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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第七章 去りゆく者 止まらぬ者
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駆け落ちる

 ビリビリと首筋を危機感が伝い、健吾は一歩前に出る。ここまで来たら、やるだけやるしかない。残す目標も無く、脱出の目処は自分が考えた所で出てこない。

 頭は働かない分、余計にスッキリしている。クリアな思考が散漫な集中力を一つに纏めてくれた。


「なぁ、レイズ。金属ってよォ、曲げたりしたら固くなるよな?」

『あん?その前に壊れんだよ、鉄なんざな!』

「どっちにしろ動け無くなりそうだな!」


 単直で肉弾戦の術しか無い【母なる守護】は、【積もる微力】で戦う相手としてすこぶる相性がいい。

 契約者が離れられない変わりに、【母なる守護】に匹敵する力を、能力付きで、コンスタントにたたき込めるのが【積もる微力】だ。


「そこのお嬢ちゃん!仁美を連れて山ぁ降りとけよ。出来るだけ早く迎えは寄越してくれよな。」

「あ、お嬢ちゃんってボク?」


 ルクバトの上で困惑する彼女には目もくれず、肩の【辿りそして逆らう】を仁美に押し付けた健吾が、前に出る。


『もう動けんだな?』

「ちとハイになってるだけだ、期待すんなよ?」

『だったら突っ立てな、叩き潰して、止めたやっからよ。』


 腕を回して挑発じみた嗤いを零し、【母なる守護】を睨む精霊は、再び腕に闘気を灯している。

 そんな臨戦態勢を目の前に、黙っている性格では無い。すぐさま猛然と突っ込んでくる金属牛に、鋼鉄よりもなお傷つかない拳が振り抜かれる。


『ダァララアアァァ!』

「よし、行け!早くしねぇとここまで火が回んぞ!」

「でも...っ絶対!合流しますから!待ってますから!」

「おぉ。お前のそんな叫び声、始めて聞いたな。そんだけ強く言われりゃ、忘れることもねぇだろうさ、安心しな。」


 背中越しに手を振りながら、土煙を上げて押し合う精霊達へ更に距離を詰める健吾。力が増し、更に激しさを増す【積もる微力】の反撃が、金属を打つ音を激しく響かせた。


「しっかりね、お兄さん!」


 四穂が叫び声を上げたのを最後に、ルクバトの駆ける音が遠ざかる。もう【辿りそして逆らう】を頼ることは出来ない。ここで押し切り、なおかつルクバトにしがみつく程度の体力は残さねば。


『貴様、随分ト投ゲヤリニナッタナ!ソンナ戦イ方ヲシテ、我ニ勝テルトデモ!?』

『状況見て言いやがれ、タワケがぁ!いくら駄々こねよぅが痒くすら無ぇんだよ!』


 大砲でも撃った様な後が響き、拳と頭蓋が打ち合う。金属の肉体と、無敵の肉体。痛みやダメージを無視する身体で出される一撃は、一切の躊躇や遠慮の無い一撃。

 硬直も痺れも無く、次の一打へと移る二柱。易く木々を、瓦礫を粉砕しながら、もんどり打つ獣達を追う。少しでも気を抜けば巻き込まれ、死ぬのは考えるまでも無い。


「おいレイズ!てんめぇ、何が突っ立ってろだ!走らせんな!」

『煩ぇ、黙って着いてこい!』


 健吾が着いてくる事、【積もる微力】が守ってくれる事、互いの信頼の元に、目の前の事に集中する両者。

 そんな騒がしいやり取りに、苛立ちを隠さない猛牛の吠え声が割り込む。


『貴様ラ、少シハ黙レンノカ!』

『てめぇがくたばったらな!』


 契約者が傍にいて、星霊具まで手に入れ、それでも【母なる守護】を押し切れない。金属化できる程度には、契約者も近くに来ているのだろうが、それでも見つからない程度には遠い。

 本当にタフな事だ、と戦士の精霊は歯噛みする。先程から、相手の攻勢は全て真っ向から潰せている。カウンター気味に決まっている筈のそれでさえ、攻めきれている様子は無い。


『ナント頑丈ナ..!貴様、ソレデモ精霊カ!?』

『そっくりそのまま返してやるよ!』


 金属と無敵の星霊具。ぶつかり合う力と力は、留まるところを知らない。ただ走るだけの健吾も、既に足取りが怪しい。

 だが、勝利は確実に【母なる守護】から遠ざかっていた。【積もる微力】にあり、【母なる守護】に無いもの。それは、一撃必殺の打点である。


『いい加減、暴走すんのもやめとけよ、ビビりヤロー。』

『ナンダト!?』

『王者ってのはな、どっしりと構えてるもんなのさ。てめぇから出向いて早々に襲うマネはしねーんだ、よ!イグニッション!』


 ダメ押しに拳を入れながら、揺らした闘気を共鳴させる。【母なる守護】から噴出した闘気は、今までの激力を再現して一度に襲いかかる。

 今までの硬質な音とは違う、弦が揺れるようなグワァンという音が響く。膝から崩れ落ちた【母なる守護】の足が、見事に折れ曲がっていた。


『ち、折れただけかよ。』

『シ、信ジラレン...!コノ我ガ、押シ負ケルダト!?』

『契約者との距離なんていう制約がなきゃ、もっと楽だったんだがな。』


 深く息を吐いた【積もる微力】が、突然淡く光り始めた。金色の外套が空を舞い、紅いペレースへと戻って健吾の肩へと降ってくる。どうやら、時間切れらしい。


『うぐ...息が...』

「レイズ?」

『反動って奴か...まぁ良い、仕事は果たしたぜ、暫く休ませな。』


 霊体化していった精霊を唖然と見送る健吾に、凄まじい怒気が叩きつけられる。其方を見るまでも無く、正体は分かってしまうが。


『随分ト()()ニシテクレタナ、若造共ガ...!』


 慣れない三本脚ではあるものの、立ち上がって見せた【母なる守護】には、闘争意欲が衰えた様子はまったく見えない。むしろ、上がっているようにさえ思う。

 前足を1本引きずりながらも突進してきた雄牛が、辛うじて避けた健吾の横を通り過ぎる。変わらぬ破壊力で木々をなぎ倒し、再びこちらを振り返る。


「あっぶねぇ...!」

『ヌゥ...マッスグ走レン!』


 遅くはなっているものの、走って逃げるのは難しいだろう。いつもの健吾ならいざ知らず、今はこのまま倒れて寝てしまいたいような調子。

 障害物を意に介さずに突き抜ける【母なる守護】相手に、どちらへ逃げるというのも無い。


「ルクバトがどっちから来るか、分かりゃ良いんだがな...!」


 下手にこの場所を離れると、迎えと合流できない可能性がある中、取れる手段は限られる。体力の消耗を抑える為に、極力引き付けてからの回避を繰り返していく。

 何度目かの交錯の中、踏み出した足が滑る。何度も辺りを覆った【魅惑な死神】の蒸気で、泥濘が出来ていたのだ。その好機は三本足では掴めずとも、一歩テンポが遅れたのは逃さない。


『潰レィ、童!』


 起き上がった頃には、目の前で高く足を上げた【母なる守護】。片脚では着地の衝撃を殺しきれないだろうが、これで決着となるなら問題は無い。

 どこに回避しても、間に合わない。潰せる間合いだ。それでも何とかしようと、身体は勝手に動く。


(間に合わねぇ...!)


 反射的に前に出た手が、【母なる守護】に触れる寸前。甲高い反響音と共に、圧迫感が消える。すぐ横に落ちてきた蹄が巻き上げた土が、健吾の視界を通り過ぎた。

 ハッとして駆け出し、【母なる守護】から距離を取る。三本脚での突進ならば、今の健吾にも危うくは無い。安全を確保してから振り返れば、雄牛の肩には紅い一矢が刺さっていた。


『コレハ...!』


 右脚が折れ、左の肩に深い傷を負い、膝を着いた【母なる守護】が青筋を立てる。それでも後脚だけで、這いずって来る執念と闘争本能は、支配と蹂躙のみを見据えているようだ。


「助、かった...」


 近寄られれば角でカチ上げられるだろうが、あの姿で近寄られることも無いだろう。大きく息を吐いて座り込んだ健吾の耳に、蹄の音が届いた。


「迎えも来たか。すぐにでも」

『逃がす訳が...無かろう!』

「はぁ!?」


 振り向いた健吾の視線の先で、金属化を解いた雄牛が矢を抜き立ち上がる。関節の隙間に挟まっていたそれを強引に抜いたのだろう、傷口からは夥しい出血が見られた。

 正気とは思えない目が健吾を睨みつけ、威圧感が重くのしかかる。茂みから姿を表したルクバトが、すぐに健吾へと駆け寄った。


「全力で逃げてくれ!」

『逃がすかぁ!』


 弱った健吾を落とさないように走るルクバトへ、半ば転がり落ちるように【母なる守護】が追撃を仕掛ける。呆れたパワーは健在のようで、木々の折れる音が木霊する。

 程なくして目の前を熱気が漂い、夜を明るくしていく。目を開けていられず、呼吸をするのも苦しくなる。僅かに肉の焼ける臭いが届き、胃の中身をぶちまけそうな気分だ。


「多少は大丈夫だ。このまま突っ切ってくれ、ルクバト!」


 道を変えようとしたのか、減速するのを感じた健吾が、しがみついた駿馬に語りかける。下るにつれて激しさを増す炎は、人間にはキツい環境を作り出している。

 しかし、すぐ後ろで燃えている木が突き倒された音を聞けば、迷っている時間は無いと分かる。一声嘶き、ルクバトは炎の林の中を突っ切っていく。

 耳元を撫でる炎に、耐える以外の選択肢は無い。鬣に顔を埋め、少しでも呼吸を楽にしつつ、しがみつく手に力を込める。精霊であるルクバトは、この中でも問題ないらしい。


『サセンワ...!』


 もう止まることは諦めたのか、再び金属化して滑り落ちてくる【母なる守護】。木々をなぎ倒し、こちらに放ってきながら、距離が縮まっていく。

 倒れた木や、爆発した車の残骸を飛び越え、ルクバトは加速する。それでも、後ろで暴れる金属塊との距離は離れない。


「っ、炎が弱まったか?」


 少しマシになった熱気に顔を上げた健吾の視界が、急に開けた。爆心地のように全てが灰になったその場所で、目の前に鎮座しているのは装甲車だ。

 飛び越えるには大きすぎたそれに、ルクバトが足取りを緩めた瞬間、背後の木がへし折れた。


『ヤット追イツイタゾ...手間ヲ取ラセオッテ。』


 左右にしか避けられないこの状況、間に合うかと問われれば不安が残る。相手の動きを見てから動こうとする二柱の精霊が、ジリジリと睨み合いを続けた。

 先に焦れたのは、【母なる守護】。高く掲げた前足を、猛然と振り下ろす。反射的に逃げたルクバトへ追いすがるように体を傾け...風を切る音がした。


 駆けるルクバトの背後で、重い物が倒れる音を聞きながら脱出の成功を感じ取り。健吾は意識を手放した。

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