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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第八章 Last Days
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蛇の選択

 山の残存勢力はかなり減っていたようで、数人を取り抑えれば追撃が来ることは無かった。少ない弾幕ならば、【辿りそして逆らう】が還し、銃器を破壊する。その間にルクバトが接近しては轢いていく。

 蹴り飛ばされた人間が生きているかは定かでは無いものの、それをゲームと割り切る事は出来る三人である。落馬しないようにする事で精一杯だと言うのもあっただろうが。

 

「あの...そんなに抱きつかれなくても、落ちないです。」

「え〜、でも仁美ちゃん可愛いんだもん。」

「貴女、それ理由になってると思ってる?」

「揉んでないからセーフ?」

「離れて...ください...!」

「落ちるから押さないで!?」


 控えめな力ではあったが、バランスが崩れるのだ。腕の中でじゃれる少女二人に、八千代は手綱を握る手に力を込めた。


「今くらい大人しくしてくれないかしら?」

「私は、ただ...」

「黙って可愛がられてなさい。」

「えぇ...」

「やった!」


 御満悦、といった風情で仁美を抱える四穂にも、八千代の小言が飛ぶ。


「貴女にも言ってるのよ、聞かないでしょうけど。」

「素直なタイプじゃないからね〜、ボク。」

「私はアイドルじゃなくて、華二宮四穂さんに言ってるのよ。」

「...怖いから。」

「仁美ちゃんだったかしら?ごめんなさいね、暫くぬいぐるみ役になってちょうだい。」


 完全に諦めた。そんな八千代の諦観に引っ張られた...というより単純に体力が尽きたのか、仁美も抵抗を辞める。

 ようやく静かになった背に、ルクバトは遅めていた足を戻す。地を蹴る蹄の音が狭くなり、流れる景色が加速する。


「そろそろ山を抜けそうね。」

「この辺り、全部燃えてるから見通しいいよね~...ん?」


 目を細めて遠くに視線を移す四穂が、首を傾げている。何か見えたのか問おうとした時、二人にもそれが目に入り、口は閉じられた。

 ひっくり返った装甲車、溶けたような地形。それを無理やり突破したのだろう、キャタピラの痕跡。それに続くタイヤ痕。


「とんでもないのもあるみたいだね...」

「あの銀色怪魚、昨晩はここから来たのかしら?流石に山が燃えてから今まで、危険しか無いこっちに来たなんて事は無いでしょうし。」

「それなら、もうここにはいない、ですか?」

「多分よ、多分。私もそういうのは得意じゃないの、期待しないでね?」


 誤魔化す八千代だが、それよりも大きな脅威があるのは理解出来ている。【浮沈の銀鱗】の痕跡の上から着いた、キャタピラ。沈みこんだアスファルトが、その重量を物語っている。


「...回り道してかない?」

「賛成ね。問題は、どっちに行くかだけど...」


 中央の天球儀に行くには、北から回るか南へ回るか。真樋達に追われ、南の海岸沿いから逃げてきた四穂は、北の方へと目を向けている。

 崩落のあったビルは、山の麓からそう離れておらず、大きく迂回する必要があるだろう。南に行けば海がある、水場で争うには、残る精霊を考えると避けたい所だった。


「決まったみたいね?」

「私は反対...です。」


 南を示す仁美が、集まった視線にビクリと肩を跳ねさせる。未だ抱き締めたままの四穂が頭を撫でるが、その手は払われてしまった。


「これだけ移動するなら、大きくて、見通しのいい道だと思い...ます。それに、天球儀の北側は、崩れた高速道路が重なって、警戒が強いと思い、ます。」

「そう...なるほどね。確かに地理的な問題と、武装集団を考えればそうだわ。けど、何をしてくるか分からない精霊の方が、脅威じゃないかしら?」

「残っている精霊、後は二柱だけの筈、です。」

「羊さんと【泡沫の人魚姫】と...」

「牡牛とイタチさん達に巫女さん、そして【魅惑な死神】...昨晩で急に落とされたわね。」


 そして、早々に脱落させられた【裁きと救済】。今戦っていた三柱と【辿りそして逆らう】を除けば、二柱だけが残る。


「...あら、十三?」

「え?えっとぉ、一、二ぃ...」

「接近戦しか出来ない魚座の精霊は、ルクバトで逃げ切れる筈、です。瓶に警戒すれば、銃を持った人に囲まれるより、安全かと思い、ます。」


 仁美の【辿りそして逆らう】ならば、その身で庇える物なら全て還す事が可能だ。此方から襲うことは出来ないが、絶対に倒せない精霊と言っても過言ではない。ルクバトの機動力もある今、真に怖いのは範囲と数である。


「貴女の精霊の事は、貴女が一番分かっているわよね...分かったわ、そっちにしましょう。」

「えー...そんなぁ。」


 文句を言いつつも、ルクバトの首を叩いて左を指す四穂。主の意向を汲み取り、海へと頭を向けたルクバトが加速する。海から山へと向かった時は、山の南側。【浮沈の銀鱗】の痕跡はなく、道は綺麗なままだ。


「この辺りの住宅、まだ人も大勢居るんだね。」

「避難が間に合わなかった...というより、まだ生き残っている、って所かしら?派手な茶髪の子とか、銃を持った男、一般人でも消してたんじゃない?」

「え〜、流石に...しない、よね?」

「ゲームだと割り切れる人なら...多分...」

「こっわ...」


 そんな話を聞いてしまえば、傾き始めた日が影を作る路地にさえ、恐怖を覚える。死ぬだ殺すだなどと、言葉を聞く機会こそ多いものの、事実としてそこにある実感は現代日本では慣れることは無い。

 このゲームで散々見果てたと思ったが、まだ培った常識とやらは崩れていないらしい。力を込められた腕に、苦しさを覚えた仁美が身じろいだ。


「あ、ごめん。」

「人がいるって事は、いずれ通報が入る可能性もあるわ。急ぎましょう。」


 横腹を蹴り、ルクバトの加速を促す八千代が、前で戯れる二人を抱きすくめる。それを確認した紅馬は、宙に浮くかのようなギャロップを披露した。

 唸る風が耳元を荒らして行き、目を開ければ乾きが襲う。ルクバトに進路を任せ、身を伏せる三人の肩で、【辿りそして逆らう】が細く唸る。

 その声に警戒を強くした直後、ルクバトが跳ね上がる。壁を、屋根を走り抜ける紅馬は、三人の重みなど意にも介さずに、目の前の標的を踏みつける。


「ぐぇっ」

「目を開けない方が良さそうね...」


 およそ声とは言えない絞り出された音に、八千代は続けてルクバトの加速を促した。タイルが爆ぜる音、金属の跳ねる音、そして風の唸る音。

 加速感が身体を包み、乱暴に宙に投げ出されるような錯覚を覚える。撃たれている、と遅れて理解した仁美の体温が下がった。


「通報されるにはちょっと早くない!?」

「最初から配備されてたんでしょう...!」

「あの山に集まってると思ったのに~!」


 四穂の叫びが目印となったか、建物の影から飛び出した白塗りのバイクが突っ込んでくる。ウィリーからの叩きつけ、金属塊の重量を走る軍馬へと振り下ろす。

 三人も乗っていたのでは、急な変速やカーブは不可能。迫る前輪に対し、出来ることは無い。しかし、故に小さな護衛がいるのだ。


『ルルゥ!』

「なんだコイツは...!」


 フワリと前に躍り出た小竜に、回転の残る前輪が叩き落とされる。途端、逆回転するタイヤが上に跳ね上がり、バランスを崩した乗り手が地に落ちる。


「ちぃ、化け物どもめ...!」


 すぐに懐から取り出された銃が火を放つ。飛び出した弾丸はルクバトの足を、そして肩を穿つ。潰さないように霊体化して消えるルクバト、宙に投げ出された三人はそれぞれにアスファルトへと転がった。

 すぐに戻る【辿りそして逆らう】が治療を開始し、擦れて破れた皮膚が塞がっていく。滲んだ血を拭い、立ち上がった仁美の額に銃が突きつけられた。


「異常発生者め、始末してやる...!」


 あまりに直接的で、憎悪の滲んだ殺意。頭に感じる、まだ熱さの残る鉄の感触よりも心を抉るそれに、思考が止まり動けない。

 失望や興味は浴び続けた仁美だが、その出自故に恨まれた事など無い。勿論、殺意を向けられた事も。このゲームの中での争い、競い勝つ事を目指すプレイヤーとの遭遇が多く、それは未知の経験だった。

 この距離では、【辿りそして逆らう】も下手に動けない。しかし、だからといって数瞬もすれば、仁美の脳漿は彼女の身体より先に、外の世界を知る事になる。


「ひと」

「きゃっ!」「痛ってぇ!」


 四穂が名前を呼ぼうとした直後、激しい破裂音。近くのガラス窓が割れ、ビルから降り注いだそれが二人を包む。

 すぐに頭上に移動した【辿りそして逆らう】が、仁美に振る破片を最小限に抑え、弾く。その分まで襲われた男は、手に受けた傷の痛みに、銃を取り落とした。


『シャー!』


 足元に落ちた銃を弾き飛ばし、仁美を治療しながら威嚇する小竜の精霊に、男がたじろぐ。

 その横を通り過ぎた弾丸が、再び窓ガラスを叩く。散った破片が、再び傷をつけていく。


「見つけたぞ!」「撃て!撃てぇ!」

「待ってくれ!まだ俺がここに」


 その声が掻き消され、仁美の頬へ暖かい物が散る。朱を彩ったそれとは逆に、仁美の顔から血の気が引いていく。


(失敗した 失敗した 失敗した

 敗  失敗した 失敗した

 し 失 失敗した 失敗した

 た 敗 たし敗失

  し 失敗した

  た 失敗した!

  失敗した!!)


 頭の中を満たすのは混乱。居ないと思っていた集団の武装兵達。咄嗟に対抗する手段は浮かばない。

 逃げたのは南、兵達が来たのは北から。天球儀も北であり、道は崩れている。健吾達も北だろう。南には海しかなく、水中で何が出来ようか。


『キュルルル!』

「っ!...そうよね、今は、逃げ、なくちゃ...!」


 目の前で蜂の巣にされた男性から目を背け、仁美は建物の中へ飛び込んだ。今は外の二人の事は、構って居られない。それに...


(ううん、それは後。今はここを抜け出す事を考えないと。)


 外の銃撃はまだ止まらない。貫通性の高い銃弾は、四方八方に硝子を散らし、足元に溜めていく。傷も痛むが、いざという時に走り出せない場所が広がっていくのが一番の難点だ。

 止む気配の無い銃撃は、恐れを誤魔化す為のものなのだろうか?どうやら狙いは仁美に集中しているようで、ビルの外壁が嫌な音を反響させてくれる。


「とにかく、冷静にならないと...」


 もう、間違えられない。深く息を吸い込んだ彼女は、行動を開始した。

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