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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第八章 Last Days
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安寧崩落

「とりあえず、グダグダしてても仕方ねぇ。行こうぜ。」


 立ち上がった健吾が壁を探して手をさ迷わせると、暖かい物に触れる。滑らかな毛と柔らかい感触は、生き物に相違ない。


「あん?誰だこれ。」

「ボクじゃないね。」

「私も違い、ます。」

「だよな、身長的に。」


 健吾の肩の位置といえば、二人の頭上である。薄らぼんやりと光っている精霊達に触れる筈も無く。


「それ、私の顔よ。離してくれると嬉しいのだけど?」

「あ、悪ぃ...あ?」


 想定していなかった声に、一瞬頭が追いつかずにフリーズする。緊張が走った空気を感じたのか、柔らかい笑い声と共に火が灯された。その顔を間近で見た健吾が、真っ先に叫ぶ。


「さそり座の女!」

「随分と前の曲ね?私の事なら、蝎宮さんと呼ぶのが良いんじゃないかしら。ねぇ、坊や?」

「すんません...じゃなくて!なんでこんな所にアンタがいんだよ!」


 怒鳴り、胸ぐらを掴む健吾を前に、八千代は両手を上げて降参のポーズを取る。持ち上げられたライターの火が揺らめき、影を足元に集めていく。

 顔に影が差し、彼女の表情を重く恐ろしく浮かび上がらせた。僅かな微笑さえ、余裕と威圧を感じる物に見え、ゾクリとした気配が頭を冷静にしていく。


「争うつもりは無いの。話、聞いて貰える?」

「...あんだけやり合ったのにかよ。」

「あら?私の精霊を見事、打破したのは誰だったかしら。私に何が出来るの?」

『レオ、どうすんだ?』

「あー!もう!訳分かんねぇんだよ、クソ!」


 苛立ちをぶつける先も見当たらず、その場にどっかりと座った健吾が、壁の近くの瓦礫を顎でしゃくる。

 座れ、という意図を察した八千代は、ありがとうと一言述べてそこに腰掛ける。とっくに胡座をかいている四穂と、立ったまま睨む仁美を視界に収めながら、彼女は頬杖をつく不機嫌な男に声をかける。


「私がここにいたのは、そっちの精霊さんに素敵なお誘いを頂いたからよ。もう少しで死んじゃうところだったの。」

『ふん、貴様が乗っていたのは想定外だ。勝手に巻き込まれただけにすぎん。』

「何してたのさ、キミ...」


 呆れる契約者の視線から目を逸らしながら、【疾駆する紅弓】は沈黙を守る。話す気は無いらしい。


「もう少しでって、何があったんだよ?」

「空を飛んだのよ、もう一人と一緒にね。私はこれがあったから助かったけど。」


 そう言って取り出した破片が、火を受けてキラキラと輝く。若草色の、綺麗なガラス片。見覚えのあるそれに、健吾が懐から瓶を取り出した。


「これか。なんか入ってたのか?」

「貴方も持ってたの?意外に懐が緩いのね、あの子。」

「なになに〜?あれ、それってあの幽霊みたいなお兄さんの精霊のだよね?」

「あん?アイツ高校生らしいぞ?」

「......え?」


 一人脱落したが、それで話が止まる訳では無い。健吾の疑問に答える為に、八千代が破片をしまいながら口を開いた。


「いいえ?私が入ったの。落下の衝撃を瓶に肩代わりして貰ったのよ。」

「んな事出来んのか、これ。てか人も入るのかよ。」

「精霊も入るみたいよ?ねぇ?」

『...ふん。』


 視線を感じながらも、関係ないとばかりに鼻を鳴らす精霊に、肩を竦めた八千代がライターの火を奥に向ける。


「とにかく、それでこの先の納屋から逃げ込んだのよ。今は山の方は大変よ?装甲車や武装した人達が大勢。行かないことをおすすめするわ。私も死にたくは無いし、このままフリーの精霊が見つからないならリタイアするつもりよ。」

「諦めがいいな?」

「退く時は潔く、よ。みっともない事をするのは、勝算がある時だけ。ここから精霊と契約を結ぶのも、特性を把握しきれていない子を使役するのも、難しいじゃない?」


 問いかけるように肩を竦めてそう言う彼女だが、その声音は確信に満ちていた。事実、ここまで残った者たちは幸運の持ち主か信頼関係を持つ猛者たちだけであろう。今からその中を生き抜ける精霊を見つけるとなると、至難の業だ。


「それで?なんでここ、崩れてるのかしら。」

「あ〜、レイズが」

『俺のせいにすんなよ、元はと言やぁ、コイツが喧嘩売ってきたんだろうが。』

『こんな契約者の負担も考えん無茶苦茶な状態は、とっとと元の形に戻すべきだ。この聖戦を侮辱する気か?』

『あぁん?ならテメェが消えてろ。』

『劣るものが消える、それが正しいだろう?』

『やんのかテメェ...!』

「だいたい理解出来たわ...」


 睨み合う半裸の精霊を眺め、痛む頭を抑えるようにため息を落とす八千代。それはそうだろう、道を潰されたかと思えば、なんと幼稚な言い合いをしているのかと。

 要は「俺のが強いからお前どけ」と、互いに言い合っているだけなのだ。それに巻き込まれて退路を絶たれた等、力の抜ける思いである。


「まさか、戻るしかないのかしら?」

「蝎宮さんがここを通る手段、持ってたら話は別ですけど...」

「ちょっと期待しすぎじゃない?私、貴女のところのマネージャーじゃないのよ。」

「ですよね〜、言ってみただけです。」

『あ〜?通れりゃ良いのかよ?』


 狩人の精霊と睨み合っていた【積もる微力】が、入口を示しながら問いかける。


「え、なに?方法あるの?」

『方法もなにも、どけりゃいいんだろ。』

「おいレイズ、壊すなよ?頼むからこれ以上崩すなよ?」

『殴らなきゃ壊れねぇだろ。押し込むだけだ。』


 そう言って入口に詰まった瓦礫を、無造作に蹴りこんだ。削れ、動く音がし、闘気の積もった瓦礫が蹴りこまれた位置で止まる。


「おい!押し込むの意味調べ直してこい!」

『流石に動くかよ、この奥まで詰まってんだ。思い切りやんなきゃ問題ねぇだろ。』

『...離れて置くぞ。巻き添えで埋まっては敵わん。』


 健吾を置いて、ゾロゾロと奥へ引っ込む三人と二柱を恨めしく睨みながら、健吾は壁を観察しながら留まる他無い。離れれば、【積もる微力】の力がガタ落ちするのだから。

 その間にも、更に数発蹴りこまれた瓦礫は、その隙間を広げている。とはいえ、空洞が広がっているだけで、光の一片も差し込まない。随分と派手に崩れたようだ。


「レイズ、これどんだけかかるんだ?」

『いや、もう終わらせるぜ?頭下げてろ、レオ。』


 止める間もなく、腰を落とした戦士の精霊が回した脚を蹴りあげる。大きく迸った闘気が蹴り飛ばされた瓦礫に移り、数瞬だけ遅れて発火する。

 爆弾でも投げ込んだような衝撃と、上から落ちる光、そして崩れてくる周囲の瓦礫。頭は左腕で庇いながら、上に開いた大穴を覗く。健吾の体格でも、十分に通れるだろう。


『一応、積もってはいるが、崩れる時は崩れるぜ。早くしろよ。』

「相変わらず無茶苦茶だな...つか、痛ぇんだけどよ。」

『治してもらえよ、そんくらい。ちゃんとやべぇのは弾いてやったろうが。』


 鬣に着いた埃を払いながら、上を見上げた【積もる微力】が眉を顰めた。舌打ちをした精霊が、振り向いて叫ぶ。


『お前ら全員、走れぇ!』


 健吾を担いで飛び出した精霊に、契約者が怒鳴る。


「おいレイズ!説明!」

『見りゃわかんだろ、ダアァララアアァァ!!』


 足元に捨てた健吾に構わず、振り上げる拳の乱打。それを受け止めるのは、日を遮る燕尾服。


『轟け...!』


 爆風が当たり一帯に吹き荒れ、聞くものの意識を刈り取る。振動する瓦礫群が再び崩壊を始め、亀裂が登っていった。




 映像が途絶えたか。獅子の精霊は消えたか?

 再生を移せ、そうだな...巻き戻して始めよう。

 ポイントはCode.Capricornus


 現在時刻、12時。

 残り時間、19時間。

 残り参加者、6名。




 暗い病室に眠る女性の横で、座り込んでいた燕尾服の精霊が目を開ける。ほんの僅かな物音が、山羊の耳を震わせたからだ。

 そして、警戒と迷いの感情。数分もすれば、それを確信と警戒が塗り替えていく。


『なるほど、歓待の準備が必要なようですね。』

「ん...【混迷の爆音(アイギバーン)】?何処へ行くの?」

『お客様のようですので、出迎えを、と。』

「そう...私も行くわ。その方が好都合でしょう?」


 極端な【積もる微力】程で無くとも、契約者との距離が近い方が力は出る。しかし、先程までの不安定さを思えば、精霊が不安を覚えるのも当然だった。

 言い淀む彼に、登代は笑みを零して告げる。


「もう大丈夫よ。私の心は今、土の下に眠る岩肌の様に、父を捨てた時よりも冷えているもの。」

『...左様ですか。それでしたら、私の後ろへ。行きましょう。』

「いいえ、持て成すなら主が前にいるべきよ。この感じ、あの子でしょう?私相手に奇襲を仕掛ける子じゃないわ。」


 冷静沈着。しかし、冷酷なまでの落ち着きと計算高さを感じない、迷いと困惑を混ぜた決意。参加者の顔を思い浮かべれば、すぐに見当はつく。

 道が崩れた所もあるからか、何度か迷っているものの、まっすぐに此方を目指す動きもそうだ。探知系の能力や特技がある組は、もう限られていた。


「危険は無い。貴方ならどうにでもなる相手よ、そうでしょう?」

『お嬢がそう言うのでしたら。』


 一礼して引き下がった精霊を連れ、入口へと向かう。この地下空間に入る道は一つしかなく、故に入れ違いは起きえない。それを知っているのは登代であり、知識の数はそれだけ有利の差となる。

 近づいてくる反応にだろう、困惑を感じ取れ、道を探すように動いているだろう足音が響く。山で会った時はスパイクを履いていた、まだ脱いでいないのだろう。

 しかし、随分と怯えが強い。地下の空間がそうさせるのか?強く感情を感じる事に緊張が高まり、心音が耳を揺らす。もしかしたら、自分の感情なのかもしれない...本当に?


『...お嬢。なにか妙では?』

「そうね、これじゃまるで...」


 迷い込んだ小市民。その言葉を飲み込み、立ち止まって周囲を警戒する。此方が移動を止めたというのに、向こうの感情に一切の揺らぎが無い。


『もし、自制仕切っているなら、大した物ですね。』

「悟らせないように隠す事は出来ても、感情の完全な自制なんて不可能よ。切り替えが早くとも、揺れる事くらいある。むしろ、私にはその方が分かりやすいわ。」


 感情的な所のある己を自覚している彼女にとって、あまりに早い感情の戻りは他人の物と確信する材料にしかならない。

 アルカイックスマイルに包み隠すエセ紳士も。

 おちゃらけて流す不運な策士も。

 生気の失せた傀儡も。

 隠れた感情の動きを共有してしまう登代には、随分と感情豊かな人間に他ならない。ならば、これは想定内という事になる。


「もしかして、違う...?」


 確かめるには、遭遇するのが早い。上の階へ上がるため、一歩を登代が踏み出した瞬間、冷たいタイルが波打った。

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