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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第八章 Last Days
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精霊か亡霊か

 動きは無い、か...良かろう。では次だ。最後の組へ再生を。そうだ、Code.Leoだ。



 現在時刻、7時。

 残り時間、24時間。

 残り参加者、6名。



『主、起きているか?』

「ん...【疾駆する紅弓(アルスナルケイロン)】!?」

『ば、やかましい!静かにしろっ!』


 小声で叫ぶという器用な真似をしつつ、四穂の口を塞ぐ狩人の精霊が、周囲を見渡した。

 三成が根城にしていたゲストハウスの一室、健吾が使っていた部屋。死んだように眠る健吾と、その傍で丸くなった仁美を確認し、深く息を吐いた。


『いいか?手を離すが叫ばんように頼むぞ、主よ。』


 激しく頷いた四穂を信用し、そっと手を離した瞬間に彼女が大きく息を吸った。


「はぁ...死ぬかと思った。」

『そんなに軽い者でも無かろう。それより、奴は何処だ?』

「それよりぃ〜?はぁ...っていうか、奴って?」

『そこの男の契約精霊だ、用がある。』

『あん?俺は無ぇよ。』


 扉の側で顕現した精霊が、不機嫌に鼻を鳴らした。既に反動は消えているのか、苦しげな印象は無い。


『我にはある。』

『話があるっつうなら、レオに言えや。』

『話では無い。来い、獅子の精霊。特別措置は終わりだ、どちらが舞闘に相応しいか、決する時。』

『あぁ?そういう事かよ...』


 めんどくせぇ、と鬣を掻きむしりながら四穂を睨んだ精霊が、口を開く。


『あんたはどーすんだよ。』

「え?ボク?見届けたら...もう起きるよ。ここはちょっと...ね。」

『理想と違いすぎたか?』

「ん、そんなところ。ボクは色んな人に元気を出して欲しいだけだし。競い合うライバルじゃないし、あんなに切実な願いをぶつけられちゃ、それを邪魔できないもん。」

『今更だがな...そういう事だ。獅子の、外へ出ろ。』

『レオがいねぇと力がでねぇよ。』


 契約者を示す【積もる微力】に、狩人の精霊が渋顔を向ける。


『反対されても面倒だ、条件は対等に行く。主、これと一時的に契約をしてもらえるか?』

「ボクは構わないけど...」

『あん?なんでこっち見んだよ。好きにすりゃ良いじゃねぇか。』

「ボクに契約の権利無いからね!?」

『そうだったか?なら、ほらよ。《我、【積もる微力(レイジングダスト)】の名を揚げて問う。契約を交わすか?》。どうすんだよ、ん?』


 雑に契約を投げかける戦士の精霊に、了承を示した瞬間、背中を焼く痛みが走る。すぐに引いた痛みには、慣れたような気さえする。

 そんな四穂を置いて、二柱は外に出る。まさかと思い駆け出した四穂が表に出れば、引き絞られた弓弦と揺らぐ闘気が目に入った。


「ちょちょちょっと!ちょっと待ったぁ!」

『なんだ主、止めてくれるな。』

「いや、もう朝!疲れきってる二人は起きてこなくても、周りの住人や警察は来るから!?」

『む...確かに暗くは無いな。致し方ない、場所を変えるぞ。』

『めんっどくせぇな、おい。』

「いや歩くなぁ!?霊体化しててよ、ボクが移動するから憑いてきて。」


 裏から自転車を引っ張り出してきた四穂に言われ、二柱がその姿を溶かした。暴れてもバレにくそうな場所を必死に考える四穂の手が、クイッと引かれた。


「んひゃぁ!?」

「きゃ!...ごめんなさい。」

「あ、君かぁ。びっくりしたぁ...どうしたの?」


 少し寝癖の残る頭を見下ろしながら、手を引いた犯人、仁美へと問いかければ、彼女は地図を差し出した。


「印、つけておきました。」

「印?」

「あぅ、その...聞こえていた、ので。」

「ん〜?あ、もしかしてバレない場所、探してくれたの?」


 頷いた彼女に、お礼を言えば、そのまま所在無さげに俯いたまま。健吾に対する態度を見て、結構図太い子なのかとも思っていたが、人見知りの傾向が強いのかもしれない。

 それとも、健吾が特別だっただけだろうか?とにかく、場所があるのなら早々に行くに限る。


『おう、ちびっ子。日が高ぇうちから派手にはねぇと思うが、レオのお守り頼んだぜ。』

「ん、早く帰って、ください。」

『へ、誰に言ってやがる。そんなにかからねぇよ。』


 それだけ言う為にわざわざ顕現したのか、再び霊体化する【積もる微力】。そんなに簡単な相手では無いという気持ちは胸に仕舞っておき、四穂は自転車に跨った。


「あ、そだ。ボクはこのまま、天球儀の方に行って起きようと思ってるから。君のナイスガイにもよろしくね?」

「いいん、ですか?」

「うん、ボクが争う人達じゃなかったんじゃ無いかな、と思ってさ。分かってたつもりだったんだけど...ボクもまだまだお子様って事かな?」


 舌を出しておどけて見せた彼女に、悲壮感は見当たらない。代わりに何かを見つけられたのか...それとも、そもそも願いなんてどうでもよかったのかもしれない。

 そんな四穂を見て、やはり自分とは違うと、仁美は顔を逸らした。明るく生きている彼女を見ていると、外への羨望が強くなり、やりきれなくなる。


「...ボクの事、嫌い?」

「そういう訳じゃ、ない。」

「そっか。じゃあさ、これあげる。もし君がやり切れない気持ちでいるなら、きっと力になると思うよ?」


 四穂が鞄から取り出した箱を、仁美に押し付けた。鍵を開ければ、中には録音機が入っている。


「多分、世界で一つだけのファンサービス。先輩、滅多にこういう事しないから。ボクの...というか、お兄ちゃんの?宝物なんだけどね。ここはゲームみたいだし、君に預けとくよ。」


 首を傾げている仁美に、イヤホンを渡した彼女がペダルをこぐ。あっという間に離れていく仁美がどうするのか、それは分からないが。


「彼女、上手く行くと良いなぁ...」




 地図では大きなビルが解体を待っていた筈だが...


「穴、だね...」

『穴、だな...』

『何をしてる?降りるぞ。』


 ルクバトを召喚した狩人の精霊が、すぐに跨る。前に四穂を乗せ、落とさないように抱きとめた。


『貴様は』

『は!てめぇの助けなんざ要らねぇよ。』


 そう叫ぶと、穴の側面へと飛び降り、僅かな足場を経由して降りていく。


『まるで猿だな...』

「こら、そーゆーのは言わない!思ったけどさ!」

『降りるぞ、舌を噛むなよ。』


 ルクバトを駆り、垂直になった崩落後を一直線に駆け下りる。途中で【積もる微力】を追い越し、暗い底へとあっという間にたどり着いた。所々に砕けた跡のある底で、紅馬から降りた四穂が文句を言う。


「うわ、何も見えないんだけど。」

『かなり降りたからな、仕方あるまい。昼になれば明るくなるだろうが』

『なんだ、そんなに持つつもりかよ?』


 遮るように目の前に飛び降りた【積もる微力】が、馬上の【疾駆する紅弓】の胸ぐらを捕まえ...ようとして服が無い事に気づいた。

 泳いだ手に失笑を漏らした精霊の胸をどつき、苛立ちながら吠える。


『ムカつくんだよ!勝負を仕掛けんなら、もっとヒリつけよ。』

『生憎、勝ちを確信するには難しい程度には侮れんからな、貴様は。もし仮に、この我が貴様に、万に一つでも負けるとしたならば、それも天命だろう。叶えるべき夢のない精霊など、消えるべき亡霊なのだから。』

『あぁ?ナメてんのかぁ...!』


 闘気を昂らせた戦士の精霊が、真正面から睨みつける。【疾駆する紅弓】とて小さいとはお世辞にも言えない精霊だが、【積もる微力】の上背が高すぎる。大きさがそのまま威圧となって叩きつけられ、互いの間に冷たい空気が流れた。

 どちらが早かったか、それは分からない。しかし、瞬き程度のほんの一瞬で、拳に弾かれた矢が壁に突きたった。


『巻き込まれるなよ、主よ!』

『余所見なんざしてるたぁ、余裕だな!』


 無造作に放たれた二射目を半身になって回避し、その回転の勢いが拳に乗って振り上げられる。顎に吸い込まれるそれより、僅かに早く駆け出したルクバトによって、それは空を切る。

 狩人の髪を揺らした拳が伸び切るより先に、急停止したルクバトが後ろ蹴りを放つ。左腕で受けた【積もる微力】の肩が、嫌な音を立てる。


『あぁ、余裕だが?』


 硬直した【積もる微力】に、不安定になった馬上から正確に弓を引く。首を狙ったその矢は、感じる視線で察して掴み取る。

 これで、両腕を使った。戦士よりも速い【疾駆する紅弓】の三射目が、防御を失った精霊を襲う。掴んだ矢を正確に押し出した。


『グ、てんめぇ...!』

『まだ生きるか...しぶといな。』


 首に刺さった鏃をそのままに牙を剥く精霊に、目を見開いた【疾駆する紅弓】が弓を引く。駆け出したルクバトは旋回しながら距離を離し、果てには壁を登っていく。

 十分に距離を離した狩人が、引き絞った弓から矢を放ち始めた。早々に追うのを諦めた【積もる微力】が、飛来した矢を掴んでは投げ返す。


『どうした?その程度か?』


 縦横無尽に駆けながら、正確に矢を射続ける精霊に、投擲した物が当たるはずも無く。何故ならば、今の【積もる微力】は...


『ちぃ!なんっでそんな隅にいやがんだよ!』

「うぇえ!?なんでボクが怒鳴られてるの!?」

『煩っせぇ!良いから来いや!』

「ムリムリムリムリ!死ぬ!死ぬからぁ!?」

『んだよ腰抜けがぁ!』


 契約者との距離、それが絶望的だ。【疾駆する紅弓】が僅かに受けている健吾との契約の恩恵も、【積もる微力】は零、皆無である。


『契約者を危険に晒す、精霊として難儀な性能だな。』

『それでも仕留めきれねぇお前よりは頼りがいあんだろーよ!』

『ほぅ...?後悔するなよ!』


 上へと数発放たれた矢を、つい視線が追ってしまう。それが隙になる。じっくりと番えて構える時間。

 一本ずつ放っていた矢を、ズラリと三本抜き放ち弦に番える。指先のほんの僅かな感覚で矢先を制御して放てば、干渉すること無く一直線に、飛び出した。

 迂闊に弾けば、想定し得ない所へ飛ぶだろう。掴むには距離が空いているし、躱すしか無い。ギリギリの回避は難しく、自然横へとステップを踏む。


『そう、来るだろうな。』


 横にした弓から放たれた矢は、今度は大きく広がって放たれた。その数、五本。

 横に避けたのでは間に合わず、【積もる微力】の大柄な体躯では抜けらない絶妙な隙間。掴む弾くも、動いたばかりの崩れた姿勢では難しい。健吾の直感があれば或いは、などと考える余裕もない。

 残された道、上か下。当然下だ。空中では回避に動けないのだから。


『しゃがみこんでは...見えないがな。』


 ダメ押しとばかりに放たれた矢を、齧りついて止め、四肢を用いて駆け出そうとした【積もる微力】に...天から矢が落ちた。

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