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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第八章 Last Days
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爆音と金色と弾丸

 爆音、爆発、そして爆散。

 辺りの建物も乗り物も人間も、もはやフィールドオブジェクトにさえなり得ない。鎧袖一触、全てが壊れては崩れ、吹き飛んで行く。

 四肢を用いて駆け抜け、拳や脚で吹き飛ばし、迫る【積もる微力】。

 縦横無尽に跳躍し続け、爆音を撒き散らし、攻める【混迷の爆音】。

 二柱の破壊性能は格段に高く、武装した警官の出る幕は無い。あっという間に殲滅され、遂には集まって来ることさえ無くなった。


『ハッ!意識さえありゃあこんなもんか!』

『それでも攻めきれないならば、実力でしょうか?』

『野郎...!』


 裾を掠った拳がアスファルトを砕き、積もった闘気に引きづられないように上着を取り払う。

 被った土埃を払う戦士と、白シャツの襟を正す山羊頭。中断された破壊活動に、周囲が急に静寂を呼び込む。


『さて、貴方のそれは何時まで持ちますか?焦りが伝わってきますが。』

『それはテメェのだろ?少しでも当ててやりゃあ、その次でしっかりとぶちのめしてやるよ。』

『少しでも当たれば、ですがね。』


 笛を担ぎあげ、挑発を重ねる【混迷の爆音】に、闘気がゆらりと膨れ上がる。

 咆哮と共に拳が空を撃ち抜き、頬の毛が宙を舞う。回避行動をそのまま予備動作に、カウンター気味に笛を振るが、それよりも早い【積もる微力】の二撃目が迫っている。

 撃ち合った衝撃が痺れを生み、拳と笛が止まる。脚で蹴りあげる【積もる微力】より、僅かに先に爆音が吹き荒れる。吹き口から口を離した【混迷の爆音】が追撃へ入る。


『しゃらくせぇ!』


 爆発に押し出された【積もる微力】が、すぐに体制を直して拳を突き出した。くぐり抜け、下から笛を振る【混迷の爆音】だが、更に下、競り上がってきた膝が笛を逸らす。

 揺れた得物を掴み、地面へと押し当てる。続く連撃、積もる闘気が揺れ、地面に亀裂が走る。


『これでもうバンバカ煩ぇのは出来ねぇな?』

『さて、どうでしょう?』


 その場でしゃがみこみ、笛を蹴り出す。下部を大砲のように打たれ、回転した笛は力の向きが変わる。

 闘気によって【積もる微力】へと飛んでいく笛、仕方なく殴り飛ばし、力を蓄積させて闘気を相殺する。止まった笛を担ぎあげ、【混迷の爆音】は構え直す。


『これで動かせますね、ご協力感謝致します。』

『足んねぇっつーなら、次はもっと積もらせてやるだけだ。』


 一踏みで足場を砕き、浮いた瓦礫を蹴り飛ばす。視界が塞がろうと、感情が読まれるならば、攻撃のタイミングは見通される。

 しかし、当たればダメージは必須。笛を防衛に回す必要があり、迎撃が一手遅れる。その間に接近し、一撃を叩き込む。跳躍する【混迷の爆音】に届くまで、拳を振るい続ける。


『オラオラ!どうした!』

『く...何時までこの攻勢が続くのか...!』


 攻撃まで行動を持っていけない【混迷の爆音】が、笛を盾に跳躍を続ける。直線が続くなら簡単に撒けるだろうが、瓦礫にビル群、壊れた車両。笛を振れない【混迷の爆音】には、それを回避する他無い。

 獣の如く駆ける【積もる微力】は、易くそれに追いつく。殴り、掴みかかり、振り回し、蹴り飛ばす。ビシリ、と音が響き、蠢く光の中にヒビが混ざる。


『な...!?』

『よーやくかぁ...!』


 受け止めた打撃は、全て闘気として蓄積する。こまめに受ける部位を変え、相殺するようにしていた【混迷の爆音】だったが、遂に笛が耐えきれなくなったのだ。

 驚愕に動きを止めてしまった精霊が、逃れられる程に甘いゲームではない。蹴りあげられた笛が宙を舞い、殴り飛ばされて離れたビルに突き刺さる。


『ここまでとは...』

『うちの契約者がバッチリ着いてきてるんでな...まぁ、余裕は無さそうだがよ。』

「うる、せぇっ...!」


 息を切らせた健吾が、少し遠くから言い返す。爆音も殴打音も無い今、ようやくその声が聞こえた。

 武器を失った【混迷の爆音】が、適う相手では無い。ほんの気まぐれ、たった一撃でアウト。どう退くかを思案する時間さえない。


『んじゃまぁ、消えてもらうぜ。』

『それはどうでしょうね。』

『あぁ?今更何を』


 破裂音、そして金属音。戦士の毛皮に弾かれ、足元で跳ねた弾丸が、煙を燻らせている。


「一斉掃射!」


 頭から血を流し、転倒した装甲車の下から叫ぶ男性。彼の手から放たれた弾丸が、再び毛皮を打ち、弾かれる。


『んだァ?』

『私の笛が周囲の意識を奪っていたのです。それが消え、足が止まればこうなるでしょう。良いんですか?片腕の契約者がプラ板一枚で晒されておりますが。あぁ、それと。私とて無手で動けぬ訳ではございませんので。』

『くっそ、腹立つヤローだなマジで!』


 腹いせに一発蹴り飛ばし、【積もる微力】は健吾の元へ駆け戻る。一度黄金の毛皮を纏った以上、時間が無い。全ての警官を撃退するのは困難だ。

 明確な攻撃意志を感じられず、顎にモロに食らった【混迷の爆音】も、数発撃たれれば意識が戻る。すぐに跳躍し、撤退の為に登代を探す。


「絶対に、逃がすなぁ...!これ以上、私達の街を...!」


 潰されて尚、発砲を続ける男に呼応されたか、周りの逃げ始めていた者も銃を構え始める。重なる発砲音と共に、辺りに傷がつく。無差別的に乱射され、跳弾する弾丸は敵味方関係無く降り注ぐ。


『イカれたかよ、あの野郎...!』

「そりゃ、こんな状況じゃなぁ!」


 大きめの瓦礫に背を預け、ライオットシールドを立てかけて籠る健吾が叫ぶ。その体格では大きなサイズの盾も、完全にとはいかないが、急所は守れている。

 撃たれて平然と歩く隣の化け物は、そんな契約者の傍の瓦礫を拾うと、無造作に投げる。それだけで一人の腕が折れた。再び静寂が訪れる。


『このまま黙っといてくれりゃ良いけどな。』

「散々潰されてて集まってくる奴らがか?」


 予想通り、すぐに増援がくる。その場の恐怖に飲まれていない彼等は、早々に武器を取り出して射撃を開始する。

 キリが無い。既にそこそこの数を潰したハズだが、ワラワラと湧き出るそれに終わりが感じられない。


「くそ、こうなりゃヤケだ。レイズ!あのデケェの無傷で奪えるか?」

『あぁ?難しい注文しやがるな。』

「出来ればオートマの奴選んでくれよな。」

『違いなんざ分かるか!』


 投石し、バイクを転倒させた精霊が、それを投げ捨てる。目の前に転がった仲間に、装甲車は急ブレーキをかけながら横滑りし、【積もる微力】の前までやってきた。


『へっ...失せろやァ!』


 笑いながらドアを引き破り、咆哮する精霊。果敢にも発砲した隊員が頭を捕まれ、空高く放り投げられた時には、残りのメンバーは逃げ出していた。


『ほらよ。』

「いや、扉壊すなよ...」

『細けぇこと言うなよ。乗るんだろ?』


 無理やり扉を羽目直し、軽く叩いて力を積もらせる。これで落ちることは無くなったが、人の力で開けるのは無理だろう。どう降りろというのか。


「まぁ、コイツがいるからいっか...」

『んじゃ、俺はそろそろ引っ込むからよ。上手く逃げろよ。』

「ったく、デコイになるつもりは無かったのによ...反動が収まったらすぐ出てこいよ、お前!」

『あぁってるよ。』


 霊体化した精霊から、ペレースが離れてヒラリと落ちる。それを己の肩に巻き付けると、健吾はDレンジへと入れてアクセルを踏み込んだ。


「うぉ!?思ったより馬力が...片腕で曲がり切れっかな。」

「あら?それなら変わるわよ。」

「っ!?」


 横を見た健吾の視界には、座席で寛いでいる登代の姿が映り込む。慌て、警戒する彼に、登代は指を突きつけると、それをスっと前へと動かした。


「電柱、ぶつかるわよ?」

「あ?うぉあっ!?」


 すぐ目の前にあった障害物に、慌ててハンドルを切る。片輪が浮き上がりながらも曲がりきった車両が、蛇行しながら二車線を突っ切る。


「他の車が無くて良かったわね。まぁ、すぐにそうも言えなくなるでしょうけど。」

「なんでいんだよ、お前は...!」

『貴方達に笛を飛ばされてしまいましたので、脱出に力を貸してもらおうかと。』

「ふざけんな、降りろ!」

『良いのですか?上の機銃を使う程度なら片腕でも出来るでしょうし、運転は任せた方が利口かと。』


 そう言って、ルーフの上で振り返る【混迷の爆音】の先には、回転灯の光とサイレン。当然、運転席の健吾にもそれは見える。


「このまま引っ張ってくのが目的なんだ、べつに撃たなくて良いんだよ。」

『それが可能なら、ですが。』


 カーブの度に大きく減速する健吾と違い、乱暴な運転であっという間に距離を詰めてくるパトカー。すぐに並び、追い越し、此方に車体をぶつけて来る。

 衝撃、大きく揺れた車内で必死にハンドルを回し、アクセルを踏む。そんな健吾のすぐ横に、弾丸がフロントガラスを貫通して侵入する。伝う冷や汗は、間違いなく己の物だ。


「私も運転が得意とは言わないわ、むしろ下手。でも今の貴方よりは出来ると思うの。」

「そこの山羊頭はどーなんだよ。」

『申し訳ありませんが、私は複雑な機械は苦手でして...』

「なんの為にいんの、お前...」

『それは―――』


 コーンと跳ねる音、同時に影。ボンネットに降りた【混迷の爆音】が蹴り飛ばした金属筒が、後続の装甲車の前で爆発した。

 表情がひきつる健吾に、冷静な声が被さる。


『こういった為に、でしょうか。』

「OK、分かった、チョー役立つな。でも俺の目的は逃げる事じゃねぇんだ。」

『ですが何処かで限界は来るでしょう?安全になるまでこの車を貸してくだされば良いのです。悪い話では無いかと。どうせ、あの精霊も貴方に憑いて来ているのでしょう?危険は少ないかと。』

「だーもう!好きにしやがれ!」


 直線に入った所で割れたフロントガラスからボンネットに移った健吾が、登代に運転席を明け渡す。外から上に登って機銃の席に飛び込み、今なお近くで弾ける弾丸から身を隠す。

 流石に弾丸を捌くのは【混迷の爆音】には難しく、彼もライオットシールドを用いて身を守っていた。


『お嬢に危機が及びそうなら、迷わずそれを撃って迎撃を。出来ないのであれば貴方を蹴り抜きます。』

「殺す気か!?」

『えぇ、勿論。ですが私も血は好きではありませんので、お嬢も貴方も無事に逃げ仰せるのがベストですね。』

「くっそ、もうなるようになれよ...!」


 回転を始めた機銃と重なるエンジン音が、健吾の苦悩の声をかき消した。

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