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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第八章 Last Days
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亡霊の取引

 沈みこんだ足に、声よりも早く焦りと恐怖が精霊へと伝わった。瞬間的に飛び込み、顕現させた笛を叩き下ろす。


『ヴァアアァァ!!』


 液状化したタイルを吹き飛ばし、登代と【浮沈の銀鱗】の意識を刈り取った笛の音。吹き込んだ空気が壁に亀裂を走らせ、地上を揺らす。


『お嬢、ご無事ですか?』

「っ...!えぇ、なんとか。でも、もう少しスマートに助けてくれても良いのよ?」

『申し訳ありません、急でしたので。』


 横抱きにした登代に謝罪しつつ、壁に脚を叩きつけその場から離脱する。あのまま【浮沈の銀鱗】と共に暴れれば、この古い地下空間がどうなるかなど、考えるまでもない。

 細身な脚からは想像し難い強靭な力。圧倒的な加速度を生むバネが交互に動くあいだ、重力が捕らえる隙は無く。壁も天井も足場に成り上がる。

 あっという間に地下から飛び出たその一瞬。強く鋭い殺気が湧き上がる。これほど強烈に、迅速に湧き出る感情は、明らかに自分達のものでは無い。


『...Jesus、脚くらいはと思ったのですが。』

『私の得物がもう少し小さければ、危うかったでしょう。』


 笛の表面を削った小太刀を振り払い、刃に着いた粉塵を落とすのは、面を白布で隠した狩衣の精霊。

 傷が入った笛を撫で、眼前の【宝物の瓶】を睨む燕尾服の精霊が、無傷で地上に出た事への安堵を感じ、僅かに警戒を解く...解いてしまう。


「そこまで。動かないで貰えるかな?」

『馬鹿な...!?何処から!』

「足元、かな?」


 カラン、と音を立てて転がるのは、透明な瓶。開けられた蓋は、【宝物の瓶】が肩の上で振っている。

 登代の首に注射器を押し当てた真樋が、布だけで覆われた足で瓶を蹴り転がす。それを拾う狩衣の精霊を見て、【混迷の爆音】は納得する。


『なるほど、精霊の懐に隠れていましたか。靴はその瓶の中身に捕らえた人間に履かせ、徘徊させていたのですね。』

「推理ショーをしたいなら、探偵にでもなってなよ。」

『ショーではなく、ただの確認です。最後には貴方の計画ではなく、私の油断でしたから。』

「まさか。僕がここに出た時点で、計画は成功。僕らの緊張が解けるのは自然だろう?」

『...お嬢、幼い割には危険分子だったようです。』


 瞑目し、細く息を吐く精霊に、契約者は笑みを浮かべて尋ねる。構わずに動く登代の首に、針が赤い点を浮かべた。


「それで?貴方はどうするの?」

「分かってると思うけど、これ、そこの棚から選んだ物だからね?」

「間違って奪われた時、貴方が解毒する時間がいるでしょう?即効性のものを選ぶ度胸があるの?...図星ね、でも貴方の表情、死にすぎじゃないかしら?」


 言葉が立板を流れる水のようにツラツラと溢れ、それに対する感情の変化を明細に感じとる。それに集中し、言葉に集中し、その間には己の感情は凪いでいる。


「ねぇ、【混迷の爆音(アイギバーン)】?貴方ならこんな時、どうするの?」

『お嬢、期待が過ぎます。』

「だそうだよ。流石の僕でも、君相手に押し負ける気はしないし。諦めて僕の要求を聞いてくれるかい?」


 首に回した腕を強調するように力を込め直し、再度問いかける真樋。首に当たる針を意識しながら、登代も黙って捕まっては居ない。

 袖に隠したメスを滑らせ、首に巻きついた真樋の腕を切りつける。首がしまった反射運動だと油断した真樋の腕に、あまりに綺麗な切り口が生まれ、一拍遅れて赤く滲む。

 傷口を捻るように掴みあげられ、痛みに手が強ばった真樋から強引に抜け出すと、即座に反転しメスを突き出す。後ろに跳んだ真樋に、届くまで伸ばそうと踏み出した足が、床を超えて沈む。


『まったく、ツメの甘い事をしおって!』

「刃物持ちだと思わなかったんだ。普通、抜き身で肌に触れる所に置いとく?」


 床を液状化させ、地下と繋げた【浮沈の銀鱗】の文句に、言い訳を投げながら落とした注射器を拾う。針に着いた血を拭い、キャップをつけて上着にしまうと、穴の底を見下ろした。


「おーい、生きてる?」

『食っておらんぞ。』

「食べてたら怒るよ。僕じゃ、その精霊の真価は引き出せない。」


 既に階下へと飛び降りている【混迷の爆音】を横目に、真樋は外に出る。ここでは、【浮沈の銀鱗】が戦えない。

 廃病院の敷地は所々が焼け焦げており、いくつかの壁が倒壊している。別棟の地下は、先程二柱の精霊が潰したために、変に傾いていた。


「ほんと、人間業じゃない...ゲームとはいえ、ここまでリアルだとゾッとする光景だね。今まで怖いと思っていた物が、馬鹿らしくなってくる。」

『Report、来ます。』

「だろうね。」


 別棟の一部が弾け飛び、契約者を横抱きにした山羊頭の精霊が、真樋の前に降り立つ。鋭く睨む精霊に、真樋は注射器を見せびらかした。


「そっちの貴女は分かってるよね?これ、ラベル見えたでしょ?」

「ブンガロトキシン...神経性のヘビ毒ね。」

「なんでこんなものが保管されてたのか知らないけど...確かこれの致死量って、針先でも十分だったような?」


 ハッタリだ。確かに登代の首に針は走り、血管に到達している。しかし、健康体とは言い難い登代を殺すにも、足りていないだろう。

 だが、数時間もすれば筋肉の収縮が停止、強制的に弛緩するかもしれない。どれほどが体内に回ったのか、分からないのだ。抗血清を打とうにも、ヘビ毒に万能な血清は無く、対応したものを探さなければ行けない。

 その為には、彼が注射器に注いだ毒が、どの蛇の物かを特定しなければならないのだが...背後で崩れた病院が、それを絶望的にしている。


「僕もホントに回ったか確証が無いんだ...このまま時間を浪費して続けるかい?それとも、話しを聞いてくれるかな?」

『お嬢、如何しますか?』

「そうね、これを試すのはどうかしら?」


 そう言って彼女が揺らすのは、透明な翡翠色の瓶。栓をテープで閉じられた、美しい宝物。


「それ、僕の...手癖が悪いね。」

「貴方と、貴方の精霊の不死性...その謎、この中身でしょ?」

『Recommendation、その封を切らない事です。』

「そうだね。それは正直、使うつもりのないヤケッパチみたいな物なんだ。一昨日くらいのニュース見てない?」


 嘘は無い。それを感じ取った登代は、残念そうにその瓶を衣服の下へ隠した。


「私、街中で動くのは嫌いなの。何かしたのかしら?」

「他の人に比べたら可愛いものさ、まだね。でも、目の付け所は良いと思うよ。ピトス。」


 己の精霊から瓶を受け取り、真樋は蓋を開けて揺らした。チャポンと音を立てたそれこそが、ネクタルである。


「【宝物の瓶(トレジャーピトス)】の瓶には、蜂蜜酒を入れて少し寝かせるとそれに治癒と不死を授ける効能を付与するんだ。その巻貝みたいに、ね。これなら、まどろっこしい事をせずに解毒出来る。」

「精霊が持ってたのね、予想外だわ。」

「それで?僕の話しを聞いてくれる気になった?要求を飲んでくれなら、その瓶はあげるよ。死にたくなったら開けたらいいさ。」


 物騒な提案をする真樋の元に、【浮沈の銀鱗】が浮上する。二対一。割れやすい瓶を奪いに行くのは、至難の業と言っていい。

 ましてや、相手は【宝物の瓶】。精霊の中でも一二を争う敏捷性と器用さを持つ敵だ。直線起動ならばまだしも、物を奪うとなると勝ち筋が見当たらない。


「ふぅ...要件なら手早くどうぞ?」


 既に気だるさもある。少量とはいえ、やはり毒は回っているのだろう。本格的に症状が出る前に、事を済ませたい。


「簡単だよ、君が他の精霊を殲滅したら、この中身とその瓶を交換しよう。それまで、僕は少し準備があるし。」

「私を顎で使おう、って訳ね。」

「正確には精霊を、だね。」

『貴方が約束を果たすという確証は?』

「怨みには怨みを、恩義には恩義を。僕に利点が明確だからしてる提案だ、果たしてくれるなら相応の態度を取るよ。僕は父上とは違うんだ。」

『...左様で。』


 苛立ちと怨み、軽蔑。自分の利益より、約束を優先するという言葉を信じる程度には、それは強かった。

 ただ順番が変わるだけだ。ネクタルにも反動があるようだが、登代が動けなくなった所で己がその分まで働けばいいだけの事。そう判断した【混迷の爆音】に、反対の意は無い。

 振り向いて契約者を見れば、彼女は警戒を解いていなかった。


「この約束、反故にした時に貴方が損をする事がないじゃない。」

「当たり前じゃない?貴女が生き残るのは絶対じゃないんだし。」


 冷めた目で見下ろす真樋に、登代は言葉を止めない。


「体調を悪くしたのは貴方なのに?」

「ネクタルと一緒にこのカプセルでも飲むかい?それなら構わないよ。」

「そう...用意いいのね。」


 そのカプセルがなんなのか、聞くまでも無い。数時間で溶解する即効性の毒物だろう。病院の物を使えば、殺す相手に飲ませる物など易く作れるだろう。

 どちらが良いか、ならばカプセルだろう。僅かな不調さえ厳しい相手しか残っていないのだから。しかし、反動による酔いで潰れる時間も惜しい。

 何より、体内に毒など入れたくは無い。目の前の少年の奇襲、手札を使い切った彼に、何とか反撃の気配を探る。


「あぁ、そうだ。もし協力してくれるなら、残りの精霊の数と居場所くらいなら教えてあげるよ。予測は出来てるから、ピトスが確認するのに時間もかからないよ?」

「断るなら...?」

「時間も無いし、僕が殲滅しに行く。だから、その瓶も返してもらうよ?」

「渡さないって言ったら?」

「準備も終わる頃には、君も動けないと思うけどね。」


 策にハマった時点で完結。精霊に頼らない、持てる全てを集めて使う真樋のやり方は、数年を世間から逃げて過ごした登代には、予測しづらいものがある。複雑過ぎるのだ。

 故に、彼も狙ったのだろう。回復手段が無く、勝算があり、他の精霊に勝てる者。


「それで、返答は?」

「...カプセルと瓶、渡しなさい。」

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