開幕
始まりましたぁ!
初の気紛れ投稿です。のんびりとお待ち下さい...m(__)m
「……っ。ここは?」
一人の青年、年は二十歳になる大きめな体躯の男。獅子堂健吾が目を覚ましたのは、一つのビルの上。屋上から見下ろせば、人が忙しそうに歩いている。
「はっ!? 何で……いや何処だよ、ここ!?」
つい叫んでしまった健吾を、責められる者は居るだろうか?いや、屋上には誰一人いないが。
その代わり、健吾の耳に機械音声が響く。どうやらポケットの中の携帯からだ。
『十二名、無事に到達出来た様で何より。では、このゲームを進める上で、君達に必要な物を用意した。』
『分かってはいるだろうが、半信半疑だろう……そう、精霊だ。十二の選ばれた精霊達が、主の到達を待っている。場所は自ずと分かるだろう。健闘を祈る。』
知らない番号からの通話は、一方的に切れる。ついでに健吾の堪忍袋の緒も切れそうだが、そこは成人した青年、感情は押さえていく。
「くそっ、説明不足だろ。」
ぼやく健吾の携帯に、再びメールが入る。それはいつの間にか消えていた、『勝者に願いを叶える権利を』と題されたメールにあった、ルールをコピーしたものだ。
ほいほいと訪れた健吾を、誘い出したメール。今思えば、これもかなり怪しくはあるが。冬も近づく季節に、山奥の廃屋に入ったのを思い出し、少しムカッ腹も立つ。
『【精霊舞闘会】の十二のルール
⚪主宰者は手を出してはならない
⚪本人の意思がなくては参加させてはならない
⚪個人情報は主宰者からは漏らしてはならない
⚪ゲームによって肉体的な危険はあってはならない
⚪主宰者は嘘をついてはならない
⚪死によって離脱し最後の一人までゲームは続ける
⚪参加者は平等に二十四時間きっかりで起きる
⚪七倍の時間をゲーム内時間とする
⚪契約しない精霊はゲーム時間で一日で退場する
⚪精霊は単独で参加者を脱落させる行為を禁じる
⚪契約の破棄および再契約は両者の同意により行う
⚪参加者に主催者から接触してはならない
⚪以上を持って裏切り者には死を』
「……死だとか危険無しだとか、分からないのはこの状況と同じか。」
参加者の制限は、『死によって離脱し最後の一人までゲームは続ける』事。
そして、『参加者は平等に二十四時間きっかりで起きる』『七倍の時間をゲーム内時間とする』の二つから、おそらく7日で終わる事。
それだけを守れば良さそうだ。逆に、それ以外なら何でも許されている。最後の一人になるために、他の十一人が動いたら?
「準備はしておくか。」
先程から、何かに視線が引っ張られる感覚がある。精霊、という奴だろう。場所は自ずと分かる、とはなんとも曖昧な物を指すらしい。
「でも、どうしたもんか……ゲームって言ってたし、もしかしたらアバターみたいな物なのか?」
健吾が頬をつねる。痛い、普通に痛い。感覚も的確だし、動くのに違和感も遅れも無い。
服や持ち物(といっても財布と携帯、免許証だけだが)も、筒に入る前と同じだ。映画でみるようなコールドスリープの、やけにコードの多い筒。
「……もしかして、眠らせて移動しただけ、とか。」
それならば精霊は? わざわざ地下に降りさせた意味は?
「くそっ、めんどくせぇ! とにかく死ななきゃ良いんだろ!」
まさか本当に死ぬなんて事もあるまい。腹を括った健吾は、ビルの屋上を一度だけ振り替える。ごった返す人混み、店の喧騒、車の事故。
ありふれた……事故が、ありふれてはいけないが。そんな日常を認識し、扉を押し開けた。
外に出れば昼前だろうか。メールの横のカウントが、どういう訳か動いている。残りは6日と19時間。おそらく日の出と共にゲームは終わる。
ビルを通る時、人の目はあまり気にならなかった。どうやら自分にはかなり無関心らしい。町ぐるみのドッキリ、なんて言葉が頭に浮かぶ。
「と、それよりもどうするか、だよな。」
まずは精霊の獲得で良いだろう。ゲームと言っていたし、これが罠では成り立たない。
他の参加者は何処だとか、精霊を獲得した後の事はその時だ。
「歩いて行ける距離だと良いけど。」
最悪、海とか渡るのだろうか。地形の全容を掴みたい物だ。
財布の中身はあるので、地図なら本屋で手に入るかも知れない。もっとも、目的地が分からないので、持っていても、と言った所だが。
「あっ、飯食おう。」
あまりにも平凡な風景に、仕事の休憩か旅行中のような気分になる。辺りの定食屋を探し、最初に目についた所に入る。
簡単にメニューを流し見て、一番安く腹に溜まりそうな物を頼む。もはや癖とでも呼ぶべき習慣だ。
「「すいません、ぶっかけ一つ……」」
被さった声に振り向けば、キョトンとこちらを見る少女と目があった。
中学生程だろうか?日に焼けた快活そうな彼女は照れ笑いを浮かべながら、此方に話しかけて来た。
「あはは、こういうんは少し気まずいんよね。ごめんネ、お兄さん。」
「いや、謝らなくても。」
少し訛った言葉の少女に、健吾は戸惑いながら返す。初対面の人間とそうそう気安く会話とは、あまりならないだろう。
「あの~、物のついでに、って言うとあれやけどね? 出来たら本屋さんとか知らへん?」
「俺もこの辺りは、さっぱりなんで……」
「そーなん? そりゃ、ごめんなさい。」
健吾の対応が少し素っ気なかったからか、少女はそれきり話は振って来なかった。空気を読んだ、という奴だろう。
ずるずると太麺を啜りながら、健吾はふと違和感を覚えた。そういえば、向こうから此方に話しかけられたのは、場所が変わってから初めてだ。
確かに多い事は無いだろう、特に最近は声を掛ければ不審者もかくやと睨まれる。とはいえ、明らかに少女は浮いていた。なんというか……活力があるのだ。本当に些細な、勘と呼ぶに等しい物だが。
「なぁ。もしかして、参加者?」
「んっばぁ!? ゲボッ、ゴホっ!えほっ!」
「いや、悪い……そんなに驚くとは。」
「人がモノを啜ってんのに、驚かさんといてよ! 最後の一人とか、死ぬとか言われてんよ!? 驚くやろ!」
猛然と喋りだした彼女は、「まだ精霊さんとも会ってないけん。」とか「うちはまだ死にとう無いの!」とか叫びだした。
いくら無関心でも、これだけ騒がれれば騒動になる。周囲の視線を受けて、健吾はカウンターに代金(びた一文として御釣りは無い)を叩きつけて飛び出した。
「なんで急に叫ぶんだよ……」
「か、堪忍……うち殺されとう無い……」
とりあえず一目の少ない狭い道に逃げ込んだが、絵面が完全に誘拐である。警察に通報まではされないと良いが。
「まぁいいや。参加者なんだな?」
「せやけど……まさか殺す前に楽しもうぜ、みたいな!」
「なるかバカ! てか、なんで物騒な方向に話を進めんだよ。」
「だって、最後の一人~ってあるやん? それ、減らし合え、言う事やろ?」
……成る程、確かに怯えるだろう。健吾は体躯が大きい。目の前の少女と、頭二つ近く違う。小柄なのは、確かだろう。ここで殺し合いでもすれば、確実に健吾が勝つ。
「と言ってもな。俺はいきなりそんな事しろ、と言われても……そりゃ、向こうから来たなら、殴りはするだろうけど。」
「やっぱり、おっかないお兄さんや……」
「止めろ、本格的に通報されそうだからその格好止めろ。」
肩を抱いてスカートを押さえる少女に、健吾は片手を差し出して引き起こす。途中から悪ふざけだったのか、舌を出して少女は謝って来た。
「ほな、気を付けてな、お兄さん。あっちとか、おっかないオジサン歩いとったけん。」
「あぁ、ハイハイ。お互いにな。」
「また会っても襲わんでねー!」
「二度と来んな!」
走り去る少女が、飛び出した自転車と当たりそうになり、頭を下げる姿を尻目に、健吾は足早に去る。
他の参加者は確認出来た。確実にゲームは進行中だ。身を守るには、やはり武器……ではなく精霊が必要なのだろう。何故なら、このゲームの名前が【精霊舞闘会】、なのだから。
「急ぐかな。十二人しかいないのに、出会ったって事は……あんまり散らばってねぇだろ。」
未だに混乱しているし、五感と周囲の環境が否定してくるが、説明通りならこれはデスゲーム。他の参加者ともお話しようなんて、そんな空気とも限らない。
まだ日は高い。人目の多い場所では、大々的には来ない筈だ。そのうちに精霊を探せ、という事だろう。
「運命のままに……って事か。」
何処か気になる方向に視線を向けて、健吾は走り出す。距離が分からない以上、妙な焦りが襲う。勘にも等しい感覚は、あまりにも頼りない導だ。
いつしか町から離れ、木々の茂る場所を走る。まだ人の生活は見られるが、大分か細くなっている。
「精霊ってのには、御誂え向きな場所だな……」
「……って事だろう?」
静かな林は、何処かの境内に続いている。そこから聞こえる声に、健吾は訝しげに目を凝らす。既に日は傾き初めており、人が出歩くには場所がおかしい。
そこにいたのは、一人の少女と青年。青年は此方に気付いていないのか、先程の少女より幼く見える彼女に問いかけ続ける。青白い肌の二人を異様な雰囲気が包んでいる。
「君は、ここの精霊と契約しに来たんだろう? 僕の敵って事だよね?」
「知りません。」
「そこで冷静に話を逸らすのは、話の意味が通じている証拠だよ。【宝物の瓶】、出してくれ。」
『Yes、マスター。』
青年の後ろから、輝かしい瓶を側に浮かせる、顔を布で覆う人影が現れる。まるで幽霊の様に、忽然と。
ゆったりとした衣服を靡かせ、精霊は瓶の蓋を開けた。そこから出てきたのは……長大な鉄のパイプ。明らかに瓶に入る大きさでは無い。
少女に降るそれは、いま正にその体を貫かんとして
「ざっけんなぁー!!!」
「何だ!?」
階段を駆け上がり、三メートルはありそうなそれを、健吾は殴り飛ばす。相応に反動はあったが、それたパイプは地面を転がる岳に留められた。
「いきなり何してんだ!」
「やりすぎた……? NPCも度を過ぎれば、積極的に動くのか?」
「訳ワカンネー事をごちゃごちゃと!」
『推奨、Derete。秘密裏に動くのがbestです。』
「そう……だね。参加者なら覚悟の上だろうし、NPCなら問題無いか。僕は念のために離れておく。やってくれ、ピトス。」
『Roger、マスター。』
青年の背後から離れ、それは二人に迫る。少女を抱き上げて、健吾は走り出す。
社を回り、裏の納屋に飛び込んで扉を閉める。後ろの少女が無言で物を持ってくる……が使うことは無かった。扉が瓶に仕舞われたのだ。
『さようなら。』
「ちっ! やるだけやってやる。」
小刀を構える精霊に、拳を握りこむ健吾。睨み合う両者だが、精霊の白刃に、人間が反応できる筈も無く。
鮮血が散れど、精霊にはダメージは無い。服の中は想像以上に細身らしい。手応えの無い拳に、唇を噛み締める健吾の前、精霊は翻り……そして、そこが光に包まれた。