7.主婦、決意する
「決めた! 私『勇者』になる!」
「お前は俺の話を聞いてたのか?」
「うん、だから『勇者』になる!」
「……」
呆れて物も言えないとはこの事だ、を地で行ってくれてありがとう、メトロさん。
でも私、決めたんです。
『勇者』になるって!
事の顛末はこうだ。
町からの帰り道、実は『勇者』だったメトロさんに色々聞いた。
『勇者』は『魔王』を斃すため森を越える者の他に、メトロさんのように町や村を襲う魔物を撃退したり、森に入って魔物を斃して生計を立てる者もいる。
『勇者』になったは良いが、実力不足で『魔王』までたどり着けないと判断した者が腕を磨くため、または『魔王』討伐を諦めてそうした生活を送っているのだ。
『魔王』討伐を諦めたからといって『勇者』の認定が剥奪される事はないらしい。
返上は自由だというが、それをする者もごく少数だろう。
思ってたより自分が弱かったから『勇者』返上しますだなんて格好悪いし、と思ったら、もう少しマシな理由があった。
マシというか、もっと酷いのかも。
晶玉に魔力を込めると、お金に換えてもらえるのだ。
晶玉は『勇者』に与えられた『破魔の剣』の中に入っている。
これで斬られると魔力を持つ者、つまり魔物は魔力を晶玉に吸い取られてしまう。
『破魔の剣』は晶玉に込められた魔力によって形を変化させるので、魔力を扱えないと『勇者』にはなれない。
使う者の思念によって形が変化する事から『勇者』それぞれに合う武器として用いられているそうだ。
魔力を封じ込めた晶玉は国内の提携道具店で買い取られ、王城へと送られる。
その換金率はかなりのもので、五つもあれば一年は何とか暮らして行ける程だ。
テオの店は晶玉を換金できる道具店の一つ、そしてメトロさんが持っていた晶玉の入った筒が『破魔の剣』の正体だった。
お金のために『勇者』を続けるなんて、プライドも何もあったもんじゃないな。
でも生きていくにはお金がいるから、仕方ないと言えなくもないのか。
しかし、その生活も長くは続けられないらしい。
魔力を使って『破魔の剣』の形を成す事は、魔物に近づく行為だという。
いずれ魔力に囚われ死に至るか、自らが魔物へと転じるかが、『魔王』討伐を諦めた『勇者』の成れの果てなのだ。
一説には『魔王』を斃した『勇者』が魔力に囚われて新たな『魔王』となるため、『魔王』は永遠に滅びないとも言われている。
ああ、あの時メトロさんの様子がおかしいと感じたのは、気のせいじゃなかったんだ。
というか、お金のために『勇者』辞めないでいて、魔物になったり死んだりしても悔いはないの?
素直に『勇者』返上しとけば良い話じゃないの?
その問いに、メトロさんは「自分の事じゃないから分からない」と答えた。
つまり、メトロさんは『魔王』討伐を諦めた訳じゃないって事か。
そんな話を知っても尚『勇者』を志す者が後を絶たない理由は、『魔王』を斃した後の報酬にある。
王様は『魔王』を斃した『勇者』に以降の生活の保証のみならず、どのような願いでも一つ叶えると確約していた。
要するに、先日話してくれたこの世界のあれこれは、私に聞かせて問題ない部分と聞かせたくない部分を取捨選択したものだったのね。
考えながら話すのだから、あの時話し疲れていたのも当然だろう。
曰く、お前はまだ子供で、しかも異世界人だから、と。
どう考えても私を『勇者』にしたくないがための工作だったよね。
一番重要な部分を言わなかったもんね。
『勇者』になって『魔王』を斃せば何でも願いが叶えられるって。
それを聞いて『勇者』になりたがらない異世界人がいますかっての!
いるかも知れないけど少数派だ絶対!
少なくとも私は『勇者』になって『魔王』を斃して元の世界に帰るんだ!!
ちなみにまだ帰りの道中である。
行きよりも相当重たくなった荷物を引きながら、メトロさんはしきりに溜め息を吐いていた。
私は戦力外なので、せめて動けなくならないように頑張る役だ。
「どういう事か分かって言ってるんだろうな?」
「分かってますよ。まず『勇者』になるには魔力を扱えないといけない。魔物を斃す実力もいる。そして王様の認定が必要」
「いや、そうなんだがそうじゃなくて」
メトロさん、最早駄々っ子を宥める手段を思いつかない親の心境なんだろう。
気持ちは分かるけど私だって譲れない。
この世界の王様が叶えてくれるという願いに、異世界に行くのは含まれないかも知れない。
でも可能性がそこに転がっているのにみすみす見逃せるものか。
「という訳で、とりあえず今のままじゃ『勇者』認定はムリなので、弟子にしてください!」
「無理だ」
「お願いします!」
「できない」
「一生のお願い!」
「嫌だ」
一生のお願い使ったのに断られてしまった。
仕方ないのでずっとメトロさんを見つめ続けることにする。
息子が良く使っていた手だ。
遊園地に行った時、お祭りに行った時、ショッピングモールに行った時。
何か欲しいものがあって断られると、無言でずっとこちらを見つめ続けるのだ。
私がそれに屈する事は少なかったが、夫や両親、殊更夫の両親には効果覿面だった。
三分もすれば「分かった分かった、大ちゃん何が欲しかったの?」と陥落する程の必殺技だ。
多分、いや絶対、この人には効果がある。
ほらね、チラチラこちらを見ているよ。
内心ニヤつきたいのを必死で堪えて見つめ続ける。
そもそもこちらは大好きな顔を見ているだけだし、いくら見つめても飽きないから軍配は初めからこちらに上がっているようなものだ。
そして、メトロさんは家に着く手前でようやく折れた。
「分かった。分かったからもうそんな目で見ないでくれ」
「じゃあ、弟子にしてくれるの?」
「俺は人に教えた事がないから、後で文句言うなよ」
「ありがとう!」
どさくさに紛れてメトロさんに抱きつく。
細身だと思っていたけれど、案外筋肉質で逞しい。
そりゃそうか、あんな魔物三匹を瞬殺できるんだから。
そうして、私は勇者見習いになった。
残念ながら、ジョブチェンジによるファンファーレ等はありません。