず、顕現していたからでしょう。』

『ンな事聞いてねぇんだよ、レオはどこ行ったんだよ。』

『Answer、知りません。』

『なら無駄に口開いてんじゃねぇぞ!?』


 怒鳴る【積もる微力】に、【宝物の瓶】が小太刀を突きつける。喉元へ押し当てられたそれが、冷たく光る。


『Lady、始めるのですか?この場で一番不利なのは貴方ですが。』

『契約者の離れた獅子なぞ、喰らうまでも無い。我は知らんぞ。』


 静観を決め込み、潜った【浮沈の銀鱗】は浮いてこない。真樋を探しに行ったのだろうか?

 互いから目を離し、契約者を消されては困るこの状況、二柱を味方としている真樋がもっとも有利なのは間違いない。どうにかしなくてはと、仁美は精霊たちの顔を見渡した。


『あ?んだよ。』

「いえ、何も...」

『ったく。すぐに来いよなぁ、レオ。』

『Impossible、マスターは精霊の気配を知れます。もっとも早く来るでしょう。そうすれば、私も貴方を打倒しえる。』

『テメェの有効距離も案外短ぇよな...』

『Why?貴方の数十倍は軽くありますが?』

『喧嘩売ってんのか、テメェ!』


 掴みかかった【積もる微力】の拳が、彼の襟を持ち上げる。呼吸が苦しいらしく、太い腕を掴んで藻掻く【宝物の瓶】に、【積もる微力】が闘気を昂らせた拳を引き絞る。


『落ち着いたらどうです?今体力を使ってどうなるものでも無いでしょう。』

『テメェみてぇなヒョロいのと一緒にすんな。』


 白けたとでも言うように、口を挟んだ山羊頭へと狩衣の精霊を投げ捨て、その場に座り込む。

 健吾が居ないとまともに争えない【積もる微力】、笛と片角を失った【混迷の爆音】、瓶を一つしか持たない【宝物の瓶】。

 先に契約者がたどり着いた者が、一人勝ち。そうならない為に、誰が欠けても困る状況。三柱の精霊は互いを睨んで止まっている。


『キュー...』

『そーいやチビ。テメェも顕現してやがったのに、なんでそれと一緒にどっか行ってんだよ。』

『シャー!』

『あぁ?ンだよ、その態度。』

『高圧的だからでしょう?頼む態度とは言い難い。』

『礼節なんざ何の役に立つんだよ。』

『底が知れる発言ですね。』

『そんなに潰されてぇのか、おい!』


 再び荒れる【積もる微力】を、何とか宥めながら仁美は息を吐く。

 精霊は契約者の本質に近くなるプログラムだ。何かと甘やかし気味な健吾も、嫌いなタイプには荒れるのだろうか...そういえば一哉には荒れていた気もする。

 自分の価値観の正しさを信じて疑わない【混迷の爆音】も、静観を決め込んで距離を取る【宝物の瓶】も、契約者に近い行動なのだろう。それなら、この場に真っ先に姿を表しそうなのは、登代だが...


『そういえば、戻って来ませんね。』

『Report、見つかりはしないものの、マスターが気になって戻るに戻れない模様。』

『なんだそりゃ、バカかよ。』

『精霊の位置を察する...便利な力ですね。』

『Answer、貴方程では。』

『...失敬、色々あるでしょう。』

『ちっ、うぜェ会話しやがって...』


 座り込んだまま、イライラと膝を叩き続ける精霊が、ふと顔を上げる。顔を顰めて睨む先には...風に遊ばれる上着から銃を取り出した、亡霊のような男。


『どっから拾ってきやがった...!』

『Winner、私達ですね。』

『は!素人が撃とうが当たんねぇよ。そういうのは勝ってから言いやがれ。』


 立ち上がった【積もる微力】が、小太刀を抜く【宝物の瓶】へ相対する。

 適うはずも無い、とは口にはせず。【混迷の爆音】も横へ並ぶ。彼の目的は真樋の持ち物であり、彼を助けている訳では無いのだから。


『邪魔しやがったら潰すぞ。』

『貴方こそ、不器用な事はしないでくださいね?』


 精霊の価値観に遺恨の文字は無い。契約者の望みを叶え、記録する。その為なら、先程殴り、蹴り、踏まれた相手だとしても協力は吝かでは無い。

 発砲音と同時に駆け出した狩衣の精霊が、速度で劣る【積もる微力】の腰へと刃を滑らせる。受け止められる程の出力差が出ないと判断し、回避した戦士へと追撃。

 武器を突き出し突撃する【宝物の瓶】だが、それは一つの蹴り足によって阻まれる。


『貴方が星霊具を所有していないのは把握しています。遠慮は致しません。』

『Lady?でしたら此方も対処するだけです。』


 再び響く発砲音。今度は【混迷の爆音】の耳を掠める事に成功し、一瞬の隙に小太刀が叩き込まれる。

 肩から脇腹へと、浅く長く割かれた浅黒い皮膚から、赤い血が掻き出される。痛みに顔を顰めた山羊頭の精霊を踏み台に、【宝物の瓶】が上を取る。


「ピトス、左だ!使用を許可する!」

『Roger、マスター!』


 飛びかかってきた【積もる微力】へ、手繰る瓶が向かい口を開く。空の中身へ吸い込まれる事を警戒して身構える精霊だが、予想に反して瓶の中身が飛び出した。

 落下する空中において、持ち上げ振り回す腕力はいらない。上に出現したその大きな笛を、ただ落ちる協力をすれば良いのだ。

 肺活量は遠く及ばずとも、一瞬周囲の意識を奪うだけなら事足りる。そよ風程の旋律が周囲を包み、【宝物の瓶】のみが動く。


『ぐぅ...!』

『ち、予想外のモンが出てきやがった。』


 肩を裂かれた【混迷の爆音】が呻き、叩き落とされた【積もる微力】が起き上がる。

 小太刀の血を拭い、笛を瓶に戻す【宝物の瓶】。その横まで辿り着いた真樋が、リロードした拳銃を突きつける。その対象は仁美だ。


『あぁ?ナメてんのかよ!』

「まさか。無駄弾を撃つ余裕が無いだけさ。」

『無駄だっつーのはよく分かってんだな。』

「そういう事。契約者がいないなら、精霊にも興味は無い。【浮沈の銀鱗(シルバーアルレシャ)】が消してる可能性もあるし、君達は後回しでいいよ。」

『今、貴方を打破すればお嬢の安全も確保される、という事ですね。』

「ご名答。」


 腰を落とした【混迷の爆音】に発砲する真樋に合わせ、【宝物の瓶】が追撃を仕掛ける。その影で、真樋は懐から瓶を取り出して放る。

 精霊の後ろから目の前へ飛んできた瓶、何が飛び出すか警戒する山羊頭の精霊へ、真樋が口角を上げてみせる。その顔に、最悪の予想をした【混迷の爆音】はその瓶を掴む。

 射撃と斬撃を己の身で防いだ彼が、ダメージに膝を着く。それを置き去りにし、【積もる微力】が殴り掛かる。


『テメェは寝てろボケ!』

「庇うのかい?」

『アレは何時でも潰せるだけだ!コソコソとウザってぇテメェからだ!次に何しやがるか分かんねぇからな!』


 拳を回避する【宝物の瓶】に、脚を振りあげれば大きく距離を取られる。バックステップから一転、前へ飛び出した精霊が振り上げた小太刀、それが【積もる微力】の左目を潰した。


『っ、テメェ...!』

「勘も反応も、随分と衰えたね。契約者の補正は大分大きいらしい。」

『レオが凄ぇのは確かだがな!俺が顕現が苦手なだけだ、弱ぇ訳じゃねぇぞ!』

「どうでも良いよ、そんなの。」


 発砲された弾丸を握り潰し、【積もる微力】の蹴り足が真樋を追う。潰れた視界へと逃げ込んだ真樋の位置を把握出来ず、大きく首を回した戦士の精霊に、【宝物の瓶】の一撃は見切れない。


『Bye、獅子の精霊。』

『させっかよ...!』


 小太刀の風を斬る音に、咄嗟に脚を振り上げる。タイミングが、ズレた。

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