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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第八章 Last Days
110/144

厄災が降る

 現在時刻、14時。

 残り時間、17時間。

 残り参加者、6名。




 一時間後。酔いの覚めた登代へ、真樋が告げた場所。

 病院からそこまで離れていない、元廃ビル。今は滑落した大穴だ。

 飄々とした、しかし臆病で繊細なあの策士。己の打破した踊り子の精霊とその契約者を思い出し、縦穴へ通じる道へ駆ける。

 ここ数年の不摂生な生活による不調さえ消えたのか、今の体調は比べ物にならないほどに良い。朧気で無機質な面の奥に、弱く暖かい感情の垣間見える真樋と居たからか、精神も落ち着いている。

 腹の中で今も溶けているであろうカプセルさえ気にしなければ、絶好調だ。


『お嬢、見えました。』

「単騎突撃、崩落を狙うわ。」

『...少し遅かったようですね。』


 目の前に亀裂が入り、足場の消えていく地下水路から、咄嗟に向かいの空間へと跳び移る。飛び出した鉄骨に立ち、下を見下ろせば白く濁った光景が広がる。


「あら、自滅?」

『いえ、この程度ならば獅子も射手も、最後の精霊も生き残るでしょう。契約者は...どうでしょうか。』

「念入りにいきましょう?貴方だけで行ける?」

『この距離ならば、たいした減衰は無いでしょう。可能です。』

「頼もしいわ、お願い【混迷の爆音(アイギバーン)】。」

『仰せのままに、お嬢。』


 粉塵の収まった眼下を観察し、生き残りを探す。【疾駆する紅弓】ならば駆けて出てくるとも考えたが、どうやら地下の通路に逃げ込んだのか、出てくる気配は無い。

 まさか、今ので倒れたと言うことは無いだろう。あの狭く、片側の潰れた通路で争う程、理性のない奴らでもない。進むはずだ。

 通路の先は山。今は警官とは名ばかりの実働隊で騒がしい場所だ。マトモな者ならば引き返すだろう。しかし、登代にはそれを待つ時間は無い。


『仕方ありません、追いましょう。私だけでしたら離脱も容易ですから、ここでお待ちを。』

「離れすぎじゃないかしら?」

『いざとなれば生き埋めに致します。あの中では逃げ場はなく、生き残れるのは獅子くらいの物でしょう。それも契約者が動けないならば、警戒に値しません。私は霊体化してお嬢の元へ戻りましょう。』


 それでも不満気な彼女を、どう説得するか思案する精霊の山羊耳に、ふと瓦礫の揺れ動く音が届く。ボゴンと煙を吹くそれは、下から徐々に競り上がる。


『なんと...崩落が恐ろしく無いのでしょうか。』

「どうしたの?」

『悩む必要は無くなったようです。お嬢、巻き込まれぬようにご注意を。』


 それだけ告げて、こちらまで飛んできた瓦礫を蹴り落とし、笛を構えて跳躍する。

 真下で穴から出てきた精霊が、闘気を纏わせた拳を笛に振り上げる。あっという間に蓄積した力が、笛を空中に制止させるが、構いはしない。

 吹き口に唇を添え、膨らんだ肺から息を吹き込んだ。


『ヴァアアアァァァ!!!』


 爆発が辺りを震撼させ、意識が吹き飛ばされる。亀裂が上へと広がり、さらに崩落する縦穴。いや、もはやクレーターと成り果てたそこで、【混迷の爆音】は更に笛を振るう。

 積もった力により、そのまま叩き潰すとは行かなかったものの、意識が戻ってすぐに動ける者はいない。超直感だけで防げるほど、安易な威力では無い一撃が、精霊に叩き込まれた。

 宙に打ち上げられ、踏ん張りの効かない【積もる微力】を横振りに吹き飛ばす。防がれた感覚に歯噛みしつつ、契約者から離れた精霊を追撃する。


『ヤロー...!』


 瓦礫に埋もれた戦士の精霊に、その跳躍力をもって笛を突き込んだ。拳で迎え撃つ【積もる微力】の前で、笛に深く吹き込んだ。

 震える笛から放たれた音撃が、意識を吹き飛ばしながら衝撃を押し付ける。ガードが崩れた瞬間、笛を蹴りこんで再び吹き鳴らす。

 崩れた瓦礫に埋もれ、動きを封じられた精霊は恐れる必要は無い。あっという間の出来事に、やっと理解の追いついた健吾に、その笛を向ける。


「バケモンかよ...!」

『賛辞として受け取りましょう。今の私は最好調ですので、今までとは少々違いますよ。』


 その少しの差で、【積もる微力】の対応が追いつかなかったのだ。そんな事は言われるまでもなく、違うのは分かっている。

 契約がこんがらがっているのも、【積もる微力】との差を大きくしている一因だろうか。本当にタイミングが悪い。


「こんな昼間っから荒事しやがって、正気かよ。」

『ここまで大きくしたのは私ですが、貴方も大きく動いていましたが?』

「だから引き上げるとこだったんだよ。」

『それはお気の毒です。ここで沈んで貰いますので。』


 動けばド派手に物を壊しかねない【混迷の爆音】の能力。まさかこんな時間に遭遇するとは思っておらず、完全に無警戒だった。

 ゆっくりと此方に歩み寄る【混迷の爆音】から、逃げる術が見つからない。【積もる微力】も、ここまで距離が離れては瓦礫からの脱出さえ難しいだろう。というより、生きているのか?


『此方も役目ですので。残念ですが死んでいただきます。』

「心にもねぇ事を言いやがる。」

『いえ、心底...残念ですとも。』


 目の前に来た精霊が、笛を掲げる。健吾に影が差し込み、その小さくはない体を覆う。


『何か言い残す事は?』

「...んなに悠長にしてて良いのかよ。」

『良くはありません。私が命じられたのは、貴方方の殲滅ですので。ですが、私は彼に期待できないのですよ。』

「あん?誰だよ?」


 含みのある物言いに、健吾がつっかかろうとした時。顔のすぐ横を紅い光が貫き、【混迷の爆音】の笛を弾き落とす。


『胸騒ぎがして戻ってみれば...なるほど、先程の崩落は貴様の脳筋精霊の仕業ではなかったか。』

「【疾駆する紅弓(アルスナルケイロン)】...!」

『射手の精霊ですか...何故、彼に肩入れを?』

『少し複雑でな...なに、今すぐにでも単純にしてやる、待っていろ。』


 緩く弓を引くと、瓦礫群を打ち飛ばして【積もる微力】を解放する。射られた戦士の精霊が怒鳴っているが、距離があって内容は聞き取れなかった。


『獅子の契約者、早く失せろ。』

「はぁ?」

『ここは受け持ってやると言っている。離れれば塵芥に劣るそこの半裸では、殿など出来んだろう?』

『今はテメェも半裸だろーが、コラァ!』


 健吾の元へ戻った【積もる微力】の抗議は聞き流し、ルクバトを呼び出す狩人の精霊。無論、それを見逃すはずも無い【混迷の爆音】が駆け出すが、同時に放たれた三矢がそれを阻む。


『相手をすると言っているのだ、つれない事をするな。』

『失敬、ですが貴方で相手になると?馬を貸し出した生身の弓兵に、接近戦で負けるほど易くはありませんが。』

『案ずるな、退屈はさせんよ。獅子の、早く行け。我は人馬一体の精霊、我が半身を長く手間取らせるつもりか?』


 軽く弓を引き、何時でも走れる体勢。【混迷の爆音】から目を離さない狩人の精霊は、何を言っても聞かないだろう。

 事実、この申し出はありがたい。すぐに来るだろう警察部隊、崩落の危機にある地下、絡まったその場しのぎの契約、八千代と四穂の処遇。

 なんにせよ、ここから無事に、かつ早急に逃げるのが大切だ。目の前の敵に相対する一秒でさえ惜しい。


「んな事して、お前はどうすんだよ。」

『ふん、貴様が心配する余裕があるのか?そこの木偶の坊と違い、我は貴様が離れようとも、この黒づくめに単騎で負ける事も無い。』

『テンメェ、いちいち癇に障るヤローだな...!』

『あぁ、それと...我との契約を解約しておけ。主がリタイアすれば、貴様一人に負荷が集中する。我がそれの足を引っ張ったとあれば、とんだ恥だ。』


 無言で拳を握る【積もる微力】を諌めつつ、健吾も馬に跨る。彼とて負けたくない理由がある。ここは【疾駆する紅弓】の提案に乗るのがベストだ。


「悪い、頼む。ありがとよ。」

『ふん、貴様のためでは無い。ルクバトに任せろ、片腕だからと落ちれば嗤ってやる。』


 山へ向かう通路は、瓦礫の下。合流は難しいだろう。しかし、中にいる限り危険は無いはずだ。今はここから離脱が最優先だろう。

 霊体化した【積もる微力】が取り憑き、健吾が首にしっかりと腕を回したのを確認すると、ルクバトは大きく嘶き駆け出した。


『随分と待たせたな、感謝しよう。』

『いえ、構いませんよ。先程は無粋な真似を致しましたので...それに。』

『...?』


 俯き、瞑目する【混迷の爆音】は言葉を続けない。代わりとばかりに押し付けられた殺気に、弓弦を引く手に力が籠る。

 次の瞬間、飛び出した【混迷の爆音】が目前に迫る。予想していた【疾駆する紅弓】も、後ろへ跳びながら矢を放つが、笛を吹き鳴らしながらの接近、矢も意識も飛ばされる。


『随分と私を軽んじておりましたので、ハンデです。』

『なる...ほど。忠告、痛み入る。』


 蹴り飛ばされた【疾駆する紅弓】が、腹部を抑えながら瓦礫から立ち上がる。しっかりと握られていた弓に、追撃をしない判断を正解だったと確認して、燕尾服の精霊も笛を構えた。


『して、勝算をお聞きしても?』

『ルクバトが戻るまでならば、なんとかなろう。しかし、そうだな。勝つというのならこういうのはどうだ?』


 弓を上に向けた【疾駆する紅弓】が狙う先など、考えずとも分かる。脚に力を入れた【混迷の爆音】に、狩人は叫ぶ。


『そう急くな、まだ離さん。これは取引だ。我が弓を捨て、貴様は笛を捨てる。悪くなかろう?』

『なるほど...しかし、私の方が有利なのは変わりませんが?』

『試せば良い。』

『良いでしょう。』


 契約者が互いに離れている以上、正確な遠距離攻撃程、恐ろしいものは無い。戦闘能力の大半を武器に依存する二柱だからこそ成る取引である。

 矢を放たれた所で、回避に専念すれば当たることも無く、登代の元へも一度の跳躍。対抗策を全て失う【疾駆する紅弓】より先に、【混迷の爆音】が誠意を見せるのは必然だった。

 投げ捨てられた笛が壁まで転がり、そこに重なるように弓が投げられる。襟を正す燕尾服の精霊と、矢を抜き構える狩人の精霊。数瞬の停滞、そして二柱は地を蹴った。

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