4.主婦、異世界を知る
世界観ばかりで書いてる私は楽しいですが、読む方は骨が折れるかも知れません。
入江さん改めメトロさんは、空になった器を片付けてから私の隣へ腰掛けた。
入江さんと同じ姿がすぐ傍にある事にまだ緊張はするけれど、先程飲まされた物のショックのせいか気持ちはいくらか落ち着いている。
曰くこれはカンタレラという薬で、魔物が一口でも飲むと喉が焼けて死ぬんだそうな。
人間は樽いっぱい一度に飲まない限り死ぬ事はないらしいが、とても苦いのでそのまま飲める猛者は少ない。
この薬がそのままではとても飲めない事は、この国の人間なら子供でも知っている。
そのカンタレラにバロメッツという草の実から採れる液を足すと、苦味が中和されて何とか飲めるようになるらしい。
実際私も飲めた。
飲めたから、メトロさんは私が魔物じゃないと判断したのだと言った。
じゃあ、そこから私が異世界人だと思考をぶっ飛ばせた理由は何だろう。
実はメトロさんは以前にも一度、異世界から来た人に会っていたんだそうだ。
それは彼が子供の頃で、その人がカンタレラを前にして私と同じリアクションをしたらしい。
魔物に遭遇する危険の高い森の中に、一糸まとわぬ無防備さでいた事と、カンタレラの飲み方を知らなかった事から、私が異世界人であることに思い至ったという。
そうか、私の他にも異世界から来た人がいたのね。
自分と同じかどうかは分からないけれど、違う世界からこちらに来た人が他にもいるのは心強い。
しかしその人は今どこにいるかと訊ねると、知らないと返された。
何年も前に姿を消して、以後所在不明だと。
そう話す横顔が少し寂しそうなのを見て、私はそれ以上追求できなかった。
ところで、さっきから普通に話に出ている魔物という言葉、何となく想像はつくからスルーしていたけど、一体どんなものなのでしょうか?
答えは、人間を好んで食べる化け物だそうです。
それだけなら、熊なんかも一度人間を食べると人間以外を食べなくなるって聞いた事があるし、無くはない話だと思える。
問題は、魔物が人間と同じかそれ以上の知性を持ち、社会性があるって事だ。
動物がちょっと凶暴になった感じだと思ってたのに、それを上回る恐ろしさだった。
この国は魔物が棲む場所と人間が住む場所に分かれている。
間には大きな森があり、普段は魔物も森の向こうで人間のような社会生活を送っているらしい。
但し、森はどちらの所領でもないので人間が森に入って魔物に喰われても文句は言えない。
更に、時々森を越えてきた魔物が村や町を襲う事がある。
人間は予防策としてカンタレラを飲む。
魔物はカンタレラを飲んだ人間の肉を食べられなくなる為、2〜3日は魔物が近づかなくなるらしい。
だから人間が森に入る際は、この薬を飲んで魔物から身を守るという。
しかし常飲は喉に爛れが起きて最悪死に至るのでできない。
そんなカンタレラの弱点を解消してくれるのが魔法だ。
小さな村でも大きな町でも、人が住む場所には何かしら魔物を防ぐ結界が施されている。
特に王様が住む王城周辺の都市は、何重にも結界が張ってあるそうだ。
残念ながらメトロさんは魔法にあまり詳しくないらしく、この世界の魔法がどんなものかは分からなかったけども。
それにしてもカンタレラってどこかで聞いたことがある名前だけど何だったかな、忘れたわ。
とにかく、結界で守られているとしても、人間と同等かそれ以上と言われる魔物のことだ。
いつ結界が破られて自分たちの住処が蹂躙されるか分からない恐怖に、この国の人々は常に晒されていた。
そこで、王様はある決断をする。
魔物の王である『魔王』を斃し、魔物をこの国から駆逐する事を。
そのために王様は『勇者』を募った。
各地から屈強な戦士が名乗りを上げる。
王様はそこからめぼしい者に『勇者』の称号と『破魔の剣』を与え、森の向こうにある魔物の巣窟に送り出した。
『勇者』は一人ではない。王様が認めた者は『勇者』になれる。
『破魔の剣』にも色々な種類があり、『勇者』それぞれに合うものが与えられるという。
『勇者』には『仲間』が認められ、複数人で魔王に挑む事ができる。
『仲間』は勇者である必要はないが、『仲間』であると王様に申告する必要があった。
何故かというと、『魔王』を斃し戻った際に褒賞を与える者が誰か分かった方が都合が良いからだそうだ。
申告をしていない者がいくら自分も共に戦ったと主張しようが、認められる事はない。
ちょっと厳しいようだけど、合理的だ。
そうして王様は何百年もの間、幾人もの『勇者』を魔王の元へ送り出したが、未だ斃して戻った者はいないという事だ。
王様が自ら軍隊を率いて滅ぼしに行けば良いんじゃね? とか思ったけれど、きっとできない理由があるんだろう。
その辺りは多分突っ込んじゃいけない所だ。
とまあ、こんな内容を長々と説明された。
きっとメトロさんは、私がこの世界の事を知りたがっていると思って一生懸命話してくれたんだろう。
疲労の色が濃い。
元々そんなに喋るタイプじゃなさそうだし、私のためにそこまでしてくれるなんて嬉しい事この上ない。
ただ、私の知りたい情報、元の世界に戻る方法は手掛かりすらなかった。
せめて、メトロさんが出会ったという人物に会えれば良かったんだけど。
メトロさんが窓の外をちらりと見た。
目覚めた時は明るかった周囲が、いつの間にか暗くなっている。
「腹減ったよな。飯にするか」
「あ、はい」
「ああ、そうだ。行く所ないんだろう。良かったらしばらくここにいると良い。どうだ?」
仕方がない。
しばらく彼と一緒に行動して、どこかに帰るための手掛かりが落ちてないか探そう。
断じてこの人と一つ屋根の下にいたいからじゃないんだからね。
飽くまでも元の世界に戻るためなんだから。
そんなこんなで、私とメトロさんの共同生活が始まった。




