嵐の前の静けさ
朝。日が差し込む部屋で、もぞもぞと動く人影。
巳塚仁美は、布団を押し退けて目を擦る。
「...え。獅子堂さん?あれ?何で...?」
隣で眠る男性に驚き、一瞬で意識が覚醒する。起こさないように布団から出て、部屋を見渡した。
「そっか、昨晩は...そのまま寝ちゃった...?」
どうやら眠気が限界で、部屋まで戻らなかった様で。どうするべきなのか悩む仁美に、唐突に肩を叩く手が一つ。
「ひゃっ!」
『朝から何してんだ?』
顕現した【積もる微力】は、そのまま部屋を見渡した。
『ちゃんと荒れてねぇな。お守りご苦労、チビッ子!』
『シュー...。』
いつの間にか扉の辺りに浮いている、【辿りそして逆らう】が不満げに声を出す。
「何処か、行ってた、の?」
『ちと気になってな。まぁ、離れりゃ離れるだけ、しんどくなるからよ、結局ダメだったんだがな...。』
『ルゥ?』
『あの、病院以外に崩れた場所とかよ。調べに行くのも面倒だし、な。』
「ぅぐえっ!」
精霊が座った布団から、呻き声と共に健吾が目を覚ます。苛立ちまぎれに【積もる微力】を突飛ばし、部屋をぐるりと見渡した。
「何でのった、レイズ...。」
『とっくに起きてると思ったんだよ。』
「起きてても布団に座んじゃねぇ!」
『煩ぇなあ...。』
「こんの野郎...!」
鬣をかきながら他所を向く精霊に、健吾が拳を握る。しかし、すぐにそれを解いて、仁美に視線を移す。
「というか、何でいるんだ?オートロックだし、鍵かかってねぇっけ?」
「ぁ、えと...ずっと、いました...。」
「ん?うん...うん?...まぁいっか。飯にしよう。もう少し寝てたかったけど...。」
もぞもぞと文句を言いながら起き上がり、布団を畳む。
そういえば、昨晩は半ばふて寝の形で寝た為、着替えてもいない。まぁ、臭いもないし、無視をする。シワにはなるが、これはゲームだ。1日ならば不衛生を気にする程も無いだろう。アバターなのだから。
何はともあれ、二人が母屋の方に出向けば、既に三成は起きて朝食を取っていた。トーストとサラダ、コーヒーとかなりヘルシーな印象だ。
「おはようっす。」
「獅子堂君か、おはよう。答えは出たかい?」
椅子で寛ぐ彼に、健吾は頷いて椅子に座る。腹拵えの前でも、問題ない時間で終わるだろう。
「では、聞かせてくれないかな?どういう形に落ち着いたかを。」
「俺と仁美、少なくとも【混迷の爆音】を倒すまでは協力をする事にしました。」
「ふむ...。まぁ、それで互いが良いのなら、私は構わない。彼女の身辺調査や、話し合いが目的なのだからね。あまり綺麗な形とは言えないが...。」
三成からすると不安な形ではあるようだが、支障は無いと判断したらしい。
敵が二人減ったと考えれば、大きな利点だ。
「我々は期日まで調査をするかもしれないが、それでも構わないか?彼女が、この世界に残した痕跡とやらも、必要になるかもしれないからね。」
「俺は問題ないっす。目覚める時間は同じみてぇだし。」
「...そうか、助かる。」
隣で仁美が頷くのも見届けて、三成は一口、コーヒーに手をつける。
話は終わり、らしい。
「ここからは、別行動で構わない。彼女も場所を移した可能性もあり、横槍も警戒して対処できる準備もしたいからね。他の参加者を調べて貰っても構わない。」
「うす、それじゃあ。」
「あぁ、それと。私からの協力。このゲームの勝利の補助から、願いの成就の補助に変えておこう。早乙女君もそうするだろうからね。」
「...?分かりました。」
朝食を取るために、二人はゲストハウスを後にする。弥勒には、彼から上手く言ってくれるだろう。
「さて、今日の目標はどうする?」
「ん...瓶の人?」
「探すって事か?そうだな、最近の事件とか調べたら、精霊の痕跡があるかも...。図書館だと昔のだよな、やっぱりネットか...?」
ファミレスで財布を覗いてぼやく健吾。仁美がスパゲッティを食べながら、メモ用紙を取り出す。
「パソコンの所で、調べた事件...一日目のしか、乗ってないけど。」
「よくもまぁ、こんなの見つけてきたな...いや、凄ぇよ、マジで。」
備え付けのメモを二、三枚ほど失敬してきたそれ。いくつかの事件が語られている。
「このパイプとか、壊れた納屋の神社って...」
「...。」
「だよな...。よし、次。」
管理人の愚痴コメントだったようだ。スルーしておく。
「溶けた高架下ぁ?溶けたって...なんだそれ。」
「不可解だから、絡んでるかもと思って。」
「まぁ、場所が河川敷だもんな...。と、これは...あー...。」
「...?馬の、ニュース。夜中に、燃えているみたいな馬が、目撃されて、いるって。都市伝説、かな?」
「いや、多分見た。これも当たりだ。」
「廃病院の幽霊...」
「はい、次!」
あまりにも心当たりのありすぎる内容に、それもスルー。先に知っていても、どのみち遭遇しただろうが。
「ビルの倒壊事故...一様、見るだけ見てみても、良いかもな。」
「道が濡れる...これは?」
「場所が無いからなぁ...難しい。関係ないのも混じってるだろうしな。」
「これぐらい...です。」
「十分だろ?むしろ、良くこれだけメモとったなぁ...。」
地名は、携帯に移した地図で照らし合わせ、近場から探る事にする。一番ここから近いのは、廃病院...
その上を健吾の指が素通りし、その次に近い河川敷を指差した。
「ここだな。」
「人もいないなら、昼でも大丈夫...?」
「人がいても問題無いだろ?大概、野次馬だろうしな。」
さっさと支払いを済ませ、二人は外に出る。今は9時前、ちょうど通勤ラッシュも落ち着いている。
バスを利用し、大きな川の前まで来る。少し歩き、下に降りる道を探せば、それは見つかった。
「向こうのデカイ橋の下だろ?」
「だと、思います...。」
「しかし、ここだと本当に人目につかないな...。立ってても道が頭上にある。」
夜中など、暗い時ならば身を潜めるには良いかもしれない。逃げ道が無いのが欠点だが。
上から降るタイヤの音を聞き流しながら、二人は先に進む。川の流れをぼんやりと眺めながら歩いていたが、不意に健吾が何かにつまづいた。
「っとと...。なんだ?」
「これ...コンクリート...?」
「なんだ、こりゃ...波、かぁ?」
それは、波紋の様に広がった揺れだった。軽く叩いても、しっかりと固まっている。
挙げ句、金属の飛沫まで飛んでいる。上の橋が、一部かけているのを見て、仁美が眉を潜めた。
「生き物が、通ったみたい...。」
「えっ?...言われてみりゃ、そうか。壁から跳んだら、あの辺りに...いや、結構離れてるぞ?」
「それだけの、力と大きさがあるのかも。」
「...魚みてぇに、泳いだってのか。コンクリートを。」
熱か、それ以外の方法か。とにかく、壊した感じには到底見えない。
「精霊、だろうな。」
「...焦げ跡。」
「あっ?...本当だ、こりゃ石か?」
散らばるように撒かれた石を中心に、コンクリートが焦げている。いや、煤が付着したのだろうか?
「...衝突したのかな。」
「そう、みたい。熱で溶けたなら、こんな波紋みたいには、ならない筈、だから。」
「だよなぁ。ワケわかんない力に、火までとか勘弁だし。」
決着はついたのか。いや、この事故を調べた後に天球儀に行っている。あの時はマークは全てあった。
つまり、決着しなかったのだろう。初日ならば、精霊の特徴も把握してはいない筈だ。
「でも、火を使う奴がいるのは確かだな。」
「それと、地上で泳ぐ精霊も...。」
「それは、マジで対処しようがねぇぞ...。」
ただ、知らないよりは遥かにマシだろう。少し辺りを捜索し、変わったものでも無いかと探る。
特に見当たらず、写真だけ撮って戻る。長い道を歩き、上の道路に戻れば時刻は昼過ぎだ。
「一度、戻るか?どっかでテキトーに」
健吾がそこまで言った時点で、携帯が音を立てる。慌てて取り出せば、非通知からの着信。少し迷ったものの、健吾はすぐに通話状態にする。
「はい?」
『出てくれて助かった、獅子堂君。』
「双寺院さん!?」
『三成で構わない。いや、それよりも急用だ。そちらに仁美君もいるね?』
「はい、いますけど...。」
『すぐに戻ってくれないか?早乙女君が拐われた。』
あまりにも急な話に、暫し呆然とする。協力関係だって、今朝だと言うのに。
『少々、手こずりそうでね。君の精霊のパワーが欲しい。』
「...分かりました。場所は?」
『どこに居る?』
「町の北、一番大きな高架下っす。」
『車を回す。近くの公園があるから、そこで待機してくれ。』
「うす。」
頭の中で地図を広げながら、健吾は通話を切る。充電も有限だからだ。
「仁美、聞こえてたか?移動だ。」
「聞こえてた、けど...罠?」
「だとしたら、突っ切る。あの龍を見たろ?協力出来るならそっちが良いさ。」
「分かった、信じる。」
「...やっぱり狙ってねぇか?」
ぼやきながら公園を目指し、健吾は道を選ぶ。早めに公園に着いた健吾達は、少しばかりの休憩を挟む。
周囲の人影を確認し、トイレの裏で健吾は呟く。
「レイズ、居るか?」
『...あぁ、来たぜ。』
狭くるしそうに身を屈めながら、【積もる微力】が返事をする。
「この前のパイプの件、そこそこ上手くいっただろ?今回も作っときたい。何があるか、分からないからな。」
『壊さない様に殴るの、面倒なんだがなぁ。今度はなんだ?』
「石ころ。遠距離攻撃に。」
『めり込み続ける投石かよ、えげつねぇ。』
獰猛な笑いを浮かべて、【積もる微力】が石を拾う。ゴツゴツと、強いノックを繰り返す精霊。地味な絵面の精霊を置いて、健吾は仁美に振り替える。
「多分、あと十分くらいで来ると思う。」
「ん、分かった。」
彼女の【辿りそして逆らう】は、まだ能力の活用方法を見いだしてない。準備も無く、二人は疲労の回復に努めた。




