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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第八章 Last Days
116/144

帰結

 現在時刻、18時。

 残り時間、13時間。

 残り参加者、6名。


「今日も出られないのか...」

「この騒動はいつ終わるの!警察は何してるのよ!」

「破壊行為だろ、さっきも酷い音がした。」

「彼等も一生懸命に、僕らの代わ」

「なってないだろう!我々ならもっと上手くやる!」


 警備員達が言葉を発する元気も無くして抑えているのは、ここの宿泊客らしい。もう数日は缶詰で、鬱憤が溜まっているのかもしれない。

 その騒ぎのおかげで、ここまで来れたとも言うのだが。外に向けられる筈だった警戒は内側に割かれ、仁美の身のこなしであろうと潜入は可能だった。


「このまま、北西に行ったら良かった、よね。」

『キュ〜?』

「ん、行こっか。」


 植込みに身を潜めつつ、裏口へと移動していく。潜入に時間をかけた事もあり、出る頃には周囲の武装勢力も散っている筈だ。

 裏口までいけば、テープで封鎖されて人通りが消えた庭園だ。掃除しきれていないのか、タイルのヒビに染みた血が黒くこびりついていた。


「なにか落ちたのかな...でも、この血は...?」


 上を見上げた仁美の視界で、何かが光る。怪訝に目を凝らして見た途端、それは急激に大写しになった。


「っ!?助けて、【辿りそして逆らう(トレスonリベリオン)】!」

『シャー!』


 落ちてきた物体に体当たりし、それを上空へと逆らわせる。大人三人は転がれそうなサイズのベッドが、最上階付近まで飛んでいき、消失した。

 事故、というには不自然な光景。精霊だろう。現在フリーかつ、道具を使う遠距離攻撃を選択し、重いものを運ぶ力か能力を持つ精霊。選択肢は一つだけだ。


「見つかった...!」


 もっともバレたくない相手に見つかってしまった。今は健吾が傍に居ないと分かれば、即刻排除しようとしてくるだろう。【裁きと救済】のような擬似的では無い回復能力は、サバイバル式のこのゲームで厄介極まりない。

 いつ降りて来るとも分からない。出来るだけ距離を離しておくべきだろう。すぐに走り出した仁美の後ろで、硬く軽いものが落ちる音がした。


「何...?」


 あまりに予想外の音に、振り向いた仁美。しかし、目よりも先に耳でその正体を知ることになる。

 本体が震える程にけたたましい音を立てるそれが、なんだろうと関係ない。問題はその音に釣られて前門の喧騒が近づいてくる事。


「追っては来ないみたいだけど...!」


 最高の篭城場所を見つけたものである。警備員、もしくは警察が守ってくれる訳だ。誰も好き好んでこんな所を襲おう等と思わない事だろう。

 逃げた所で追いつかれる、姿を隠すのが最善。そこまで考えた所で、上を見上げれば僅かな反射。まだ狙われている。


(逃げるしか...無い!)


 追いつかれない為の手段は後で考えるしかないだろう。ホテルの付近は大通りが多く、車道も四車線はある。隠れる場所がなく、非常に逃げにくい。

 運転も出来ない、走るのも遅い、彼女に逃走の手立ては無い。少しでも姿をくらまそうと、横道に逸れて走る。暗がりが広がりつつあるこの時間、目が慣れないが、その条件こそ求めていたもの。


「これなら、すぐには見つからないはず...」


 大通りに比較的近い場所を走りながら、西へ西へと走る。天球儀の周りの丘へは、大きな道が繋がっている。このままそこに当たるまで走ればいい。

 バタバタと足音は聞こえるが、そもそもホテルで防犯ブザーの様なものが落ちて作動していただけの事。仁美の姿が見られてないなら、まだ追われていない...筈だ。


『Please、そこで止まってください。これ以上離れては、私も行動しにくくなります。』

「貴方、は...!」

『Question、目的地を聞かせて頂けますか?』

「なんで、ですか?」

『Easy、リタイアする者なら、無闇に襲ってリスクを負う必要がありませんから。しかし、貴女にはまだ、諦めや満足がみえませんので。』


 ここで嘘を言ったところで、無意味だという事は理解出来た。ある程度の確信があるからこそ、契約者を放置してここに来たのだろうから。

 それとも、契約者もここに居るのだろうか?仁美にはそれを察知する術は無い、故に出来るのはここからの離脱だ。もし追って来るのであれば、【積もる微力】か【疾駆する紅弓】と合流しなくてはならない。


『OK、交渉は決裂という事ですね。リタイアして頂けないなら...You dead、遂行します。』

「っ!【辿りそして逆らう(トレスonリベリオン)】!」


 振り切られた小太刀が、小竜の鱗を削る。防ぐので精一杯の速度、気を抜けないのは、相手が一柱だけだとしても変わらない。

 木枯らしが壁を撫でるように、一瞬で上へ駆け上がった狩衣の精霊は、二撃目を叩き込む。体重を乗せた一撃は、浮いている精霊を押し、仁美の肩から背中を浅く裂いて行った。


「っうぅ...」

『Sorry、今ので楽にするつもりだったのですが。』


 刃の上を伝う血を一振で散らし、次の一撃を狙う【宝物の瓶】。ゆっくりと距離を詰める精霊に、小さな精霊が精一杯の威嚇を返す。

 背後で物が転がる音。咄嗟に振り向いた仁美の前で、蓋が開いた瓶と揺れるコンクリートの塊。気づいた時には遅く、今まさに刃が首の上を滑る瞬間。


(これ、死――)


 思考が一瞬で真っ白に塗りつぶされた仁美の前で、光が乱反射した。

 カツンという鋭い音と共に、壁に小太刀が突き刺さっている。何が起きたのかと困惑する仁美の口から、鮮やかな赤が伝う。


「え...」

『Tsk、浅い。』


 首の血管から、滲むように吹き出した血が鎖骨へ溜まり、胸へと流れる。衣服へとじわりと広がるそれが暖かいのは、体が冷えているからだろうか。


「仁美ちゃん、こっち...!」


 隣の路地へ引きずり込まれる最中、紅い閃光が見えたような気がした。





 ゆっくりと開いた目には、人工的な星明かり。苦しい呼吸と、信じられない喉の渇きに咳込めば、赤黒い塊と錆臭い匂いが口から飛び出した。


「あ、起きた。良かった〜、死んじゃったかと思った。」

『シュー!』

「分かった分かった、近づかないってば...ボク何かしたかなぁ?」


 少し離れた所で頬をかく四穂は、手足の至る所が擦りむけていた。その傷で、ここまで運んでくれたのだろうか?

 光が消え、暗闇に埋もれた♏のマークをぼんやりと見つめながら、己の精霊を撫でる。


「治して、あげ、て?」

『キュ〜...?』

「敵じゃないよ。」


 二人を交互に見つめた小竜の精霊が、仁美から離れて四穂に巻きついた。冷たくザラついた鱗の感触に、体を固くした彼女だが、すぐに息を吐いて脱力した。


「なんかポカポカするぅ...」

「【辿りそして逆らう(トレスonリベリオン)】、は。治す力は持ってない、から。細胞や生理的な運動を辿って、増殖を促してる、だけ。細菌とか毒素は、逆らわせて追い出して、ます。」

「ストレッチした後みたいな感じなのかなぁ...ほわぁ...」


 傷自体は大きくないが、疲労が溜まっていたのだろうか?随分と惚けた顔をする四穂から目を逸らし、天板を確認する。

 獅子座の星も、山羊座の星も強く輝いている。勿論、そのサインも中央に。どうやら、あっちの決着は着いて居ないようだ。


「...なんで、【疾駆する紅弓(アルスナルケイロン)】は姿を見せないんです、か?」

「さぁ?今からリタイアする契約者なんて、見送る価値も無いって所じゃない?」


 心にもない冗談を言いながら、四穂は小竜の頭を撫でる。彼女を助けたのは、あの精霊で間違いなさそうだ。しかし、山羊座の星は消えていない。

 逃げ仰せたのだろうか?口振りでは仕留める気があったようだが、対局を見て退くことは出来る精霊だ。【積もる微力】とは違う。


「もう一人、は、どうしたん、ですか?」

「ボクは驚いたけど、キミは気づいてたんじゃないの?あの人、GPS持ってたんだよ。何人か警察組織の人を捕まえてたの。ボク達はいざって時の囮だよ?酷くない?まぁ、そういう人だけどさ。」

「場所を教えてたのは、知ってます。そうじゃなくて、彼女がなんで、脱落したのか、と思って。」

「あ、そっちか。」


 絡めてくる舌をくすぐり返していた四穂が、ぐるりと天板を眺めてから指を立てる。

 その先、煌々と照る魚座の星々。


「あれだよ。見られてないのに襲撃されるもんだから、びっくりしちゃった。ボクと違って、八千代さんは受け身の練習とかもあったんじゃない?すぐに動いてたから、狙われたんだと思う。」

「そう、ですか...」


 落ちた後、多くの人で捜索されている山で生きていた事。

 彼女がいる時、決まってそこそこの規模の警察組織が来た事。

 精霊が居ないというのに、落ち着き払っていた事。

 危険な精霊である、【積もる微力】や【混迷の爆音】から離れていたがっていた事。

 手引きしていると判断出来る情報は多かったが、それでも食われたと聞けば良い気はしない。暗い表情をする仁美に、四穂はあっけらかんと笑った。


「あの人、それで凹む人じゃないって。むしろ、改善点纏めてもう一回参加したいとか言い出すタイプだよ、絶対。勝負事だから、ボクらにも申し訳ないとか欠片も思ってないと思うよ?」

「...そういえば、お知り合いなんです、か?」

「ん、仕事柄ね。たまに会ってたし、何度か食事にも来てたと思うよ。一回、上手く踊れなくて教えて貰って...それだけだけど、すっごく印象に残っててさぁ...ストイックすぎるよ...」


 ほぼ愚痴である。案外、似た者同士なのではとも思ったが、苦手にしているという事だけは伝わってきたので、それ以上は突っ込まない事にした。

 とにかく、重要なのはそこでは無い。実際に狙われた以上、迅速に【積もる微力】と合流することが先決だ。真樋には精霊の居場所を知る力があるのは、仁美にも理解出来た。直にここにも来るだろう。


「色々と不穏だけど、頑張ってね。」

「あの...!」

「ん?」

「えっと、なんで助けてくれたのか...聞きたくて。」


 仁美を連れたのは、彼女の護衛が目的だった筈だ。これでは逆である。


「ん〜、なんでだろ?なんかさ、このゲームに参加してる人、皆そうなんだけど...君が一番、助けてほしそうだったから、かな?」

「え?」

「届かない所が無いくらい、手を差し伸べて救いあげる。ボクがアイドルを目指した理由だよ。もし恩返しをしてくれるなら、四穂ちゃんの応援、よろしくね♪治療、ありがと!」


 ウインク一つ、カチリと装置を起動した四穂が薄れ、消える。精霊の最期の様だと、ぼんやりと眺めた仁美は、少しの休息の後、天球儀の扉を押し上けた。




 現在時刻、21時。

 残り時間、10時間。

 残り参加者、4名。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 仁美ちゃん。私的には健吾くんはこの物語の起点を作ったキャラで、主人公(語り手)は仁美ちゃんだと解釈しているので、ひさしぶりのメイン視点&戦闘描写ある話でワクワクでした。回復以外にも【辿りそ…
2023/03/16 15:25 数屋 友則
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