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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第七章 去りゆく者 止まらぬ者
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生き残るという事

 現在時刻、5時。

 残り時間、1日と2時間。

 残り参加者、7名。


 燃え盛る炎の中から飛来した物を睨み、【母なる守護】は大きく息を吐く。不機嫌を体現したようなそれは鼻輪を揺らし、灰を散らした。


『何故、貴様ガ我ノ邪魔ヲスる?答えによっては許さんぞ。』


 届かないと分かっていながらも、そう零さずには居られない。炎の中を動く耐久性は、奴には無いはずである。では、更に向こう、山頂近くから射られた物だろう。

 矢の刺さった後ろ足を引きずりながら、霊体化して炎をくぐる。山頂付近に置いてきた筈の契約者を回収しなくてはならない。


『まったく、トロい契約者を持つと苦労する...』


 山頂まで戻り、顕現した【母なる守護】が周囲を見渡しながらボヤく。周囲に動くものは無く、濃厚な死の臭いだけが漂う。

 丁寧に揃えて寝かされた人影も、かけられた上着の肩より上が平たく落ち込んでいる。随分と悲惨な見た目になっているだろう事は、想像に固くない。


『あと一日ならば、大事になっても構わんか...その前に焼けるだろうがな。』


 その中途半端な礼儀にも似た何かが、無性に腹立たしく思い。踏み潰してやろうかと歩み寄った瞬間、空から光の槍が落ちた。

 全身に痛みと熱が走ったものの、すぐに動ける程の物。軽く煙を上げながら睨む先には、正座する一人の美女がいる。


『申し訳ありませんが、貴方からは良くない心を感じます。彼女たちから離れてください。』

『ふん、戯言を。死体に付き添った所で、記録する夢も潰えていように。』

『契約者を置いて行った者の言とは思えませんね。』

『あれは渇きが足りんのだ!他者の事を伺うあまり、己が映らなくなった目をしておる。夢も理想もあったものではないわ!』


 同じにするなとでも言うように、抗議を吐き捨てた【母なる守護】が、ふと違和感に気づく。

 あれほど強力な精霊が、果たしてずっと顕現していられるのだろうか?それに、契約者を彼女と読んでいたか?


『もしや、貴様...乗り換えたか?』

『貴方が不甲斐ないからでは?』

『ふん!我はアヤツを刺激してやっているだけだ。少しは反骨心や怒り、ワガママといった物を出してもらわねば、精霊としても何も出来ん。』

『荒療治は向かないと思いますが?貴方がそれしか出来ないのであれば、致し方ないでしょうが。』

『なんだと?』


 青筋を立てて鼻息を荒くする【母なる守護】だが、流石にもう動けない。一晩中、攻撃も炎も受け続けながら山を駆け回り続けたのだ。その成果が何も無いとは無様だと苛立ちながらも、今夜この精霊の残した爪痕は小さくない。

 侮れない相手だと理解している巫女の精霊は、これ以上憤りをぶつける事は止めにする。彼なりに契約者を思っての事だったのだろう...恐らくは、きっと。


『して、アヤツは?』

『少し離れた木陰に休んで貰っています。ここの光景は、健常者には堪えるでしょうから。』

『まったく、軟弱な...』

『選ばれたのは、戦士ではなく適合者です。分かっているでしょう?』


 一般人だと諭す【純潔と守護神】には応えずに、彼は契約者を探す。出てこない所を見ると、眠っているのだろうか。


『まったくこんな状況下で眠れるとはな。』

『疲弊していたのですよ、貴方に着いていくのに。彼女の我慢強さは度を超えています、死ぬまで文句も弱音も出てこないでしょうとも。』

『貴様は先程から文句しか言わんがな。』

『契約した途端、かなりの疲労だと分かりましたから。契約者をあの状態で放置するなど、信じられません。』


 キツく睨む目には、精霊として非常に丁寧な彼女らしい怒りがあるのが分かる。どちらかと言えば大雑把な【母なる守護】とは、肌が合わないのだろう。


『あの方の何処から貴方が出てきたのか、理解に苦しみます。』

『大方、親族だろう。そんな事よりも、下りねば燃えるぞ。死ぬ気か?』

『貴方を待っていたのですよ。早く起こしてあげてください、私は下りる準備をしますので。小出しには出来ませんが、今の私なら安全確認までトゥバンも持つでしょう。』

『なら早くしろ、我はもう顕現し続けられんぞ。』

『言われずとも。主神を祝う母の...』


 詠唱を始めた巫女から目を逸らし、雄牛は適当な木の後ろを練り歩く。何本目かにたどり着いた時、足元に小さく丸まった女性を踏みそうになり、慌てて身体を傾ける。


『まったく、捨てられた赤子でももう少し堂々と眠るだろう...おい、起きろ!』

「っ!ごめんなさい、すぐに...あ、【母なる守護(プロテクトガイア)】...」

『何を寝惚けているのか知らんが、すぐに立て。勝手に貴様が手懐けた小枝が脱出の準備中だ。』

「彼女は、とても寂しそうだったから...契約者がいないと、精霊は不安定になるのでしょう?」

『貴様に他人を気にする余裕がまだあるとは、驚きだな。死ぬ寸前までそれを止めんのか?』


 ずいと寄り、目をのぞき込む巨牛の精霊に、二那の肩が震える。信頼しているとはいえ、怖いものは怖い。

 苛立たしげに息を吐き、精霊が霊体化する。遂に愛想を尽かされたかとも思うが、初日からずっとこんな調子だ、きっとまた何食わぬ顔で怒鳴りに出てくるだろう。


「そんなに嫌なら、いっそ逃げてくれても良いのに...」

『それがアレなりの優しさなのでしょう。自分の本心に、貴女が真っ向からぶつかってくるまで待つつもりの様ですよ。七日間しかないのですから、配慮を見せても良いとは思いますけれど。』

「彼の...優しさ?」

『えぇ、貴女は契約者ですから。嫌われている訳ではないでしょうし、そう言う事ではないのですか?』


 キョトンとする二那に、巫女の精霊の顔に呆れが浮かぶ。これは本気で嫌われていたと思っていたらしい。確かに苛立っていただろうが、それは信頼の裏返しであろう...素が怒りっぽいのも多分にあるだろうが。


『貴女と勝利したいが為に、貴女に欲張って欲しかったのでしょう。さぁ、話は終わりです。あまり語らって怒鳴られても堪りませんから。』


 粛々と乙女達を待っていた龍が、巫女の伸ばした手に鼻面を添えて目を細める。暫し戯れた【純潔と守護神】がトゥバンから離れ、法杖を掲げる。


『私はここでトゥバンの現界を維持します。無事に隠れ終えたなら、霊体化して合流します。共に行けませんが、悪しからず。』

「貴女が無事に帰って来るなら問題ないの。ただ...ここに残っても、私は怒らないわ。貴女のしたい事をして。その為の契約だもの。」

『本当に...精霊の契約とは、契約者の望みを叶える事。この【純潔と守護神(チャスタリアンドラゴ)】に二言はありません。』


 行って、とばかりに伸ばされた手に従い、トゥバンによじ登ろうとする二那を、龍の精霊は自身の背に押し上げた。間近に来た髭は柔らかく、優しい目が彼女を覗く。


「トゥバンさん、でしたよね?よろしくお願いします。」

『ウルゥゥ...』


 喉を鳴らした龍が、空へと駆け上がる...寸前に一点を見つめて静止する。不思議に思う二那の前で、雷が落とされた。


「けほ、えほっ...いきなり物騒じゃない?」

「蝎宮さん...!?」

「こんばんは、さっきぶりかしら?随分と苦労したみたいね。」


 土に塗れ、疲労を見せる二那を見て、八千代は嘆息する。あの精霊に着いていくなら、こうなるだろう、とも。途中で見失ってからはどこにいたのかと思ったが...


「こんな所まで登っているなんてね。」

「じつは、私も分からなくなってしまって...とりあえず上に行けば火から離れられるので...」

「あら?そうなの?」


 金属化していた精霊を思えば、契約者がついて行ったのだと思ったが。


(もしかして、がむしゃらになりながらも契約者の傍にいた、という事かしら?あの精霊も、契約精霊としての責務は果たす気はあったのね。)

「でも、何故隠れていたのでしょうか?」

「あぁ、別に貴女達から隠れたのでは無いの。ごめんなさいね、ちょっと面倒な人を連れてきちゃったわ。」


 そう嘯いた彼女は、すぐに走り出しトゥバンの前足に掴まった。すぐに振りほどいてやろうとした龍の精霊だが、その顔に彗星が降り、動きを止める。

 衝撃に頭を仰け反らせたトゥバンが、辺りの木々に落雷を招いて焚きあげる。煙と炎が視界を塞ぎ、飛来する第二射はトゥバンの角を掠めて落ちていく。


「飛んで逃げましょう、お願いするわ!」

『いけません!射落とされるだけでしょう。ここで迎撃する事を薦めます。』

「あら、それでもお願いするわ。私の精霊はやられてしまったの。」


 居ても居なくても変わらない。助かりたいなら勝手にすれば良いと意識から閉め出し、【純潔と守護神】は相棒の現界に集中する。

 勝負は急いで決めねば、下山した後が困る。目立つトゥバンで降りれば、その周囲には警備隊や契約者が集う恐れが高い。すぐに消えたのでは危険だ。


「出てこない...ですね...」

『時間勝負と悟られましたか...手当たり次第に落雷を誘っても、力を消耗するだけ。妙案はありませんか?』

「姿を見せて上げれば良いんじゃない?矢を放った位置に居るでしょうし。」


 平然と自らを囮にしろと曰う八千代に、少し顔を青くした二那が首を振る。トゥバンで飛ぶのが最善の手であろうその策は、二那も囮になる事を意味するからだ。

 下手をすれば、というより間違いなく。高空で精霊の矢に射抜かれるなど、恐ろしく思って当然だ。しかし、他の手を思いついた訳でも無かった。

 必死に頭を働かせて悩む二那を、八千代がよじ登って抱き竦める。


「分かってくれた?手段は多くないわよ。」

「でも...何かを忘れている様な...」

「不安は分かるわ、でも時間が無いの。賭けに勝ったものだけが、栄光は手にできるのよ。賭けない人は栄光には届きえない、そうでしょ?」


 勝ち続けた者の言い分だ、二那には到底納得できない。しかし、炙られた木が倒れた音を聞き、本当に時間が無いこともまた、実感する。


「...分かりました、行きましょう!」

「えぇ、お願いね。そういう事よ、目を光らせておいてね、龍神様?」

『お気をつけて。頼みます、トゥバン。』


 巫女の精霊が法杖を掲げ、集中する。存在感の漲る龍は、身体の発光が強くなったような錯覚を覚えた。ゆったりと、しかし夜風を押し流す様に力強く。龍は天へと舞昇った。

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